第四十二話 ローマ軍が上流から攻めてきたので、補給路を捨てて敵の背後を取ることになった
夜明け前。
トゥリア川の上流では、ローマ軍が動き始めていた。
前回の戦いで、ローマ軍は川を渡ることができなかった。
狭い浅瀬。
速い流れ。
そして、ハミルカル将軍の巧みな指揮。
その三つによって、渡河を阻止された。
だが、今回は違う。
ローマ軍は兵力を増強していた。
さらに、上流の複数の浅瀬を調べ、別の渡河地点を見つけていた。
俺は高台から、川の向こう岸を見つめていた。
「……前回より多いな」
メルカルが頷いた。
「はい」
川の向こうには、無数の兵士が並んでいる。
盾。
槍。
騎兵。
そして、荷車。
ローマ軍は、明らかに長期戦を想定した準備をしていた。
俺は深く息を吐いた。
「……本気で来ている」
ハミルカル将軍の幕舎では、軍議が開かれていた。
将軍は地図を広げた。
「敵は上流から渡河する」
マゴンが頷いた。
「はい」
「だが、それだけではない」
将軍は別の場所を指差した。
「敵の騎兵が、こちらの補給路へ向かっている」
俺は地図を見た。
カルタゴ軍の補給拠点。
そこから南へ続く交易路。
さらに、その先にある港。
ローマ軍の騎兵は、その交易路を狙っているようだった。
俺は眉をひそめた。
「……補給路を切るつもりですね」
ハミルカルは頷いた。
「そうだ」
マゴンが尋ねた。
「では、補給路を守るために兵を分けますか?」
ハミルカルは首を振った。
「それが敵の狙いかもしれん」
俺は顔を上げた。
「……どういうことです?」
将軍は答えた。
「こちらが補給路を守るために兵を分ければ、主力が弱くなる」
俺は頷いた。
「ほう」
「そこへ敵の主力が渡河してくる」
俺は深く息を吐いた。
「……挟み撃ちですね」
ハミルカルは頷いた。
「そういうことだ」
俺は地図を見つめた。
補給路を守れば、軍が分散する。
補給路を守らなければ、食料が届かなくなる。
どちらを選んでも、問題がある。
俺は静かに呟いた。
「……厄介ですね」
ハミルカルは少し笑った。
「戦争とは、そういうものだ」
俺は答えた。
「できれば、商売だけしていたいんですが」
将軍は笑った。
「私も、できれば兵士を無駄に死なせたくない」
俺は地図を見ながら考えた。
補給路。
倉庫。
荷車。
そして、食料。
そこで、一つのことに気づいた。
「……将軍」
「何だ?」
俺は尋ねた。
「補給路を守る必要があるのは、食料がそこを通るからですよね?」
ハミルカルは頷いた。
「当然だ」
俺は続けた。
「では、食料がそこを通らなければ?」
将軍は俺を見た。
「……何?」
俺は地図を指差した。
「補給路を変えます」
幕舎が静かになった。
マゴンが眉をひそめた。
「補給路を変える?」
俺は頷いた。
「はい」
「簡単に言うな」
「分かっています」
俺は答えた。
「ですが、以前から別の交易路を整備しています」
ベルコとガルドの部族が管理する道。
固定通行料を決め、商人が安全に通れるようにした交易路だ。
ただし、その道は、軍事利用を認めていない。
俺は続けた。
「もちろん、軍隊を通すことはできません」
マゴンが頷いた。
「そうだろうな」
「ですが、商人が通常の交易として食料を運ぶことはできます」
ハミルカルが俺を見た。
「……軍への補給に使うつもりか?」
俺は首を振った。
「部族との約束を破るつもりはありません」
そして続けた。
「軍が使うなら、まず部族の同意が必要です。
拒否されたら使いません」
ハミルカルは頷いた。
「当然だ」
俺は地図の別の場所を指差した。
「ただ、軍の移動先を変えれば、別の既存の補給拠点から食料を受け取れます」
将軍は考え込んだ。
俺は説明を続けた。
「今の補給路を守るために、軍を分散する必要はありません」
「……」
「軍が別の場所へ移動すれば、敵が狙っている補給路そのものの価値が下がります」
