DECOだからってなにしても許されると思うなよ 12
アカネのアバターが消えるのを確認してナハトから懸念は消え去った。この場に残っている敵は魔族の一般兵300くらい、指揮官らしき獅子頭、そして魔族落ちした来訪者がひとり。自分のHPは魔族の神官によって回復されて4割。集中力持続限界までは45分。ナハトは自分の限界を自覚している。60分で集中力を使い切るように叩き込まれた。深く集中して60分。それがナハトの限界ラインだ。
「さて、やろうか。一対一か? それともまとめてかかってくるのか?」
「安い挑発だが、乗ってやろう。誰も手を出すな。一対一だ」
獅子頭の魔族が両手の剣を構える。二刀流と言うのは簡単だが、その片手にそれぞれ両手剣を持っているとなると話は変わってくる。
「ついでに俺のHPを満タンまで回復しといてくれてもいいんだぞ」
「回復してやれ」
魔族の神官からヒールが飛んできてナハトのHPを回復する。流石のナハトも本当に回復してもらえるとは思っていなかった。なんでも言ってみるものだ。
「これで負けた時の言い訳は無いぞ」
「言い訳なら最初から用意してないな。負けないから」
「その意気や良し。簡単に死ねると思うな」
そう言うと獅子頭の魔族から距離を詰めてくる。巨躯に似合わない素早い動きだ。右手の剣が唸りを上げて空間を切り裂く。ナハトはスウェーでそれを躱す。さらに踏み込んで左手の剣が振り下ろされる。重心にまで切り込まれた。避けられない。否、避けるつもりなどない。ナハトを両断せんとばかりに振り下ろされた剣に、ナハトは自分の剣を追いつかせる。剣の腹を使って、魔族の剣の腹を押す。振り下ろされた剣は、縦に振る力は強くとも、横への加重には抵抗できない。結果、魔族の左手の剣はナハトの身体を避けるように大地へと叩きつけられた。くの字に曲がったナハトの剣筋が魔族の胸に深い傷を与える。そこで初めてナハトは大地を蹴った。自分から見て左。魔族の右手側へと飛び込む。交差した腕が邪魔で、すぐさま横薙ぎの攻撃が来ないと予測してのことだ。
首刈りの一撃。
にも関わらず魔族のHPはほとんど減少しない。防御力が高いのか、HPが多いのか、あるいはその両方か。大雑把な目算だが、スタミナ半分以上で、クリティカルヒットを100回くらい当てれば倒せそうだ。45分で100回となると、30秒に1回クリティカルヒットを入れても間に合わない。スタミナの回復時間を考えるとギリギリだ。
魔族の右手が振り抜かれる。盾で受けるとスタミナが減る。ここは回避の一択。時間差を付けて左手も振り抜かれる。ナハトの目の前を剣先が抜けていく。あまりに大きく回避行動を取ると、それもスタミナを消費するので、最小限の動きで躱して行くしかない。
しかない?
余裕だろ。
魔族の動きはナハトの基準からするとあまりにも遅い。ナハトは幼い頃から240Hzのリフレッシュレートに対応させられてきた。VRゲームの話ではないが、ナハトは240分の1秒を認識できる。現実世界では身体の動きが認識に追いつけないが、仮想世界でなら話は別だ。根本的にほとんどの人が勘違いしていることだが、全感覚没入型VRにおいてアバターを動かすときに、自分の肉体を動かすように動かすことは間違いだ。アバターは乗り物だとナハトは考える。肉体より遙かに速く動ける乗り物だ。認識を超える速度を出すことはできないが、操者が認識できる限り速く動かせる。振り始めた剣に後から剣を追いつかせることなど容易なほどに。
肉体を思い通りに動かせるほどに鍛えるのは難しいが、アバターなら別だ。思い通りに動く。例えば現実のナハトは足を180度開くことはできないが、アバターでならできる。ほとんどの来訪者はアバターを自分の肉体のように扱うので、可動域を自分の肉体の限界より広げようなどとは考えないが、アバターを自分の肉体だと思っていないナハトなら可能だ。
常人にはとても追いつけない認識速度と、アバターに対する価値観の違いが、ナハトの強さの秘密だと言える。
もちろん負担が無いわけではない。240分の1秒を認識するには深い集中が必要だ。よってナハトが最高速で戦闘できるのは60分が限界だ。集中を浅くすればいいのではないかと思うかも知れないが、60分を身体に叩き込まれすぎて、そこで集中が切れる。悪い癖だとナハトは分かっているが、深い集中を60分以上続けたときに自分の脳がその負荷に耐えられるかが分からない。自分にとっては必要なブレーキだ。
現実世界では深く集中すると水中に潜ったような感覚になる。身体の動きが遅く、重く感じるのだ。仮想世界ではそれが無い。集中すればするだけ速く動ける。それが楽しい。
