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転生したらカルタゴ人だったので、ハンニバルを勝たせてローマに勝利します  作者: レモンティー


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第四十七話 ローマ本土への侵攻を命じられたので、ハンニバルがアルプスを越えるための準備を始めた

カルタゴは、ローマとの戦争に勝ち始めていた。

ヒスパニアでは、ハミルカル将軍がローマ軍を撃退した。

海上では、アドヘルバル提督がローマ艦隊の上陸作戦を阻止した。

カルタゴ軍の補給路も、何とか維持されている。

だが俺は、勝利の報告を聞くたびに不安になっていた。

理由は簡単だ。

ローマは、まだ本気で負けたとは思っていない。

軍隊が敗れれば、新しい軍隊を作る。

艦隊が敗れれば、新しい軍船を建造する。

兵士が足りなければ、同盟都市から集める。

そして、再び戦争を続ける。

それがローマという国家だった。

俺は机に広げた地図を見つめていた。

「……やっぱり、ローマ軍を倒すだけじゃ駄目なんだよな」

隣にいたメルカルが尋ねた。

「どういうことですか?」

俺は答えた。

「ローマは、軍隊を何度でも作り直せるんだ」

「……何度でも?」

「もちろん限界はある。

でも、こちらが思っている以上に粘り強い」

メルカルは地図を見た。

「では、どうすればいいんです?」

俺は、イタリア半島を指差した。

「ローマが戦争を続けられなくなる状況を作るしかない」

翌朝。

カルタゴ本国から、正式な使節が到着した。

使節はハミルカル将軍の幕舎へ入り、政府の命令書を差し出した。

「ハミルカル・バルカ将軍」

「聞こう」

「カルタゴ政府は、ローマに対する軍事的圧力を強化する方針を決定しました」

ハミルカルは頷いた。

「具体的には?」

使節は命令書を開いた。

「ヒスパニア方面での防衛に加え、将来的なイタリア半島への侵攻計画を策定するよう求めています」

幕舎が静かになった。

マゴンが眉をひそめた。

「……イタリアへ?」

使節は頷いた。

「はい」

「遠征軍の規模は?」

「政府内では、三万人以上の兵力が必要だという意見が出ています」

俺は顔を上げた。

三万人。

それだけの軍隊をイタリアまで移動させる。

しかも、ローマ軍と戦いながらだ。

簡単な話ではない。

ハミルカルが尋ねた。

「出発時期は?」

使節は答えた。

「まだ決定しておりません」

「……」

「政府は、まずヒスパニアの支配を安定させ、兵力と補給体制を整えることを求めています」

ハミルカルは頷いた。

「それならば理解できる」

使節は続けた。

「遠征軍の指揮官についても、現時点では決定していません」

俺は、その言葉を聞いて少し安心した。

少なくとも、明日からイタリアへ攻め込めという無茶な命令ではないらしい。

使節が退出すると、軍議が始まった。

ハミルカルは大きな地図を広げた。

ヒスパニア。

ガリア。

アルプス山脈。

そして、イタリア半島。

マゴンが尋ねた。

「将軍、本当にイタリアへ侵攻するおつもりですか?」

ハミルカルは答えた。

「いずれ必要になるかもしれん」

「海からですか?」

「それは難しい」

将軍は地中海を指差した。

「ローマは強力な艦隊を持っている」

俺は頷いた。

「海上輸送中に攻撃されれば、遠征軍そのものを失う危険があります」

ハミルカルは続けた。

