第八十五話 スキピオがカルタゴ・ノウァを奇襲してきたので、知っている歴史と違う戦いが始まった
紀元前209年。
カルタゴ・ノウァ。
ローマ軍が、都市の近くに現れた。
俺は城壁の上から、その光景を見つめていた。
歩兵。
騎兵。
そして、海上にはローマの艦隊。
メルカルが青ざめた顔で言った。
「……本当に来ましたね」
俺は頷いた。
「来たな」
「どうします?」
「戦うのは将軍の仕事だ」
俺は城壁の内側を指差した。
「俺たちは、補給と避難の準備をする」
マゴン将軍は、守備兵を配置した。
正面の城壁。
港。
そして、北側の潟湖。
俺が事前に警告していたため、北側にも見張りが置かれていた。
だが、問題は兵力だった。
都市を守るには、まだ十分ではない。
俺は呟いた。
「……もっと時間があればな」
ローマ軍の陣営。
スキピオは、都市の地形を見つめていた。
若い将軍の周囲には、将校たちが集まっている。
「カルタゴ軍の主力は離れています」
将校が報告した。
スキピオは頷いた。
「だからこそ、今攻める」
「ですが、都市の守備は予想より強化されています」
スキピオが顔を上げた。
「どこが?」
「北側の潟湖です」
スキピオは少し考えた。
「……妙だな」
スキピオは地図を確認した。
「北側は、通常なら守備を薄くする場所だ」
将校が頷いた。
「はい」
「それなのに、見張りが増えている?」
「そのようです」
スキピオは静かに言った。
「……こちらの考えを読んでいる者がいるのかもしれない」
そのころ。
俺は、港の倉庫を確認していた。
「食料は?」
メルカルが答えた。
「三か所に分散しています」
「銀は?」
「一部を別の拠点へ移しました」
「船は?」
「避難できるものは移動させました」
俺は頷いた。
「よし」
だが、都市の外では戦闘が始まっていた。
ローマ軍が城壁へ接近する。
投石。
矢。
そして、攻城用の梯子。
守備兵たちは必死に応戦した。
俺は城壁の下で、負傷者の搬送を指示していた。
「担架をこちらへ!」
「水を運んで!」
「医療用品は、あの建物です!」
メルカルが叫んだ。
「アドン殿! こちらにも負傷者が!」
俺は振り返った。
「分かった!」
戦闘は激しかった。
ローマ軍は何度も攻撃した。
だが、カルタゴ軍も必死に守った。
そして、北側の潟湖。
そこでも、ローマ兵が動き始めていた。
見張りが叫んだ。
「敵兵が潟湖へ入っています!」
俺は顔を上げた。
「……来た!」
北側の守備兵たちは、すぐに対応した。
弓兵が矢を放つ。
投石兵が石を投げる。
ローマ兵は、浅い水の中を進んでいた。
だが、予想外の抵抗を受けた。
俺は城壁の上から見つめた。
「……止められるか?」
ローマ兵の一部が後退した。
メルカルが叫んだ。
「退いています!」
俺は頷いた。
「……よし!」
だが、すぐに気づいた。
ローマ軍は、完全には諦めていない。
むしろ、こちらの守備配置を確認しているようだった。
俺は呟いた。
「……まずいな」
スキピオは、北側の攻撃が阻まれたという報告を受けた。
将校が言った。
「敵は、潟湖からの攻撃を予測していました」
スキピオは頷いた。
「そうか」
「どうします?」
スキピオは地図を見つめた。
そして言った。
「ならば、別の場所を攻める」
ローマ軍は、攻撃の重点を変え始めた。
正面の城壁。
港側。
そして、再び北側。
複数の場所へ圧力をかけ、守備兵を移動させる。
俺は、その動きを見つめた。
「……うまいな」
メルカルが尋ねた。
「何がですか?」
俺は答えた。
「こちらの守備兵を疲れさせている」
マゴン将軍も、状況を理解していた。
「敵は、我々の兵力不足を狙っている」
俺は頷いた。
「そうですね」
「だが、都市は渡さない」
俺は答えた。
「お願いします」
夕方。
ローマ軍の攻撃が、一時的に弱まった。
俺は、ようやく息を吐いた。
「……何とか一日持ったな」
メルカルが頷いた。
「はい」
だが、俺は分かっていた。
問題は、明日だ。
その夜。
俺は、マゴン将軍へ報告した。
「食料と水は、まだあります」
マゴンが頷いた。
「よし」
俺は続けた。
「ですが、負傷者が増えています」
「……」
「長期間の戦闘になれば、守備兵が足りなくなります」
マゴンは黙った。
俺は提案した。
「周辺のカルタゴ軍へ援軍を求めましょう」
マゴンは頷いた。
「すでに使者を出している」
俺は尋ねた。
「間に合いますか?」
マゴンは答えなかった。
翌朝。
ローマ軍は、再び攻撃を始めた。
