第八十七話 カルタゴ軍の将軍たちが別々に動いているので、スキピオに各個撃破される前に集結させたい
紀元前208年。
ヒスパニア。
カルタゴ軍の前線拠点。
俺は地図を見つめていた。
そこには、三つのカルタゴ軍が記されていた。
ハスドルバル・バルカ。
マゴン。
そして、ハスドルバル・ギスコ。
それぞれが、別の地域で軍を率いている。
俺はため息をついた。
「……これが、一番怖いんだよ」
メルカルが尋ねた。
「何がですか?」
俺は答えた。
「一つずつ攻撃されることだよ」
俺は説明した。
「例えば、ローマ軍が一つの部隊を攻撃する」
メルカルが頷いた。
「はい」
「他の二つが遠くにいたら?」
「……援軍が間に合いません」
「そういうこと」
俺は地図を指差した。
「敵が一つの軍に集中すれば、こちらの総兵力が多くても負ける可能性がある」
俺は、各軍へ連絡を送った。
『ローマ軍の動向に注意してください』
『各軍の連携を強化してください』
『緊急時に援軍を送れる距離を維持することを推奨します』
数週間後。
返事が届いた。
だが、内容は厳しかった。
『各軍には、それぞれの担当区域がある』
『すべての軍を集結させることは難しい』
俺は頷いた。
「……それは分かるんだけどな」
メルカルが尋ねた。
「どうします?」
俺は答えた。
「全部を集めるのが無理なら、連絡を早くする」
俺は、伝令網の見直しを始めた。
各軍の拠点。
街道。
中継地点。
そして、馬の交換場所。
メルカルが笑った。
「……また連絡網ですね」
俺は頷いた。
「そうだね」
数週間後。
各軍の間で、情報共有が少しずつ改善した。
俺は帳簿を確認した。
「……よし」
だが、問題は残っていた。
ローマ軍は、こちらの準備が整うまで待ってくれない。
そのころ。
スキピオは、ハスドルバル・バルカの軍を目標にしていた。
ハスドルバルは、ハンニバルの弟だった。
そして、ヒスパニアにおける重要なカルタゴ軍指揮官でもある。
俺は報告を聞いて顔を上げた。
「……ハスドルバルを狙うのか」
メルカルが頷いた。
「はい」
俺は地図を広げた。
バエクラ。
カルタゴ軍の陣地。
そして、ローマ軍の進軍路。
俺は呟いた。
「……ここで戦うつもりか」
俺は、ハスドルバルへ書簡を送った。
『ローマ軍が接近しています』
『決戦を急がず、兵力と地形を慎重に確認してください』
『必要であれば、他のカルタゴ軍との合流を優先してください』
数日後。
返事が届いた。
『状況は把握している』
『必要な判断を行う』
俺は頷いた。
「……頼むぞ」
そして。
紀元前208年。
バエクラの戦いが始まった。
ローマ軍は、カルタゴ軍の陣地へ接近した。
ハスドルバルは、高地に布陣していた。
地形は、防御に適していた。
だが、スキピオは正面攻撃だけに頼らなかった。
ローマ軍は、複数の方向から攻撃した。
カルタゴ軍は、必死に応戦した。
だが、側面への圧力が強まった。
ハスドルバルは、戦況を見つめていた。
「……敵は、正面だけではないか」
将校が頷いた。
「はい!」
戦闘は激しかった。
カルタゴ軍は抵抗した。
だが、ローマ軍の攻撃は止まらなかった。
そして、ハスドルバルは決断した。
「全軍を失うわけにはいかない」
将校が顔を上げた。
「……撤退ですか?」
ハスドルバルは頷いた。
「主力を温存する」
カルタゴ軍は、戦場から撤退を始めた。
すべての兵士が無事だったわけではない。
損害も出た。
だが、軍の一部は戦場を離れることに成功した。
数日後。
俺のもとに報告が届いた。
『バエクラでカルタゴ軍が敗北』
俺は目を閉じた。
「……そうか」
メルカルが尋ねた。
「大丈夫でしょうか?」
俺は答えた。
「軍が全滅したわけじゃない」
「……」
「でも、痛い敗北だ」
俺は報告書を読み進めた。
そして、ある一文で手を止めた。
『ハスドルバルは、残存兵力を率いて北方へ移動している』
俺は顔を上げた。
「……北方?」
メルカルが頷いた。
「はい」
俺は地図を広げた。
ヒスパニア。
ガリア。
アルプス。
そして、イタリア。
俺は息を呑んだ。
「……まさか」
ハスドルバルは、ハンニバルの弟だ。
本来の歴史では、ヒスパニアからイタリアへ向かう。
兄ハンニバルと合流するために。
そして、紀元前207年。
メタウルスの戦いで、ローマ軍に敗れる。
ハスドルバルは戦死する。
俺は拳を握った。
「……これは、絶対に変えたい」
メルカルが尋ねた。
「何をですか?」
俺は答えた。
「ハスドルバルを、ハンニバルと合流させる」
俺は、すぐに地図を広げた。
ヒスパニアからガリアへ。
ガリアからアルプスへ。
そして、イタリアへ。
俺は呟いた。
「……問題は、ローマ軍だ」
メルカルが頷いた。
「そうですね」
俺は続けた。
「それから、補給」
「……」
「そして、兄弟の連絡」
俺は、ハスドルバルへ緊急書簡を送った。
『イタリア方面へ進軍する場合、補給と連絡を最優先してください』
『ハンニバル軍との合流地点を、事前に調整する必要があります』
『ローマ軍に進軍経路を把握されないよう注意してください』
そして、最後に書いた。
『単独で大規模な決戦を行うことは、できる限り避けてください』
同時に、ハンニバルへも書簡を送った。
『ハスドルバルが、イタリア方面へ向かう可能性があります』
『兄弟の合流が実現すれば、戦況を変えられるかもしれません』
『ただし、ローマ軍による妨害が予想されます』
数週間後。
ハンニバルから返事が届いた。
『弟が来るなら、歓迎します』
俺は少し笑った。
だが、続きがあった。
『しかし、ローマ軍も当然、それを阻止しようとするでしょう』
俺は頷いた。
「……そうだよな」
その夜。
俺は地図を見つめていた。
ハスドルバル。
ハンニバル。
そして、ローマ軍。
兄弟が合流すれば、カルタゴ軍の戦力は大きく増える。
だが、合流できなければ――。
俺は呟いた。
「……メタウルスだけは、避けたい」
メルカルが尋ねた。
「メタウルス?」
俺は答えた。
「……いや、何でもない」
そのとき。
新しい報告が届いた。
『ハスドルバル軍が、イタリア方面への進軍準備を開始した』
俺は立ち上がった。
「……来たか」
メルカルが尋ねた。
「どうします?」
俺は答えた。
「補給路を作る」
「……またですか?」
俺は頷いた。
「まただよ」
そして、続けた。
「今度は、絶対に失敗したくない」
ハンニバルとハスドルバル。
二人の兄弟が合流できるかどうか。
それが、カルタゴの運命を大きく左右することになる。




