18、どろぼうの子
その町はどろぼうの町でありました。いつも誰かが誰かの大切な物を盗み、お金にかえて生活していました。
15歳のザッシュも例にもれず、立派にどろぼうでした。今日は、やせっぽっちのおさげがみの女の子のカバンを盗みました。女の子は必死で渡さないよう細い腕に力を込めて抵抗しました。しかし、ザッシュの方がずっと力が強かったのです。走り去る間際に女の子を見ると、目に涙をためていました。
そのカバンは、頑丈にカギがかけられていたので、よほど大金が入っているのだろう、とザッシュは舌なめずりをして、カギをねじ壊し、カバンを開けました。しかし、そこには、何百通というハガキの束が入っていただけでした。ザッシュは、「何か金になる手紙かも知れない、こんなに頑丈なカギをかけてあったのだから」と諦められずに、ひっつかんだハガキを飛ばし飛ばし読み始めました。
親愛なるエメル
元気にしているか?寂しくはないか?母さんも元気か?父さんは、新しい町で農家の手伝いの仕事を見つけたよ。仕事が軌道に乗ったら、すぐ呼び寄せる。みんな、よそ者に冷たい。でも、がんばるよ。
親愛なるエメル
父さんは一番下っ端だから、きつい仕事をさせられている。挨拶以外話してくれない人も多い。でもなエメル。あの町の出身だということはそういうことなのだよ。エメルと母さんにはきちんとそういった思いを払拭出来たらこちらに呼び寄せるから、安心していなさい。
親愛なるエメル
今日は、夏野菜の収穫をした。朝早くから夕方まで働き通しだ。くたくただよ。身体も汗臭くて、真っ黒だ。臭くて汚いままベッドに入るのは嫌だから、川で水浴びをした。水は冷たいが、世間の冷たさよりずっといい。
親愛なるエメル
お母さんから聞いたよ。父さんのところに行きたいと泣いていたんだってな。エメル、今来てもエメルまで辛い思いをするだけだ。だから、もう少し辛抱しておくれ。
親愛なるエメル
今日、農主さんが育てたブドウが盗まれたんだ。父さんはやっぱり最初に疑われたよ。みんな父さんとあいさつどころか口もきいてくれない。でもこんなことは覚悟の上さ。そういうものにも父さんは負けない。だからエメルも自分に負けるな。
親愛なるエメル
ずっと口をきいてくれなかったが、隣の年老いたおばあさんが「犯人は、ひげを生やしていた」と言ってくれて事なきを得た。隣のおばあさんは「今までよく耐えたね」とクッキー缶をくれた。恐らく父さんがどんな人間か試していたのだろう。エメルにはこんな思いを絶対にさせないとまた誓った。そのために、父さんはがんばるよ。
親愛なるエメル
今日は嬉しいことがあったぞ。父さんがつくった腐葉土を農主さんが気にいって。「これからも頼むよ」と言われたんだ。こつこつ自分にやれることはないかと探していて、腐葉土を作ったんだ。人に認められるっていいものだな。
親愛なるエメル
畑仕事をした後の風呂は最高だよ。今日、農主さんが父さんに風呂をかしてくれたんだ。嬉しかった。お湯があたたかくて、さっぱりして気持ちよかった。ずっと入っていたいくらいだった。農主さんにお前の写真をみせたら、かわいいと笑ってくれた。
親愛なるエメル
クワは重い。そして、土は固い。とても重労働だ。トウモロコシがたくさんとれた。送るからみんなで食べてくれ。あの町でどろぼうをしていた時より、よく眠れるんだ。そして、ほんとうに風呂が気持ちいいんだ。
「くそ、何にもないな。でも、最後の方に何かあるかも」
ザッシュは、手紙の一番下を探して、よみはじめました。
親愛なるエメル
農主さんが、広い土地をくれた。もちろん、収穫した野菜の3割を農主さんにおさめるが、俺を信用してくれ、本当の仲間にしてくれたんだ。でも、こちらにきたら、もっとすごいプレゼントを用意して待っている。楽しみにな、エメル!
