12、はる
春はすぐそこ。
ちーちゃんは、ベンチに一人こしかけています。
三月になるすこし前の朝はまだまだひんやりします。
(なにかおもしろいことはないかな?)
そういってきょろきょろきょろしていると、きりがでてきました。
野原のむこうの森も見えません。
「わぁ、ふしぎの国にいるみたい」
わくわくしたちーちゃんは、おもわず手をたたきました。
その時左がわがきゅうにあたたかくなって、ふわりとつつまれた気がしました。
思わず左どなりを見たちーちゃんは、もやもやしたとうめいのヴェールのようなものがあるのに気がつきました。
そんなことでおどろかないのがちーちゃん。
(なにかしら?)
そっと手をのばしてたしかめると、ふわふわ、ぽわんとしていました。
(わぁ、あったかい)
「わたし、知っているわ。あなた、春ね」
ちーちゃんは、そのふわふわ、ぽわんとしたあたたかなものをさわったまま、じしんまんまんで言いました。
ちーちゃんは、小さくてもそのふわふわ、ぽわんをちゃんと知っていたのです。
とうめいなもやもやはぽっとさくら色にそまりました。
「やっぱり」
ちーちゃんは、にこりとわらってうれしそうです。
「春ってこんなふうなのね。どうしてここにいるの?」
春はこたえるかわりに、ぴたっとちーちゃんにくっつきました。
ひだりがわだけでなく、頭と顔もお日さまにてらされたときのように、ふわふわ、ぽわんとしました。
「あなた、私がすきなの?」
さくら色のヴェールがふるふるとタテにゆれた気がしました。
「わたし、春夏秋冬、みんな好きよ。でもわたしにあいにきてくれたあなたのことを一番すきになってあげてもいいよ」
さくら色のヴェールはもっともっとこくなってもも色になりました。
「わぁ、ゼリーみたいでおいしそう」
そういうと、ぱくっ。ちーちゃんはもも色のヴェールを一口食べました。
れんげそうのみつの味のような、いちごの味のような、またおばあちゃんの家で食べたときにおとなのあじだとしか思えなかった、山にはえているわらびのようなふしぎな味がしました。
「たべちゃった。もしかしてたべられちゃうと、あなたいたい?やめたほうがいい?」
もも色のヴェールは、こんどはふるふるとヨコにゆれた気がしました。
「もっとたべていい?きれいだから」
もも色のヴェールは、ちーちゃんをだきしめるように、ますますよりかかってきます。
ぱくっ。二口めを食べるとちーちゃんはなんだかうずうずして走り出したくなりました。
(どうしてだろう?走りたくて走りたくてたまらない)
きりがいっきにはれて、森のてまえの野原も広がっていきます。
その日、ちーちゃんは走りました。
おもいきり走りました。
まひがあった左足が、まほうのように動いてくれたからです。
ちーちゃんは、生まれてはじめて全力しっそうしました。
走りながら、ちーちゃんはさけびます。
「わたし、春が大すき!一番すき!」
もも色のヴェールは、その声をきくと、手をたたくように「ふわふわ、ぽわん、ふわふわ、ぽわん」とリズムをとりながら、ぐんぐん大きくなっていきました。
上は空まで、まわりはもう森をおおっています。
地上では、かわいらしい芽がちらほら。
そして、そこかしこに広がっていき、いつの間にか町中が春になっていました。
おわり
お読みくださり、ありがとうございました!
春はいくつになっても、大好きな季節です。
大好きな季節のお話を読んでいただけてしあわせです。




