第3話 申し訳なさそうな表情
「未来ー!ネオ起こしてきてー」
来たか……。今日こそは未来のタックルを避けてやる。
前回は、天井の角に張り付いていたのにもかかわらず、部屋に入ってきた勢いのままにジャンプで腹入れられたからな。
未来の階段を駆け上がる音を聞きながら、慣れた動作でベッドから飛び起きて、入口の右横の壁にペッタリと張り付き息を潜める。
「ネオにぃ起きろー!」
いつも通り扉を蹴破って入って来た。
来た……!そのまままっすぐベッドに突っ込め。
未来は僕の思いとは裏腹にブレーキを掛けたと思ったら右回りにターンして、右裏拳がお腹に入った……。
「ぶっふぉっ」
「あ、ネオーおはよ」
駅に着くと改札前にレオと響がいた。
「おはよ、ふふっ、二人ともなんか制服に着られてるね」
「う、うるさいなーそう言うネオだって着こなせてないだろー」
「きっと2か月くらい経てば馴染んでくるよ」
響が自分の制服の裾を引っ張りながら言った。
「てかヤバい、学校行事以外で電車に乗るの初めてなんだけど」
「俺も初めてなんだよね、母さんが言うにはこのカードを改札にピってすればいいらしい」
そう言って財布からsuicaを取り出す。
「あ、俺もそれもらった」
「分からないんだったら付いてきな」
「「響〜!」」
「流石っす」
「ついてきまっす」
ピッピッピッ。
「「おー……」」
「ふっ」
「「……」」
隣の改札を通った女性が笑いながら歩いていった。
「まぁ、こんなもんか」
「かざすだけだしな」
「ほら電車来るよ」
「やばっ急げ急げ」
階段を駆け下りて車内に駆け込んだ。
「相変わらずここだけ雰囲気が違うな」
「なんか浮いてるよな」
最高は木と赤レンガの塀に囲まれていて、仰々しい緑格子の門が建っている。
「この学校ができたときは、この高校がここらへんで1番大きくて階層が多かったから最層高校らしいよ」
響が「安直すぎだよな」と続けた。
「あ、生徒玄関前でクラス割りが張り出されてるみたいだよ」
いつの間にか先に行っていたレオがこちらに手を振っている。
「どう?同じクラスだった?」
「あーっと……」
「祢援だけ違うみたいだね」
「え……」
1組と書かれた列にレオと響の名前があり、僕の名前は3組の列にあった。
「まぁ休み時間とかになったら遊びに行くからさ」
「絶対来てよ〜」
「きっと新しい友達作れるから大丈夫だよ」
まじかー俺だけ違うクラスなの急に不安になってきた。
いや、二人じゃなくても知り合いが他に居ればまだ違うか……も!
「真岩杷子……二星麗夢……」
「ん、なんて?」
「いや、なんでも!」
つい口に……。
「そういえば、卒業式の日杷子に呼び出されたのはなんの用だったの?」
「確かに!」
「い、いや別に大したことは……」
「なんだよ気になるだろー」
「えっと、ただ前家に行ったときの忘れ物を持ってきてくれただけだよ」
「え?な……まぁ、そっか。そろっと教室行こうぜ、周りの人も少なくなってきたし」
レオは相変わらず優しいやつだ。
「部活二人はどこに入るか決めた?」
「俺はバスケ続けようかと」
「僕はまだ決めてないんだよね、レオは?」
「俺はこのサイクリング部に入ろうと思うんだよ!」
いつの間にか手に持っていた新入生募集と書いてあるプリントをこちらに向けてきた。
「へー楽しそう、いいじゃん」
「でしょー」
「空手はもういいの?」
確かに、レオは中学の時空手で北信越大会まで行っていたのに……。
「なんかもういいかなって、一つのことを極めるのもいいけどやっぱり、いろんな事をやってみたいよね」
「そうなんだ、でも玲生らしいかも」
「入りたい部活見つからなかったらネオも一緒にやろうぜ」
「いいなそれ、考えとくわ」
「あ、教室ここじゃない?」
「お、ここだ。んじゃ、友達作れよネオ」
「うっせ」
……。
静かだ。そこかしこから話し声がして騒がしいはずなのにすごく静かに感じる。
二人と同じクラスがよかったなー、しかも杷子と麗夢が同じクラスなのがな……。知り合いがいるのは嬉しいけど何かありそうで不安だ。
「あ、袮援だ!おーい」
げ、思ったそばから。
「ちょっと無視しないでよ」
「……」
「ねぇ聞こえてる?」
「……」
「無視すんなよっ」
どんっ。
「痛っ、あぁ真岩杷子か」
「気づいてたでしょ白々しい、しかもまたフルネームで呼ぶし」
「何の用だ……っ」
麗夢もいたのか。
「……ひ、久しぶり麗夢」
「ん?あ、あぁーうん、久しぶり」
「…………え?」
…………え?
なんでそんなサバサバした反応ができるんだ?
なんでそんな初めて会った人みたいな反応ができるんだ?
ん?
俺がおかしいのか?俺が気にしすぎてるだけなのか?
そんなわけない、だってあんな別れ方したのに。
そんなわけない、だってあんなに色々話したのに。
ん?
あんな別れ方?
あんな別れ方ってなんだ?