「さらに、上陸できたとしても、補給を維持できる保証がない」

マゴンは腕を組んだ。

「では、陸路ですか?」

将軍は地図を指差した。

「ヒスパニアからガリアへ進み、イタリアへ入る道がある」

俺は、その先にある山脈を見つめた。

アルプス。

本来の歴史で、ハンニバルが越えた山だ。

「……アルプスを越えるんですね」

俺が言うと、ハミルカルは頷いた。

「可能性の一つだ」

マゴンが眉をひそめた。

「ですが、あの山を大軍で越えるのは危険です」

「分かっている」

「雪、寒さ、険しい道。

それに、山岳部族の襲撃も考えられます」

ハミルカルは地図を見つめた。

「だから、今すぐ行くつもりはない」

俺は顔を上げた。

将軍は続けた。

「まず、ヒスパニアの支配を固める」

「……」

「兵士を鍛え、補給拠点を整備する」

「……」

「ガリアの部族とも関係を築く」

そして、言った。

「イタリアへの遠征は、それからだ」

俺は答えた。

「それがよいと思います」

そのとき。

幕舎の入口から声がした。

「父上」

振り返ると、ハンニバルが立っていた。

まだ青年だ。

だが、地図を見る目は真剣だった。

ハミルカルが尋ねた。

「どうした?」

ハンニバルは答えた。

「イタリアへ行く話をしていると聞きました」

「そうだ」

「私も聞いていいですか?」

ハミルカルは少し考えた。

「よかろう。

ただし、邪魔はするな」

「はい!」

ハンニバルは地図の前へ来た。

そして、アルプス山脈を指差した。

「ここを越えるのですか?」

ハミルカルは答えた。

「その可能性がある」

ハンニバルは、しばらく地図を見つめていた。

そして尋ねた。

「……山の向こうには、食料があるのですか?」

俺は答えた。

「もちろん、イタリアにも農村や町はある。

だが、そこから食料を手に入れられるとは限らない」

ハンニバルが首をかしげた。

「どうしてですか?」

「ローマが、カルタゴ軍に食料を売るなと命令する可能性があるからだよ」

俺は地図のアルプス山脈を指差した。

「三万人もの軍隊が山を越えるとなれば、大量の食料が必要になる。

しかも、山越えのために持ってきた食料は、途中でかなり消費してしまう」

ハミルカルが頷いた。

「そのとおりだ。

イタリアへ到着した時点で食料が尽きれば、戦うどころではない」

「だからこそ、将軍」

俺は地図のイタリア北部を指差した。

「山を越える前に、イタリアの人たちと約束しておけばいいと思います」

ハミルカルが俺を見た。

「約束?」

「はい。

アルプスの向こう側に住む部族や都市と、あらかじめ交渉しておくんです」

俺は説明を続けた。

「食料を売ってもらう。

馬の飼料を用意してもらう。

負傷者を休ませる場所を確保する。

そして、可能ならカルタゴ軍への協力も取り付ける」

マゴンが腕を組んだ。

「だが、相手がローマ側についていたら?」

「だから、今から交渉するんです」

俺は答えた。

「ローマと対立している部族もいるはずです。

そうした勢力と先に関係を築いておけば、イタリアへ到着してから慌てずに済みます」

ハミルカルは地図を見つめた。

「……つまり、軍隊が到着する前に、補給路と協力者を確保しておくということか」

「はい」

俺は答えた。

「アルプスを越えることを目的にするのではなく、越えたあとに戦える状態を作っておくことが重要です」

ハンニバルが目を輝かせた。

「山を越えたところで、味方が食料を用意して待っていてくれるんですね!」

俺は笑った。

