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転生したらカルタゴ人だったので、ハンニバルを勝たせてローマに勝利します  作者: レモンティー


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第四話 ヒスパニアの軍隊は食料が足りない

ヒスパニアへ向かう船旅は、順調だった。

カルタゴを出港してから数日。

俺たちの商船は地中海を西へ進んでいた。

船倉には小麦、オリーブ油、塩、革製品、鉄製品が積まれている。

どれも軍隊に必要な物資だ。

俺は甲板で帳簿を開いていた。

「また数字を見ているのか?」

声をかけてきたのは、船長のボミルカルだった。

「はい」

「海の上でも仕事とは、熱心なことだ」

「向こうに着いてから慌てたくありませんから」

船長は笑った。

「ヒスパニアには初めて行くんだろう?」

「そうです」

「なら、一つ覚えておけ」

「何でしょう?」

「向こうでは、カルタゴの常識が通じないこともある」

俺は顔を上げた。

「例えば?」

「町によって言葉も違う。

商売の習慣も違う。

昨日まで味方だった部族が、明日も味方とは限らん」

前世の歴史でも、ヒスパニアには多くの部族が存在していた。

カルタゴが支配している地域もあれば、同盟関係にあるだけの地域もある。

そして、その関係は決して安定していない。

「軍隊を動かすのも大変そうですね」

「そうだな。

だが、あそこには優秀な将軍がいる」

「バルカ家ですか?」

「そうだ」

船長は頷いた。

「ハミルカル・バルカ。

あの男がヒスパニアへ渡ってから、カルタゴの勢力は大きく広がった」

俺は黙って聞いていた。

ハミルカル。

第一次ポエニ戦争でローマと戦った将軍。

敗戦後、カルタゴの勢力を立て直すため、ヒスパニアへ進出した人物だ。

そして、ハンニバルの父親でもある。

「会えるといいな……」

俺が呟くと、船長は笑った。

「将軍にか?」

「はい」

「簡単には会えんぞ」

「でしょうね」

「だが、軍の役に立てば話は別だ」

俺は頷いた。

そのために来たのだ。

ヒスパニアの港に到着したのは、それから数日後だった。

港にはカルタゴの商船だけでなく、さまざまな地域から来た船が停泊していた。

荷下ろしをする人々。

商品を運ぶ荷車。

武器を積んだ馬車。

そして、武装した兵士たち。

カルタゴ本国の港とは、少し雰囲気が違った。

ここは商業都市であると同時に、軍事拠点でもある。

俺は紹介状を持って軍の補給担当部署へ向かった。

「カルタゴから来たアドンです」

受付の兵士に伝えると、しばらく待たされた。

やがて一人の男が現れた。

四十歳ほどだろうか。

日に焼けた顔に、疲れた表情。

「お前がアドンか?」

「はい」

「補給担当のアズルバルだ」

男は俺を見た。

「カルタゴから、倉庫の管理に詳しい商人が来ると聞いていたが……」

そこで言葉を止めた。

「ずいぶん若いな」

「よく言われます」

「本当に軍の補給を改善したのか?」

「一部だけです」

「一部?」

「全部を改善できたわけではありません」

アズルバルは少し笑った。

「正直だな」

「できないことまで、できると言いたくありませんから」

「ほう」

男は頷いた。

「では、こちらへ来い」

俺は軍の倉庫へ案内された。

そして、到着して早々に問題を発見した。

倉庫には大量の食料が積まれていた。

小麦。

大麦。

干し肉。

オリーブ油。

豆。

見た目には十分な量がある。

だが、俺はすぐに違和感を覚えた。

「……これ、いつ入荷したものですか?」

「物によるな」

「記録は?」

「もちろんある」

アズルバルは帳簿を見せてくれた。

俺は数字を確認した。

入荷量。

出荷量。

残量。

そこまでは問題ない。

しかし、肝心な情報が抜けていた。

「この食料、どの部隊に送る予定なんですか?」

「必要になった部隊へ送る」

「決まっていないんですか?」

「軍の移動予定によって変わるからな」

俺は少し考えた。

「今、食料が不足している部隊はありますか?」

「ある」

「どこです?」

アズルバルは地図を広げた。

内陸に三つの印がある。

「この三か所だ」

「どれくらい不足していますか?」

「それを調べているところだ」

俺は思わず顔を上げた。

「……調べている?」

「ああ」

「不足していることは分かっているのに、数量は分からないんですか?」

アズルバルは苦い顔をした。

「部隊から報告が来るまで時間がかかる」

通信の問題か。

この時代には電信も電話もない。

伝令が馬で移動するしかない。

しかも、道路の状態によって到着日数が変わる。

部隊が移動していれば、報告が届くころには状況が変わっている可能性もある。

「……これは難しいですね」

「そうだろう?」

アズルバルはため息をついた。

「倉庫の食料はある。

だが、どこへどれだけ送ればいいのか分からん」

俺は地図を見つめた。

問題は食料の量だけではない。

情報が遅いのだ。

「アズルバルさん」

「何だ?」

「各部隊の人数は分かりますか?」

「もちろんだ」