俺ってなんで別れたんだっけ?
そもそも別れた時の事を忘れるなんて事あるか?
そんなわけない、だってあんな別れ方したのに。
そんなわけない、だってあんなに色々話したのに。
ん?
あんな別れ方?
あんな別れ方ってなんだ?
俺ってなんで別れたんだっけ?
そもそも別れた時の事を忘れるなんて事あるか?
そんなわけない、だってあんな別れ方したのに。
そんなわけない、だってあんなに色々……。
ブツッ
今日の朝から始めた彼女とのデートは、終わりに近づいていた。
「今日は楽しかったね」
「でも、もういい時間だけど....」
「そうだね。じゃあ夕食も食べたし、そろそろお開きにする?」
僕の彼女はそう言いながらも、公園のベンチに腰を下ろしている。
考えてることは一緒だな、僕も帰りたくない。
その隣に自分も腰を下ろす。
「うーん……」
「どうしたの?麗夢、疲れたの?」
「うーんわかんない。なんか変な感じがする」
そう言って麗夢は、こめかみをぐりぐりと擦る。
「大丈夫?きっと朝から歩いてるからその疲れが今出たんだよ」
「そうかな?きっと帰りたく無いのかも」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、明日からもう学校が始まるし早めに帰らないと」
「うん……そうだよね、帰らなきゃだよね……」
「ふふっ、どんだけ帰りたく無いんだよ」
とんっ。
いつもの様に肩で麗夢に軽くちょっかいを掛けた。
「…………え……」
あ……、人ってそんな顔もできるんだ。
「ら…む……」
「お、起きた?」
知らない天井だ。どこだここ。
「おーい祢援、聞こえる?」
「え、杷子?なんで杷子が?」
声の主は窓際で丸椅子に座って本を読んでいた。
「入学式出れなかったね」
杷子はこちらに一瞥もくれないで呟く。
周囲に目を向けると、複数のベッドの周りを囲うようにカーテンが垂れ下がっている。
見覚えがない事が、ここを高校の保健室だと物語っている。
「ここまで杷子が運んできてくれたのか?」
「バカ言わないで、私があなたを運べるように見える?」
「見えない」
「明日会ったら玲生と響に感謝しなさい、私が居なかったら二人はあなたのせいで部活の説明に行けなくなる所だったんだから」
あの二人には入学式早々心配かけたな。
「……なぁ杷子」
彼女の視線はまだ、本に落ちたままだ。
「麗夢はなんで、なんであんななんだ?」
正直怖いよ。
「彼女、あの日を境に私に女の子について教えてって頼み込んできたんだよ」
聞き覚えのある入りに、されど聞き覚えのない声色に少し身構える。
「祢援も疑問に思ったように、当時の私はとてもじゃないけど女子力の高い女の子じゃなかったの」
「当然の様に俺の思考を確定して話すなよ」
「むしろそれと対の様な存在だったと言っても、過言じゃないと思うの」
確かに麗夢も変わったが、同じくらい杷子もあの頃と比べて変わっていた。夢麗と同じ方向に。きっと、夢麗の頼みのために勉強したのだろう。
その優しさは変わらないでもらいたい。
「それなのに彼女は私に頼んだ、何かに追われるように。」
杷子が本を閉じて窓の外に顔を向けた。
「今思えば別人になったようだったわ。その頼み事を私にした時もよそよそしかったし、私以外の人を避けているふうにも見えた。でも、当時の私は別れたショックで一時的におかしくなっただけかと思って重く考えてなかったの」
僕の記憶の中の夢麗は、社交的な子だった。男女問わず友達は多かったし、初対面の人でも臆する事なく会話していた。僕はそんな彼女を尊敬していた。
「結局杷子はその理由を知ってるの?」
もう一度なかなか答えを出さない彼女に聞いてみる。
「正解は自分で聞きなよ、私はあくまで二人の仲の繋げ役だからね」
僕が顔を顰めると「自ら楽しみを潰すことはしないって言ったでしょ」といつもと近い声色で言う。
あんだけ雰囲気出しといて結局言わないのな。
ヴーヴーヴー
「妹さんじゃない?早く出てあげな」
枕元にあるスマホを見たら本当に未来からの電話だった。
「もしもし」
『ちょっとネオにぃ倒れたってホント!?大丈夫なの!?』
余りの勢いにスマホを遠ざける。杷子がくすくすと肩を揺らして、顔が熱くなるのを感じた。
「大丈夫だってちょっと……貧血で、もうなんともないから」
『そう?ならいいけど……、私今校門の前にいるから』
「え……」
『早く出てきて、一緒に帰ろう』
「ちょ」
『じゃあそう言うことだから、待ってるね』
「まっ」
ツーツーツー
「ネオにぃ想いの妹だね」
「……っ」
「早く行かなくていいの?」
「言われなくてもっ」
杷子の差し出した荷物をひったくる。
「じゃ、また明日ね」
「じゃ、またいつかね」
ピシャリと扉を閉め、立ちくらみを堪えて、躓きそうになりながらも気持ち早足で玄関へ歩く。
「結局また聞けなかったな、あいつ友達いないだろ」
彼女の悪態をつきながら……。
「明日こそは麗夢と話をしよう」
そう、決意した。




