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転生したらカルタゴ人だったので、ハンニバルを勝たせてローマに勝利します  作者: レモンティー


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第四十八話 アルプスを越えようとしたら、敵より先に山と戦うことになった

紀元前218年。

カルタゴ軍は、イタリアを目指して進軍していた。

総司令官は、ハンニバル・バルカ。

歩兵。

騎兵。

荷車。

そして、戦象。

大軍が北へ向かっている。

だが、俺たちの前には、ローマ軍よりも厄介な敵が待っていた。

アルプス山脈だ。

「……でかいな」

俺は目の前にそびえる山々を見上げた。

頂上には白い雪。

山腹には険しい岩壁。

谷底には、激しい流れの川が見える。

現代なら、道路やトンネルがある。

だが、この時代にはそんなものはない。

軍隊が通れる道を探し、自分たちの足で越えるしかなかった。

隣にいたメルカルが呟いた。

「……本当に、あそこを越えるんですか?」

「そうらしいね」

「……戻りませんか?」

俺は思わず笑った。

「まだ登ってもいないよ」

「登る前から嫌なんですが」

気持ちは分かる。

俺だって嫌だ。

できれば暖かい部屋で、商売の帳簿でも整理していたい。

だが、ここまで来て引き返すわけにはいかなかった。

軍議が開かれた。

ハンニバルは地図を広げ、山岳案内人たちから報告を受けていた。

「この先の道は?」

案内人の一人が答えた。

「谷に沿って進めます。

ただし、途中から道が狭くなります」

「軍隊は通れるか?」

「歩兵なら通れます」

「騎兵は?」

「馬を引いて進む必要があります」

「象は?」

案内人は黙った。

ハンニバルが眉を上げた。

「どうした?」

「……通れるかどうか、分かりません」

俺は頭を抱えた。

一番重要なところが分からないらしい。

ハンニバルは地図を見つめた。

「アドン」

「何?」

「補給の状況は?」

俺は記録板を開いた。

「食料は計画どおり運んでいる。

ただし、ここから先は荷車が使えない場所が増える」

「そうか」

「食料を小分けにして、人と荷駄獣に分散させる必要がある」

ハンニバルは頷いた。

「準備を進めてくれ」

俺は答えた。

「分かった」

その日の午後。

俺は補給部隊を集めた。

「これから先、荷車が通れない道が増えます」

兵士たちが頷く。

「そこで、食料を運びやすい単位に分けます」

大きな袋。

小さな袋。

革袋。

木箱。

それぞれに番号を付けた。

メルカルが尋ねた。

「また番号ですか?」

俺は頷いた。

「当然だよ」

「……」

「山の途中で食料がなくなったら困るからね」

メルカルは記録板を見た。

「でも、これだけの荷物を全部管理するのは大変ですよ」

俺は答えた。

「だから、部隊ごとに管理してもらう」

一つの部隊に、必要な食料を割り当てる。

さらに、予備食料を別に確保する。

すべてを一か所に集めると、事故が起きたときにまとめて失ってしまう。

俺は兵士たちへ説明した。

「一つの荷物を失っても、全軍が飢えないようにします」

補給担当の兵士が頷いた。

「分かりました!」

翌朝。

進軍が始まった。

最初は、比較的歩きやすい道だった。

山の斜面に沿って、細い道が続いている。

川の音。

鳥の声。

そして、兵士たちの足音。

俺は馬を引きながら歩いていた。

メルカルが隣で呟いた。

「……思ったより、普通の道ですね」

俺は答えた。

「そうだね」

「これなら、何とか越えられそうです」

その瞬間。

前方から叫び声が聞こえた。

「止まれ!」

俺は顔を上げた。

前方の道が、急に狭くなっていた。

片側は岩壁。

反対側は深い谷。

そして、その上には大きな岩が並んでいた。

俺は嫌な予感がした。

「……まずいな」

ハンニバルは、先頭部隊を停止させた。

「偵察兵!」

「はっ!」

「上の岩場を調べろ!」

兵士たちが動いた。

しばらくして、報告が戻ってきた。

「山岳部族の兵士がいます!」

ハンニバルが尋ねた。

「何人だ?」

「正確には分かりません。

ただ、岩場に多数の人影が見えます!」

俺は山の上を見た。