「最後に報告が来た日付は?」

「それも記録している」

「では、部隊ごとの一日の食料消費量を計算しましょう」

アズルバルは眉をひそめた。

「どういうことだ?」

「報告が来なくても、ある程度は残量を予測できます」

俺は紙を取り出した。

例えば、兵士が三千人いる部隊。

一人が一日に消費する食料を一定量と仮定する。

十日分の食料を持って出発したなら、五日後には単純計算で五日分が残る。

もちろん、途中で食料を調達したり、兵士の人数が変わったりすれば誤差が出る。

だが、何も分からないよりはいい。

「各部隊の食料残量を、毎日計算して更新するんです」

「毎日?」

「はい」

「そんなことをして何になる?」

「不足する前に補給を送れます」

俺は地図を指差した。

「例えば、この部隊です」

最後の報告から七日が経過していた。

当時の食料は十二日分。

単純計算なら、残りは五日分だ。

「ここまで食料を運ぶには何日かかりますか?」

「荷車なら四日ほどだ」

「では、今すぐ送らないと間に合わない可能性があります」

アズルバルの表情が変わった。

「……確かに」

「しかも雨が降れば遅れます」

「そうだな」

「だから、余裕を持って送る必要があります」

アズルバルは地図を見つめた。

そして突然、部下を呼んだ。

「おい!」

「はい!」

「第三部隊への補給はどうなっている?」

「まだ手配していません」

「すぐに準備しろ!」

兵士が慌てて走っていった。

アズルバルは俺を見た。

「……危なかったかもしれんな」

「まだ分かりません。

途中で調達している可能性もあります」

「だが、確認する価値はある」

俺は頷いた。

これが最初の仕事になった。

それから十日間。

俺は軍の補給担当者たちと一緒に、各部隊の食料状況を調べた。

兵士の人数。

馬の頭数。

食料の残量。

最後の補給日。

次の補給予定日。

そして、輸送に必要な日数。

それらを一つの表にまとめた。

さらに、部隊ごとに食料が不足する予測日を記入した。

最初は面倒くさがっていた役人たちも、次第に便利さを理解し始めた。

「アドン、この部隊はあと何日だ?」

「現在の記録では七日分です」

「補給は?」

「三日後に到着予定です」

「なら大丈夫だな」

「はい。

ただし、輸送が遅れた場合に備えて確認した方がいいです」

「分かった」

別の役人が声をかけてきた。

「こっちの部隊は?」

「食料は十分ですが、馬の飼料が不足しそうです」

「何?」

「馬が増えたという報告が来ています。

でも飼料の計画が変更されていません」

「……本当だ」

役人は慌てて帳簿を修正した。

俺は内心で考えた。

やはり、軍隊は兵士だけでは動かない。

馬も食べる。

荷運びの動物も食べる。

鍛冶職人も必要だ。

武器を修理する材料も必要になる。

そして、遠征が長くなればなるほど、補給の負担は大きくなる。

ハンニバルがアルプスを越えるとき。

この問題は、さらに深刻になるはずだった。

二週間後。

最初に補給を送った第三部隊から報告が届いた。

「アドン!」

アズルバルが俺を呼んだ。

「はい」

「第三部隊から連絡が来た」

「どうでした?」

「食料が不足しかけていたそうだ」

俺は息を吐いた。

「間に合ったんですね」

「ああ」

アズルバルは報告書を見せてくれた。

部隊は予定より長く同じ地域に留まっていた。

周辺の村から食料を調達する予定だったが、十分な量が集まらなかったらしい。

そのため、手持ちの食料が減っていた。

「お前が指摘しなければ、補給はもっと遅れていた」

「役に立ててよかったです」

「それだけじゃない」

アズルバルは続けた。

「今回の件を上に報告した」

「上?」

「軍の補給を統括している者だ」

俺は少し緊張した。

「……何と言っていました?」

「お前に会いたいそうだ」

ようやく次の段階へ進めそうだった。

翌日。

俺は軍の司令部へ呼ばれた。

これまでの倉庫とは違い、建物の周囲には武装した兵士が立っている。

中へ入ると、大きな地図が広げられていた。

その前に、一人の男が立っていた。

年齢は三十代ほど。

落ち着いた表情。

だが、その目は鋭かった。

「お前がアドンか」

「はい」

「アズルバルから話は聞いている」

男は俺を見た。

「軍の食料不足を予測したそうだな」

「正確には、記録から不足する可能性を計算しただけです」

「それで十分だ」

男は椅子を勧めた。

「座れ」

俺は腰を下ろした。

「私はバルカ家の軍務を預かる者の一人だ」

その言葉に、俺は背筋を伸ばした。

ついに来た。

バルカ家の関係者。

まだハンニバル本人ではない。

だが、確実に近づいている。

男は地図を指差した。

「一つ聞きたい」

「何でしょう?」

「我々は今後、ヒスパニアでさらに勢力を広げるつもりだ」

俺は黙って聞いた。

「兵士も増える。

支配する地域も広がる。

だが、軍の補給はすでに負担が大きくなっている」

「はい」

「お前なら、どうする?」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「まず、軍隊を増やす前に補給能力を調べます」

