告白
維心は、夜明けと共に大氣を伴って龍の宮へと飛んでいた。
普通の神ならこの距離を飛ぶのに3時間以上は掛かるが、維心なら1時間も掛からない。普段は、誰もついて来れないのでそんなスピードで飛ぶことが出来ず、早く移動したい維心は苛々としたが、今回は違った。
大氣は、流れるように無理なく飛ぶ。恐らく、もっと早く飛ぶことは可能なはずだ。しかし、維心に合わせているのが分かった。大氣は、維心のすぐ後ろを、維心がどんなにスピードを上げてもすんなり合わせてついて来た。そこに、大氣も碧黎と同じ、特殊な命なのだと実感した。
自分の結界が近くなり、ようやく昇って来た朝日の中スピードを落とすと、大氣もやはりそれに合わせてゆっくりと飛んだ。維心は、大氣を振り返った。
「もう我が宮に着く。維月は、恐らくまだ月の宮で寝ておるだろうから戻っていまい。維織に会うまでしばらく休むか。」
大氣は、迷うような顔をした。
「いや…一刻も早く顔を見たい気持ちであるが…やはり、すぐに話さねばならぬか。」
維心は、その気持ちは痛いほど分かった。すぐに会いたい。なので、会ってからあのことを話す心の準備をしたいのだ。
しかし、今回は首を振った。
「大氣、それではならぬ。どうしても、しなければならないことがあるのだ。主は、維織に何も言わぬまま婚姻の申し込みをしてしもうたのだから。ならば一刻も早く維織に話すのが筋ぞ。」
大氣は、抗議しようと口を開きかけたが、思い直したらしく、フッと息を付いて頷いた。
「そうか。そうであるな。あれを、騙したようなものぞ。ならば早よう伝えねばならぬ…このままでは、余計に話しづらくなるだけぞ。」
維心は、頷いた。
「そう。時期を逸してしもうたら、それこそ大変なのだ。わきまえるがよい。」
宮が眼下に見えて来て、維心は息を飲んだ…奥宮の庭に、維月が立ってこちらを見上げている。こんなに早く、戻っているとは思わなかった。
「維月!」
維心は、夢中で降りて行った。維月が、維心に両手を差し伸べている。
「維心様…お帰りなさいませ!」
維心は、飛びつくように維月を抱きしめて、またふんわりと浮き上がり、そして、芝の上に降りた。
「おお、まだ寝ておる時間ではないのか。早起きして戻って、待っておってくれたのか。」
維月は、微笑んで維心を見上げた。
「昨日のうちに戻っておりましたの。お戻りになるのが月から見えたので、待っておりました。」
維心は、維月の頬を両手で包むと、額を付けてじっと見た。
「よう顔を見せよ。少し離れても会いとうてたまらぬようになる。」
維月は、くすぐったそうに笑った。
「維心様…。」
すると、後ろから声が飛んだ。
「あのなあ、二日だろうが。たった二日でどれほど再会を喜んだら気が済むんでぇ。」
維心は、その声に顔をしかめた。
「…なんだ。主も居ったか。」
十六夜が、その顔を見て呆れたように言った。
「なんでぇ、あからさまに。維月と、昨日いろいろ話し合ったんだ。」と、大氣を見た。「娘の結婚のことでな。」
大氣が、表情を凍らせた。維心が、心配そうに維月を見た。
「維月…、」
維月は、首を振った。
「悪いようにはならないよう、私と十六夜で考えましたの。婚姻に反対しておるわけではありませぬ。」
十六夜も言った。
「そうだ。だがな大氣、今後こんなことがあったら、オレ達だって黙ってねぇぞ。娘をそんなヤツには任せられねぇからな。あいつを嫁にしたいんなら、きちんと神世を学ぶんだ。」
大氣は、頷いたが言った。
「しかし…主らがいくら良いと言うても、維織が否と判断すれば叶うまい。」
十六夜と維月は、顔を見合わせた。
「…それはそうよ。昨夜、私達で維織にいろいろ話したの。あなたのことだけではないわよ?うまく話したつもり。後は、あなた次第だと思うわ。」
十六夜が頷いて大氣を見た。
「オレ達がひと芝居打ってやったんだぞ?感謝しな。少しは維織も、お前のしたことに対して寛容な考え方が出来るようになってるとは思う。だが、全ては維織次第。オレ達に出来るのはここまでだ。」
大氣は、驚いたように十六夜と維月を見た。
「では…主らは、もう維織に?」
「あら、あなたのことは何も話してないわよ?ただ、お父様の事からこういう命の考え方は変わっていることとか…まあ、そんなことを説明したのよ。何も知らなかった時に比べたら、少しは柔軟な考え方になっていると思うわ。」
維心は、それを聞いて少し安堵しながらも、大氣を見て言った。
「では、話して参るがよい。維織はもう起きておろう。」
大氣は、俄かに緊張したような顔をした。だが、すぐに表情を引き締めると、頷いて飛び上がった。
「いろいろと、感謝するぞ、維心、維月、十六夜よ。」
大氣は、維織の居る対のほうへと飛んで行った。
三人は、それを見送ったのだった。
維織は、もう起きて顔を洗い、着物を着替えていた。今日は、午前中宮へ遊びに来るという友と、茶会をしようと約束してある。まだ時間もあるし…と思っていると、窓の外に、驚くほど美しく装った大氣が降り立った。維織は、びっくりして思わずその姿に見とれた。大氣様…いつも気楽な服装でいらっしゃるところしか、見たことがなかったけれど、本当にお美しいこと…。
窓を開けると、緊張気味な表情の大氣が、言った。
「維織…話があるのだ。少し、良いか。」
維織は、ハッと我に返って慌てて頷いた。
「はい。」
差し出された手を取ると、大氣の緊張がまるで我がことのように伝わって来た。どうしてこんなに緊張なさっておいでなのかしら?
