事実
維織は、父と母が、珍しく揃って自分を呼んでいると聞いて慌てて龍の宮の部屋を出て、王の居間へと急いでいた。母は常にここに住んでいたが、父がここへ来ているのは珍しい。いつも、会うのは月の宮へ帰っているときだけだった。
龍王様が居ないからかしら…と思いながら王の居間へと入って行くと、そこには、維月と十六夜が、いつもの椅子ではなく窓際の椅子に、並んで座って待っていた。久しぶりに見る二人並んでいる姿は、本当に仲が良く見えた。そう、維心との時は、仲睦まじいといった感じなのに比べ、この二人には仲がいい、という言葉が似合う。きっと、兄妹として育ったこともあるのだろう。緊張感は全くなく、二人共とても寛いでいた。
「お父様、お母様。帰っていらしたのですね。」
維月が、頷いた。
「そうなのよ。維心様がお仕事であちらへいらしているから、その間少し、月の宮へ戻っていたのだけれどね。維織、お座りなさいな。」
維織は、嬉々として二人の前に座った。十六夜が言った。
「お前も、結婚するんだから、いろいろ知っといた方がいいと思ってな。維月と話し合ったんだ。」
維月は頷いた。
「そうなの。もう子供でないんだものね。お祖父様のことよ。」
維織は、固唾を飲んだ。そんなお話をしてくださるの。
「あの…どうかなさいましたか?」
維月は頷いた。
「あのね維織、お父様とお母様もそうだけれど、お祖父様とお祖母様も対の命といって、同じ体に陰陽で宿っている特殊な命なの。神は、皆個々に違う体を持っておるでしょう。でも、私達は違う。なので、お互いのような命でなければ、子供をなしたりする時に命が奪われたりするし、必然的に陰陽で婚姻関係にあったりするの。ただ、お母様とお父様は、自分達で選んでこうなったから、その限りではないんだけど。ただ、お祖父様は、どうやらそれに嫌気がさされたようで。その、お祖母様がね、お祖父様を疑われたの。無実だって分かったけれど、それでお祖父様がすっかり気持ちを無くされて…今、龍の宮に居るのはそのためよ。」
維織は、口を押さえた。
「まあ…でも、対なのに。」
十六夜が、頷いた。
「そうだな。でも、親父達の場合、オレ達みたいに自分で選んだんじゃないからな。なので最初は、神世の常識も何も知らない親父が、その常識を知ったお袋と行き違いがあって、長く…1500年ぐらいか?離れて暮らしてたぐらいだ。親父はな、最初は酷かった。維月をいきなり黄泉へ送ったり…覚えてるか?維月。」
維月は、頷いた。
「覚えているわ。あの時、私は門をくぐらないで維心様と十六夜を待ったのよ。とても寒かったわ…。」
維織は驚いた。あの祖父が、この母を黄泉へ?!
「そんな…いきなり黄泉へなど。」
維月は、維織を見つめた。
「そうでしょう?でも、お祖父様にしたら、それが合理的だと思ったからそうなさったのよ。神世の常識とか、私達の感情とか、そんなものが全く理解出来なくてね。でも、後から分かったんだけれど…それは、お祖父様のせいではないのよ。」
十六夜も、維織を見た。
「そうなんだ。悪気なんてこれっぽっちも無い。だから、こっちからしたら酷いことでも、親父にしたら普通のことだったりな。それで、もう少し神世や人世を知ってみたらいいってことになってさ。」
維月が後を引き継いだ。
「そうなの。神世に、一緒に神として住んでみたらって提案して。そして、名を付けてね。あの名前、前世お母様が付けたのよ、碧黎って。」
維織はびっくりして目を丸くした。じゃあ、ずっと名も無く生きて来ていたの…。
「では、お祖父様は、それから神世を学ばれたのですね。」
十六夜も維月も頷いた。
「そうだ。それで、だいぶオレ達の気持ちってのを分かって、それを考えて行動してくれるようになったんだ。それから、お袋とも和解して、一緒に居るようになった。親父が変わったから、お袋も一緒に居れたんだと思う。だが、今度は反対だ。親父が丸くなって譲歩するようになると、今度はお袋がわがままになって来てさ。それで、今回のことが起こったって訳だ。」
