第四十六話 ローマ艦隊が港を奇襲しようとしたので、カルタゴ海軍が海上で迎え撃った
夜明け。
ヒスパニア東岸の沖合に、二つの艦隊が向かい合っていた。
カルタゴ軍船、三十五隻。
ローマ軍船、三十隻余り。
そして、ローマ艦隊の後方には、大型の輸送船が並んでいる。
俺は港の見張り台から、その光景を見つめていた。
「……輸送船が多すぎる」
隣にいたメルカルが頷いた。
「食料を運んでいるんでしょうか?」
「それにしては、船の喫水が深い」
「喫水?」
「船がどれだけ水に沈んでいるかだよ。
重い荷物を積んでいるらしい」
俺は望遠鏡など持っていない。
だから、船の細かな積荷までは分からない。
だが、見張り兵から届いた報告には気になることが書かれていた。
輸送船の甲板に、大勢の武装兵が見える。
さらに、長い木材や大型の部材が積まれているらしい。
俺は眉をひそめた。
「……兵員輸送船かもしれない」
メルカルの表情が変わった。
「兵士を運んでいるんですか?」
「可能性はある」
俺は港の背後を振り返った。
倉庫。
船着き場。
修理場。
そして、補給物資を積み込んでいる商船。
もしローマ軍がこの港を占領すれば、カルタゴ軍の補給は大きな打撃を受ける。
「……まずいな」
そのころ。
カルタゴ艦隊の旗艦では、アドヘルバル提督が海図を見つめていた。
「敵の輸送船は、何隻だ?」
見張りの兵士が答えた。
「確認できるだけで十五隻!」
「護衛は?」
「軍船が数隻ついています!」
提督は頷いた。
「ほう」
副官が尋ねた。
「輸送船団を攻撃しますか?」
アドヘルバルは首を振った。
「簡単には近づけん」
副官は海を見た。
ローマ艦隊の主力が、輸送船団の前方に展開している。
こちらが輸送船を狙えば、ローマ軍船が迎え撃つ。
アドヘルバルは静かに言った。
「敵は、我々を引きつけるつもりだ」
「では?」
「まず、輸送船の行き先を見極める」
俺は港の責任者であるエルダンと会っていた。
「エルダンさん」
「何だ?」
「この港に、陸から侵入できる道は何本ありますか?」
エルダンは眉をひそめた。
「なぜ、そんなことを聞く?」
俺は沖合を指差した。
「ローマ軍が、海から兵士を上陸させる可能性があります」
エルダンの表情が変わった。
「……港を攻めるつもりか?」
「分かりません。
ただ、備えておく必要があります」
エルダンは頷いた。
「港の南側には、砂浜がある」
俺は地図を見た。
「……ここですね」
「そうだ。
大型船は近づけないが、小舟なら上陸できる」
俺は深く息を吐いた。
「……そこを狙われたら厄介ですね」
俺はすぐにハミルカル将軍へ連絡を送った。
港への上陸に備え、守備兵を配置してほしい。
ただし、港の中立的な交易区域へ無断で軍を入れることは避ける必要がある。
そこで、エルダンの協力を得て、港の自治組織へ正式に防衛協力を要請した。
港の評議会は、短い協議の後、決定を下した。
『港を攻撃する軍勢に対しては、共同で防衛する』
俺は深く息を吐いた。
「……よかった」
メルカルが頷いた。
「これで、守備兵を配置できますね」
「うん」
だが、時間は少なかった。
午前。
ローマ艦隊が動き始めた。
軍船が横に広がり、カルタゴ艦隊へ接近してくる。
俺は見張り台から、その様子を見ていた。
「……始まる」
角笛が鳴った。
カルタゴ艦隊も前進する。
双方の軍船が、櫂を動かして速度を上げた。
海面には、何十本もの櫂が規則正しく並んでいる。
やがて。
最初の衝突が起きた。
ローマ軍船が、カルタゴ軍船へ接近した。
船首の衝角を使い、敵船の側面を狙う。