確かに、人影が動いている。

槍。

盾。

そして、弓。

俺は息を呑んだ。

「……待ち伏せか」

ハンニバルはすぐに命令した。

「全軍、停止!」

角笛が鳴った。

長い行軍列が止まる。

マゴンが尋ねた。

「攻撃しますか?」

ハンニバルは首を振った。

「まだだ」

「……?」

「この道で戦えば、こちらが不利だ」

ハンニバルは岩場を見上げた。

「敵は高い場所にいる」

俺は頷いた。

上から石を落とされれば、逃げ場がない。

矢を射かけられても、盾で防ぐのは難しい。

さらに、馬や象が暴れれば、谷へ落ちる危険がある。

ハンニバルは言った。

「まず、敵の動きを調べる」

偵察兵たちは、山岳部族の様子を観察した。

そして、夕方になって戻ってきた。

「将軍!」

「報告しろ」

「敵は昼間、岩場を守っています」

「夜は?」

「多くが集落へ戻るようです」

ハンニバルは顔を上げた。

「……夜には守備が薄くなるのか」

「はい!」

ハンニバルは少し考えた。

そして命令した。

「今夜、岩場を確保する」

マゴンが頷いた。

「承知しました」

俺は思わず尋ねた。

「夜に登るの?」

ハンニバルは答えた。

「そうだ」

「危険じゃない?」

「昼間に攻撃するよりはましだ」

確かに、そのとおりだった。

夜。

月明かりの下、カルタゴ軍の精鋭部隊が山道を登り始めた。

足音を立てないように進む。

盾を背負う。

槍を短く持つ。

そして、岩場へ近づく。

俺は下の野営地から、その様子を見守っていた。

メルカルが呟いた。

「……怖いですね」

俺は答えた。

「そうだね」

「もし見つかったら?」

俺は山を見上げた。

「……戦いになる」

しばらくして。

山の上から、小さな光が見えた。

合図の松明だ。

続いて、もう一つ。

そして、三つ。

俺は顔を上げた。

「……成功した?」

伝令が走ってきた。

「岩場を確保しました!」

周囲の兵士たちが歓声を上げた。

俺も息を吐いた。

「……よかった」

だが、ハンニバルはすぐに命令した。

「夜明け前に先頭部隊を進める!」

マゴンが頷いた。

「はっ!」

翌朝。

カルタゴ軍は狭い山道へ進み始めた。

岩場には、すでにカルタゴ兵が配置されている。

上から攻撃される危険は減った。

だが、道そのものが危険だった。

馬が足を滑らせる。

荷物が岩に引っかかる。

兵士が転ぶ。

そして、荷車の車輪が石に挟まる。

俺は叫んだ。

「荷車を止めて!」

兵士たちが動いた。

「車輪を持ち上げろ!」

数人がかりで、荷車を押す。

だが、道幅が足りない。

俺は眉をひそめた。

「……やっぱり無理か」

メルカルが尋ねた。

「どうします?」

俺は答えた。

「荷物を降ろそう」

荷車から食料を降ろした。

袋に分ける。

人が背負う。

荷駄獣へ積み替える。

そして、空になった荷車を少しずつ動かす。

それでも通れない荷車は、分解して運ぶことにした。

メルカルが呟いた。

「……大変ですね」

俺は答えた。

「そうだね」

「まだ山の入口ですよ?」

俺は空を見上げた。

「……先が思いやられる」

そのとき。

前方から叫び声が聞こえた。

「敵襲!」

俺は顔を上げた。

山岳部族の兵士たちが、別の岩場から現れた。

どうやら、夜のうちに確保した場所とは違う斜面に回り込んでいたらしい。

石が落ちてくる。

矢が飛ぶ。

兵士たちが盾を掲げる。

そして、一頭の馬が悲鳴を上げた。

俺は振り返った。

馬が暴れている。

荷物が崩れる。

兵士が倒れる。

さらに、後ろの馬まで暴れ始めた。

「……まずい!」

ハンニバルはすぐに命令した。

「歩兵、盾を構えろ!」

兵士たちが隊列を組む。

「騎兵は馬を押さえろ!」

騎兵たちが動いた。

「荷物を道の内側へ寄せろ!」

俺も補給兵へ叫んだ。

「食料を谷側に置くな!」

メルカルが走った。

「分かりました!」

だが、そのとき。

大きな音がした。

岩が崩れたのだ。

俺は顔を上げた。

巨大な岩が、山の斜面を転がってくる。

「伏せろ!」

俺は叫んだ。

兵士たちが地面へ倒れ込む。

岩が道を横切った。

そして、そのまま谷底へ落ちていった。

しばらくして、遠くから鈍い音が響いた。

俺は息を呑んだ。