男の眉が動いた。

「補給能力?」

「はい。

今の倉庫と輸送手段で、何人の兵士を何日間支えられるのか。

それを計算します」

「兵士を増やすことには反対か?」

「いいえ。

ただ、食料を用意できない兵士を増やしても、戦力にはなりません」

男は黙った。

俺は続けた。

「それと、軍が進む地域の食料生産量も調べる必要があります」

「なぜだ?」

「現地で調達できる量によって、運ぶべき食料が変わるからです」

「ほう」

「ただし、住民から無理に食料を奪えば反発されます」

男の表情が変わった。

「……続けろ」

「軍隊が通るたびに村の食料を奪っていたら、住民はカルタゴを嫌うようになります」

俺は地図を見た。

「でも、適正な価格で買えば、住民にとって軍は商売相手になります」

「商売相手か」

「はい。

農民は食料を売れます。

商人は輸送で利益を得られます。

軍は安定して食料を調達できます」

男は腕を組んだ。

「つまり、征服した土地を食料の供給源にするだけでなく、経済的にも結びつけるということか」

「そうです」

「面白い」

男は小さく笑った。

「お前は戦争を商売のように考えるのだな」

「商売が続かなければ、戦争も続けられませんから」

男はしばらく俺を見つめていた。

そして、思いがけないことを言った。

「この話は、上にも伝える必要がありそうだ」

「上ですか?」

「ああ」

男は立ち上がった。

「バルカ家の軍を率いる方々にも、補給の問題を考えていただかねばならん」

俺の心臓が跳ねた。

「……将軍に?」

「すぐに会えるとは限らん。

だが、報告書は届けよう」

俺は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

男は頷いた。

「その前に、一つ仕事を頼みたい」

「何でしょう?」

「今後、兵士を一万人増やすと仮定して、必要な食料と輸送手段を計算してくれ」

一万人。

俺は思わず地図を見た。

軍隊が一万人増える。

それは単純に食料が一万人分増えるという話ではない。

荷車。

馬。

飼料。

倉庫。

道路。

護衛。

すべてが必要になる。

「分かりました」

俺は答えた。

「ただし、条件があります」

男は少し驚いた。

「条件?」

「兵士をどこで使う予定なのか、教えてください」

「なぜだ?」

「場所によって、必要な補給体制がまったく違うからです」

男はしばらく考えた。

そして笑った。

「そうだ。

確かにそのとおりだ」

俺は続けた。

「それと、歩兵と騎兵の割合も必要です」

「騎兵?」

「はい。

馬は大量の飼料を必要としますから」

その瞬間。

男の表情が変わった。

「……お前、騎兵の補給にも詳しいのか?」

「多少は」

「そうか」

男は何かを考え込んだ。

そして、机の上から別の地図を取り出した。

そこにはヒスパニアの内陸部が描かれていた。

「実は、騎兵の運用について問題が起きている」

俺は顔を上げた。

「どんな問題ですか?」

「馬の飼料が足りないのだ」

これは重要だ。

カルタゴ軍の強みの一つは騎兵だ。

そして将来、ザマの戦いでカルタゴが敗れる原因の一つも騎兵だった。

俺は地図を見つめた。

「詳しく聞かせてください」

男は頷いた。

「現在、我々は騎兵部隊の拡充を検討している。

だが、馬を増やすと飼料の輸送が追いつかなくなる」