だが、カルタゴ軍船は進路を変えた。
衝突を避け、逆にローマ軍船の櫂を破壊しようとする。
木が砕ける音。
兵士たちの叫び声。
そして、船上から飛ぶ投槍。
俺は息を呑んだ。
「……すごい」
メルカルも黙っていた。
陸上の戦いとは、まったく違う。
足場が動く。
船が揺れる。
海へ落ちれば、鎧の重さが命取りになる。
そして、船そのものが破壊されれば、戦い続けることさえできない。
ローマ軍は、接近戦を狙っていた。
軍船をカルタゴ軍船へ近づけ、兵士を乗り移らせる。
第一次ポエニ戦争で、ローマが得意とした戦い方だ。
だが、カルタゴ側も、その戦法を知っていた。
アドヘルバル提督は、無理に接近戦を受けなかった。
「距離を取れ!」
軍船が進路を変える。
「敵の側面を狙え!」
別の軍船が回り込む。
ローマ軍船が追いかける。
だが、カルタゴ軍船は速度を落とさない。
俺は静かに呟いた。
「……提督は、敵に乗り込ませないつもりだ」
戦闘が始まってしばらくしたころ。
見張り兵が叫んだ。
「輸送船団が動きました!」
俺は顔を上げた。
ローマ艦隊の後方にいた輸送船が、南へ向かい始めていた。
「……やっぱり」
メルカルが尋ねた。
「どこへ向かっているんですか?」
俺は地図を見た。
南。
そこには、港の外側に広がる砂浜がある。
俺は息を呑んだ。
「……上陸するつもりだ!」
俺はすぐに伝令を走らせた。
「港の南側へ!」
メルカルが頷いた。
「はい!」
「守備兵へ知らせてくれ!」
「分かりました!」
俺も見張り台を降りた。
港の中は、すでに騒然としていた。
商人たちが荷物を運び込む。
船員たちが船を岸壁へ固定する。
港の守備兵が武器を持って走る。
俺はエルダンを見つけた。
「エルダンさん!」
「分かっている!」
彼は叫んだ。
「南側の門を閉めろ!」
兵士たちが動いた。
ローマ軍の輸送船団は、砂浜の沖合で速度を落とした。
大型船は浅瀬へ近づけない。
そこで、小舟が降ろされた。
兵士たちが乗り込む。
槍。
盾。
剣。
そして、弓。
俺は高台から、その様子を見ていた。
「……本当に上陸してくる」
メルカルが戻ってきた。
「守備兵へ連絡しました!」
俺は頷いた。
「ありがとう」
だが、ローマ軍の小舟は、すでに砂浜へ近づいていた。
最初の小舟が岸へ到着した。
ローマ兵が飛び降りる。
膝まで水に浸かりながら、砂浜へ進む。
続いて、二隻目。
三隻目。
そして、さらに多くの小舟。
俺は息を呑んだ。
「……多いな」
メルカルが頷いた。
「はい」
上陸してくる兵士は、少なくとも千人を超えそうだった。
港の守備兵だけでは、簡単には止められない。
だが、そのとき。
背後から角笛が鳴った。
俺は振り返った。
カルタゴ軍の援軍だった。
マゴンが率いる歩兵部隊が、港の南側へ到着した。
兵士たちは盾を並べ、砂浜の奥に防御線を築いた。
俺は深く息を吐いた。
「……間に合った」
マゴンが俺を見た。
「アドン!」
「マゴン殿!」
「民間人を港の内側へ下がらせろ!」
俺は頷いた。
「分かりました!」
マゴンは続けた。
「ここから先は、我々の仕事だ!」
俺は頭を下げた。
「お願いします!」
砂浜では、ローマ軍の上陸が続いていた。
だが、上陸した兵士たちは、すぐには進めなかった。
小舟から降りた兵士。
まだ海にいる兵士。
砂浜で隊列を整える兵士。
そして、後方から運ばれてくる武器や資材。
ローマ軍は、上陸した直後の混乱を避けるため、慎重に隊列を組もうとしていた。
だが、マゴンはその時間を与えなかった。
「投槍兵、前へ!」
カルタゴ軍の軽装兵が動く。