マゴンが尋ねた。
「だが、移動先に食料がなければ意味がないぞ」
俺は頷いた。
「そのとおりです」
そして、アズルバルを見た。
「南西の補給倉庫には、何日分の食料がありますか?」
アズルバルは記録を開いた。
「現在の兵力なら、七日分ほどです」
俺は頷いた。
「十分とは言えませんが、移動直後の食料にはなります」
ハミルカルは地図を見つめた。
「……ほう」
将軍はしばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「敵は、我々が補給路を守ると思っている」
俺は頷いた。
「はい」
「だから、そこへ騎兵を向かわせている」
「そうです」
将軍は続けた。
「だが、我々が主力を別の場所へ移せば?」
俺は答えた。
「敵の騎兵は、補給路を押さえても主力軍を飢えさせられません」
マゴンが顔を上げた。
「……敵の計画が崩れる」
俺は頷いた。
「そうです」
だが、ハミルカルはすぐに言った。
「問題がある」
俺は頷いた。
「何でしょう?」
「敵が、我々の移動に気づく可能性だ」
俺は答えた。
「そうですね」
「そして、移動中に攻撃されれば危険だ」
俺は頷いた。
「そのとおりです」
将軍は地図を見つめた。
「……ならば、敵の目を別の場所へ向ける必要がある」
俺は少し嫌な予感がした。
「……将軍?」
ハミルカルは静かに言った。
「敵には、我々が補給路を守ろうとしているように見せる」
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
その日の午後。
カルタゴ軍は、補給路沿いに陣地を築き始めた。
土を掘る兵士。
柵を立てる兵士。
荷車を並べる兵士。
遠くから見れば、軍が補給路を守るために防御を固めているように見える。
だが。
実際には、主力軍の一部が夜間移動の準備を進めていた。
俺はメルカルと一緒に、荷車の積み替えを行っていた。
「アドン殿」
「何?」
「本当に、敵を騙せるんでしょうか?」
俺は答えた。
「分からない」
メルカルは不安そうだった。
俺は続けた。
「でも、相手もこちらの動きを全部見られるわけじゃない」
「……」
「夜になれば、見えない場所も増える」
メルカルは頷いた。
「そうですね」
夜。
カルタゴ軍の主力部隊が、静かに動き始めた。
篝火は、元の陣地に残してある。
見張りの兵士も残っている。
遠くから見れば、軍がそのまま陣地にいるように見える。
だが、実際には兵士たちが少しずつ移動していた。
俺は補給隊の荷車に乗っていた。
車輪が石を踏む。
馬が鼻を鳴らす。
兵士たちは、ほとんど声を出さない。
メルカルが小さく呟いた。
「……静かですね」
俺は頷いた。
「そうだね」
夜の行軍。
それは、想像以上に神経を使うものだった。
数時間後。
俺たちは南西の補給拠点へ到着した。
倉庫には、すでに食料が用意されていた。
アズルバルが迎えた。
「アドン殿」
「お疲れさまです」
俺は頭を下げた。
「食料の準備は?」
「できています」
俺は頷いた。
「ありがとうございます」
アズルバルは続けた。
「ただし、長くは持ちません」
俺は答えた。
「分かっています」
七日分。
それは、軍を動かすための時間を買うには十分かもしれない。
だが、戦争を続けるには足りない。
俺は静かに呟いた。
「……次の補給も考えないとな」
翌朝。
ローマ軍は、カルタゴ軍の元の陣地へ向かっていた。
だが、そこには少数の守備兵しか残っていなかった。
ローマ側の指揮官は、空になった陣地を見て驚いたという。
「……敵はどこへ行った?」
報告を受けた兵士が答えた。
「南西へ移動した模様です!」
指揮官は地図を見た。
「……南西?」
そして、顔をしかめた。
「補給路を守らないのか?」
ローマ軍が狙っていたのは、カルタゴ軍の補給路だった。
だが、カルタゴ軍はすでに移動している。