今度は、昨日より激しかった。
城壁の複数箇所へ梯子がかけられる。
守備兵が必死に押し返す。
俺は、負傷者の搬送を続けていた。
そのとき。
北側から、悲鳴が聞こえた。
「敵兵が城壁に取りついた!」
俺は顔を上げた。
「……何だって?」
北側の守備兵は、昨日より増えていた。
だが、ローマ軍も攻撃方法を変えていた。
正面への攻撃で守備兵を引きつける。
その間に、別の部隊が潟湖を渡る。
そして、城壁へ取りつく。
俺は呟いた。
「……読まれた」
マゴン将軍は、すぐに予備兵を送った。
だが、都市の守備兵は限られていた。
俺は、メルカルへ叫んだ。
「住民の避難を始めろ!」
メルカルが頷いた。
「はい!」
市街地では、混乱が始まった。
人々が走る。
荷物を抱える。
子供を連れた母親が叫ぶ。
俺は声を張り上げた。
「落ち着いてください!」
「避難場所はこちらです!」
「押さないで!」
だが。
城壁の一角で、ローマ兵が突破に成功した。
俺は、その知らせを聞いた。
「……突破された?」
兵士が頷いた。
「はい!」
俺は息を呑んだ。
歴史を変えようとした。
北側の守備を増やした。
補給も準備した。
だが。
それでも、スキピオは突破してきた。
俺は拳を握った。
「……強いな、スキピオ」
そのとき。
マゴン将軍から、伝令が届いた。
「アドン殿!」
「何だ?」
「将軍からの命令です!」
「……何?」
伝令は答えた。
「港に残る船を確認し、避難可能な人員を移動させてください!」
俺は頷いた。
「分かった!」
俺は港へ走った。
船。
倉庫。
そして、避難してきた住民たち。
メルカルが叫んだ。
「アドン殿!」
俺は振り返った。
「どうした?」
メルカルは答えた。
「船が足りません!」
俺は港を見つめた。
「……そうだろうな」
俺は、船の積載量を確認した。
避難できる人数。
運べる物資。
そして、出港可能な時間。
俺は考えた。
全員は無理だ。
だが、少しでも多く助けたい。
俺は叫んだ。
「負傷者と子供を優先する!」
メルカルが頷いた。
「はい!」
そのとき。
港の方から、ローマ兵の声が聞こえた。
俺は振り返った。
「……もう来たのか」
メルカルが青ざめた。
「どうします?」
俺は答えた。
「急いで乗せろ!」
船が動き始めた。
だが、すべての船が出港できたわけではない。
港の一部は、すでにローマ軍の攻撃を受けていた。
俺は歯を食いしばった。
「……くそっ」
そのとき。
背後から声がした。
「アドン殿!」
俺は振り返った。
マゴン将軍の伝令だった。
「将軍が、降伏交渉を始めるようです!」
俺は動きを止めた。
「……降伏?」
伝令は頷いた。
「はい!」
俺は城壁の方を見つめた。
カルタゴ・ノウァ。
重要な港。
軍需物資。
そして、ヒスパニアの拠点。
俺は呟いた。
「……守れなかったか」
だが。
まだ終わりではなかった。
俺は伝令へ言った。
「将軍に伝えてくれ」
「何を?」
俺は答えた。
「降伏するなら、住民の安全を条件にしてほしい」
伝令は頷いた。
「分かりました!」
その夜。
カルタゴ・ノウァは、ローマ軍の手に落ちた。
俺は、港から離れた場所で、その報告を受けた。
メルカルが呟いた。
「……負けましたね」
俺は頷いた。
「そうだな」
だが、俺は続けた。
「全部失ったわけじゃない」
メルカルが顔を上げた。
俺は答えた。
「物資の一部は移した」
「……」
「船も一部は逃がした」
「……」
「そして、住民も少しは助けられた」
メルカルは頷いた。
俺は、遠くのカルタゴ・ノウァを見つめた。
ローマ軍の旗が上がっている。
その下には、若い将軍がいる。
プブリウス・コルネリウス・スキピオ。
俺は呟いた。
「……やっぱり、強いな」
だが。
次の瞬間。
俺は、別のことに気づいた。
「……待てよ」
メルカルが尋ねた。
「何ですか?」
俺は答えた。
「スキピオは、都市を取っただけじゃない」
「……?」
「人質も手に入れたはずだ」
メルカルは息を呑んだ。
俺は続けた。
「もし、あの人質たちを解放したら……」
俺は地図を見つめた。
「……ヒスパニアの部族が、ローマ側につくかもしれない」
俺は拳を握った。
都市を失った。
だが、本当に危険なのは、その先だ。
スキピオは、カルタゴ軍の弱点を理解している。
そして、その弱点を利用しようとしている。
俺は呟いた。
「……戦い方を変えないと、勝てないな」
カルタゴ・ノウァの陥落は、ヒスパニアの戦争を大きく変えることになった。




