第三十五話 将軍を裏切ったと思った男に会ってみたら、本人も失脚計画を知らなかった
マゴン。
その名前を見たとき、俺は嫌な予感がした。
ヒスパニア方面軍の暫定指揮官候補。
ハミルカル将軍が職務を停止された場合、その後任として軍を指揮することになる人物だ。
しかも、その名前は以前の将軍解任案にも登場していた。
偶然とは思えない。
だが、一つだけ確認しなければならないことがある。
マゴン本人が、その計画を知っているのかどうかだ。
俺は父から届いた書簡を机に置いた。
「……会ってみるしかないな」
メルカルが顔を上げた。
「マゴン殿にですか?」
「そう」
「危険ではありませんか?」
俺は少し考えた。
「危険かもしれない」
「……」
「でも、知らないまま疑う方が、もっと危険だと思う」
メルカルは黙った。
俺は続けた。
「もし本人が何も知らないなら、勝手に名前を使われていることになる」
「はい」
「逆に、計画に関わっているなら、軍の内部に問題がある」
メルカルは深く息を吐いた。
「……どちらにしても、調べる必要がありますね」
俺は頷いた。
翌朝。
俺はハミルカル将軍の幕舎を訪ねた。
将軍は、すでに報告を読んでいた。
「アドン」
「将軍」
俺は頭を下げた。
ハミルカルは書簡を机に置いた。
「マゴンの名前が出ているそうだな」
「はい」
「それで?」
「本人に確認したいと考えています」
ハミルカルはしばらく黙っていた。
そして尋ねた。
「何を聞く?」
俺は答えた。
「まず、政府から何か連絡を受けているかどうかです」
「……」
「次に、補給制度の変更について、何か指示を受けているか」
「……」
「そして、暫定指揮官候補に名前が挙がっていることを知っているかどうかです」
ハミルカルは頷いた。
「よい」
俺は少し驚いた。
「よろしいのですか?」
将軍は答えた。
「マゴンは私の部下だ」
「はい」
「疑いがあるなら、私が直接確認する」
俺は頷いた。
「その方がよいと思います」
その日の午後。
マゴンが幕舎へ呼ばれた。
年齢は四十歳前後。
がっしりとした体格。
日に焼けた顔。
古い傷跡が頬に残っている。
いかにも軍人という雰囲気の男だった。
マゴンは将軍の前に立つと、敬礼した。
「お呼びでしょうか」
ハミルカルは頷いた。
「座れ」
マゴンは少し驚いた様子だったが、椅子に腰を下ろした。
将軍は一枚の書簡を差し出した。
「これを読め」
マゴンは受け取った。
そして、読み始めた。
最初は無表情だった。
だが、途中で眉が動いた。
さらに読み進める。
そして。
「……何ですか、これは」
低い声が漏れた。
ハミルカルは静かに尋ねた。
「心当たりはあるか?」
マゴンは顔を上げた。
「ありません」
「本当か?」
「はい」
マゴンは書簡を机に置いた。
「私が、将軍の後任候補?」
ハミルカルは頷いた。
「そう書かれている」
マゴンはしばらく黙った。
そして、低い声で言った。
「……初めて聞きました」
俺は彼の表情を見ていた。
驚き。
困惑。
そして、怒り。
少なくとも、喜んでいるようには見えない。
だが、表情だけで判断することはできない。
俺は静かに尋ねた。
「マゴン殿。
政府から、個別に連絡を受けたことはありますか?」
マゴンは俺を見た。
「お前は?」
「商人のアドンです」
「ああ、補給の件で将軍に協力している男か」
「はい」
マゴンは少し考えた。
「……政府からの連絡なら、何度かある」
俺は顔を上げた。
「どのような内容ですか?」
マゴンは答えた。
「補給制度についてだ」
俺は頷いた。
「はい」
「政府指定商会への移行が進んだ場合、現地の部隊が混乱しないように準備してほしいと言われた」
俺は眉をひそめた。
「……準備?」
「そうだ」
「具体的には?」
マゴンは続けた。
「各部隊の食料備蓄を確認すること」