補給路を押さえても、主力軍を飢えさせることはできない。
ローマ側の計画は、最初から修正を迫られることになった。
だが。
ハミルカル将軍は、そこで終わらせなかった。
「マゴン」
「はっ!」
「敵の動きを確認しろ」
「承知しました!」
「そして、敵が補給路へ兵を向けているなら、主力がどこにいるか調べろ」
マゴンは頷いた。
「はっ!」
俺は将軍へ尋ねた。
「……反撃するんですか?」
ハミルカルは答えた。
「状況による」
「……」
「敵が補給路を狙って兵を分けているなら、こちらにも機会がある」
俺は頷いた。
「ほう」
その日の午後。
偵察隊が戻ってきた。
「将軍!」
ハミルカルが顔を上げた。
「報告しろ」
「ローマ軍は、騎兵を補給路へ向かわせています!」
「主力は?」
「川沿いの陣地に残っています!」
ハミルカルは地図を見つめた。
「……ほう」
さらに、偵察兵は続けた。
「敵の輸送隊が、北東の街道を進んでいます!」
俺は顔を上げた。
「……輸送隊?」
ハミルカルが尋ねた。
「護衛は?」
「歩兵数百人ほどです!」
将軍は考え込んだ。
そして、静かに言った。
「……敵も補給が必要だ」
俺は頷いた。
「そうですね」
「こちらの補給路を切ろうとしているが、自分たちにも補給路がある」
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
ハミルカルは地図を指差した。
「この街道を見ろ」
俺は覗き込んだ。
ローマ軍の輸送隊が進んでいる道。
その先には、ローマ側の主力陣地がある。
だが、途中には丘陵地帯があった。
道が狭くなっている。
俺は眉をひそめた。
「……ここですね」
ハミルカルは頷いた。
「そうだ」
俺は尋ねた。
「輸送隊を攻撃するんですか?」
将軍は答えた。
「敵の戦力を弱める方法の一つではある」
俺は黙った。
将軍は続けた。
「だが、まずは敵の動きを確認する」
「……」
「敵がこちらの主力を追ってくるなら、無理に攻撃する必要はない」
俺は頷いた。
「そうですね」
その夜。
俺は補給倉庫で、食料の数量を確認していた。
メルカルが記録を読み上げる。
「小麦、三千二百袋」
「はい」
「干し肉、四百箱」
「はい」
「豆、六百袋」
俺は頷いた。
「よし」
だが、そこでメルカルが言った。
「……アドン殿」
「何?」
「これだけの食料があっても、七日分なんですよね?」
俺は頷いた。
「そうだね」
メルカルは深く息を吐いた。
「……軍隊って、すごく食べるんですね」
俺は少し笑った。
「そうなんだ」
そして続けた。
「だから、軍隊は食料がなければ動けない」
メルカルは頷いた。
「はい」
俺は静かに言った。
「戦争では、兵士だけじゃなくて、荷車や倉庫も大事なんだよ」
翌朝。
ローマ軍が動いた。
川沿いの主力部隊が、南西へ進み始めた。
カルタゴ軍を追っている。
だが、ローマ軍は知らなかった。
ハミルカル将軍が、すでに次の行動を準備していたことを。
軍議。
ハミルカルは地図を広げた。
「敵は、我々を追って南西へ向かっている」
マゴンが頷いた。
「はい」
「だが、敵の輸送隊は北東の街道を進んでいる」
俺は地図を見た。
ローマ軍の主力。
輸送隊。
そして、カルタゴ軍。
三つの位置が、少しずつ離れている。
俺は静かに呟いた。
「……敵の補給路が伸びていますね」
ハミルカルは頷いた。
「そうだ」
そして、静かに言った。
「敵の主力が進みすぎれば、輸送隊との距離が開く」
俺は顔を上げた。
「……ほう」
将軍は続けた。
「そのとき、敵は二つの選択を迫られる」
「……?」
「進軍を続けるか」
「……」
「補給路を守るために兵を戻すか」
俺は頷いた。
「……どちらにしても、動きが制限されますね」
ハミルカルは少し笑った。
「そういうことだ」
その日の午後。
ローマ軍は、カルタゴ軍の後を追って進軍した。
