16、神様の絵の具
このお話は色彩心理学に基づいた色の意味に沿ってはいません。あくまで作者の色のイメージで書いております。どうぞご了承ください。
青く明るい空を見上げてみて。白いふわふわした雲がたくさんあるでしょう。
その中の一番大きな雲に、実は不思議な絵の具を使う神様の神殿があるのです。
でも、人の目には決して見えません。
その神殿は、連日連夜大忙しです。かわいらしいしもべ達が、鈴のなるような声で羽をばたつかせて飛び回ります。
「絵の具の神様、一丁目の吉田さん家で産まれそうです。」
「絵の具の神様、鈴木さん家では双子です。早く大神さまのおっしゃられた通り、一人には茶色で、もう一人には赤い絵の具で祝福を。」
「絵の具の神様、山田さん家は青でなく黄色です。」
人はみな、誰でも何かしら良いところ与えられて生まれてくるものです。
そして、この絵の具の神様は、それを手助けする心、つまり子供たちが自分の一番の長所を思う存分活かすことができるように、生まれる前の魂に色をつけていくのでした。例えば、赤で染められた心には夢にむかう情熱が生まれ、青で染められた心は何かを決めるとき冷静でいられるなど、そういった具合です。
ある日、短い時間の中で二百十五人の子供が産まれそうになりました。
「これは、大変だ!!」
と、絵の具の神様は大慌て。次から次へと絵の具の祝福を与えます。
…この子は、みどり色か。自然を愛し、優しいお母さんになるだろう…
…この子は、白か。きっと裏表のない立派な先生になるだろう…
などと、子供たちの未来に思いをはせながら。
そして、最後の一人になった時…。
「やれやれ、この子で最後だな。この子の色は…と。よ~し、気合を入れていくぞ!」と、神様が絵筆を握った瞬間です。バキバキッ。嫌な音が神殿中に響きわたりました。
「うわっ、絵筆が折れた!大変だ!しもべたちよ!新しい絵筆を!早く!」
神様としもべたちがあたふたしているうちに、その子は生まれてしまいました。
「とんだことになってしまった。」
絵の具の神様は、ただただ真っ青になってたちつくしました。
そして、神様の大元締めである大神さまの前に行くと、縮こまって頭をごりごりして謝りました。
「すみません。私としたことがこのようなミスを…。大神さまのお手をわずらわせるのが、心苦しいです」
大神様は、じっと一点を見つめてその言葉を聞いておられました。
「大神様、このようなミスは二度といたしません。決して今後このようなご迷惑はおかけしません。ですから、あの……仕事は……つづけさせていただけませんか?」
大神様は、しばらく考えてこうおっしゃいました。
「その絵の具で染められなかった子供の心の色が定まるまで、しばらくの間見守りなさい。」
「そんな!大神様、あんまりです。私は仕事がしたいのです。」
大神様は、花の様にふわりとほほえまれ、おっしゃられました。
「これもまた良い仕事になろう。」
絵の具の神様は、それ以上何もいえませんでした。大神様の命令は絶対だからです。
その日から、絵の具の神様は、心の色をもたないその子を見守るのが、日課となりました。やりたくない仕事なので、しぶい顔をしながらです。
その子は、父親も母親もおらず祖母に育てられようとしている女の子でした。父親と母親は、女の子が生まれる前に別れてしまいました。母親は、女の子が生まれると、祖母に女の子を預けたまま別の人と結婚しました。新しく結婚した人に夢中で、女の子にも会いにきません。父親も女の子のことなどすっかり人生から消しているようでした。その境遇を知って、神様はちくりと胸が痛みました。
女の子は、小さいころから両親がいないことで、寂しい灰色の心でした。
そして、『お父さんとお母さんはどうして私に会いに来てくれないのだろう』と恋しさに胸がしめつけられるピンク色にもなりました。
いじめっ子に貧しさをからかわれると心を真っ赤にして腕をぶんぶん振り回して怒りました。
「おばあちゃんが、一生けん命働いてくれているんだから、貧乏だっていいんだもん!!」
「気だけは強いな。きついこと言われたから、お母さんやお父さんになぐさめてもらおうっと」
決まっていじめっ子たちは、最後にそう言いました。すると、女の子の心は、苦しくて切ない涙の青になるのでした。
それぞれの心の色には、長所と短所があるのですが、絵の具の神様の与える色に守られていない女の子は、いつもマイナスな面が出やすいのでした。
その女の子に与えられるはずだった色は、黄色でした。
絵の具の神様は、
…私が黄色の絵の具で心に色をつけていれば、この子は黄色の明るさで、こんな状況をはねのけられていただろうに…