「放て!」
投槍が飛んだ。
ローマ軍の先頭部隊が盾を掲げる。
砂浜に悲鳴が響いた。
ローマ軍も反撃した。
投槍が飛ぶ。
矢が放たれる。
兵士たちが前進する。
だが、砂浜は足場が悪い。
さらに、海から運び込んだ物資が後方に積み上がっている。
ローマ軍は、十分な隊列を組めないまま戦闘を始めることになった。
俺は高台から、その様子を見ていた。
「……上陸戦って、こんなに難しいのか」
メルカルが頷いた。
「そうですね」
俺は静かに言った。
「船から降りた瞬間が、一番危険なのかもしれない」
そのころ。
海上でも、戦闘が続いていた。
アドヘルバル提督は、ローマ艦隊の主力と戦いながら、輸送船団の動きを確認していた。
「敵の輸送船が上陸を始めた!」
副官が叫ぶ。
アドヘルバルは頷いた。
「分かっている」
「どうしますか?」
提督は海図を見た。
そして、静かに言った。
「敵は、我々をここへ引きつけている」
「はい!」
「ならば、こちらも敵の動きを利用する」
副官が顔を上げた。
「……どういうことです?」
アドヘルバルは答えた。
「敵の軍船は、輸送船団を守るために兵を分けている」
「……」
「つまり、主力艦隊の一部が薄くなっている」
副官は頷いた。
「ほう」
アドヘルバルは命令した。
「右翼の軍船、前進!」
カルタゴ艦隊の右翼が動いた。
ローマ艦隊の側面へ接近する。
ローマ軍船は、それを迎え撃とうとした。
だが、その分、中央の隊列に隙間が生まれた。
アドヘルバルは、その隙を見逃さなかった。
「中央、前進!」
カルタゴ軍船が速度を上げた。
ローマ軍船の間へ入り込む。
そして、敵の側面を狙った。
衝突。
木材が砕ける。
櫂が折れる。
船が傾く。
ローマ軍船の一隻が、側面に大きな損傷を受けた。
兵士たちが海へ飛び込む。
別のローマ軍船が、救助へ向かう。
だが、その間に、カルタゴ軍船がさらに前進した。
俺は港から、その光景を見ていた。
「……押している」
メルカルが頷いた。
「はい!」
だが、ローマ艦隊も簡単には崩れなかった。
一隻のローマ軍船が、カルタゴ軍船へ接近した。
船上の兵士たちが、鉤縄を投げる。
船同士が引き寄せられる。
そして、ローマ兵が乗り込んだ。
激しい白兵戦が始まった。
俺は息を呑んだ。
「……まずい」
だが、近くのカルタゴ軍船が援護に入った。
投槍が飛ぶ。
ローマ軍船が進路を変える。
接近戦は続いたが、カルタゴ軍船は何とか離脱した。
そのころ。
砂浜では、マゴンの部隊がローマ軍を押し返し始めていた。
ローマ軍は、上陸した兵士を集めて反撃した。
だが、港へ続く道は狭い。
大軍を一度に進めることができない。
マゴンは、その地形を利用した。
「中央、踏みとどまれ!」
カルタゴ軍の歩兵が盾を並べる。
「左右から押せ!」
軽装兵が側面へ回る。
ローマ軍は、少しずつ砂浜へ押し戻された。
俺は深く息を吐いた。
「……勝てるかもしれない」
だが、ローマ軍は、まだ撤退しなかった。
輸送船から、さらに兵士が上陸してくる。
そして、大型の木材が運び出され始めた。
俺は眉をひそめた。
「……何だ?」
メルカルが尋ねた。
「攻城兵器でしょうか?」
俺は頷いた。
「たぶん」
大型の木材。
縄。
車輪。
そして、金属部品。
ローマ軍は、港の防御施設を攻撃するための兵器を組み立てようとしていた。
俺は息を呑んだ。
「……本気で港を落とすつもりだ」
そのとき。
マゴンの部隊から伝令が来た。
「アドン殿!」
「何?」
「港の荷車を借りたいそうです!」
俺は眉をひそめた。
「荷車?」
「はい!」
