第七十三話 戦争が長引いて国庫が苦しくなったので、軍隊を減らさずに無駄な支出を減らすことにした
紀元前213年。
カルタゴ本国。
俺は、評議会から届いた財政報告書を読んでいた。
そして、頭を抱えた。
「……これは厳しいな」
メルカルが尋ねた。
「何がですか?」
俺は答えた。
「戦争の費用だよ」
報告書には、膨大な支出が並んでいた。
兵士の報酬。
船の建造。
武器の購入。
馬の調達。
食料の輸送。
そして、各地の同盟勢力への支援。
俺はため息をついた。
「……戦争って、本当に金がかかるな」
メルカルが頷いた。
「そうですね」
俺は、支出の内訳を調べ始めた。
すると、奇妙な項目が見つかった。
同じ物資なのに、購入価格が違う。
同じ距離なのに、輸送費が違う。
そして、同じ港で荷物を降ろしているのに、手数料が違う。
俺は眉をひそめた。
「……何だ、これ」
メルカルが尋ねた。
「どうしました?」
俺は帳簿を見せた。
「同じ穀物なのに、価格が倍近く違う」
メルカルは驚いた。
「……本当ですね」
俺は、取引記録を調べた。
すると、いくつかの商会が、軍への納入価格を高く設定していることが分かった。
もちろん、戦争中だから輸送費が上がることはある。
危険な航路なら、保険のような費用も必要だ。
だが、それだけでは説明できない価格差があった。
俺は呟いた。
「……誰かが、戦争で儲けすぎているな」
俺は、評議会へ調査を提案した。
「軍需物資の購入価格を、比較できるようにしたいんです」
議員が尋ねた。
「なぜ?」
俺は答えた。
「同じ物資を、必要以上に高く買っている可能性があります」
議員たちがざわめいた。
ハンノが立ち上がった。
「商人の利益を制限するつもりか!」
俺は首を振った。
「いいえ」
「では、何だ?」
俺は答えた。
「適正な価格で購入したいだけです」
ハンノは眉をひそめた。
俺は続けた。
「戦争中だからこそ、無駄な支出を減らす必要があります」
俺は、具体的な提案をした。
複数の商会から見積もりを取る。
購入価格を記録する。
輸送費を別に計算する。
納入数量を確認する。
そして、実際に届いた物資と帳簿を照合する。
議員たちは、真剣に聞いていた。
一人の議員が尋ねた。
「……それで、どれくらい費用を減らせる?」
俺は答えた。
「正確には、調査してみないと分かりません」
議員は頷いた。
俺は続けた。
「ただし、今の記録を見る限り、改善の余地はあります」
数週間後。
評議会は、軍需調達の見直しを承認した。
俺は、すぐに作業を始めた。
まず、穀物。
次に、武器。
そして、輸送費。
メルカルが尋ねた。
「……全部調べるんですか?」
俺は頷いた。
「全部は無理だから、支出の大きいものからね」
調査を進めると、問題が見えてきた。
ある商会は、輸送費を二重に請求していた。
別の商会は、納入数量を実際より多く記録していた。
さらに、倉庫に届いていない物資が、納入済みとして処理されていた。
俺は頭を抱えた。
「……ひどいな」
メルカルが頷いた。
「これは、問題ですね」
俺は、関係者を呼び出した。
「この穀物は、どこへ納入しましたか?」
商人は答えた。
「港の倉庫です」
俺は帳簿を見せた。
「ですが、倉庫側の記録にはありません」
商人は黙った。
俺は続けた。
「説明していただけますか?」
調査の結果。
一部の商会による不正が確認された。
俺は、評議会へ報告した。
『軍需物資の調達に、不適切な請求が確認されました』
『今後は、購入記録と納入記録の照合を徹底する必要があります』
数か月後。
軍需調達の制度が見直された。
物資の価格が比較されるようになった。
納入記録も改善した。
そして、不正な請求が減り始めた。
俺は帳簿を見つめた。
「……少しは良くなったな」
メルカルが笑った。
「はい!」
だが、問題はまだあった。
戦争が長引けば、支出は増え続ける。
俺は、次の資料を開いた。
そこには、カルタゴの交易収入が書かれていた。
俺は眉をひそめた。
「……こっちも減っているな」
メルカルが尋ねた。
「交易ですか?」
俺は頷いた。
「そう」
ローマとの戦争によって、地中海の交易は混乱していた。
商船が襲われる。
港が使えなくなる。
輸送費が上がる。
そして、取引そのものが減る。
俺は呟いた。
「……支出を減らすだけじゃ足りないな」
メルカルが尋ねた。
「では?」
俺は答えた。
「収入も増やす必要がある」
俺は、カルタゴの商人たちを集めた。
「戦争中でも、安全に交易できる航路を増やしたい」
商人たちは頷いた。
一人が尋ねた。
「ローマ海軍がいるのに?」
俺は答えた。
「危険な航路を無理に使うつもりはありません」
そして、続けた。
「西地中海だけでなく、別の交易先も考えたいんです」
商人たちは、地図を広げた。
北アフリカ沿岸。
ヒスパニア。
西地中海の島々。
そして、地中海東部。
俺は言った。
「カルタゴは、もともと商業国家です」
商人たちが頷いた。
「戦争中だからといって、商売を止めるわけにはいきません」
数週間後。
新しい交易計画がまとまった。
安全な航路を優先する。
複数の港を利用する。
輸送船団を分散する。
そして、戦争に直接関係しない商品も取引する。
俺は頷いた。
「……これなら、少しは収入を維持できる」
その夜。
俺はカルタゴの港を歩いていた。
商船が並んでいる。
荷物を運ぶ人々。
帳簿を確認する商人。
そして、遠くには地中海が広がっている。
俺は思った。
カルタゴは、商業国家だ。
軍隊だけで強くなった国ではない。
商人。
船。
港。
そして、交易。
それが、この国の力だった。
俺は呟いた。
「……戦争に勝つために、商売を守る」
だがそのとき港の責任者エルダンが、慌てた様子で近づいてきた。
「アドン殿!」
俺は顔を上げた。
「どうした?」
エルダンは答えた。
「大変です!」
「何が?」
エルダンは続けた。
「ローマ海軍が、カルタゴ商船の活動を妨害するため、新しい作戦を始めたようです!」
俺は眉をひそめた。
「……新しい作戦?」
エルダンは頷いた。
「はい!」
そして、続けた。
「商船そのものではなく、交易に使う港を狙っているようです!」
俺は動きを止めた。
「……港を?」
ローマは、カルタゴの交易収入を減らそうとしている。
軍隊ではなく、経済を狙っているのだ。
俺は地図を広げた。
「……なるほど」
そして、静かに言った。
「だったら、こちらも港を守る仕組みを作らないとな」
戦争は、ついにカルタゴの商業そのものを狙う段階へ進んでいた。