維織は、知らなかったことがどんどんと知らされて、目が開かれて行くようだった。では、祖父は最初からああではなかったのだ。今は、何不足ない祖父なのに。
「では…行き違いで、と言うわけではないのですか。」
維月と十六夜は顔を見合わせた。
「…そうね。残念ながらそうかもしれない。でも、戻るかもしれないし。とにかく、お祖父様もまだ神世の考え方を知って日が浅いでしょう。思わずこうして、本来の自分っていう、好きなことを思うままにするってのが出て来てしまうときもあるのよ。仕方がないわ。だって、違う種類の命だもの。」
維織は、考え込んだ。でも、それはお祖父様のせいではないし…。
「お祖父様のせいではありませぬもの。そういう風にお生まれなのは。」
維月と十六夜が、その通りとばかりに頷いた。
「本当にそうよ、維織。だから、過去に黄泉へ送られたり、そうそう、記憶を混乱させられたり、いろいろあったけれど、私達もそれには触れないの。だって、何も知らない時のことなんだもの。こうして、一緒に生活してくれて、覚えてくれようとしてくれているんだから、もう、それは触れないでおこうってね。」
すると十六夜が、今気付いたことのように言った。
「でも維月、確か大氣も同じだったよな?あいつ、親父の古くからの知り合いで、最近まで姿を現さなかったじゃねぇか。前世では全く会わなかったしよ。今生になって…そう、蛇の反乱の時に初めて現われたんだ。」
維月は、あら、と口を押さえた。
「まあ、本当にそうね。そういえば、大氣ったら最初酷かったわ。お父様ばりに。」
十六夜は頷いた。
「そうそう。お前と維心の縁を切っちまってさあ。親父に叱られてオレ達が混乱しているのを見て、悪いことをしたって落ち込んでてさ。何しろ悪気がないから、困ったやつだって言ってたんだよ。で、こっちではどうだ?少しは神らしくなったのか?」
維織が、婚姻を反対されてはと思ったようで、一生懸命言った。
「それはお優しくて。あの、いつも私を気遣ってくださいまするし。確かに少しおかしなことをおっしゃる時もありまするが、学ぼうとしていらっしゃいますの。今、きっと学んでいらっしゃる最中なのですわ。」
維月は、十六夜を見た。
「だったら、いいかしらね?大氣も、本気で維織をって思ってくれているようだし。あんなに真面目な大氣、初めて見たわよ。」
しかし、十六夜が言った。
「だが、過去に何かしてやがるかもしれねぇぞ?結婚してから維織が後悔するのだけはなあ。」
維織は、言った。
「でもお父様!今、お祖父様のことをおっしゃっていたばかりではありませぬか。過去には触れないのでしょう。何も、知らない時のことですもの。」
十六夜は、維月を見てから、維織を見た。
「そうだなあ。じゃ、ま、後で何か知ったらオレに報告してくれよ。大事な娘をやるんだし。」
維月は、微笑んだ。
「きっと大丈夫よ。長く生きているんだし、そりゃあもしかして、過去に誰か居たかもしれないけれど、きっともう死んでしまってるでしょう。不死なのは、私達のこの命だけだものね。」
維織は、過去に誰か、と聞いて少し胸が痛んだが、しかし今は自分だけなのだ。それに、自分も両親と同じように不死。これからは、きっと私だけなんだもの。でも、きちんと過去のことは聞いておこう。後で何か出て来たら、きっとショックだし。
「はい、お母様。お父様。」
十六夜と維月は、顔を見合わせて微笑み合った。
「何にしろ、とてもおめでたいこと。正式に挨拶に来るのは、月の宮ね?その時には私も帰るから。楽しみにしているわ。」
維織は、頭を下げた。
「はい、お母様。」
十六夜が言った。
「もう、休みな、維織。長く話して悪かったな。」
維織は、立ち上がった。
「いいえ、そのような。私も、お話を聞けてよかったですわ。それでは、おやすみなさいませ。」
十六夜と維月は、頷いた。
「おやすみ、維織。」
そして、維織は出て行った。
十六夜と維月は、ふふと笑い合っていた。