「何に使うんです?」
伝令は答えた。
「防御線を作るためです!」
俺は頷いた。
「分かりました!」
すぐに、港の荷車を集めた。
ただし、商人たちの財産だ。
勝手に使うわけにはいかない。
俺はエルダンと相談し、港の自治組織の承認を得たうえで、使用した荷車の所有者と数量を記録した。
メルカルが尋ねた。
「……こんなときでも、記録するんですか?」
俺は頷いた。
「当然だよ」
「……」
「戦争が終わったあと、誰が何を失ったか分からなければ、補償できないからね」
メルカルは頷いた。
「……ほう」
荷車は、砂浜から港へ続く道に並べられた。
その後ろに、盾を持った兵士が立つ。
簡単な防御線だった。
だが、ローマ軍が一気に突破するのを防ぐには役立った。
マゴンが叫んだ。
「よし!」
兵士たちが頷く。
「敵を通すな!」
海上では、戦況が変わり始めていた。
アドヘルバル提督の艦隊が、ローマ軍船の一部を押し返したのだ。
ローマ軍船は、隊列を整えるために後退した。
だが、その結果。
輸送船団を守る軍船が減った。
アドヘルバルは、すぐに命令した。
「軽快な軍船を南へ回せ!」
副官が頷いた。
「はっ!」
「輸送船団を脅かせ!」
「承知しました!」
カルタゴ軍船の一部が、南へ向かった。
ローマ軍の輸送船団がいる海域だ。
輸送船は、軍船ほど速くない。
さらに、上陸用の小舟を降ろしているため、すぐには移動できない。
俺は港から、その動きを見ていた。
「……輸送船を狙うのか」
メルカルが頷いた。
「はい」
俺は静かに言った。
「上陸部隊の退路を脅かすつもりだな」
ローマ軍の指揮官も、その危険に気づいた。
砂浜で戦っていたローマ軍へ、撤退命令が出された。
だが、すぐには撤退できない。
兵士たちは戦闘中だ。
負傷者もいる。
攻城兵器の部材も運び出している。
そして、小舟の数には限りがある。
俺は息を呑んだ。
「……退くのも大変だ」
マゴンは、ローマ軍の動きを確認した。
「敵が下がっている!」
副官が叫ぶ。
「追撃しますか?」
マゴンは首を振った。
「無理に追うな!」
「……はっ!」
「港を守ることが目的だ!」
マゴンは続けた。
「敵が海へ戻るなら、退かせろ!」
兵士たちが頷いた。
ローマ軍は、少しずつ小舟へ戻り始めた。
だが、すべての兵士が戻れたわけではない。
一部は捕虜になった。
一部は砂浜に取り残された。
そして、攻城兵器の部材の多くが放棄された。
俺は深く息を吐いた。
「……終わったか」
メルカルが頷いた。
「はい」
夕方。
海上の戦闘も終わりに近づいていた。
ローマ艦隊は、損傷した軍船を守りながら後退を始めた。
カルタゴ艦隊も、無理な追撃は行わなかった。
アドヘルバル提督は、港の防衛を優先した。
その結果。
ローマ軍の上陸作戦は失敗した。
港は守られた。
そして、カルタゴ軍は海上補給路を維持することに成功した。
夜。
港には、負傷者が運び込まれていた。
カルタゴ兵。
港の守備兵。
船員。
そして、ローマ兵。
俺は治療所で、水と布を運んでいた。
メルカルが尋ねた。
「……敵の兵士も治療するんですか?」
俺は頷いた。
「もちろん」
「……」
「捕虜になった以上、もう戦っていないからね」
メルカルは頷いた。
「……そうですね」
その夜遅く。
アドヘルバル提督が港へ戻ってきた。
俺は頭を下げた。
「提督」
アドヘルバルは頷いた。
「港は守れたな」
「はい」
提督は少し笑った。
「よくやった」
俺は首を振った。
「俺は、荷車を集めただけです」
提督は答えた。
「その荷車が、兵士を守った」
俺は黙った。
