第六十二話 援軍を送ってくれることになったので、ローマ海軍に見つからない航路を探すことにした
「援軍が来る!」
メルカルが叫んだ。
俺は書簡を握りしめた。
「……ようやく決まったか」
カルタゴ本国の評議会は、イタリア遠征軍への追加支援を承認した。
兵士。
馬。
武器。
防具。
技術者。
そして、食料。
俺が要求したすべてではない。
だが、重要な前進だった。
メルカルが笑った。
「これで、ハンニバル将軍も安心ですね!」
俺は首を振った。
「まだだよ」
「……?」
「承認されたことと、実際に届くことは別だからね」
俺は海図を広げた。
カルタゴ本国。
シチリア。
サルディニア。
イタリア南部。
そして、ローマ海軍の活動海域。
俺はため息をついた。
「……海が広いようで、狭いな」
メルカルが尋ねた。
「どういうことですか?」
俺は答えた。
「船は好きな場所を通れるわけじゃない」
「……」
「風向き、季節、港、飲み水、それから敵の艦隊」
俺は海図を指差した。
「安全に使える航路は限られるんだ」
俺は、アドヘルバル提督へ書簡を送った。
『イタリア方面への援軍輸送が承認されました』
『輸送船団の護衛について協議したいと考えています』
『敵艦隊との決戦を避け、輸送船を確実に到着させる方法を検討してください』
数週間後。
返事が届いた。
『輸送船団の護衛は可能。
ただし、イタリア側の受け入れ港が必要』
俺は頷いた。
「……やっぱり、そこか」
俺はハンニバルへ報告した。
「援軍の輸送には、受け入れ港が必要だ」
ハンニバルは頷いた。
「タレントゥムですか?」
俺は答えた。
「将来的にはね」
「今は?」
「まだ使えない」
ハンニバルは考え込んだ。
俺は続けた。
「だから、別の港も調べたい」
「どこです?」
俺は地図を広げた。
「イタリア南部の小さな港や、カルタゴ側に協力的な沿岸都市だよ」
俺は商人たちへ連絡した。
調べるのは、港の大きさだけではない。
水深。
停泊場所。
倉庫。
飲み水。
荷役人夫。
そして、周辺の道路。
メルカルが尋ねた。
「……また倉庫ですか?」
俺は頷いた。
「また倉庫だよ」
「アドン殿は、本当に倉庫が好きですね」
俺は笑った。
「倉庫がなければ、軍隊は腹を空かせるからね」
数週間後。
沿岸部から報告が届いた。
いくつかの小さな港では、商船の受け入れが可能だった。
だが、大軍を一度に上陸させるには不十分だった。
俺は記録を確認した。
「……小分けに運ぶしかないか」
メルカルが尋ねた。
「何をですか?」
「援軍と物資だよ」
「……」
「一度に全部運ぼうとすると、港が混雑する」
俺は続けた。
「だから、船団を分けて運ぶ」
だが、ここでアドヘルバルから警告が届いた。
『ローマ海軍は、カルタゴの輸送船団を警戒している』
『大規模な船団は発見されやすい』
『航路の秘匿と、複数港への分散が必要』
俺は頷いた。
「……分かってる」
メルカルが尋ねた。
「どうするんですか?」
俺は答えた。
「船を小分けにするだけじゃ駄目だ」
「……?」
「到着先で、荷物を受け取る準備も分ける」
俺は、補給計画を作り直した。
第一段階。
武器と防具。
第二段階。
技術者と必要な資材。
第三段階。
兵士と馬。
ただし、実際の輸送順序は港の安全と天候に応じて調整する。
俺はメルカルへ言った。
「大切なのは、全部を一度に失わないことだよ」
メルカルは頷いた。
「なるほど」
そのころ。
ローマ元老院でも、カルタゴの動きが警戒されていた。
「ハンニバルに援軍が届けば、さらに危険になる!」
議員たちが頷いた。
「輸送船を止めるべきだ!」
「イタリア南部の港を監視しろ!」
「カルタゴと取引する商人も調べろ!」
ローマは、海軍による警戒を強めた。
ある日。
俺のもとへ、ネロンから書簡が届いた。