と、生まれて初めて自分を責めました。
その後も女の子は成長しながら様々な心の色になりました。時には
「なんで家だけこんなに貧乏なの?アルバイトをしてもしてもお金がたまらない」
と、カラカラに乾いてひび割れた大地のような茶色になりました。
また時には、
「あの子は、私より勉強ができないのに、お金があるから私立中学へ進めるんだ」
と、人をうらやむじりじりとしたオレンジ色にもなりました。
そして、
「私は、何もしてもむくわれないんだ。世の中なんて大っきらい!!」
とマグマのようなえんじ色になることもありました。
神様の絵の具で色を付けられていない心は、大変なのです。例えば、赤は情熱などの力を持っているのですが、怒りという力もあります。絵の具の祝福を受けた子は、一時怒りの心に染まっても、時がたてば自分の本来の色に、良さがでてくる心に戻れます。つまり、良い個性が消えないのです。しかし、女の子にはそれがありません。
神様は、胸が苦しくなりました。
…私が色を付けられなかったために、あの子は苦労している…
そして、こうも思いました。
…私は、自分の仕事の大切さが何もわかっていなかった…
しかし、自分を必死で育ててくれる祖母といるときには、太陽のような黄色い明るい心になるのです。
「おばあちゃん、お仕事お疲れ様。夕ご飯、準備しておいたよ。」
「おばあちゃん、肩をもませて。私は全然疲れていないから、大丈夫。」
「おばあちゃん、大好き!」
…あぁ、幸せそうだ。あれが、あの子の本来の姿だったのだろう。ずっと、このままの心が続けばよいのに…
神様は、いつしか女の子の幸せを真剣に願うようになっていました。
ところが、その後も女の子はずっとずっと苦労のし通しでした。高校をお金が足りなくて退学させられそうになったり、人を羨ましく思うあまり、人を無視してたくさんに人に嫌われたり、好きだと言ってくれる男の子を信じられず冷たい言葉をあびせて、幸せをのがしたり。
そして次第に……そう、暗闇の中を足音を立てずに近づくかのように、静かにゆっくりとそれはあらわれてきました。いろいろな色が心の片隅から少しずつ混ざり合って、しみのようなものが消えなくなってきたのです。
それを見るにつけ、神様の心には大きな心配事がめばえてきました。
…もしかして、この女の子の心は、自分が色を付け忘れたために、恐ろしいあの色になるのではないか…と。
神様は未だかつて、その色を使ったことがありません。もちろん、大神様に指示をされたこともありません。神様は、その色から絶望のにおいを感じていました。深い深い穴に落ちていくような、出口が見えない色。それほど、怖い色だったのです。
皆さんは、色々な絵の具を混ぜたことがありますか?本当にたくさんの色を混ぜると何色になるのでしょうか?実は黒になるのです。
人の心も同じです。神様の絵の具で守られていないと、環境によって様々な色になって混ざり、最後には心が真っ黒になってしまうのです。
絵の具の神様はいてもたってもいられず、大神様に訴えました。
「大神様、あの女の子の心は真っ黒になってしまいます。私の力では救えません。どうかあの子を救ってあげてください。」
大神様は、静かにお答えになりました。
「絵の具の紙よ。まぁ、見ていてごらん。」
それでも、納得のいかない神様は、更に頼みました。
「大神様、あの子が手遅れになる前に…。どうかあの子を…。何とかあの子を…」
絵の具の神様は、自分でも気づかないうちに涙を流していました。
「ふむ。見守り続けたのは、やはりむだにならなんだな。」
大神様は、優しくおっしゃいました。
「よく聞きなさい、絵の具の神よ。人には短所があるが、それは長所と紙一重である。色も同じ。灰色が寂しさを表すなら、その寂しさがあるから、人を思いやって大切にできる。黒も同じであろう、絵の具の神よ。人の心の力を信じよ。」
絵の具の神様は、はっとしました。
その様子を見て、大神様はさらに続けられました。
「絵の具の神よ。これはお前の落ち度から始まったこと。あの子の心の力を目覚めさせるため、絵の具を一滴垂らすことを許そう。ただし、わすれるな。ただの一滴のみぞ。すでに生まれてしまった人間の心をすべて染めることは、残念ながらおきてに反することだからな。」
絵の具の神様は、きっと口を一文字に結んで、決意してふかぶかと頭をさげました。
それからも、あいかわらず女の子は人生を信じていませんでした。
「どうして私は不幸なんだろう。何をやってもうまくいかない。神様がいるとしたら不公平だ。」