「……危なかった」

戦闘は、しばらく続いた。

だが、ハンニバルは無理に敵を追わなかった。

岩場を守る部隊を増やし、行軍列を少しずつ前進させた。

やがて、山岳部族は撤退した。

俺は周囲を見た。

負傷者がいる。

荷物が散乱している。

馬も数頭失った。

そして、食料の一部が谷へ落ちてしまった。

メルカルが報告した。

「アドン殿」

「何?」

「食料袋を十二個失いました」

俺は記録板を見た。

「……十二個か」

「はい」

俺は答えた。

「予備から補充しよう」

メルカルは頷いた。

「分かりました」

だが、俺は思っていた。

まだ山の入口だ。

これから先、何度も同じことが起きるかもしれない。

夕方。

ハンニバルが補給部隊を訪れた。

「アドン」

「ハンニバル」

「損害は?」

俺は記録を見せた。

「食料の一部と、荷駄獣を失った」

ハンニバルは眉をひそめた。

「兵士は?」

「負傷者がいる。

ただ、補給部隊では大きな死者は出ていない」

ハンニバルは頷いた。

「そうか」

俺は尋ねた。

「この先も、同じような道が続くの?」

ハンニバルは地図を見た。

「もっと険しい場所もあるらしい」

俺は頭を抱えた。

「……聞かなきゃよかった」

ハンニバルは少し笑った。

翌日。

カルタゴ軍は、さらに山奥へ進んだ。

道は細くなった。

気温も下がった。

夜になると、息が白くなる。

兵士たちは焚き火を囲み、体を温めた。

だが、薪を集めるのも簡単ではない。

標高が上がるにつれ、木が少なくなっていく。

俺はメルカルへ尋ねた。

「防寒具の配布は?」

「予定どおりです」

「予備は?」

「まだあります」

俺は頷いた。

「よし」

だが、そのとき。

一人の兵士が走ってきた。

「アドン殿!」

「どうした?」

「食料を積んだ荷駄獣が、動かなくなりました!」

俺は顔を上げた。

「……何?」

現場へ向かうと、一頭の荷駄獣が道の途中で立ち止まっていた。

兵士たちが引っ張っている。

だが、動かない。

俺は近づいた。

「どうしたんだ?」

兵士が答えた。

「足を痛めたようです」

俺は地面を見た。

鋭い石が多い。

さらに、道が滑りやすくなっている。

俺は呟いた。

「……足元か」

メルカルが尋ねた。

「どうします?」

俺は答えた。

「荷物を降ろそう」

兵士たちが動いた。

荷物を別の動物へ分ける。

一部は人が背負う。

そして、足を痛めた動物を休ませることにした。

俺は周囲を見た。

同じように足を痛める動物が増えれば、補給が止まる。

「……対策が必要だな」

その夜。

俺は補給担当者たちを集めた。

「明日から、荷駄獣の足を毎日確認してください」

兵士たちが頷いた。

「傷があれば、早めに手当てする」

「はい!」

「荷物の重さも調整する」

「はい!」

「それから、危険な道では無理に急がせない」

補給担当者が尋ねた。

「進軍が遅れませんか?」

俺は答えた。

「遅れてもいい」

兵士たちが顔を上げた。

俺は続けた。

「途中で荷駄獣を失う方が、もっと困るからね」

数日後。

カルタゴ軍は、さらに標高の高い場所へ到達した。

雪が見え始めた。

最初は、道の脇に少し残っている程度だった。

だが、進むにつれて増えていく。

俺は足元を見た。

「……滑るな」

メルカルが頷いた。

「はい」

兵士たちは慎重に歩いていた。

だが、象たちは違った。

大きな足で、ゆっくりと雪を踏みしめている。

メルカルが呟いた。

「……象って、意外と平気そうですね」

俺は答えた。

「今のところはね」

だが、その直後。

前方から大きな鳴き声が響いた。

俺は顔を上げた。

「……何だ?」

一頭の戦象が、狭い道の途中で立ち止まっていた。

前には、急な下り坂。

横には、深い谷。

象は、どうしても前へ進もうとしない。

象使いが声をかける。

だが、動かない。

兵士たちが困っていた。

ハンニバルも現場へ来た。

「どうした?」

象使いが答えた。

「この先の道を怖がっています」

ハンニバルは道を見た。

「……確かに狭いな」

俺も覗き込んだ。

そして、すぐに後悔した。

谷底が見えない。

「……これは怖い」

ハンニバルは尋ねた。

「道を広げられるか?」

工兵が答えた。

