13、お月様の子ども
お月様に会いたい夜ってないですか?
「お父さん、なんだか暗いね」
夜道を歩きながら、アキはお父さんに言いました。
「そうだな。今夜はお月様がお家のかげから出てこないからな」
お父さんはアキの手をぎゅっとにぎると、遠くのお家の屋根を指さしました。
「あのとんがり屋根のお家を見てごらん」
アキは背伸びしても見えないので、お父さんに抱っこしてもらって目をほそめました。
「あっ、あのお家の屋根光っているよ」
「そう。あのお家の屋根のうしろにお月様がいらっしゃるんだ」
「じゃぁ、あのお家にお月様が来ているの?」
お父さんはちょっと考えて、
「そうかもしれないし、ちがうかもしれないよ」
と言いました。
「ねぇ、お父さん。家にもお月様来てくれる?」
「う~ん。どうかなぁ」
「来てほしいぁ。お月様に来てほしい」
そうこうしている間に、アキとお父さんはお家につきました。
その頃には、お月様は中くらいの空の上に顔を出していました。
「お父さん、お月様はあっという間にお家から出ちゃうんだねぇ」
その夜、お父さんもお母さんも寝静まった後、アキは大事な縄跳びのひもを庭に置きっぱなしだという事をトイレに行きながら、思い出しました。
(もし雨でもふったら、ぬれちゃう)
アキは、少し怖いのを我慢して外へ出ました。
なんだかいつもより明るい夜です。
(まるでこのあいだお父さんとお母さんと行ったちょっと大人のレストランの明るさみたい。あのときは、きれいなシャンデリアがあって……)と思い出してふと上を見ると、アキの家の屋根が光っています。
「えっ!」
アキは、お月様のことを思い出しました。
しかし、大きなお月様は高い天に輝いています。
「なあんだ。お月様じゃないのかぁ。お月様が遊びに来てくれたと思ったのに……」
すると、屋根からするすると小さなお月様のような光る球が、アキの元へおりてきたではありませんか!
一気に辺りが明るくなり、アキはびっくりして何も言えないまま動けませんでした。
ママが使っているバランスボールくらいの大きさで、ふわふわ宙に浮いています。
「こんばんは。ぼくお月様の子どもです」
その声を聞いて、アキは心底びっくりしたのですが、きれいな光の球を見ている内に、喜びが広がってきました。
「お月様。遊びに来てくれたのね!私、アキ」
「知っているよ。いつもお母様と空から見ているから」
「お母様って、あの高い所にいるお月様?」
「うん。遠くて見えないけれど、僕はあの真ん中ぐらいにいつも光っているの。でも、ぼくは小さいからね、ぼくがいなくてもお母様はやっぱり明るいなぁ」
「ねぇ、お月様。お空ってどんな感じなの?高い所って気持ちいい?」
「お空は高くて気持ちいいよ。行ってみる?」
「行けるの?」
「ぼくが乗せていってあげる。ぼくに乗って!」
アキは、まるいお月様の子どもにまたがりました。
「じゃぁ、飛ぶよ」
「うん!」
すーとお月様の子どもが、宙へ浮かびました。
「うわぁ、私浮いている!すごい!」
(このままお空へいけるのね!)