「そういうことだよ」

ハミルカルも頷いた。

「よい考えだ。

アドン、そのための交易路と交渉相手を調べてくれ」

「承知しました」

俺は地図を見つめた。

本来の歴史では、ハンニバルはアルプスを越えたあと、イタリア北部のガリア系部族の協力を得ることになる。

だが、それをもっと早く、もっと確実なものにできればどうなるだろう。

山越えで失う兵士を減らし、イタリア到着直後から十分な食料を確保できるかもしれない。

俺は心の中で呟いた。

――ハンニバルの軍事的才能は、歴史が証明している。

だったら、俺がやるべきことは一つだ。

ハンニバルが戦場で勝てるように、戦場へ到着する前の準備を整えること。

それが、商人である俺の役割だった。

俺は説明を続けた。

「ローマは、ローマ市民だけで戦っているわけではありません」

ハンニバルが尋ねた。

「どういうことですか?」

俺はイタリア半島の地図を指差した。

「ローマの周辺には、多くの同盟都市があります」

「……」

「ローマは、そこから兵士を集めることができるんです」

マゴンが頷いた。

「確かにそうだ」

俺は続けた。

「だから、ローマ軍を一度倒しても、同盟都市が兵士を出し続ければ、また軍隊を作られてしまいます」

ハミルカルが尋ねた。

「では、どうする?」

俺は答えた。

「ローマの同盟関係を崩します」

「……」

「ローマに従うより、カルタゴへ協力した方が利益になると考えてもらうんです」

マゴンが眉をひそめた。

「敵の都市を信用するのか?」

俺は首を振った。

「無条件ではありません」

そして続けた。

「互いに守るべき条件を決めます」

俺は説明した。

ローマへ兵士を送らない。

カルタゴ軍へ食料を供給する。

必要なら、港や街道の利用を認める。

その代わり。

カルタゴ軍は、協力した都市を略奪しない。

自治を尊重する。

そして、ローマ軍が報復に来た場合には、可能な限り防衛する。

ハミルカルは頷いた。

「悪くない」

だが、すぐに続けた。

「問題は、最後だ」

俺は顔を上げた。

「最後?」

「協力した都市を守れるかどうかだ」

俺は黙った。

将軍は続けた。

「我々が戦場を離れたあと、ローマ軍がその都市を攻撃したら?」

「……」

「カルタゴが守れなければ、次から誰も味方にならん」

俺は答えた。

「そのとおりです」

ハンニバルが口を開いた。

「父上」

「何だ?」

「だったら、味方になった都市の近くに軍を置けばいいのでは?」

ハミルカルは答えた。

「それも一つの方法だ」

ハンニバルは続けた。

「でも、軍を置けば食料が必要になりますね」

俺は思わず笑った。

「君は本当に食料のことをよく考えるね」

ハンニバルは不思議そうだった。

「だって、食べなければ戦えません」

俺は答えた。

「そのとおりだ」

ハミルカルも笑った。

「アドンの影響を受けたようだな」

俺は肩をすくめた。

「悪い影響ではないと思います」

軍議が終わったあと。

俺はハンニバルと二人で地図を見ていた。

ハンニバルが尋ねた。

「アドン」

「何?」

「ローマは、そんなに強い国なのですか?」

俺は答えた。

「強いよ」

「父上でも勝てませんか?」

俺は首を振った。

「戦場なら勝てると思う」

ハンニバルは尋ねた。

「では、なぜ心配しているんですか?」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「ローマは、負けても諦めないからだよ」