「はい」
「補給路の状況を調べること」
「はい」
「そして、補給が止まった場合に、どの部隊を優先して維持するか検討すること」
俺は考え込んだ。
それ自体は、軍人として当然の仕事だ。
補給が止まった場合の対応を考えるのは、むしろ必要なことだ。
だが。
「その指示は、将軍にも報告しましたか?」
マゴンは頷いた。
「もちろんだ」
ハミルカルも頷いた。
「報告は受けている」
俺は少し安心した。
だが、マゴンは続けた。
「ただし、一つだけ妙なことがあった」
俺は顔を上げた。
「何でしょう?」
マゴンは答えた。
「政府の使者が、私に個別の書簡を渡してきた」
ハミルカルの表情が変わった。
「個別の書簡?」
「はい」
「報告を受けていないぞ」
マゴンは頷いた。
「軍の命令ではなく、私的な問い合わせだと説明されたためです」
俺は眉をひそめた。
「どんな内容でした?」
マゴンは答えた。
「将軍が一時的に職務を離れた場合、軍の秩序を維持できるか、という質問でした」
幕舎が静かになった。
ハミルカルは静かに尋ねた。
「お前は何と答えた?」
マゴンは答えた。
「正式な命令があれば、軍人として職務を果たすと」
ハミルカルは頷いた。
「それは当然だ」
マゴンは続けた。
「ただし、将軍の職務停止について、私は何も知らないと伝えました」
俺は静かに尋ねた。
「その返事は、書面で?」
マゴンは頷いた。
「そうだ」
「写しはありますか?」
「ある」
俺は顔を上げた。
「確認させていただけますか?」
マゴンはハミルカルを見た。
将軍が頷いた。
「持ってこい」
しばらくして、マゴンの部下が書簡の写しを持ってきた。
俺は内容を確認した。
『正式な政府命令および軍の指揮系統に基づく場合、必要な職務を遂行する用意がある』
そこには、そう書かれていた。
俺は頷いた。
「……ほう」
メルカルが小声で言った。
「普通の返事ですね」
「そうだね」
だが、俺は一つ気になることがあった。
「マゴン殿」
「何だ?」
「政府の使者は、この返事を受け取った後、何か言いましたか?」
マゴンは少し考えた。
「……そういえば」
俺は顔を上げた。
「何でしょう?」
「これで必要な確認が取れた、と言っていた」
俺は眉をひそめた。
「……必要な確認?」
「そうだ」
マゴンは頷いた。
「そのときは、何のことか分からなかった」
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
俺は机の上に二枚の書簡を並べた。
一枚目。
マゴン本人の返事。
『正式な命令があれば職務を遂行する』
二枚目。
政府の準備文書。
『暫定指揮官候補 マゴン』
俺は静かに言った。
「……もしかすると」
ハミルカルが尋ねた。
「何だ?」
俺は答えた。
「マゴン殿の返事が、後任候補としての了承だと扱われた可能性があります」
マゴンの表情が変わった。
「……何?」
俺は続けた。
「正式な命令があれば職務を果たす、というのは軍人として当然の返事です」
「そうだ」
「ですが、それを将軍交代への同意として扱ったなら、意味が変わってしまいます」
マゴンは拳を握った。
「……そんなことが」
俺は静かに答えた。
「まだ確認できていません」
そして続けた。
「ですが、調べる必要があります」
ハミルカルはしばらく黙っていた。
そして、マゴンへ尋ねた。
「お前は、私が職務を停止された場合、どうするつもりだった?」
マゴンはすぐに答えた。
「正式な政府命令なら、従います」
将軍は頷いた。
「そうだな」
マゴンは続けた。
「ですが、軍の食料を止めて混乱を起こし、その責任を将軍へ押し付けるようなやり方には従いません」
幕舎が静かになった。
ハミルカルはマゴンを見つめた。
そして、静かに笑った。
「……よく言った」