アドヘルバルは続けた。
「戦争は、船や兵士だけで勝つものではない」
俺は頷いた。
「……そうですね」
翌朝。
戦闘の被害が報告された。
カルタゴ軍船。
沈没、二隻。
大破、三隻。
ローマ軍船。
沈没または航行不能、五隻。
さらに、輸送船の一部が損傷した。
陸上では、ローマ軍の上陸部隊が大きな損害を受けた。
ただし、正確な死傷者数はまだ分からない。
俺は報告書を見つめた。
「……勝った」
メルカルが頷いた。
「はい」
俺は深く息を吐いた。
「……でも、これで終わりじゃない」
その日の午後。
ローマ軍の捕虜から、新しい情報が得られた。
上陸部隊の一人が、こう証言したという。
「我々の目的は、港を占領することだった」
俺は頷いた。
「それは分かっています」
だが、捕虜は続けた。
「港を占領したあと、補給拠点として使う予定だった」
俺は眉をひそめた。
「……補給拠点?」
捕虜は頷いた。
「そうだ」
俺は尋ねた。
「どの軍隊の?」
捕虜は答えた。
「ヒスパニアへ送られる、次の軍隊だ」
俺は息を呑んだ。
「……次の軍隊?」
俺はすぐにハミルカル将軍へ報告した。
将軍は静かに聞いていた。
そして、尋ねた。
「兵力は?」
俺は首を振った。
「まだ分かりません」
ハミルカルは頷いた。
「そうか」
俺は続けた。
「ですが、ローマはさらに兵を送るつもりのようです」
将軍は地図を見つめた。
「……当然だろうな」
俺は深く息を吐いた。
「……そうですね」
その夜。
俺は一人で、港を見つめていた。
商船が停泊している。
軍船が修理されている。
負傷者が治療を受けている。
そして、倉庫には食料が積まれている。
俺は静かに呟いた。
「……カルタゴは、まだ戦える」
だが、ローマもまた、戦える。
兵士を集める。
船を作る。
金を集める。
そして、何度でも軍を送ってくる。
俺は深く息を吐いた。
「……このままじゃ、終わらない」
翌朝。
カルタゴ本国から、急使が到着した。
俺は書簡を受け取った。
差出人は父。
そこには、短い文章が書かれていた。
『アドン。
ローマ軍との戦争が拡大したことで、カルタゴ政府は新たな軍事計画を検討している。』
俺は頷いた。
「……軍事計画?」
続きを読んだ。
『ヒスパニア方面での防衛だけでなく、ローマ本土への圧力を強める案が出ている。』
俺は息を呑んだ。
「……ローマ本土?」
さらに続く。
『そのため、イタリア半島へ軍を進める可能性が議論されている。』
俺は動きを止めた。
「……まさか」
メルカルが尋ねた。
「どうしたんです?」
俺は静かに答えた。
「カルタゴ政府が、イタリアへの進軍を考え始めた」
メルカルは驚いた。
「……イタリアへ?」
俺は頷いた。
「そう」
そして、深く息を吐いた。
俺は知っている。
本来の歴史では、ハンニバルがアルプスを越えてイタリアへ侵攻する。
ローマ軍を何度も破る。
だが、最終的にはカルタゴが敗北する。
そして、ザマの戦いで決定的な敗北を喫する。
俺は拳を握った。
「……同じ道を進んじゃ駄目だ」
イタリアへ攻め込むこと自体が、間違いとは限らない。
だが、ローマ軍を何度倒しても、ローマという国家を屈服させられなければ意味がない。
必要なのは。
戦争を終わらせるための戦略だ。
俺は静かに呟いた。
「……今度こそ、歴史を変える」
だが、そのときの俺は、まだ知らなかった。
カルタゴ政府が、イタリア侵攻の指揮官として、ハミルカル・バルカの名前を挙げ始めていたことを。
そして、その決定が――若きハンニバルの運命まで、大きく変えることになるのを。