ハンニバルは黙った。

俺は続けた。

「一度負けても、次の軍隊を作る」

「……」

「二度負けても、また軍隊を作る」

「……」

「それでも戦争を続ける国なんだ」

ハンニバルは地図を見つめた。

「……だったら」

俺は顔を上げた。

「何?」

ハンニバルは答えた。

「何度も勝つしかありませんね」

俺は少し笑った。

「そうだね」

だが、続けた。

「ただし、勝つだけでは駄目だ」

「……?」

「勝ったあとに、ローマが戦争を続けられなくなる状況を作る必要がある」

ハンニバルは頷いた。

「分かりました」

そして、真剣な顔で言った。

「私が考えます」

俺は少し驚いた。

「君が?」

「はい」

ハンニバルは地図のアルプスを指差した。

「いつか、私がこの山を越えます」

俺は動きを止めた。

「……アルプスを?」

ハンニバルは頷いた。

「はい」

「危険だよ」

「分かっています」

「大勢の兵士が死ぬかもしれない」

ハンニバルは黙った。

俺は続けた。

「寒さもある。

食料も足りなくなるかもしれない」

ハンニバルは、しばらく考えた。

そして答えた。

「だから、今から準備するんです」

俺は息を呑んだ。

「……今から?」

「はい」

ハンニバルは地図を見つめた。

「道を調べます」

「……」

「食料を運ぶ方法も考えます」

「……」

「山の向こうの人たちとも、仲良くなっておきます」

そして、俺を見た。

「そうすれば、兵士をあまり死なせずに越えられるかもしれません」

俺は、青年の顔を見つめた。

本来の歴史では、この青年がアルプスを越える。

そして、ローマ軍を何度も破る。

俺は、その未来を知っている。

だが、その先に待っている敗北まで、同じにする必要はない。

俺は言った。

「……分かった」

ハンニバルが首をかしげた。

「何がですか?」

俺は答えた。

「君がアルプスを越える日までに、できるだけ準備しておくよ」

ハンニバルは笑った。

「お願いします!」

その日の午後。

俺は補給計画の作成を始めた。

まず、想定兵力を三万人とする。

一人あたりの食料。

馬の飼料。

武器。

衣服。

そして、山岳地帯を通過するための装備。

メルカルが計算を手伝っていた。

「アドン殿」

「何?」

「三万人だと、一日にどれくらい食料が必要なんですか?」

俺は蝋板に数字を書いた。

「穀物換算で、一人一日一キログラムとすると……」

三万人。

一日、三十トン。

十日で三百トン。

三十日で九百トン。

メルカルが目を丸くした。

「……九百トン?」

俺は答えた。

「しかも、これは兵士の食料だけだよ」

「……」

「馬や荷車を引く動物の餌は、別に必要になる」

メルカルは頭を抱えた。

「……そんな量、運べるんですか?」

俺は答えた。

「全部を一度に運ぶのは無理だね」

俺は地図を広げた。

ヒスパニアからガリアへ。

ガリアからアルプスへ。

そして、イタリアへ。

俺は各地の交易路を書き込んだ。

「まず、途中で食料を調達できる場所を増やす」

メルカルが頷いた。

「はい」

「それから、軍が通れる道を調べる」

「はい」

「さらに、橋や渡河地点も確認する」

メルカルは記録を取った。

俺は続けた。

「ただし、今すぐ軍隊を通すわけじゃない」

「……?」

「今は、商人が安全に通れる交易路を増やす」

メルカルは頷いた。

「ほう」

俺は言った。

「交易路が整えば、将来の軍事行動にも役立つ」

だが、ここで一つ、大きな問題があった。

ガリアの部族だ。

ガリアには、多くの部族が暮らしている。

互いに協力する部族もあれば、争っている部族もある。

そして、ローマと関係を持つ部族もいる。

俺は地図を見つめた。

「……全員が協力してくれるわけじゃない」

メルカルが尋ねた。

「どうするんですか?」

俺は答えた。

「まず、交易から始める」

「交易?」

「そう」

俺は続けた。

「いきなり軍隊を通してくれと言っても、警戒されるだけだからね」

俺は、ガリア方面へ向かう商人たちを集めた。

「皆さんにお願いがあります」

商人たちが顔を上げた。

「何だ?」

「北方の交易路を調べてほしいんです」

「……交易路?」

「はい」

俺は地図を広げた。

「どの部族が、どの道を管理しているのか」

「……」

「どこに市場があるのか」

「……」

「どこで食料を買えるのか」

そして続けた。

「川を渡れる場所や、冬に通れなくなる道も調べてください」

商人の一人が尋ねた。

「軍隊を通すためか?」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「将来、必要になるかもしれません」

