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偽り

ヴァルラムと維月は、サイラスの別宮へと到着していた。

ヴァルラムは、結界を破られた衝撃で気を著しく消耗し、やっとといった感じでそこの一室にある寝台へと倒れ込んだ。確かに、ヴァルラムが言った通り膜が薄くなっているような気がする…。

維月は、その膜をまた突付いた。その感じは、まるでポリエチレンラップのようだった。

そんな維月を見たヴァルラムは、維月を抱き寄せた。

「さあ…我の気を残らず主へと送る。主はそれで膜が消失したら一度月へ帰り、その後我の気を補充せよ。」

維月は、驚いて首を振った。

「それでは間に合いませぬわ!消失と同時にヴァルラム様にすぐに気をお返ししなければ!いくら月でも、死者を呼び戻すことは出来ませぬ。それが出来るのは、維心様だけです。しかも、手遅れになればいくら維心様でも叶いませぬ。」

ヴァルラムは、苦笑した。

「良いと申した。維月、ドラゴンは滅しられたのだ。もはや我しか残っておるまい。それよりも大事なことは、主が生き延びることと申したであろう。月へ戻って、十六夜に助けを求めよ。」と、首を振る維月の唇に唇を寄せた。「さあ!主にしか出来ぬ…!」

ヴァルラムから、一気に気が流れ込んで来る。維月は、それを少しでも残せないかと必死に考えた。しかし、ヴァルラムからは容赦なく物凄い勢いで気が流れ込んで来た。

「んー!」

維月は、唇を離そうとした。しかし、ヴァルラムはがっしりと維月を抱いて離そうとはしない。このままでは、ヴァルラム様が死んでしまう…!だって、生きようと思っていらっしゃらないんだもの!

維月がそう思いながら涙を浮かべていると、ヴァルラムの腕がパタンと維月の背から落ちた。

「ヴァルラム様!」

やっと解放された維月は、ぐったりと動かないヴァルラムを見た。気が完全に枯渇してしまっている。つまりは、神の死の状態になっていた。

「ああ…!」

維月は、僅かに残った自分の力で維持されている膜を、ヴァルラムからもらった気で、浄化の力を放って一気に破壊した。そして、全く生命の兆候のないヴァルラムを腕に抱き、どこにあるのか分からない、窓の無いその地下の宮で、十六夜に向かって叫んだ。

「十六夜!十六夜助けて!私はここよ!」


サイラスは、バリーと共に己の城でただ待っていた。今に、十六夜が何か言うて来るはず…。

バリーが、サイラスに言った。

「龍王が、イリダルの城へ入ったそうにございます。」

サイラスは、頷いた。

「そうか。策の通りであるの。では、あの城が落ちるのも、時間の問題か。ヴァルラムは、今頃どこに居ることか…。」

バリーは、下を向いた。

「結界が破られて、少なからず衝撃を受けていらっしゃるはず。早くこちらの状況をお知らせせねば、安心出来ませぬ。」

サイラスは、落ち着かぬように立ち上がると、うろうろとした。

「そう、早よう見つけねば。もう、恐らくはあの城には居るまい。あやつは何でも人任せにはせぬゆえ。」と、この地下の城から天井近くに開いている窓を見上げた。そこから、月が見える。「我も月であったらよかった…さすればあそこからヴァルラムを見つけ出したであろうに。」

すると、不意に覚えのある気が突然に結界内に現れたかと思うと、いきなり月から光が現れて物凄い速さでまるで落ちるように地上へ向かった。サイラスは、それを呆然と見てから、やっと気付いた。この覚えのある気は、月の気。維月の気だ!

「ヴァルラム!」

サイラスは、一気にその気がする自分の別宮へと向かった。ヴァルラムが、自分の領地へ逃れて来ているのだ。だが、月の気がするのに、ヴァルラムの気がない。ヴァルラムは、まだ膜に篭められたままなのか。


「維月!」

十六夜が、必死にそこへ実体化すると、維月が泣きながらヴァルラムを抱いて寝台に居た。ヴァルラムの気は、全く感じられない…つまりは、ヴァルラムは既に息絶えているのだ。

「何てこった…こいつは何で死んだんだ。」

維月は、涙ながらに訴えた。

「気を!私も気を補充したの。でもザルみたい。全くこの体に留まらないの。私、月とまだ繋がっていないから、気をこれ以上使えない。十六夜、お願い!」

十六夜は、言われて反射的に手を翳して気を送り込んだが、それが無駄であることは知っていた。

「維月…分かってるだろう。維心でもなければ、もうこいつを蘇らせるなんて無理だ。気の補充で助けられるのは、気を失って数分ぐらいの内に一気にデカイ気を送り込まなきゃならない。もう、その時間は過ぎちまってる…オレに出来るのは、せいぜい黄泉の門に入らないように後ろから引っ張るぐらいのことだ。こうして気を補充していれば、引っ張られて門に入りづらくなるからな。だが、本人が強くあっちへ行こうとしたら、とても留めるなんて出来ねぇよ。」

維月は、腕の中のヴァルラムを見た。

「膜を消そうとして。」しゃくりあげて泣いている。「自分の力の方が大きいから、自分が気を枯渇させれば、膜は弱くなるって。そしてすぐに蘇生しろって…でも、それが無理だってヴァルラム様には分かっていたようなのに。維心様が、ドラゴンを殲滅なさったから、私が生き延びないともっと犠牲が出るって…。ただそればかりで。止めるのも聞かずに、こうなさったの。」