「現地で飼料を調達できませんか?」

「できる地域もある。

だが、乾燥した土地では難しい」

「水の問題もありますね」

「そうだ」

俺は考えた。

馬は兵士以上に補給の負担が大きい。

飼料だけでなく、水も必要だ。

そして馬が疲弊すれば、騎兵の戦闘力は大きく低下する。

「……騎兵を増やす前に、馬を維持できる場所を調べた方がいいですね」

「どういうことだ?」

「馬を何頭集められるかではなく、何頭を継続して運用できるかを計算するんです」

男は目を細めた。

「それは、どう違う?」

「一度に千頭集めても、十日後に飼料が尽きるなら意味がありません」

俺は地図を指差した。

「でも、補給拠点を整備すれば、同じ千頭を長期間運用できます」

「ほう……」

「それと、騎兵を一か所に集めすぎない方がいい場合もあります」

「なぜだ?」

「大量の馬が一度に同じ場所の草を食べれば、すぐに飼料が不足しますから」

男は大きく頷いた。

「確かにそうだ」

俺は続けた。

「だから、騎兵の配置と補給拠点は一緒に考える必要があります」

男はしばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「アドン」

「はい」

「お前には、しばらくここに残ってもらいたい」

「ここに?」

「ああ。

軍の補給計画を手伝ってほしい」

俺は少し考えた。

商人としての仕事もある。

だが、これほど良い機会はない。

「父の商会との契約を整理できれば、可能です」

「分かった。

正式な報酬も用意しよう」

俺は頷いた。

「よろしくお願いします」

こうして俺は、バルカ家の軍の補給業務に継続して関わることになった。

その夜。

俺は宿の部屋で、今日の出来事を整理していた。

軍の補給。

騎兵の飼料。

輸送計画。

倉庫の管理。

少しずつだが、重要な仕事を任され始めている。

そして、バルカ家の関係者とのつながりもできた。

俺は机に広げた地図を見た。

ヒスパニア。

イタリア。

ヌミディア。

ザマ。

前世で知っている歴史では、カルタゴはローマに敗れる。

だが、その原因は一つではない。

軍事力。

外交。

補給。

政治。

同盟関係。

いくつもの問題が重なった結果だ。

ならば、一つずつ変えていけばいい。

俺は紙に書き込んだ。

第一段階。

軍の補給体制を改善する。

第二段階。

騎兵戦力を安定して維持できる仕組みを作る。

第三段階。

バルカ家の信用を得る。

そして第四段階。

ハンニバルの軍事計画に関わる。

俺は筆を止めた。

「……まだ先は長いな」

だが、確実に進んでいる。

そのころ。

軍の司令部では、一通の報告書がまとめられていた。

そこには、カルタゴから来た若い商人について書かれていた。

倉庫管理の改善。

食料不足の予測。

補給拠点の整備。

騎兵の飼料問題への提案。

そして最後に、こう記されていた。

『この者は単なる商人ではない。

軍の運用を理解し、兵站全体を考える能力がある』

報告書は、バルカ家の上層部へ送られることになった。

だが、このときの俺には、まだ知る由もなかった。

この小さな報告書が、やがて一人の若き将軍の目に留まることを。

その将軍の名は――ハンニバル・バルカ。

後にローマを震撼させる男だった。

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