商人たちは顔を見合わせた。

俺は続けた。

「ただし、今は交易の調査です。

部族との約束を破ることはしません」

商人たちとの交渉は、数日かかった。

調査費用。

護衛費。

通行料。

危険地域での補償。

俺は一つずつ契約をまとめた。

メルカルが尋ねた。

「……また、契約書が増えましたね」

俺は少し笑った。

「そうだね」

「戦争の準備なのに、商売の話ばかりです」

俺は答えた。

「戦争を始める前に、できることは多いんだよ」

数日後。

ハミルカル将軍から呼び出された。

幕舎へ入ると、将軍は地図を見つめていた。

「アドン」

「はい」

「ガリア方面の交易調査を始めたそうだな」

俺は答えた。

「はい」

ハミルカルは尋ねた。

「何年かかると思う?」

俺は少し考えた。

「交易路の調査だけなら、数年でかなり進められると思います」

「……」

「ですが、部族との信頼関係を築くには、もっと時間が必要でしょう」

ハミルカルは頷いた。

「そうだな」

俺は続けた。

「遠征軍を動かすなら、十分な準備期間が欲しいです」

将軍は言った。

「私も同じ考えだ」

ハミルカルは地図を指差した。

「まず、ヒスパニアを安定させる」

俺は頷いた。

「はい」

「次に、兵士を鍛える」

「はい」

「さらに、補給拠点を整備する」

「はい」

将軍は続けた。

「そして、次の世代へ引き継ぐ」

俺は顔を上げた。

「……次の世代?」

ハミルカルは答えた。

「私がいつまでも軍を率いられるわけではない」

俺は黙った。

将軍は続けた。

「ハンニバルには、軍のことを学ばせるつもりだ」

俺は答えた。

「……そうですね」

俺は知っている。

本来の歴史では、ハミルカルは紀元前229年頃に亡くなる。

その後、ハスドルバルがヒスパニア方面軍を率いる。

そして、紀元前221年。

ハンニバルが総司令官になる。

紀元前218年には、アルプスを越えてイタリアへ侵攻する。

その流れを、俺は変えるつもりはなかった。

いや。

変えてはいけない部分がある。

ハンニバルがアルプスを越える。

トレビアで勝つ。

トラシメヌス湖で勝つ。

そして、カンナエでローマ軍を壊滅させる。

そこまでは、歴史が証明している。

問題は、そのあとだ。

俺は拳を握った。

「……カンナエの勝利を、無駄にしない」

その夜。

俺は一人で、記録を整理していた。

本来の歴史で、カルタゴが敗れた原因。

俺が覚えている範囲で、書き出していく。

まず、補給。

ハンニバルはイタリアで戦い続けたが、十分な補給を受けられなかった。

次に、援軍。

カルタゴ本国からの支援は、常に十分だったわけではない。

そして、同盟。

ローマの同盟都市をすべて離反させることはできなかった。

さらに、海軍。

ローマは海上輸送を妨害し、カルタゴ軍の行動を制限した。

最後に、ヌミディア。

俺は、そこで筆を止めた。

「……これだ」

ヌミディア騎兵。

カルタゴ軍にとって、非常に重要な戦力だった。

機動力が高い。

偵察に優れる。

敵の側面や後方を攻撃できる。

ハンニバルは、その騎兵を巧みに使ってローマ軍を破った。

だが、ザマの戦いでは、状況が逆転した。

本来の歴史では、マシニッサがローマ側についた。

そして、ヌミディア騎兵がローマ軍の勝利に大きく貢献した。

俺は呟いた。

「……ここを変えれば」

メルカルが尋ねた。

「何をですか?」