維織は思ったが、促されるままに庭の奥へと歩いて行ったのだった。
ある程度歩いたところで、大氣は、立ち止まった。維織は、大氣が話し始めるのを待ったが、なかなか大氣は口を開かない。いつもなら、気軽な感じですぐに維織を抱き寄せて、そして思いつくままに話す大氣であるのに、どうしたのだろうと思いながら、水を向けてみようと口を開いた。
「あの…龍王様と共に、大陸の方へ行っていらしたと聞いておりまする。」
大氣は、びくっとした。維織は、びっくりした…今の言葉のどこに、そんなに驚くようなことがあったのかしら。
しかし、大氣は思い切ったように維織を見ると、思いつめたような顔をして言った。
「維織…我は、維心について来てもらい、ヴァルラムの城へ参っておったのだ。」
維織は、頷いた。それは、知っていたからだ。
「はい。ヴァルラム様にお会いになりましたか?」
大氣は、頷いた。
「会った。それに…」と、口ごもってから、言った。「我の、娘にも会った。」
維織は、一瞬何のことか分からなかった。娘?娘って…。
「え…大氣様の?」
大氣は、また頷いた。
「浅はかであった。我は、数十年前にある女に乞われて一夜だけ関係を持ったことがあったのだ。そのようなことは忘れておったのだが、ある日自分とそっくりの気が出現したのを感じて見に参ったら…女は死に、赤子が生まれておった。我は…己が望んだものではないとその子を側の女に育てさせ、それから全く感知しておらなんだ。それが、神世でどんな事なのかも知らずにの。」
維織は、ただただ絶句して大氣を見つめた。では…やはり、過去にそんなことがあったのだ。昨夜、お母様とお父様が言っていらした…。
大氣は、呆然としている維織から、苦しげに視線をそらして続けた。
「…完全に忘れてしもうておったのに、ヴァルラムがその娘を娶りたいと望み、その父を探しておるとこちらへ言って参った。碧黎が疑われたが、あれは我と同じ種類の命であるゆえ。我は、それを聞いてやっと思い出した。それは、我の娘であるということを。」
では、あの時お祖父様とお祖母様が諍いをとお父様が大騒ぎしていらしたのは、このことだったのだわ。
維織は、口を押さえた。では…もしかしてお父様もお母様も、これを知っていらしたのでは…。
維織が何も言わないので、大氣は続けた。
「我は何も知らなかった。しかし、神世ではその娘に対する責任はあろう。なので、維心と共に、その娘が我の子であると告示するため、ヴァルラムの城へ参っておったのだ。娘は、我の子としてヴァルラムへ嫁ぐ。そうすることが、我の務めと維心に聞いたゆえ。」大氣は、思いつめたような目で維織を見た。「維織、我は主を望んでおるのだ。己で望んだのは初めてのことぞ。それまでは何でも興味本位であった。我らのような命には、男女の営み云々という衝動は本来無い。なので、そういったことに流されるようなことはない。あれは、本当にただの興味で、我が悪かったのだ。これからは、このようなことはせぬ。主と決めて、他の女など見向きもせぬから。どうか、我と共に生きてくれると申してはくれまいか。」
維織は、混乱して何が何やら分からなかった。ただ、分かったのは大氣には娘が居て、その子はヴァルラム様に嫁ぐということ。大氣はその子のために責任をもって自分の子と認知したこと。大氣は、自分を望んでくれているということ。そして、父と母は、昨夜これのことを言っていたのだということ…。
「あの…まだ、混乱していて。」維織は、震える声でやっと言った。「少し、お待ちくださいませ。あの、もっとよく考えまする。突然のことで、頭の中が整理出来ませぬの…。」
大氣は、苦しげに維織の手を握りしめた。
「維織…。」
維織は、その手をそっと抜くと、頭を下げた。
「大氣様…失礼します。」
維織は、そこを立ち去った。
大氣は、本当に自分の半身を引き千切られたような痛みを覚えた。維織は、やはり許してはくれないのか。既に起こってしまったことを消すことなどできぬ。ならば、我はどうすれば良かったのだ…!
それを、そっと月から見ていた維月と十六夜、それに結界内のことなので見ていた維心は、一様に顔を見合わせた。出来ることは、した。これで、維織がこの後どう判断するかなのだ。