「なに!広い土地よりすごいものとはなんだ?俺達なんか、いつもその日の食い扶持だけ稼いで、借り住まいなのに。気になって仕方がねぇ。住所は、2つ先の村じゃねぇか。よ~し、何か確かめてやる、そしてあわよくば、うまいこと騙して奪い取ることもあり、だよな」
ザッシュは、手紙の主のいる村へと2日歩いて、到着しました。野宿をする間エメルという子供宛のハガキを読んで、その手紙の主は、本気でどろぼうをやめたことが分かりました。
「こいつに金を盗まれたものだと嘘を言って、農主から金を巻き上げるのもありだなぁ」
ザッシュは、空腹をそんな想像をしてまぎらわしました。
はがきに書いてあった村に着くと、ザッシュは急いでその家を探しました。
その男の家は、赤い屋根で白い壁の小さな家でした。夕飯時なのでしょう。シチューの香りがしています。窓からオレンジ色の光が漏れて、ザッシュは急に人恋しくなりました。のぞくと、中年の男女と年頃の女の子が笑いあっています。
「あのむすめ……」
女の子は、あの時と違い髪をまっすぐにおろして、幸せそうに微笑んでいました。ザッシュはなんだか心がかゆくてしかたなくなりました。
お腹がきゅーとなります。
(あたたかそうで、うまそうだ)
ザッシュは不覚にも(あの輪の中に入りたい)そう思ってしまいました。そして急に自分が野良犬いかに思えました。息をひそめて、中の様子をうかがいます。
「エメル、パンも食べなさい」
「はい、お母さん」
「エメル、どうだい?にわとりの世話はできそうかい?」
「はい、お父さん。仕事をもらって嬉しかったわ。にわとりも人と同じものをたべると、けんこうな卵を産むのですって。奥さんが教えてくれたの」
「楽しそうに話すね」
「楽しいからよ、お父さん」
「母さん、エメル。いつか村に家を建てよう」
「うん!あの町はいやだった。自分が取り返しのつかないほど汚れてしまう気がして」
その言葉を聞いて、ザッシュは思わず腰をあげました。
トントントン、戸を叩きます。
「はい、どなたか?」と、父親がでてくると、ザッシュは「落とし物です」とハガキの入ったカバンを父親の胸に押し付けました。
父親は、「これは……」と全てを察しました。
「届けてくれたのか?ありがとう。大切な物だったんだ」
「届けたのだから、プレゼントを見せてほしい。ほら、ハガキに書いてあった」
「あぁ、ハガキをよんだんだね」
「そう」
「プレゼントは特別でね、ほんとうに分かるようになるまでには、ここで身を粉にして働かなくてはならない。君にできる?」
「身を粉にして?働く?」
ザッシュは、エメルがこちらをじっと見ているのにきづいて、真っ赤になりました。
「……」
「すぐに分かる人もいれば、人によっては一生わからないかもしれない」
「……」
「私はすぐわかるようになったよ」
見ると、エメルが青い瞳をキラキラかがやかせて笑っています。
ザッシュの胸の中でぱちんと何かが弾けました。
「できる、やってやるさ」
「分かった」
父親も笑いました。
エメルが笑っているのを見て、ザッシュも本当に必久しぶりにぎこちなく笑いました。
さて、あれからしばらくたって、ザッシュがこの村にきて一年になろうとしています。朝早くから夕方まで働いて、いつもくたくたです。
最初は、エメルのみようみまねだったザッシュも、やっと板についてきました。
空気も水も食べ物もおいしく、何より生きていて良かったと思いました。
(プレゼントをおれももらえた)と今のザッシュは素直に実感します。
ザッシュは、これからどろぼうの町にいる家族や仲間にハガキを送ろうと思っています。ザッシュは、エメルの父親のように、「ものすごいプレゼントがあるぞ」と書けるように、もっと働こうと決意しているのでした。
おしまい
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
何か感じることがありましたら、ご感想などで教えてくださると幸いです。