十六夜は、気を補充し続けながらヴァルラムを見た。そして口を開いた時、サイラスがそこへ飛び込んで来た。

「ヴァルラム!」

バリーも、後に続いている。そして、涙を流しながらヴァルラムを抱いている維月と、そのヴァルラムに気を流し込んでいる十六夜を見て、悟った…ヴァルラムは、己で気を枯渇させたのだ。そして、膜を破った…。

「…ああ、早ようこれらを見つけ出せておったら。」サイラスは、涙ぐんだ。「もう、ヴァルラムを戻る方法は無い。」

十六夜は、首を振った。

「維心が居る。」サイラスは、びっくりして十六夜を見た。「維心か将維なら、こいつをあっちから呼び戻せる。だが、時間がない…神も人も、黄泉へ行く時には必ず黄泉への門へ向かう。自分のために開いたたった一つのその門を目指して、道を歩く。その歩いている時に連れ戻さなきゃならねぇ。門へ入ってしまったら、いくら維心でもあっちから連れ戻すことは困難だ。代わりの命があれば黄泉帰り出来るが、余った命でもなきゃ維心はそんなことは絶対にしないしな。」

サイラスは、自分でも分からないままに涙を流して十六夜を見た。

「ならば、すぐにここに維心殿を!」

十六夜は、その地下の宮の天井を睨んだ。どうも、月の方を透視しているようだ。

「…駄目だ。あいつはまだイリダルの城で、イリダルを捕らえたばっかだ。こっちのことはまだ何も知らねぇし、あっちを先に収めないとこっちへは戻れねぇだろう。」

維月は、仰天した顔で十六夜を見た。

「え…維心様は、イリダルを捕らえに行ったの?ドラゴンをみんな殺してしまったのではないの?」

それにはサイラスが、苛立たしげに答えた。

「あれはイリダルを騙してすんなりあの城へ入るための策ぞ!皆ぴんぴんしておるわ。」

十六夜が言った。

「蒼とオレが月の力で仮死状態にしてたんだ。そんでその後、あんまり綺麗だと疑われるだろうからって、イリダルの部下達が入って来たのを皆殺しにしてその血飛沫を使ったり…今はドラゴンの城に残った蒼が皆を元に戻して月の結界を張ってる頃だ。」

維月は、ヴァルラムを見た。

「…ヴァルラム様は、自分以外のドラゴンはもう殲滅されたのだと思っていらして…結界が破壊されたから。私は、そんなはずはないと思ったけれど、でも信用しきれなかった。」

するとサイラスが、叫んだ。

「そんなことはどうでも良いわ!ヴァルラムが助かるというのなら、どうにかして助けよ!時がないのであろうが!」

十六夜は、ため息を付いた。

「確かにな。だが、維心と将維が揃ってた方が、イリダルの城の全てを押さえるためにはいいだろう。手だればかりとは言っても、たった四人だぞ?イリダルの城には2万ぐらいの軍神が居るだろう。」

サイラスは、ヴァルラムに近付いてその青い顔を覗き込んだ。

「我は、こやつを死なせとうない。」と、涙で潤んだ目で十六夜を振り返った。「生きて来た中で、己のことなど何も考えて来なかったのだ。世を平らかに、穏やかにと己の力一つで押さえつけて…一つの幸福もないまま、世を去らねばならぬような責が、こやつにあると申すのか!」

十六夜は、絶句した。これは、維月と出会う前の維心と同じ。知っていたはずなのに…。

維月が、ずっと涙を流してヴァルラムの顔を見ていたが、意を決したように顔を上げた。そして、十六夜に言った。

「十六夜、月へ帰るわ。私も、力を取り戻さなければ。やり方は知っているの。二人で一度、やってみよう?私達、きっと二人で力をあわせたら、何でも出来るわ。お父様がおっしゃっていたでしょう。地の子なのだからって。こんなに力の差があるのに、十六夜に出来ないことが、私に出来たりする。二人の力を合わせたら、黄泉へ自由に出入りするお父様の力の一部を使えるかもしれないじゃない。」

十六夜は、じっと維月の目を見つめていたが、頷いた。

「よし。出来るかどうかわからないが、やってみよう。」と、サイラスを見た。「お前、そっちの軍神と一緒にヴァルラムに気を補充し続けろ。オレは維月を月へ連れて帰って来る。それで月との繋がりが復活する。オレ達は対の命だ。そうなったら無敵だぞ?」

サイラスが、頷いて進み出ると、涙を拭って手を前に上げた。

「頼む。どうか、こやつを助けてやってくれ。」

バリーも、急いで進み出て手を翳した。十六夜が気の補充を留め、変わってサイラスとバリーが補充を始める。それでも、やはりヴァルラムは全く変わらない様子だった。

「さ、行こう維月。」

十六夜が手を差し出すと、維月は頷いて、そっとヴァルラムの頬に口付けた。それを見たサイラスが、驚いた顔をする。維月はそれに気付かずに、スッとヴァルラムを寝台に横たえると、十六夜の手を取った。

「戻るぞ。」

サイラスとバリーの目の前で、二人は光り輝く二つの光になった。そして、一気に上へと打ちあがって行った。

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