「岩を削れば、少しは広げられます」

「どれくらいかかる?」

「数時間は必要です」

ハンニバルは頷いた。

「やれ」

工兵たちが動き始めた。

岩を砕く。

石を運ぶ。

道の外側を補強する。

俺は、その様子を見ていた。

「……山越えって、戦争というより工事だな」

メルカルが頷いた。

「本当にそうですね」

夕方。

道は何とか広がった。

象使いが、再び象を進ませる。

一歩。

二歩。

三歩。

象は慎重に歩いた。

兵士たちは息を殺して見守る。

そして、ようやく、狭い道を通り抜けた。

周囲から歓声が上がった。

俺も思わず叫んだ。

「よし!」

メルカルが笑った。

「通れましたね!」

俺は頷いた。

「うん!」

だが、まだ、象は何十頭もいる。

俺は後ろを振り返った。

長い行軍列が続いていた。

「……全部通すのか」

メルカルが答えた。

「はい」

俺は頭を抱えた。

「……今日中には終わらないな」

その夜。

ハンニバルは軍議を開いた。

「この先、さらに雪が増える」

将校たちが頷いた。

「食料の消費も増えている」

俺は記録板を見た。

「予定より少し多い」

ハンニバルが尋ねた。

「どれくらいだ?」

俺は答えた。

「寒さで体力を使うから、兵士たちが多く食べるようになっている」

ハンニバルは頷いた。

「当然だな」

俺は続けた。

「ただし、今のところ予備食料で対応できる」

「分かった」

ハンニバルは地図を見た。

「明日は、さらに高い場所へ進む」

将校たちが頷いた。

そして、軍議は終わった。

翌朝。

俺たちは雪の中を進み始めた。

足元が滑る。

風が冷たい。

息が白い。

そして、指先が痛い。

メルカルが震えながら言った。

「……寒いです」

俺は答えた。

「……知ってる」

「こんなところに、ローマ軍はいないんですよね?」

「いないと思う」

「じゃあ、何と戦っているんですか?」

俺は周囲を見た。

雪。

岩。

谷。

そして、険しい山道。

俺は答えた。

「……山だね」

メルカルは黙った。

そして、しばらくして言った。

「……ローマ軍の方が、まだよかったかもしれません」

俺は首を振った。

「それはないと思う」

昼過ぎ。

前方から伝令が来た。

「将軍!」

ハンニバルが顔を上げた。

「何だ?」

「この先の道が、崩れています!」

ハンニバルは眉をひそめた。

「崩れている?」

「はい!」

「どれくらいだ?」

伝令は答えた。

「数十歩にわたって、道がなくなっています!」

俺は息を呑んだ。

「……道がない?」

俺たちは現場へ向かった。

そこには、信じられない光景が広がっていた。

山の斜面に沿って続いていた道が、途中で途切れている。

岩が崩れ落ち、谷底へ消えていた。

反対側には、道の続きが見える。

だが、その間には何もない。

俺は呟いた。

「……どうやって渡るんだ?」

メルカルが首を振った。

「無理ですよ」

工兵たちも困っていた。

ハンニバルは、しばらく崩れた道を見つめていた。

そして尋ねた。

「迂回路は?」

案内人が答えた。

「ありますが、かなり遠回りになります」

「どれくらいだ?」

「数日かかる可能性があります」

ハンニバルは地図を見た。

俺は補給記録を確認した。

数日。

その間も、食料は減り続ける。

しかも、迂回路が安全とは限らない。

俺は呟いた。

「……困ったな」

ハンニバルは工兵を集めた。

「道を作れるか?」

工兵の責任者が答えた。

「岩を削り、崩れた部分を補強すれば、通れる可能性があります」

「どれくらいかかる?」

「分かりません」

ハンニバルは頷いた。

「やってみろ」

俺は顔を上げた。

「……本当に?」

ハンニバルは答えた。

「ここまで来て引き返すわけにはいかない」

俺は黙った。

そして、崩れた道を見つめた。

確かに、戻るのも簡単ではない。

後ろには、長い行軍列が続いている。

食料も減っている。

さらに、山岳部族が再び襲撃してくる可能性もある。

俺は息を吐いた。

「……やるしかないか」

工兵たちは、道の修復を始めた。

岩を砕く。

石を運ぶ。

木材を組む。

そして、足場を作る。

兵士たちも手伝った。

俺は補給部隊へ命令した。

「作業する兵士へ、食料と水を優先して運んでください」