マゴンは頭を下げた。
俺は少し安心した。
少なくとも、マゴンが積極的に将軍を失脚させようとしている証拠はない。
むしろ、彼も計画に利用されていた可能性がある。
だが、問題は残っている。
政府の準備文書に、なぜマゴンの名前が記載されたのか。
誰が候補として選んだのか。
そして、マゴンの返事がどのように扱われたのか。
俺は静かに言った。
「……次は、政府の準備文書を作成した人物を確認する必要がありますね」
ハミルカルが頷いた。
「本国へ問い合わせよう」
その日の夕方。
俺はマゴンと二人で話す機会があった。
軍営の外れ。
兵士たちが武器の手入れをしている。
マゴンはしばらく黙っていた。
そして、低い声で言った。
「アドン」
「はい」
「私は、将軍を裏切るつもりはない」
俺は頷いた。
「分かりました」
マゴンは続けた。
「だが、政府の命令を無視するつもりもない」
俺は静かに答えた。
「それでいいと思います」
マゴンは少し驚いた。
「……そうなのか?」
俺は頷いた。
「軍人が政府の正式な命令に従うのは当然です」
「……」
「問題は、その命令が本当に正式なものなのか、ということです」
マゴンは考え込んだ。
俺は続けた。
「政府の名前を使って、誰かが勝手に命令を出しているなら、それは政府への忠誠とは違います」
マゴンは静かに頷いた。
「……ほう」
マゴンはしばらく考え込んだ。
そして言った。
「一つ、気になることがある」
俺は顔を上げた。
「何でしょう?」
マゴンは答えた。
「政府の使者が来たとき、補給の話以外にも質問された」
「どんな質問です?」
「将軍が軍を動かせなくなった場合、周辺の部族がどう動くか、という質問だ」
俺は眉をひそめた。
「……部族?」
マゴンは頷いた。
「そうだ」
「何と答えました?」
「軍の行動が止まれば、部族との交渉にも影響が出るだろうと」
俺は頷いた。
「そうでしょうね」
マゴンは続けた。
「すると、使者はこう言った」
「何と?」
マゴンは静かに答えた。
「その場合、政府が直接、部族との交渉を進める必要があるかもしれない、と」
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
俺は考え込んだ。
軍の補給を止める。
将軍の行動を制限する。
その結果、部族との交渉が難しくなる。
そして、政府が直接交渉する。
それ自体は、悪いことではない。
政府が外交を担当するのは当然だ。
だが、問題はタイミングだ。
軍が混乱している間に、政府が部族との関係を作り直す。
そのとき、どんな条件が提示されるのか。
俺は静かに尋ねた。
「マゴン殿。
その使者は、具体的な部族の名前を挙げましたか?」
マゴンは少し考えた。
「……二つ挙げていた」
俺は顔を上げた。
「どこです?」
マゴンは答えた。
「北の山岳部族と、東の交易路を管理する部族だ」
俺は眉をひそめた。
「……東の交易路?」
「そうだ」
俺は地図を思い浮かべた。
東の交易路。
サグントゥムへ続く道。
そして、ベルコやガルドたちが管理している山道。
俺は静かに呟いた。
「……まさか」
翌朝。
俺はハミルカル将軍へ報告した。
「将軍。
政府の使者が、部族との交渉についても調べていたようです」
ハミルカルは頷いた。
「マゴンから聞いた」
俺は続けた。
「特に、東の交易路が気になります」
将軍は地図を広げた。
「この道か?」
俺は頷いた。
「はい」
「ベルコとガルドの部族が関係している道だな」
「そのとおりです」
ハミルカルは考え込んだ。
「……政府が交易路を管理しようとしているのか?」
俺は答えた。
「その可能性があります」
「……」
「ただし、正式な交渉なのか、誰かが政府の名前を使っているのかは分かりません」
将軍は頷いた。
「調べる必要があるな」