だが、カルタゴ軍は決戦を避けた。
距離を保ちながら移動する。
ローマ軍が近づけば下がる。
ローマ軍が止まれば、こちらも止まる。
俺はその動きを見ながら、思わず呟いた。
「……追いかけっこですね」
メルカルが頷いた。
「そうですね」
だが、俺は続けた。
「でも、意味はある」
「……?」
「相手は進むたびに、補給路が長くなる」
メルカルは頷いた。
「ほう」
俺は静かに言った。
「そして、こちらは食料のある場所へ移動している」
だが、夕方。
偵察隊から、予想外の報告が届いた。
「将軍!」
ハミルカルが顔を上げた。
「何だ?」
「ローマ軍の輸送隊が、進路を変更しました!」
将軍が眉をひそめた。
「どこへ?」
偵察兵は答えた。
「北東の丘陵地帯です!」
俺は地図を見た。
「……丘陵地帯?」
そこには、狭い道がある。
大きな荷車が通るには、不便な場所だ。
俺は眉をひそめた。
「……なぜ、わざわざ?」
ハミルカルは静かに言った。
「敵も、こちらの動きを警戒しているのだろう」
俺は頷いた。
「ほう」
だが、偵察兵は続けた。
「さらに、輸送隊の護衛が増えています!」
ハミルカルが尋ねた。
「どれくらいだ?」
「およそ千人!」
俺は息を呑んだ。
「……千人?」
将軍は地図を見つめた。
そして、静かに言った。
「……敵も考えている」
その夜。
軍営では、再び軍議が開かれた。
ハミルカルは地図を広げた。
「敵は、補給隊の護衛を増やした」
マゴンが頷いた。
「はい」
「つまり、こちらが補給路を狙う可能性を考えている」
俺は頷いた。
「そうですね」
将軍は続けた。
「ならば、正面から攻撃するのは得策ではない」
マゴンが尋ねた。
「では、どうしますか?」
ハミルカルは少し考えた。
そして、静かに言った。
「……敵の主力を動かす」
俺は顔を上げた。
「……どういうことです?」
将軍は地図の別の場所を指差した。
「ここだ」
そこには、小さな丘があった。
ローマ軍の主力陣地から、少し離れた場所だ。
ハミルカルは続けた。
「ここを押さえれば、敵の主力陣地を見渡せる」
俺は頷いた。
「ほう」
「敵は、こちらが攻撃の準備をしていると考えるだろう」
マゴンが尋ねた。
「……敵が動きますか?」
ハミルカルは答えた。
「動く可能性はある」
俺は地図を見つめた。
丘。
ローマ軍の主力。
輸送隊。
そして、カルタゴ軍。
そこで、ようやく理解した。
「……敵の主力を、丘へ向かわせるんですね」
ハミルカルは頷いた。
「そうだ」
俺は続けた。
「すると、輸送隊との距離がさらに開く」
将軍は少し笑った。
「そういうことだ」
マゴンも頷いた。
「ほう」
翌朝。
カルタゴ軍の一部が、丘へ向かった。
兵士たちは、丘の上に陣地を築き始めた。
柵。
土塁。
見張り台。
遠くから見れば、ローマ軍の主力を攻撃するための拠点を作っているように見える。
だが、実際には。
その目的は、敵の注意を引くことだった。
ローマ軍の陣地。
指揮官たちは、カルタゴ軍の動きを確認していた。
「敵が丘を占拠しました!」
「何?」
「我が軍の陣地を見下ろせる位置です!」
指揮官は地図を見た。
「……放置できんな」
別の将校が言った。
「攻撃しますか?」
指揮官は少し考えた。
そして答えた。
「まず、偵察を増やせ」
「はっ!」
「敵の兵力を確認しろ」
ローマ軍は、すぐには動かなかった。
だが、警戒を強めた。
その日の午後。
ローマ軍の一部が、丘へ向かって進み始めた。
俺は高台から、その動きを見ていた。
「……動きましたね」
メルカルが頷いた。
「はい」
俺は静かに言った。
「将軍の狙いどおりかもしれない」
だが、すぐに不安になった。
敵も、こちらの動きを読んでいるかもしれない。
戦争は、相手も考えている。
俺たちだけが賢いわけではない。
夕方。
偵察隊が戻ってきた。
「将軍!」