メルカルが頷いた。

「分かりました!」

「それから、負傷者が出たらすぐに知らせて」

「はい!」

作業は、夕方まで続いた。

だが、道は完成しなかった。

夜。

俺は焚き火の前で、補給記録を確認していた。

食料は減っている。

寒さは厳しくなっている。

そして、進軍は止まっている。

俺は眉をひそめた。

「……このままだと厳しいな」

メルカルが尋ねた。

「どうするんですか?」

俺は答えた。

「まず、無駄な消費を減らす」

「……」

「それから、荷物の優先順位を決める」

メルカルは頷いた。

「優先順位?」

俺は答えた。

「食料、医薬品、防寒具、武器」

「……」

「それ以外の荷物は、必要に応じて減らす」

メルカルは少し驚いた。

「商売の品物もですか?」

俺は頷いた。

「当然だよ」

そして続けた。

「今は、兵士が生きて山を越えることが最優先だからね」

翌朝。

工兵たちの作業が再開された。

岩を砕く音。

木材を打ち込む音。

兵士たちの掛け声。

そして、冷たい風。

俺は現場を見つめていた。

そのとき。

工兵の責任者が叫んだ。

「将軍!」

ハンニバルが近づいた。

「どうした?」

「歩兵なら、何とか通れる幅を確保できました!」

ハンニバルは頷いた。

「よし」

だが、工兵は続けた。

「ただし、馬や象はまだ無理です」

俺は頭を抱えた。

「……やっぱり」

ハンニバルは、しばらく考えた。

そして命令した。

「まず、歩兵を渡す」

将校たちが頷いた。

「その後、工兵を増やして道を広げる」

「はっ!」

「騎兵と象は、道が完成するまで待機させる」

俺は補給記録を見た。

「……食料を分ける必要があるな」

ハンニバルが俺を見た。

「頼む」

俺は答えた。

「分かった」

歩兵たちは、一人ずつ慎重に道を渡った。

片側は岩壁。

反対側は谷。

足を滑らせれば、命はない。

兵士たちは壁に手をつきながら進んだ。

俺も、その後ろを歩いた。

メルカルが震えていた。

「……アドン殿」

「何?」

「下を見ない方がいいですよね?」

俺は答えた。

「絶対に見ない方がいい」

メルカルは頷いた。

「分かりました」

だが、その瞬間。

足元の小石が崩れた。

メルカルが悲鳴を上げた。

「うわっ!」

俺は反射的に腕を掴んだ。

「危ない!」

メルカルは何とか踏みとどまった。

二人とも、しばらく動けなかった。

やがて、メルカルが呟いた。

「……死ぬかと思いました」

俺は答えた。

「……俺も」

その日の夕方。

ようやく、多くの歩兵が崩れた道を通過した。

だが、騎兵と象はまだ残っている。

俺は山の向こうを見た。

雲の隙間から、遠くの谷が見えた。

あの先に、イタリアがある。

本来の歴史では、ハンニバルはこの山を越えた。

だが、そのために多くの兵士を失った。

俺は拳を握った。

「……少しでも、減らしたい」

メルカルが尋ねた。

「何をですか?」

俺は答えた。

「犠牲者だよ」

その夜。

ハンニバルが俺のところへ来た。

「アドン」

「何?」

「明日には、象が通れる道を作りたい」

俺は頷いた。

「分かった」

ハンニバルは続けた。

「だが、工兵たちが疲れている」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「作業を交代制にしよう」

「交代制?」

「うん」

俺は説明した。

「全員を一度に働かせるんじゃなくて、何組かに分ける」

「……」

「一組が働いている間、ほかの組は休ませる」

ハンニバルは頷いた。

「それなら、長く作業を続けられるな」

俺は答えた。

「そういうこと」

翌日。

工兵たちは交代しながら作業を続けた。

岩を削る。

石を積む。

木材で足場を補強する。

そして、少しずつ道を広げていく。

夕方。

ついに、象が通れる幅が確保された。

兵士たちが歓声を上げた。

ハンニバルは象使いへ命令した。

「一頭ずつ進ませろ!」

象使いたちが頷いた。

「はい!」

最初の象が、ゆっくりと歩き始めた。

一歩。

二歩。

三歩。

道が軋む。

兵士たちは息を殺して見守る。

象は慎重に進んだ。

そして、無事に反対側へ渡った。

歓声が上がった。

俺も思わず叫んだ。