家の塀を越え、欅の木を越え、屋根を越えたときに、アキは悲鳴をあげました。
「お月様、待って。怖い」
それはそうでしょう。
お月様には、イスも安全ベルトも、ましてやつかまる所などもないのです。
アキはしがみついても落ちそうで、背中がヒヤリとして耐えられなかったのです。
「そうか。ごめんね。たしかに落ちそうで怖いよね」
「私のほうこそごめんなさい。せっかくお空に連れて行ってくれるところだったのに」
「じゃぁ、塀のあたりの高さを飛びながら、お話ししよう」
アキはほっとしました、塀の高さくらいなら落ちたって、なんとかなりそうですから。
ぷかぷかぷか。
「宙に浮くってお水に浮くのと似ているね。息が苦しくないから、お水よりずっと素敵だけれど」
「それは良かった。でも、僕は浮くんじゃなくて、一度でいいから人のように土を踏みしめて歩いてみたい」
「どうして?」
「人が好きだから。人みたいに歩いてみたいんだ」
アキは、何とかならないものかと考えました。
だってこんな風に宙に浮かんで散歩する素敵な体験をさせてくれているのです。
お返ししたい気持ちでいっぱいでした。
「アキ、空はね、とってもきれいなんだ。お母様みたいな光る星がたくさんあって、きらきらしているよ」
「たしかにお月様の周りは明るそう。だって、こんな離れた地上まで明るく照らせるのだものね。ほかの星とはお話しするの?」
「うん。時々するよ。ただ、ぼくたちは地球の周りを回っているでしょう?だから、星たちとお話しするより地上におりるのが大好きなの。いつも見ている人が近くにいるし、それに時々こうやってアキみたいに、お話しながら夜の散歩に付き合ってくれる人もいるから」
アキには地球とか地球の周りを回っているとかよく分かりません。
ただお月様が自分みたいな子とお散歩するのが好きなのは分かりました。
アキは、ますますお月様の子どもの夢を叶えてあげたくなりました。
だって、感謝したいのは、アキの方なのです。
「ねぇ。お月様。お月様はいたいとかくすぐったいとか感じるの?」
「うん、かすかに感じるよ」
それを聞いてアキは「あっ」と何かをおもいつき、急いでお月様から降りて、両面テープを取りに家に帰りました。
「お待たせ。お月様、海へいこう!」
お月様は不思議に思いながらも、海までアキをのせてふわりと動きます。
海につくと、アキは両面テープを二つ、お月様の下の方の右と左にたっぷりはりました。
「お月様、上から押してもいいかな?」
「うん、いいよ」
砂浜に触れたとたん、お月様はびっくりした声をあげました。
「これが砂にさわった感触かぁ。浮かぶ僕に乗っても、逆に下へ押し付けるなんてことをした人はいなかったから今まで分からなかった」
アキはぐりぐりお月様を砂におしつけました。
「いたい?」
「ううん。きもちいい」
「じゃぁ、次は道路にいこう」
「うん、わかった」
「お月様を右と左にかわりばんこに動かしても大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃぁ、いくよ」
アキは、上からお月様をおさえて、さらに両面テープがはってあるところをかわかりばんこに右、左と動かしていきました。
両面テープには砂がしっかりついていて、道路はかたい。そして、右と左にお月様はゆらゆら。まるで歩いているみたいです。
「アキ!これが歩くってこと?すごい!感じるよ。しっかり大地を踏みしてめているのを感じる。ありがとう、アキ!夢が叶った!」
アキはうれしくなって、お母さんとお父さんに感謝しました。
アキが庭に落ちているきれいな石が小さくてなかなかとりにくいと相談したとき、お母さんが「テープを使ってごらん」と教えてくれたのです。
お父さんは海が好きで、「砂浜を踏みしめて、波をかぶると地球を感じる」というのが口癖でした。
そして、そんなかっこいいことを言いながら、アキの足についた砂を払ってくれるのです。
それを話すと、お月様はうれしそうににっこりして、チュッとアキに口づけました。
アキは、思わぬことにビックリして、お口をぱくぱく。
でも、お月様の子どもは何事もなかったように知らん顔です。
だんだんお月様が西に傾いて、お月様の子どもは「もう帰らないと。アキ、家まで送るよ」とアキを見ます。
「うん」
二人はアキの家へとぷかぷかと戻りました。
「お別れは寂しけれど、また会えるよね?また、一緒にお散歩できるよね?」
家について、いよいよお別れかという時、アキはお月様に尋ねました。
お月様の子どもはしばらく考えていましたが、自分の体からひとかけらの光をとると、アキに差し出しました。
「アキ、きれいな石が好きなのでしょう?これあげる」
アキは胸がいっぱいになって「ありがとう」とその石を受け取りました。
指の間から光が漏れています。
そして、お月様の子どもの頭は少し欠けています。
「大丈夫、これくらい欠けていても明るいままだから。また、遊びに来る!ぼく、アキが大好きになったから」
アキは、またびっくりしてお口をぱくぱく。
「じゃあね、アキ。また次の満月の夜に」
お月様の子どもは、すーと空に舞い上がりました。
アキはやっとお口をパクパクするのをやめて、大きな声で言いました。
「私も大好きよ、お月様。またね!」
お月様の子どもはたくさんたくさんいらっしゃるので、こういった幸福な夜は世界中のあちこちで起こっているのでしょう。
しかし、月の石を持っている子供は、きっと世界中を探してもアキだけだと思われます。
おわり
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