俺は答えた。

「将来の戦いで、重要になることだよ」

「……?」

俺は続けた。

「ヌミディアの部族との関係を、今から強くしておく必要がある」

翌朝。

俺はハミルカル将軍へ、新しい提案を持っていった。

「将軍」

「何だ?」

「ヌミディアの部族との協力関係を、さらに強化したいと考えています」

ハミルカルは尋ねた。

「騎兵のことか?」

「はい」

俺は続けた。

「ですが、単に兵士を雇うだけではありません」

将軍が俺を見た。

「……ほう」

「交易を増やします」

「……」

「馬の売買だけでなく、穀物、布、金属製品などの取引も増やす」

「……」

「そして、部族の指導者たちと長期的な協力関係を築きます」

ハミルカルは答えた。

「悪くない」

俺は続けた。

「さらに、騎兵へ支払う報酬を確実にします」

将軍が頷いた。

「重要だな」

「以前のように、商会が勝手に報酬を差し引くことがないようにします」

「……」

「契約内容を明確にして、支払い記録を残す」

ハミルカルは少し笑った。

「お前らしいな」

俺は答えた。

「信用は、一度失うと取り戻すのが大変ですから」

将軍は言った。

「そのとおりだ」

だが、俺は分かっていた。

金だけでは、人の忠誠は買えない。

ヌミディアの部族にも、それぞれの事情がある。

指導者同士の争い。

領土問題。

後継者争い。

そして、カルタゴとの関係。

俺は言った。

「将軍」

「何だ?」

「ヌミディアの部族を、単なる傭兵の供給元として扱うべきではないと思います」

ハミルカルは答えた。

「同感だ」

「対等な協力者として扱う必要があります」

将軍は言った。

「その方針で進めよう」

俺は頭を下げた。

「ありがとうございます」

数日後。

ガリア方面へ派遣していた商人から、最初の報告が届いた。

俺は書簡を開いた。

そこには、交易路の状況が書かれていた。

川。

橋。

市場。

部族の勢力範囲。

そして、通行料。

俺は呟いた。

「……順調だな」

だが、続きを読んだ瞬間、表情が変わった。

『北方の複数の部族に、ローマの使者が訪問している』

俺は眉をひそめた。

「……ローマ?」

さらに続く。

『ローマ側は、カルタゴ軍の通行を認めないよう求め、銀貨を提供している』

俺は息を吐いた。

「……先に動いているのか」

俺は地図を広げた。

ガリア。

アルプス。

イタリア。

ローマは、すでにカルタゴ軍の侵攻を警戒している。

まだ遠征軍は出発していない。

だが、外交戦は始まっていた。

俺は呟いた。

「……やっぱり、簡単にはいかないな」

メルカルが尋ねた。

「どうするんですか?」

俺は答えた。

「交渉する」

「ローマより多く銀貨を払うんですか?」

俺は首を振った。

「それだけじゃ駄目だよ」

そして続けた。

「ローマが銀貨を増やせば、また条件が変わる」

メルカルは頷いた。

「……確かに」

俺は言った。

「長く続く関係を作らないと意味がない」

その日の夕方。

ハンニバルが俺のところへ来た。

「アドン」

「どうした?」

ハンニバルは尋ねた。

「ガリアの部族が、ローマから銀貨を受け取っているそうですね」

俺は答えた。

「そうだね」

「だったら、私たちも銀貨を渡せばいいのでは?」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「それも一つの方法だよ」

