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維月は、この世界の維心に手を取られて、恨めしげにこちらを見送るあちらの世界の維心を気にしながら、奥の間に入った。そこは、数百年前に共に過ごした時と、何も変わっていなかった。維心は、ためらう様子もなく維月を抱き上げて寝台へ沈むと、口付けてから言った。

「何と長い時を離れておったことか…主だと思わねば、我はあの一夜でさえも他の女などに触れようとは思わなんだ。」

維月は、ためらいがちに維心を見上げた。

「ですが維心様…例え一夜でも、確かに妃になさったのでしょう。ならば、緋月殿が、維心様の妃なのですわ。」

維心は、険しい顔をした。

「…主が死んだと聞かされたゆえ。我もすぐにでも追って参りたかった。しかし、我には責務がある…王の血筋を、途切れさせる訳にはいかなんだ。なので、子をなし、その子に譲位するまではとこうして生きておったのだ。我には、主だけ。あちらの維心の妃であっても、我には主だけなのだ。維月…それほどに緋月が気になると申すなら、すぐでも帰そうぞ。あれとて、気が進まぬ風で嫁いで参ったのだ。好きな時に戻れば良いとも申してある。我が愛しておるのは、主だけぞ。」

維月は、しかし食い下がった。

「維心様…でも…、」

維心は、首を振った。

「もう良い。我をこれ以上怒らせるでない。」維月は、ハッとして維心を見上げた。維心の目は、うっすらと光っていた。「あれを愛しておらぬ。そんな対象ではない。神世を知っておるのではないのか。我が望むは主のみぞ。さあ、我が命を与えようぞ。離れても…主と我はそれで繋がるのだ。」

維心は、維月に深く口付けた。維月は、何を言っても無駄なのだと悟った…これは、やはり完全にあの維心と同じ維心なのだ。


元の次元から来た方の維心が、不思議と自分だと思うと腹が立たないのだが、それでも面白くなく庭をぶらぶらと歩いていると、ふと維月に似た気を感じて振り返った…そこには、自分が前世維月との間になした緋月とは、目の色が違う緋月が立っていた。前世の自分の娘の緋月は、自分と同じ深い青い瞳だったが、この緋月は義心と同じ青い瞳。同じ青でも、違った。それが、これがこちらの維月が自分ではなく義心を選んだという事なのだと少し気持ちが沈みながらも、維心はその緋月と向き合った。緋月は、頭を下げてから言った。

「お邪魔ではないかと思うたのですが、お客様はもう、お帰りになりましたか?」

維心は、この緋月が自分をこちらの次元の維心と間違っているのだと気付いた。そういえば、唯一見分けが付いた髪の長さも、こちらの維心が髪を自分と同じように切ってしまっていたので、全く同じだったのだ。それでも、維月が難なく自分達を見分けることを思うと、この緋月がこちらの維心をあまり会っていないことが分かった。

維心は、言った。

「…我は、主の王ではない。」相手は、驚いた顔をした。しかし、維心は続けた。「別の次元から参った維心。主の夫は、今奥に居るであろう。」

緋月は、じっと維心を見ていたが、ふと指を見て、ハッとしたような顔をした。維心は、その指に結婚指輪がはめられてあるのを見たのだと気付いた。緋月は、頭を下げた。

「失礼を申しました。まさか、別次元からのお客様とは思わず…。」

維心は、頷いた。

「良い。主、この指輪を見たの。意味を知っておるのか?」

緋月は、ためらいながらも頷いた。

「はい。母が、人の世に長く居りましたので。父が母のためにと、人の世からそれと同じ物を手に入れて参り、お互いに身に着けておりまする。結婚指輪と申すのだと言って。」

維心は、頷きながらも暗い顔をした。こちらの義心と維月も、これを身に着けていつも共にと約し、仲睦まじくしておるのだろう。自分の維月と、こちらの維月は違う。こちらの維月は龍で、洪の姪なのだ。こちらの次元の維心は、その維月に見向きもしなかった。だから、自分が暗くなるのは間違いだと分かっていたが、それでも維心にとって、維月が他の男を選んで愛し合っているという事実は重かった。

