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その方法

五人が別次元の維心の居間へと収まり、ひと当たり起こったことを話し、落ち着いた頃、その維心は維月を見て言った。

「…そうか。そちらでは、神格化の仕方を知らぬか?」

こっちの維心が頷いた。

「知らぬ。それは、獣などなら我にでも出来ようが、神とは自然に発生するもの。我らがそのようなことをすることはないゆえな。まして人を神格化させるなど…我には、方法が分からぬ。碧黎は、己の宮を作るために獣を何体か使ってはおるが。」

別次元の維心は、眉を寄せた。

「我とて、今まで行なったことなどないわ。しかし維月なら…」そして、陽蘭を見て、「…申し訳ないが、維月の母上は我には無理であるな。」

維月と陽蘭は、顔を見合わせた。陽蘭が、言った。

「それは、我が歳であるから?」

別次元の維心は、首を振った。

「そうではない。我は、元より維月以外は無理なのだ。」

それを聞いたこちらの維心が、ぐっと眉を寄せた。

「…まさか、褥を共にとか、そういったことか?」

維心は、頷いた。

「そういったことよな。我の命を少し削って与えるような感じよ。身を繋いで…かなりの集中力が要るので、神でも出来る者は限られておろう。時も掛かる。加減次第では、殺してしまうゆえ。」

十六夜が、すっくと立ち上がると言った。

「よし。じゃあお前は維月を頼む。お袋は親父にやらせるから、やり方を教えてやってくれ。」

両方の維心が、驚いた顔をした。

「十六夜、これはかなりの修練が必要であるぞ?簡単には習得出来まい。その碧黎と言う神、確かに力を持っておるのは知っておるが。」

別次元の維心が言うと、こちらの維心も言った。

「十六夜!維月は、我がやる!こやつに出来るなら、我にも出来ようが。どうして主は、そう何でもぱっぱと決めるのよ!」

十六夜は、はーっとため息を付いた。

「まずシン、親父に出来ねぇことなんてねぇよ。それから維心、勢い余って維月を殺しちまったらどうするんでぇ。我慢しな。とにかく神に戻さなきゃならねぇんだから。」

こちらの維心は、グッと黙った。別次元の維心が、フッと息を付いた。

「分かった。ならば我が維月を神に戻そう。だがの、我の命を与えるゆえ、維月は月ではなく龍になる。月に戻したいのなら、そこからは主らが考えねばならぬぞ。」

それには、碧黎が答えた。

「それは、案ずることはない。我が、また維月を月へ上げれば良いのだからの。」と、陽蘭を見た。「我の命を削って、陽蘭に与えれば陽蘭は地に戻る。まさか、そのような方法があったとはの。」

別次元の維心は、頷いた。

「我とて、父から教わったままぞ。こちらで、我の父は人の母を愛してしもうて、必死にいろいろなことを試したのだそうだ。そうして、母を神格化することに成功し、そうして、我をなした。しかし、結果的には我の気が強過ぎたので、母は死してしまったがの。しかし、我は父を恨んでおったし、結局弑してしもうたがな。」

維月が、感心したように呟いた。

「まあ…こちらの張維様は、とても努力家でしたのね。」

別次元の維心は、片眉を上げた。

「父も知っておるか?そちらでも、維心の父は張維か。」

維心は、苦々しげに頷いた。

「前世の我が父は、人のまま母を愛して我をなし、殺してしもうたがの。」

別次元の維心がそれに答えようとした時、侍女の声がした。

「王。緋月様が来られましたが。」

維心は、ちらとそちらを見て、手を振った。

「客人が居る。日を違えよと申せ。」

侍女の声が、ためらいがちに答えた。

「はい。」

こちらの維心と維月が、顔を見合わせた。緋月…前世の、私達の娘と同じ名。

維心が、言った。

「主…緋月とは?」

別次元の維心は、フッと息を付いた。

「我の妃。」皆が驚いた顔をしていると、苦笑して続けた。「仕方ないではないか。どうしても誰でも良いから妃をと言われての。そうしたら、こちらの義心と維月の間に緋月という娘が育っておって、それを奥宮へ入れることを許可した。初日だけは通うたし、それにそれで運良く子も出来ての。我の務めは果たせたので、臣下達も無理は言わぬようになった。200年ほど前か。主らが死んだと聞かされて、我ももう逝く準備をせねばと思っておったからの。」

維月は、気遣わしげにこちらの維心を見た。その維心は、まるで我がことのように言った。

「いや、維月、王とは皆こんなものぞ。我とて、主に出会えておらねば臣下の連れて来た女を形ばかりに妃に迎えるしかなかったであろうからの。責務と思うておって、我がこうして主を迎えられたのは、奇跡に近いほど運の良いことであるのだ。この維心が悪い訳ではないからの。」

維月は、首を振った。

「そうではないのですわ。私は、神世のことはもう知っておりまする。ではなくて、こちらの緋月殿のことです。ああして会いに来られるということは、想っておられるのでしょう。なのに、私がこちらに居たら、おつらいのではありませぬか?」