とは言えスタミナ値の関係で最高速で動き続けるというわけにもいかない。速く動けば動くだけスタミナの減少も激しいのだ。静と動。そのバランスこそが肝要だ。ちなみにこの場合の静とは、まったく動かないことではなく、スタミナが減少しない程度に動くことである。
ナハトは踊るように2本の剣の波状攻撃を避けつつ、的確に急所への攻撃を入れていく。10分が過ぎた。クリティカルヒットの回数は25回。いいペースだ。敵魔族のHPも計算通りに減っている。
「この来訪者め、ちょこまかと」
「どうした。かすりもしないぞ」
言いながらナハトは今の台詞ちょっと悪役っぽかったなと思った。
「<バーサク>!」
魔族がアビリティを使う。来訪者には未確認のアビリティだ。だが名称から攻撃力上昇とか、そんな感じの効果だろうと当たりを付ける。ゲーム的には防御力減少効果のデメリットもありそうだ。
このアビリティの使用で分かったのはこの魔族が来訪者には解放されていない二次職に就いているのであろうということだ。バーサクというアビリティから推測するに、狂戦士とかが戦士の上位職としてあるのかも知れない。
そして魔族が来訪者やNPCと同じ縛りがあるのだとすれば、そのレベル上限は90ということになりそうだ。実は三次職でレベル上限120でしたとか言われてもDECOだから仕方ないのだが。
推測は推測に過ぎない。現実はこの魔族のHPゲージが残り7割を切ったということだ。やはり防御力減少効果があるらしい。逆に言えば、いま一撃でも食らえば、即死もあり得る。レベル差による補正の少ないDECOだとは言っても、倍以上にレベルが違えば、根本的なステータスが異なる。そういう意味ではこの魔族は圧倒的な強者だ。おそらく現時点で来訪者が何人束になってかかろうと勝てるようにデザインはされていない。運営側はそのつもりだ。だがナハトがそれに従ってやる義理はない。
この魔族のAIがいくら強化されていても戦闘の達人というわけではない。設定上はそうなのかも知れないが、通常のMOBよりよく動くという程度だ。一対一ならナハトが後れを取る理由は無い。
さらに何分かが過ぎて魔族のHPは半分を割った。獅子頭の魔族の身体に変化が現れる。筋肉が盛り上がり、ただでさえムキムキだった見た目がボディビルダーのようになる。おそらくはNMの覚醒だ。攻撃パターンの変化に注意しなければならない。オルレイユのように範囲攻撃してきたら流石に厄介だ。
「戦技」
見たことのない構えだ。ナハトは後ろに跳ぶ。
「<火輪斬り>」
2本の両手剣が炎をまとって、魔族はぐるりと一回転しながらそれを振り抜いた。ナハトには届かなかったが、範囲攻撃で間違いない。ただしその範囲は狭い。囲んで殴っている前衛を巻き込むくらいの範囲だ。オルレイユほど厄介では無い。威力はもっと高いのかもしれないが。次は大きく下がる必要も無い。戦技は決まった攻撃範囲にしか効果を及ぼさない。狙ってどこかに叩き込むというようなことはかなり難しい技術を必要とする。ナハトのように見てから間に合うのであれば、一度範囲を見てしまえば避けるのは容易い。
覚醒でこれなら勝てる。
ナハトがそう思ったときだった。いきなりHPが大きく減る。魔族からの攻撃は受けていない。咄嗟に振り返ると、そこには弓を構えた来訪者の姿があった。流石のナハトも背中に目はついていない。不意打ちには対応できない。いや、本気で集中すれば可能だったかも知れない。だが今は魔族だけに注意を向けていた。向けてしまっていた。
「二対一か、それでもいいぜ」
「邪魔をするな! デイラ!」
獅子頭の魔族はナハトを無視して、来訪者の男に突っ込んでいく。敵意値はナハトのほうが高いはずだ。この魔族は敵意値を無視して行動できるのか、あるいは今の横やりが敵意値を上げたのか、どちらかだ。
「そりゃあ、ない、ぜ。俺はアンタを助けようと」
「邪魔立てするなと言ったであろう。貴様は長城まで帰るがいい」
魔族の剣が来訪者に直撃する。一撃でそのHPは全損した。やはり攻撃力が高い。
「とんだ邪魔が入ったな。どうする。HPを回復するか?」
「いや、このままでいい。どうやらHPの残りは関係なさそうだ」
「よかろう。参る!」
獅子頭の魔族が剣を振り上げ、ナハトは構えを取った。
明日の更新ができるかはちょっと怪しいです。土曜日なのに仕事入ったからね。
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