ハミルカルが顔を上げた。
「報告しろ」
「ローマ軍の一部が、丘の南側へ移動しています!」
「兵力は?」
「およそ二千!」
ハミルカルは頷いた。
「……よし」
だが、偵察兵は続けた。
「さらに、敵の輸送隊が停止しました!」
俺は顔を上げた。
「……停止?」
「はい!」
「どこで?」
「北東の丘陵地帯です!」
ハミルカルは地図を見つめた。
そして、静かに言った。
「……機会だな」
その夜。
ハミルカル将軍は、少数の精鋭部隊を集めた。
マゴンが指揮を執る。
目的は、ローマ軍の輸送隊への接近。
ただし、正面から攻撃するわけではない。
敵の護衛が厚い場所を避け、輸送隊の動きを妨げることが狙いだった。
俺は将軍へ尋ねた。
「……補給隊を止めるんですか?」
ハミルカルは頷いた。
「そうだ」
「敵の食料を奪う?」
将軍は答えた。
「必要ならばな」
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
将軍は続けた。
「だが、無理に戦闘を広げるつもりはない」
俺は頷いた。
「分かりました」
夜半。
マゴンの部隊が出発した。
騎兵。
軽装歩兵。
そして、少数の案内人。
俺は軍営で報告を待っていた。
メルカルが尋ねた。
「……うまくいくでしょうか?」
俺は答えた。
「分からない」
そして続けた。
「でも、敵の輸送隊が止まれば、ローマ軍の進軍も止まるかもしれない」
メルカルは頷いた。
「……そうですね」
夜が明ける少し前。
遠くから、角笛の音が聞こえた。
俺は顔を上げた。
「……何だ?」
続いて、馬蹄の音。
そして、兵士たちの声。
しばらくして、伝令が駆け込んできた。
「将軍!」
ハミルカルが立ち上がった。
「報告しろ!」
伝令は息を切らしながら答えた。
「マゴン隊が、敵の輸送隊へ接近しました!」
「それで?」
「敵の護衛部隊と交戦しています!」
俺は息を呑んだ。
「……戦闘になったのか」
伝令は続けた。
「ですが、敵の輸送隊は動けなくなっています!」
ハミルカルは頷いた。
「……よし」
だが、次の報告で表情が変わった。
「さらに、敵の主力から増援が向かっています!」
俺は地図を見た。
ローマ軍の主力。
マゴン隊。
そして、輸送隊。
俺は眉をひそめた。
「……まずい」
ハミルカルは静かに言った。
「敵が動いたか」
そして、剣を取った。
「全軍、準備!」
幕舎の空気が変わった。
俺は息を呑んだ。
「……将軍?」
ハミルカルは地図を指差した。
「敵の主力が輸送隊を救うために動いた」
俺は頷いた。
「はい」
将軍は続けた。
「つまり、今、敵の陣地は手薄になっている」
俺は顔を上げた。
「……まさか」
ハミルカルは静かに言った。
「敵の背後へ回る」
俺は深く息を吐いた。
「……本当に?」
将軍は頷いた。
「そうだ」
そのとき。
さらに伝令が駆け込んできた。
「将軍!」
「何だ!」
「マゴン隊から追加報告です!」
ハミルカルが顔を上げた。
「言え!」
伝令は答えた。
「敵の輸送隊は、予想以上に大きいようです!」
「……何?」
「食料だけではありません!」
俺は眉をひそめた。
「……ほかに何が?」
伝令は続けた。
「武器、馬、そして大量の銀貨を運んでいます!」
俺は息を呑んだ。
「……銀貨?」
ハミルカルは地図を見つめた。
そして、静かに言った。
「……敵の軍資金か」
俺は深く息を吐いた。
もし、それを失えば。
ローマ軍は、兵士への給料や物資の購入に影響を受ける。
そして、カルタゴ軍は、敵の進軍を止める機会を得る。
俺は静かに呟いた。
「……戦争の流れが変わるかもしれない」
だが、そのときの俺は、まだ知らなかった。
ローマ軍の輸送隊に積まれていた銀貨が、単なる軍資金ではなかったことを。
そして、その銀貨の一部が――カルタゴの商会から、ローマ方面の商人へ支払われた金だったことを。