「よし!」

メルカルが笑った。

「通れました!」

俺は頷いた。

「うん!」

続いて、二頭目。

三頭目。

そして、次々と象が渡っていく。

だが、すべてが順調だったわけではない。

一頭が途中で立ち止まった。

別の象は、足を滑らせかけた。

そのたびに、象使いと兵士たちが必死に支えた。

そして、長い時間をかけて、何とか全頭を通過させることができた。

その夜。

ハンニバルは、兵士たちを集めた。

「よくやった!」

兵士たちが歓声を上げた。

ハンニバルは続けた。

「我々は、ローマ軍と戦うためにここへ来た!」

「おお!」

「だが、まず山を越えなければならない!」

兵士たちが頷く。

「今日、我々はその一歩を進んだ!」

歓声が響いた。

俺は、その光景を見つめていた。

まだ山越えは終わっていない。

だが、兵士たちの士気は高かった。

俺は呟いた。

「……やっぱり、すごいな」

メルカルが尋ねた。

「何がですか?」

俺は答えた。

「ハンニバルだよ」

翌朝。

カルタゴ軍は、再び進軍を始めた。

雪はさらに深くなった。

風は冷たくなった。

そして、道は険しくなった。

だが、遠くに、山の向こう側が見え始めていた。

俺は立ち止まった。

「……あれが」

メルカルが隣に来た。

「何ですか?」

俺は答えた。

「イタリアだよ」

メルカルは目を見開いた。

「……本当に?」

俺は頷いた。

「うん」

だが、まだ到着したわけではない。

ここから先には、危険な下り道が待っている。

そして、雪崩や落石の危険もある。

俺は山の向こうを見つめた。

「……あと少しだ」

そのとき。

前方から、偵察兵が戻ってきた。

「将軍!」

ハンニバルが顔を上げた。

「何だ?」

偵察兵は答えた。

「山の向こう側に、集落を確認しました!」

俺は息を呑んだ。

「……集落?」

ハンニバルが尋ねた。

「どこの部族だ?」

偵察兵は答えた。

「イタリア北部のガリア系部族と思われます!」

俺は思わず笑った。

「……ついに」

ハンニバルが俺を見た。

「アドン」

「何?」

「あなたが何年も前から交渉していた部族ですね」

俺は頷いた。

「そうだよ」

ハンニバルは言った。

「ならば、約束を確認しよう」

俺は答えた。

「分かった」

俺は荷物から、一枚の書簡を取り出した。

そこには、以前から交渉していた部族との協定が記されていた。

食料の供給。

馬の飼料。

交易の継続。

そして、カルタゴ軍がイタリアへ入った際の協力。

俺は書簡を見つめた。

何年も前に始めた交渉。

その成果が、ようやく必要になる時が来た。

だが、偵察兵は、さらに続けた。

「ただし、問題があります!」

ハンニバルが眉をひそめた。

「何だ?」

偵察兵は答えた。

「その集落に、ローマの使者が来ています!」

俺は動きを止めた。

「……ローマの?」

「はい!」

偵察兵は続けた。

「ローマ側は、カルタゴ軍へ食料を渡さないよう要求しているようです!」

俺は書簡を握りしめた。

「……ここまで来て」

ハンニバルは山の向こうを見つめた。

そして、言った。

「アドン」

「何?」

「あなたの出番ですね」

俺は顔を上げた。

ハンニバルは続けた。

「私は軍を率いて山を越えます」

「……」

「あなたは、山の向こうで我々を迎える人々との約束を守ってもらってください」

俺は頷いた。

「分かった」

そして、心の中で呟いた。

本来の歴史では、ハンニバルはアルプスを越えたあと、イタリア北部の部族から協力を得た。

だが、今回は違う。

俺は、何年も前から準備してきた。

交易。

契約。

補給。

そして、信頼関係。

そのすべてが、今試されようとしている。

俺は書簡を握りしめた。

「……ローマに、横取りさせてたまるか」

こうしてカルタゴ軍がアルプスを越えようとしている間に、俺はイタリア北部の部族との交渉へ向かうことになった。

だが、その部族の長がすでにローマから大量の銀貨を受け取っていたことをこのときの俺には、まだ知る由もなかった。

そして。

カルタゴ軍が山を越えて到着する前に、ローマ軍の先遣部隊がその集落へ向かっていることも。

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