ハンニバルは尋ねた。

「では?」

俺は続けた。

「でも、銀貨だけで結んだ約束は、もっと多くの銀貨で破られることがある」

ハンニバルは黙った。

俺は尋ねた。

「君なら、どうする?」

ハンニバルは、しばらく考えた。

そして答えた。

「……一緒に儲かるようにします」

俺は顔を上げた。

「どういうこと?」

ハンニバルは続けた。

「カルタゴと交易した方が、ずっと利益が出るようにするんです」

俺は思わず笑った。

「……ほう」

ハンニバルは真剣だった。

「そうすれば、ローマから一度銀貨をもらうより、カルタゴと仲良くした方が得ですよね?」

俺は答えた。

「そのとおりだ」

俺は、少年の成長を感じていた。

まだ軍隊を率いる年齢ではない。

だが、物事を考える力は確実に育っている。

俺は言った。

「ハンニバル」

「はい」

「いつか君が軍を率いるとき、覚えておいてほしいことがある」

ハンニバルは尋ねた。

「何ですか?」

俺は答えた。

「敵を倒すことだけが、戦争に勝つ方法じゃない」

「……」

「敵の味方を減らすことも、戦争に勝つ方法なんだ」

ハンニバルは、しばらく考えた。

そして頷いた。

「分かりました」

それから、数年が過ぎた。

ヒスパニアでは、カルタゴの勢力が少しずつ拡大していった。

ハミルカル将軍は軍を鍛え、各地の部族との関係を築いた。

俺は補給拠点を整備し、交易路を広げた。

ガリア方面への商人の往来も増えた。

ヌミディアの部族との交易も続いた。

そして、ハンニバルは成長していった。

少年だった彼は、軍の訓練に参加するようになった。

騎兵の動きを学ぶ。

歩兵の陣形を学ぶ。

地図を読む。

兵士たちと話す。

そして、父ハミルカルの戦い方を学んでいった。

俺は、その姿を見ながら思っていた。

「……歴史が動いている」

だが。

紀元前229年頃。

悲しい知らせが届いた。

ハミルカル・バルカ将軍が、ヒスパニアでの戦闘中に命を落としたのだ。

俺は報告書を見つめた。

しばらく、何も言えなかった。

メルカルが尋ねた。

「……アドン殿」

俺は答えた。

「……分かっていたはずなのに」

本来の歴史でも、ハミルカルはこの時期に亡くなっている。

だが、実際にその知らせを聞くと、簡単には受け入れられなかった。

俺にとって、ハミルカルは単なる歴史上の人物ではなかった。

軍の補給を理解してくれた将軍。

兵士を無駄に死なせないよう考えていた指揮官。

そして、ハンニバルの父親だった。

俺は呟いた。

「……ありがとうございました」

ハミルカルの死後。

ヒスパニア方面軍の指揮は、ハスドルバルへ引き継がれた。

ハスドルバルは、軍事力だけではなく、外交によって勢力を広げることを重視した。

各地の部族と協定を結ぶ。

交易を増やす。

都市を整備する。

そして、カルタゴの支配を安定させる。

俺は、その政策を補給と交易の面から支援した。

一方、ハンニバルは軍人として成長していった。

父から受け継いだ軍事的才能。

戦場での経験。

兵士たちからの信頼。

そのすべてを身につけていった。

そして、紀元前221年。

ハスドルバルが暗殺された。

ヒスパニア方面軍は、新しい総司令官を選ぶことになった。

兵士たちが推したのは、一人の若い将軍だった。

ハンニバル・バルカ。

まだ二十代半ば。

だが、その軍事的才能は、すでに多くの兵士から認められていた。

俺は、総司令官に就任したハンニバルと再会した。

「アドン」

「ハンニバル」

俺は少し笑った。

「大きくなったな」

ハンニバルも笑った。

「もう子供ではありません」

俺は答えた。

「そうだね」

そして、言った。

「総司令官就任、おめでとう」

ハンニバルは真剣な顔になった。

「ありがとうございます」

ハンニバルは地図を広げた。

ヒスパニア。

ガリア。

アルプス。

そして、イタリア。

俺は、その地図を見て息を呑んだ。

少年のころ、何度も見ていた地図だ。

ハンニバルは言った。

「アドン」

「何?」

「覚えていますか?」

「……何を?」

ハンニバルはアルプスを指差した。

「いつか、私がこの山を越えると言ったことです」

俺は答えた。

「覚えているよ」

ハンニバルは続けた。

「その時が近づいています」

俺は黙った。

そして答えた。

「……そうだね」

ハンニバルは尋ねた。

「準備は、どこまで進んでいますか?」

俺は地図を広げた。

「ガリア方面の交易路は、かなり調べてある」

