第九十七話 ローマの同盟都市が戦争に疲れているので、カルタゴ側につかなくてもいいと提案した
紀元前206年。
イタリア中部。
俺は、一人の商人と会っていた。
名前はガイウス。
以前から、ローマ側の都市と交易していた男だった。
「久しぶりだな」
俺が言うと、ガイウスは苦笑した。
「お前と会うたびに、戦争が大きくなっている気がする」
「俺もそう思う」
「今回は何だ?」
俺は地図を広げた。
「ローマの同盟都市について聞きたい」
ガイウスは眉をひそめた。
「危険な話だな」
「そうだね」
ガイウスは言った。
「ローマの同盟都市は、戦争に疲れている」
俺は頷いた。
「やっぱり?」
「兵士を出す。
食料を出す。
税も負担する」
「……」
「それでも、ローマは戦争を続ける」
俺は尋ねた。
「不満は?」
ガイウスは笑った。
「ないわけがない」
俺は、少し考えた。
「では、カルタゴ側につきたい都市は?」
ガイウスは首を振った。
「少ないだろうな」
俺は頷いた。
「カプアのことがあるから?」
「そうだ」
ガイウスは続けた。
「ローマを裏切れば、負けたときに厳しく処罰される」
俺は黙った。
ガイウスは言った。
「お前たちがどれほど強くても、都市の人々は家族を守りたい」
俺は頷いた。
「……分かるよ」
そして、言った。
「だから、今回はカルタゴ側につかなくてもいい」
ガイウスが顔を上げた。
「……何?」
俺は説明した。
「ローマから離反してほしいわけじゃない」
「……」
「戦争を続ける負担について、ローマ元老院へ意見を出してほしい」
ガイウスは考え込んだ。
「……つまり?」
「停戦を求めるんだ」
ガイウスは、しばらく俺を見つめていた。
そして、笑った。
「お前、変わったな」
俺は首を傾げた。
「そうか?」
「昔は、商売の話ばかりしていた」
「今もしてるよ」
「いや」
ガイウスは首を振った。
「今は、戦争を終わらせるための商売をしている」
俺は苦笑した。
「……そうかもしれない」
数週間後。
ガイウスを通じて、いくつかの都市から反応が届いた。
『戦争負担の軽減について、ローマへ要望を出したい』
『停戦について議論することは可能』
『ただし、カルタゴとの直接交渉は難しい』
俺は頷いた。
「……十分だ」
メルカルが尋ねた。
「十分なんですか?」
俺は答えた。
「最初から寝返ってもらう必要はない」
俺は、ハンニバルへ報告した。
「ローマの同盟都市の中には、戦争を終わらせたいと考えている人たちがいます」
ハンニバルは頷いた。
「当然でしょう」
「ただし、カルタゴ側につくことには慎重です」
「カプアの件がありますからね」
俺は頷いた。
「そうです」
俺は続けた。
「だから、停戦を求める声を増やしたい」
ハンニバルは考え込んだ。
「……ローマ元老院が応じるでしょうか?」
俺は答えた。
「すぐには無理でしょう」
「……」
「でも、戦争を続ける費用が増えれば、議論は変わるかもしれません」
ハンニバルは頷いた。
「では、軍事行動も必要ですね」
俺は顔を上げた。
「どういうことですか?」
ハンニバルは地図を指差した。
「ローマが戦争を続けることに、大きな負担を感じるようにする」
俺は頷いた。
「……なるほど」
その後。
カルタゴ軍は、ローマ軍の補給路を狙う作戦を強化した。
ただし、都市そのものへの無差別な攻撃は避けた。
軍需物資。
輸送拠点。
そして、軍用の荷車。
俺は補給担当者たちに言った。
「民間の食料まで全部奪わないでください」
責任者が尋ねた。
「なぜですか?」
俺は答えた。
「住民を敵に回したくないからです」
数か月後。
ローマ軍の補給は、少しずつ負担を増していた。
だが、ローマは戦争をやめなかった。
俺は報告を見つめた。
「……やっぱり、簡単じゃないな」
メルカルが頷いた。
「そうですね」
そのころ。
ヒスパニアでは、スキピオが勢力を拡大していた。
カルタゴ軍は、徐々に追い詰められている。
俺は報告書を読んで眉をひそめた。
「……まずい」
メルカルが尋ねた。
「何がですか?」
俺は答えた。
「イタリアで少し有利になっても、ヒスパニアで負け続けたら意味がない」
俺は地図を広げた。
ヒスパニア。
イタリア。
カルタゴ。
そして、アフリカ。
俺は呟いた。
「……スキピオが、アフリカへ来る」
メルカルが顔を上げた。
「アフリカへ?」
俺は頷いた。
「可能性がある」
その夜。
俺は、カルタゴ本国へ書簡を書いた。
『ヒスパニア方面の戦況が悪化しています』
『ローマ軍がアフリカへ侵攻する可能性を考え、準備が必要です』
『特に、ヌミディアとの関係を再確認してください』
そして、最後に書いた。
『マシニッサの動向には、十分注意してください』
数週間後。
カルタゴ本国から返事が届いた。
俺は封を開いた。
『ヌミディア方面の情勢は複雑化している』
『マシニッサは、独自の勢力を拡大しようとしている』
俺は息を呑んだ。
「……やっぱり、来たか」
メルカルが尋ねた。
「何がですか?」
俺は答えた。
「ザマへ続く道だよ」
俺は地図を見つめた。
ローマ軍。
カルタゴ軍。
そして、ヌミディア騎兵。
本来の歴史では、マシニッサはローマ側につく。
そして、ザマの戦いでハンニバルを破る重要な役割を果たす。
俺は拳を握った。
「……今度こそ、先に動く」
ハンニバルとハスドルバルの合流によって、イタリアの戦況は変わり始めた。
だが、戦争の決着を左右するもう一つの戦場が、アフリカで動き始めていた。




