DECOだからってなにしても許されると思うなよ 13
大前提としてAIは人間に危害を加えられない。ただし娯楽となると話は別だ。生命の危険の無い範囲で味わう恐怖は娯楽だと解釈される。故にゲームの敵はAIを搭載した上で人間を襲うことができる。来訪者の恐怖を見てみたいという獅子頭の魔族が言った言葉はAIの制限を逸脱はしていない。むしろ敵としてよくできているとすら言えるだろう。だがその上でアカネの緊急ログアウトを止めずに、むしろ後押しするようなことを言ったナハトにはひとつだけ懸念がある。
一体どこまでが生命の危険の無い範囲なのか、だ。
DECOでは痛覚はカットオフされているので、たとえどんな拷問を受けたところで痛みは無い。だが痛みを与えるだけが拷問ではない。痛みは無くとも感覚はある。ナハト自身が来訪者を相手に戦うときによく使う手管だ。例えば人間は目を攻撃されると反射的に身が竦む。目に針を突き刺されるような経験は、例え痛みが無くとも深い恐怖を心に刻むだろう。もし緊急ログアウトが無ければの話だが、魔族が来訪者を押さえつけてそのような行為に及ぶことは可能だ。獅子頭の魔族がどこまで考えているのかは分からないが、来訪者の心を折りに来る可能性はある。
少なくともアカネはその可能性から遠ざけておきたかった。
しかし結果から言えば獅子頭はナハトの一対一の申し入れを受け入れ、横やりを入れた来訪者を倒しすらした。恐怖うんぬんはAIなりのフレーバーの入れ方だったのかもしれない。つまり敵AIが悪役ロールプレイしているという可能性である。
その辺り猫精霊を呼び出して聞いてみても濁されるだけであろう。
今のナハトにできることは目の前の敵を倒すことだけだ。
やがて獅子頭のHPは2割を切った。更なる覚醒があるかと警戒していたナハトだが、そんなことはないようだ。
「我に勝ち目は無さそうだな」
獅子頭はナハトから距離を取ってそう言った。集中力持続限界まではまだ15分ある。十分に倒しきれる。
「認めよう。我が敗北を。だが我々は負けん」
獅子頭はそう言った。つまり一対一では勝てないのでプライドを捨てて仲間を使うぞ、ということだ。
「さっき助太刀した来訪者を殺したばかりなのによく言うぜ」
「あれは我の楽しみを邪魔したからだ。だが楽しめないのでは本末転倒だ。神官!」
魔族の神官たちが神聖術の詠唱を開始する。せっかくここまで削ったのに、回復されては倒しきれなくなる。ナハトは方向転換して魔族の神官へと矛先を向ける。弓があれば使ったのだが、狩人や衛兵に渡してしまって手元に無い。直接斬りつけて詠唱を中断させるしかない。
ひとつ、ふたつ、みっつ――!
しかし何体もいる神官の魔族すべてに手は届かない。神聖術の魔法陣が完成し、獅子頭の魔族のHPを回復させる。僅かな量だ。獅子頭のHP最大値が多すぎて回復しきれていない。
よっつ、いつつ、むっつ――!
それでも数の暴力で獅子頭の魔族のHPは回復していく。また神官たちはお互いに神聖術で回復することでナハトから受けたダメージも回復してしまう。こうなると絶対的に火力が足りていない。完全に詰んでいる。
「どうする。来訪者。貴様も緊急ログアウトとやらをするしかないのではないか?」
「やれるところまでやる主義でね」
「ならば死ぬがいい。総員、かかれ!」
魔族たちがナハトを目がけて押し寄せてくる。15分で300体の魔族を倒しきるのはナハトには不可能だ。神官による回復があるなら尚更だ。これは流石に死ぬかな? とナハトが思ったときだった。
北側の丘向こうから無数の影が現れる。数千の軍勢だ。領軍が救援に来たという可能性を一瞬考えて否定する。この世界のNPCたちは来訪者が復活するのを知っている。先に逃げたNPCたちを確保したとすれば、それ以上領軍が動く必要性はまるでない。
だからそれは領軍ではなかった。
それは来訪者たちによる軍勢だった。数千人の来訪者が団結して救援に駆けつけたのだ。おそらくは領軍が動かなかったために結成されたのであろう。本来の目的はNPCの救出であったであろうことは想像に難くない。それがどういうわけかここにいる。脱出したNPCたちとはすれ違ったのか、それとも出会った上で来訪者をも助けに来たのか、それは分からない。
来訪者軍と魔族軍はすぐに激突した。これまで劣勢での戦いばかりを強いられてきた来訪者たちだが、今この場に限ってみればそうではない。魔族の残存兵数は300、それに対する来訪者軍は少なく見積もっても10倍はいそうだ。
「ここは退くぞ! 本隊と合流する!」
獅子頭の形勢判断は早い。敵が退却を選ぶ辺り、このゲームはシミュレーションゲームとしての側面も備えているようだ。
「ナハトよ。勇猛の指輪を持つ者よ。我が名はグ・ラ・ラザン。再び相まみえる日を楽しみにしている」
獅子頭は最後にそう言い残して来訪者軍を蹴散らしながら西へと退却していく。流石のナハトも見送る他ない。
「NMに目を付けられるとか、呪いのアイテムじゃねーか」
来訪者軍は撤退する魔族軍を追撃していった。ナハトは後に残される形になる。流石に同行する気にはなれなかった。ナハトはその場でログアウトを選択する。待機時間の後、VRロビーに戻ったナハトはそこからもログアウトして自室のベッドに意識が戻る。PAにはアカネからいくつかメッセージが来ていたので、読まずに、
【無事に戻った。疲れたからとりあえず寝る】
とだけ送信して、ナハトは目を閉じた。
後日、めちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。
結果を見れば辺境伯領の南方、6つの町が魔族の手に落ち、新たな境界線を挟んで領軍と魔族軍がぶつかり合う。という状況が大侵攻の結末だ。
この事態を重く見た辺境伯は来訪者に対して二次職についての情報を解禁。プレイヤーたちはこれが二次職の解放イベントであることを知る。元々予定されていたイベントなのだとすれば性質が悪すぎた。失われれば復活は無いと散々告知されていたNPCを大量に死なせることが前提だったからだ。リセットすればやり直せるオフラインゲームとは大きく違う。
プレイヤーはDECOだから仕方ない派と、いくらDECOでも許されない派に真っ二つに割れ、DECOプレイヤーの枠を越えて大きな物議を醸し出した。この炎上は大きな話題となり、結果的にDECOプレイヤーの総数は増えたと言われている。
こうして大侵攻は終わりを告げた。いや、魔族による侵攻は日常と化したのだ。
逃がしたNPCたちがどうなったかは次回ちょっと触れると思います。
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