こちらの維心は、困ったような顔をした。

「そうは申してもの…王と妃とは、本来あのようなもので…。普通は何人も居るのでな。我とて主以外であったなら、恐らくこれほど妃に構わなかったであろうし…。」

別次元の維心が、表情を変えずに言った。

「では、あれを帰すか?」こちちらの維心が、渋い顔をした。もうこれ以上何も言ってくれるなといった感じだ。しかし、別次元の維心は続けた。「別にもう役目は終えておるし、我は初日以外一度も通っておらぬからの。普段から会うこともそうないのだ。あれがここへたまに来るゆえ、気が向けば話しぐらいはするがの。あれも、戻った方が他の縁もあって幸福であろう。我も、肩の荷が下りようというもの。」

維月が、分かっては居ても暗い表情になった。心が無いと、維心様でさえこんな風に素気無くされるんだわ…。道具みたいに扱うって、神世ではずっと直らないのかしら。

すると、こちらの維心が、自分が言ったことではないのに必死に言った。

「維月、神世の考え方はこうなのだ。王にとって婚姻は責務。なので愛情が伴うことは少ないのだ。まして我のように女が鬱陶しいと思うておる王だと、心がないとこうなるのだ。この維心が特別なのではないぞ。」

維月は、分かっていたので袖口で口元を押さえて下を向いて頷いた。十六夜が、苛々として言った。

「そんなことはどうだっていい!とにかく、維月を神に戻してくれ。お前の夫婦関係がどうだって、オレは知ったこっちゃないんだよ。とにかく、維月とお袋を神に戻すのが目的で来たんだ。」と、維心と維月を交互に見た。「お前らもな、細かいことにこだわるんじゃねぇよ。維心、このままじゃ維月が早々に寿命を迎えて死んじまうって、毎日嘆いてたんじゃねぇのか。維月、お前だってこのまま遺して死ぬのは気がかりだって言ってたんじゃねぇのかよ。とにかく、シンに神にしてもらえ!話なら、それからいくらでもしてりゃあいいからよ!」

こちらの維心と維月が呆然と十六夜を見て、とにかく頷くと、別次元の維心がやれやれと碧黎を見た。

「…では、碧黎。主に、術を教えようぞ。しかし、何度も申すがそう簡単にはコツは掴めぬと思うぞ。我とて、父が何を言うておるのか、なかなかに分からぬで苦労した。最後には、父に記憶の玉を作ってもらってそれを吸収し、やっと分かったぐらいでな。」

碧黎は、軽く頷くと、手を上げた。

「ああ、構いない。我は直接主から学ぼうぞ。心に、その方法を浮かべるが良い。」と、じっと別次元の維心を見つめた。「案ずることはないと言うに。我は維月の父ぞ。舅と思えばそう警戒もせぬのではないか?」

横で、陽蘭が笑った。

「維心は、私のことは、維月の母と申すのに。碧黎は、このように気が大きいので、警戒もするわよね。」

碧黎は恨めしげに、笑う陽蘭を見た。

「何を楽しげに。我とて好きでこのような気なのではないわ。生まれ出た時からこうなのだから、仕方がないではないか。」

それを聞いた別次元の維心が、幾分力を抜いたように見えた。維月は、恐らく維心も生まれた時から強い気ゆえに回りに恐れられ、警戒されて来たので、少し心を許したのではないかと思った。

しばらくして、碧黎が感心したようにため息を付いて、上げていた手を下ろした。

「ほんになあ…維月に同感ぞ。この次元の張維は、ようこんな方法を編み出したもの。会うてみたいわ。」

十六夜が、眉を寄せて碧黎を見た。

「で?出来るんだな、親父?」

碧黎は、それを聞いて胸を反らした。

「誰に言うておる。出来る。我に出来ぬことなどないわ。ただ、こんな方法を思いつかなんだだけで。なので、ここの張維に感心したのよ。今度黄泉で、あちらの張維に言うてやろうぞ。主も努力ぐらいせよ、との。」

そうして、碧黎は立ち上がった。陽蘭も、それに合わせて慌てて立ち上がる…ここ数百年で、維月を育てるために陽蘭が学んだ、神の女の礼儀だった。

「さて、この次元の維心よ。部屋を貸してもらえるか?」

今からもう術を始めるのか。

皆が驚いた顔をしたが、別次元の維心は頷いた。

「では、部屋を用意させる。」と、侍女を呼び、頷きかけた。「あれについて参るが良い。」

碧黎は、歩き去りながら十六夜に言った。

「いくら我でも時が掛かりそうぞ。主、こちらで少しは何かの役に立っておれよ。」

そう言い置くと、碧黎は陽蘭の手を引いて歩いて出て行った。十六夜は、その背に呟いた。

「…いつまで経っても、子供扱いしやがって。」

日が、傾いて来ていた。

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