絵の具の神様は、女の子の様子を一瞬たりとも見逃さず、見つめていました。そして、ずっと考えていました。
…あの子を一番幸せにできる絵の具の色は何色か?…
…一滴でもあの子の心を目覚めさせるきっかけになる色とは?…と。
そんな時、さらに困難が女の子を襲いました。祖母が病気になったのです。女の子は、大好きな祖母まで失うかもしれないのが、悲しくて怖くて仕方ありませんでした。
…どうして神様?どうしておばあちゃんまで取ろうとするの?私には、おばあちゃんしかいないのに…
女の子は、涙をぽろぽろこぼしました。
「もう私、生きる勇気がない……」
女の子の心はとうとう闇の底のような真っ黒になりました。
それを見た絵の具の神様は
「ここが私の出番」
と、ある色の絵の具を取り出しました。
「一滴だけ。でも、あの子を守っておくれ」
と願いをこめて。
それは、低い雨雲の立ちこめた空から、小雨と一緒にふってきました。
絵の具の神様の想いがこもった一滴が垂らされたのは、女の子に……、ではありませんでした。
なんと祖母の心に垂らされたのです。
その色は、まばゆい黄金色でした。そう光の色です。黄金色は、命を輝かせる色だったのでした。
光の一滴を受けた祖母は、誰の目から見ても日に日に元気になっていきました。
「ありがとう。なんだか急に心に力が湧いてきてね。あなたを一人おいて死ねないって必死だった。あなたが一人前になるまでは生きたいって、あなたの笑顔を見ていたいって。あなたがいること、いっしょに生きられること。こんな幸せなことはないよ」
女の子もただただ嬉しくて泣きました。
「私も、おばあちゃんがいてくれたから、生きて来られたの。そうだ、それなら…」
女の子の目に光が宿り始めました。
祖母の言葉を胸に秘めた女の子は、大人になり、老人ホームで働きはじめました。その老人ホームは、家族がいなかったり、家族から面倒をみるのを断られたりした人たちが入るホームでした。いずれこの世から去る、家族と暮らせない老人たち。体がしんどいだけでも辛いのに、中には心に深い傷を負っている方もいます。女の子いえ彼女は、その苦しさと寂しさを自分に重ね、黒い心で老人たちに接しました。
「私の家族はおばあちゃんだけしかいないのです。だから、皆さんといるとほっとします」
「あんたは、ただのヘルパーだろうが。家族でも何でもないだろう」
「そう、私はただのヘルパーです。ご家族の代わりには到底なれないと思います」
「ふん。なんじゃ。やっぱり、そんなことだろうと思った」
「でも、皆さんの笑顔が見たいという気持ちは、ご家族に負けませんよ」
「なんでじゃ」
「私、家族も友達も少ないのでとても寂しいのです。皆さんが笑顔だとその寂しさが吹っ飛ぶからです。」
「……。そうか」
彼女があまりにも自分たちの心に素直にはいってくるので、老人たちもいつのまにか彼女のペースに巻き込まれてしまうのでした。
そして、彼女の黒い心は、喜び、楽しみはもちろん、老人たちの不安、寂しさ、怒りにも自然に共感し、彼らを温かい灯りがともった、家族がそろう団らんの夜のように優しく包みました。いろいろな心を経験してきた彼女は、いつしか人の心と痛みがよく分かる女性になっていたのです。
夜の闇は確かに真っ暗で、先に進めない気がします。しかし、人は古より真っ暗な中で眠りにつきました。
すべてを覆い隠す闇は、人の心も傷も痛みも包み込んで、眠りにいざなう。
そして、力を心と体に再び戻させる。様々な心の色に共感できる黒は、明るい朝を迎えるための力を与える色だったのです。
絵の具の神様は、絵の具を取り出しました。そこには一度も使ったことのない黒い絵の具がありました。
「黒にあんな力があったとは…。私ももっと勉強せねばならぬ…。おっと、その前にやるべきことがあるな。しかし…、いやはや人間の心はすごいな」
神様は、ほどなく仕事に復帰しました。でも、前とは違って、色をつけるだけではありません。一人一人が心の力をもっともっと発揮できるように、縁を結ぶ神様と協力して、ひとりぼっちの人間がいないようにしています。
え?その後、黒い絵の具は減ったのかって?
それは分からないけれど、あの黒い心の彼女は、大好きな人たちに囲まれて、幸せそうです。それに、結婚して新しい家族もできました。
神様はきっとあなたのことも見ていてくれています。たまにミスもあるかも?ですが。
でも、たとえ神様がミスをしても、大丈夫ですね。このお話を読んだあなたなら、わかるでしょう?
おわり
お読みくださり、ありがとうございました!
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