ヒスパニア沿岸で商船を運航している、古い知り合いだ。
『ローマ海軍の動きが活発になっている』
『商船の検査も増えている』
『大規模な輸送は危険だ』
俺は書簡を閉じた。
「……厄介だな」
メルカルが尋ねた。
「輸送を中止しますか?」
俺は首を振った。
「中止はしない」
「……」
「でも、危険な航路を無理に使うつもりもない」
俺は、アドヘルバルへ新しい提案を送った。
『護衛艦隊は敵艦隊との決戦を目的としない』
『輸送船の安全を最優先とする』
『複数の寄港地を利用し、天候と敵情に応じて輸送を実施する』
そして、最後に書いた。
『一度の大成功より、十度の確実な輸送を重視したい』
数週間後。
最初の輸送船団が出港した。
俺はイタリア側で、知らせを待っていた。
メルカルが落ち着かない様子で歩いている。
「……まだですかね」
俺は答えた。
「まだだね」
「無事に着きますか?」
俺は答えた。
「分からない」
「……またそれですか!」
俺は苦笑した。
「海の上のことは、ここからじゃ分からないからね」
数日後。
沿岸部から伝令が到着した。
「アドン殿!」
俺は立ち上がった。
「どうだった!?」
伝令は笑った。
「第一船団、到着しました!」
俺は息を吐いた。
「……よし!」
メルカルが叫んだ。
「やりました!」
俺は頷いた。
「うん」
だが、すぐに尋ねた。
「荷物は?」
伝令は答えた。
「武器と防具、それから一部の資材です!」
俺は頷いた。
「受領記録は?」
「あります!」
「数量の確認は?」
「現在、照合中です!」
俺は笑った。
「よし。
それならいい」
だが。
二番目の船団は、予定どおりには到着しなかった。
俺は報告書を見つめた。
「……遅れているな」
メルカルが尋ねた。
「ローマ海軍ですか?」
俺は答えた。
「まだ分からない」
その翌日。
新しい報告が届いた。
『第二船団は、敵艦隊の警戒を避けるため、別の港へ退避した』
俺は息を吐いた。
「……よかった」
メルカルが驚いた。
「よかったんですか?」
俺は頷いた。
「船が無事なら、また運べるからね」
数週間後。
第二船団も到着した。
そして、第三船団の準備が進められた。
俺は、到着した物資の記録を整理していた。
メルカルが笑った。
「少しずつですが、補給が増えていますね」
俺は頷いた。
「そうだね」
「これなら、ハンニバル将軍も助かります」
俺は答えた。
「うん」
だが、俺は地図を見つめた。
「……まだ足りない」
メルカルが尋ねた。
「何がですか?」
俺は答えた。
「安定した港だよ」
その夜。
ハンニバルが俺のところへ来た。
「アドン」
「何?」
「援軍輸送の報告を受けました」
俺は頷いた。
「まだ一部だけどね」
ハンニバルは笑った。
「それでも、ありがたいことです」
俺は答えた。
「そうだね」
ハンニバルは続けた。
「ですが、ローマ軍も動いています」
俺は顔を上げた。
「どこで?」
ハンニバルは地図を指差した。
「カプア周辺です」
俺は眉をひそめた。
「……やっぱり」
ローマは、カルタゴ側についた都市を取り戻そうとしていた。
カプアも、その対象だった。
俺は地図を見つめた。
「……守らないとな」
ハンニバルは頷いた。
「はい」
俺は続けた。
「カプアが落ちれば、他の都市も不安になる」
ハンニバルは答えた。
「そのとおりです」
そして、静かに言った。
「次は、カプアを守る戦いになるでしょう」
俺は頷いた。
「……分かった」
こうしてカルタゴ軍は、カンナエでの勝利を維持するため、新しい戦いへ向かうことになった。
だが、俺には別の懸念があった。
ローマ軍は、ハンニバルと正面から戦わなくても、カルタゴ側の都市を一つずつ取り戻すことができる。
その戦い方に対抗するには、これまでとは違う仕組みが必要だった。