「はい」

「補給拠点も増やした」

「はい」

「ヌミディアの部族との関係も、以前より強くなっている」

ハンニバルは答えた。

「ありがとうございます」

俺は続けた。

「ただし、アルプスを越えるのは、君自身だ」

ハンニバルは笑った。

「もちろんです」

そして、言った。

「父上が果たせなかったことを、私が果たします」

俺は、その言葉を聞いて思った。

ついに、この時が来た。

本来の歴史では、紀元前218年。

ハンニバルは大軍を率いてアルプスを越え、イタリアへ侵攻する。

そして、ローマ軍を次々と撃破する。

俺は、その未来を知っている。

だが、今回は違う。

補給体制を整えてきた。

交易路を調べてきた。

ガリアの部族との関係を築いてきた。

ヌミディアとの協力も強化してきた。

もちろん、それだけで勝てるとは限らない。

だが。

本来の歴史よりも、準備は進んでいるはずだ。

俺は言った。

「ハンニバル」

「何でしょう?」

「アルプスを越えたあとが、本当の勝負だよ」

ハンニバルは答えた。

「分かっています」

そして、地図のローマを指差した。

「ローマ軍を倒すだけでは終わらない」

俺は顔を上げた。

ハンニバルは続けた。

「ローマの同盟を崩し、戦争を続けられなくする」

俺は思わず笑った。

「……覚えていたんだね」

ハンニバルは答えた。

「子供のころ、あなたに教わりましたから」

紀元前218年。

ハンニバルは、イタリア遠征を開始した。

大軍がヒスパニアから北へ向かう。

歩兵。

騎兵。

荷車。

そして、戦象。

俺は、その行軍を見つめていた。

ハンニバルが馬上から振り返った。

「アドン!」

俺は顔を上げた。

「何?」

ハンニバルは笑った。

「行きますよ!」

俺は答えた。

「……ああ」

そして、言った。

「アルプスを越えよう」

遠くには、険しい山々が見えていた。

雪をいただく峰。

深い谷。

狭い山道。

そして、厳しい寒さ。

本来の歴史では、この山越えで多くの兵士が命を落とす。

だが、今回は少しでも被害を減らしたい。

俺は補給記録を確認した。

食料。

飼料。

防寒具。

予備の履物。

山岳案内人。

そして、通行を認めた部族との協定書。

すべてが十分とは言えない。

それでも、長年の準備がようやく形になった。

メルカルが隣で呟いた。

「……本当に越えるんですね」

俺は答えた。

「そうだね」

メルカルは山々を見つめた。

「向こう側には、ローマがいるんですよね?」

俺は答えた。

「そうだよ」

そして、続けた。

「でも、まだローマへ行くわけじゃない」

「……?」

「まずは、この山を越えなければならない」

ハンニバルが全軍へ命令した。

「前進!」

角笛が鳴った。

兵士たちが動き始める。

騎兵が進む。

荷車が軋む。

戦象がゆっくりと歩き出す。

そして、カルタゴ軍は、アルプスへ向かった。

俺は山々を見つめながら、心の中で呟いた。

本来の歴史では、ここからハンニバルの伝説が始まる。

トレビアの戦い。

トラシメヌス湖畔の戦い。

カンナエの戦い。

ローマ軍を何度も破る、天才将軍の戦いだ。

だが、その先には、ザマの戦いが待っている。

本来の歴史では、ハンニバルが敗北した戦い。

そして、カルタゴがローマに屈することになる戦い。

俺は拳を握った。

アルプスは、ハンニバルに越えてもらう。

イタリアでは、歴史どおりローマ軍を破ってもらう。

だが、ザマの戦いだけは違う。

俺は呟いた。

「……今度は、カルタゴが勝つ」

そのための準備を、俺は何年も続けてきた。

そして、これからも続ける。

だが、俺たちの前には、まずアルプスという巨大な障害が立ちはだかっていた。

険しい山道。

雪。

寒さ。

食料不足。

そして、カルタゴ軍の通行を拒む山岳部族。

そのすべてを乗り越えなければ、イタリアへ到達することすらできない。

ハンニバルは、山々を見上げた。

そして、言った。

「父上。

見ていてください」

俺は、その横顔を見つめた。

「……始まるな」

ハンニバルは答えた。

「はい」

そして、力強く言った。

「ローマとの、本当の戦いが」

こうして、ハンニバルのアルプス越えが始まった。

そして俺は、歴史上もっとも有名な遠征の一つを、自分の目で見ることになった。

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