維心は、無理に気持ちを明るくしようとその指輪を見た。

「…我も、我が妃のためにこれを人の世で手に入れた。何ものにも換えがたい、我の宝であるのでな。妃が喜ぶことならば、何でもしようと思うての。」

そう、お互いにこれを握り締めてまで、転生して来たのだ。維月は、我の命…。

すると、目の前の緋月が、突然に顔を覆って泣き出した。維心はびっくりして、緋月を見た。

「緋月殿?どうしたのだ。」

緋月は、言った。

「我が王は、我のことなど愛してはおりませぬ。我とて、決められて宮からの命で奥宮へ入っただけの女。お互いに、愛情などありませぬの。それなのに、別次元の王は、そのように愛情深く妃を思っていられるのですね…。」

維心は、戸惑った。それが、普通なのではないのか。

「しかし…我らのように真に愛し合っている王と妃など僅か。ほとんどは主が今言うたように、お互いに責務で共に居る。王族など、そんなものではないのか。主は、知っておると思うておった。」

緋月は、涙を拭って顔を上げた。

「はい。分かっておりまするわ。ですが、我は軍神の子として生まれたのです。父と母は、それは仲睦まじく、我もあのように共に居る殿方を見つけて、幸せに暮らすのだと思うておりました。しかし、思いもかけず王の妃に…どうにかして、思い合うことは出来ぬかとお話に参るのですが、王は一向にご興味も無い様子であられて。我も、滅多に会うこともない王に、お慕いする気持ちも湧き申せず…。」

維心は、娘そっくりの緋月がそんなことを言うのに、どうしたものかと困った。こちらの維心のことは、どうにも出来ない。あれが、自分と同じならば、維月を知ってしまったのだから、恐らく他を愛することなどできぬのだろう。今も想っていると、あの目を見て思った。ならば、緋月がいくら愛されたい、愛したいと思っても、あの維心相手では無理だ。

「…主は、我の次元では我の前世の娘であるのだ。」維心が言うと、緋月はびっくりしたような顔をした。「ただ、目の色だけは違う。それは、義心の目の色ぞ。緋月よ、もし主があの王を愛せぬと思うなら、里へ帰るが良い。あの維心が我と同じであるのなら、あれは誰も愛せぬ。我らがなぜに知り合ったと思うか…我が妃が、次元を超えてこちらへ落ちてしまったからぞ。そして、あの維心は我が妃を助け、その時に我が妃に心を奪われた。それ以降、あれの心には我が妃しかない。なので、あれと愛し合うなど、この次元の誰であっても無理なのだ。我が、我が妃以外目もくれぬのと同じようにの。」

緋月は、ただただ驚いてそれを聞いていた。そして、維月とよく似た顔立ちで、不意に微笑んだ。維心は、今泣いていたのに、急に笑ったのに驚いた。…ほんに、女とは分からぬの。

すると、緋月は言った。

「ああ、なんだかすっきり致しましたわ。王と同じお顔で、そのようなことをおっしゃるのですもの…確かに、王は我と話しておっても時に、大変に寂しげに、遠くを見るような目をされました。遠い次元に居る、あなた様の妃を想っておられたのですわね。」

維心は、その時のこの次元の維心を思った。おそらく、死んで逝った維月を想い、自分が死しても次元が違うゆえに会うことも叶わぬのだろうと絶望しながらも、もしかしてと希望を持って、維月に焦がれていたのだろう。それを思うと、維心も苦しかった。もしもそれが自分だったなら、すぐにでも命を断ってしまっていただろうからだ。この次元の維心のように、責務だなどと考えることもなく、王の血筋がどうのなど考えることもなく…。

「…あれも、不憫よ。」維心は、呟くように言った。「ずっと手にすることなど、出来ぬ女であるからな。それを、心の底から愛して焦がれてしもうておるのだ。我は…あの二人が次元を越えてまで、どうして会うてしまったのかと思う。」

緋月は、じっと黙っていたが、維心に頭を下げた。

「このようにお話くださったこと、感謝致しまする。我は、里の父母に話し、かねてから王よりも戻るようにと言われておった通り、里へと戻りまするわ。そうして、また生き直しまする。」

維心は、頷いた。やはり、この次元のとはいえ維月の子。強く、前向きなのだ。

「我も、久しぶりに娘と話したような気がしたゆえ。ではの、緋月。」

そして、維心は去っていく緋月を見送った。

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