俺は再びベルコとガルドへ連絡を取った。
数日後。
ガルドから返事が届いた。
内容は短かった。
『アドン。
最近、カルタゴ政府の使者を名乗る者が来た。
交易路の安全を確保するため、新しい取り決めが必要だと言っている。
だが、我々はすでにお前たちと契約を結んでいる。
なぜ新しい契約が必要なのか分からない。』
俺は眉をひそめた。
「……やっぱり」
メルカルが尋ねた。
「どうしました?」
俺は答えた。
「政府の使者を名乗る人物が、交易路の契約を変更しようとしている」
メルカルは驚いた。
「……またですか」
俺は頷いた。
「そう」
俺はすぐにガルドへ返事を書いた。
『現在の交易路契約は、正式に解除されたとは聞いていません。
新しい契約を求められた場合は、相手の身分と権限を確認してください。
また、契約内容を変更する前に、必ず関係者全員で協議することを勧めます。』
俺は封を閉じた。
そして、メルカルに渡した。
「これを送ってくれ」
「分かりました」
だが、その翌日。
ベルコからも書簡が届いた。
俺は封を開いた。
『アドン。
こちらにも使者が来た。
交易路の安全を理由に、通行料を引き上げるよう求められた。
さらに、今後は政府指定商会の荷車を優先して通すようにと言われた。』
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
続きを読んだ。
『使者は、政府の方針だと言っている。
だが、正式な書類は見せていない。』
俺は眉をひそめた。
「……また、正式な書類がないのか」
メルカルが尋ねた。
「どうします?」
俺は答えた。
「直接確認しに行く」
「……また山道ですか?」
俺は笑った。
「そうだね」
メルカルはため息をついた。
「最近、移動ばかりですね」
俺も苦笑した。
「商人だから仕方ないよ」
数日後。
俺たちはベルコの村へ到着した。
ベルコは、俺を見るなり言った。
「アドン!」
「お久しぶりです」
「また面倒な話だぞ」
俺は苦笑した。
「そうみたいですね」
ベルコは一枚の書類を差し出した。
「これを見ろ」
俺は受け取った。
そこには、交易路の新しい管理案が書かれていた。
『ヒスパニア方面交易路安全管理協定案』
内容は、通行料の改定。
政府指定商会の優先通行。
そして、交易路の警備を政府指定の護衛隊へ委ねるというものだった。
俺は眉をひそめた。
「……ほう」
ベルコが尋ねた。
「どう思う?」
俺は答えた。
「このままでは、問題が多いと思います」
「どこが?」
俺は説明した。
「まず、通行料を引き上げる理由が明確ではありません」
ベルコが頷いた。
「そうだな」
「次に、政府指定商会を優先する理由も分かりません」
「……」
「そして、警備を誰が担当するのか、責任の範囲が曖昧です」
ベルコは深く息を吐いた。
「……やっぱりか」
俺はさらに書類を確認した。
すると、末尾に小さな文字があった。
『協力商会 バアルハンノ商会』
俺は思わず呟いた。
「……また、お前か」
ベルコが尋ねた。
「何だ?」
俺は答えた。
「この協定案にも、バアルハンノ商会の名前があります」
ベルコは眉をひそめた。
「……あの商会か」
俺は頷いた。
「はい」
その日の夕方。
ガルドも村へやってきた。
俺たちは三人で、交易路の新しい管理案について話し合った。
ガルドは怒っていた。
「俺たちは、すでに契約を結んでいる!」
俺は頷いた。
「そのとおりです」
「通行料も決めた!」
「はい」
「軍隊を勝手に通さないという約束もある!」
俺は頷いた。
「そうです」
ガルドは机を叩いた。
「それなのに、知らない商会が勝手に道を管理するだと!」
俺は静かに言った。
「まだ正式に決まったわけではありません」
ガルドは深く息を吐いた。
「……ならば、断る」
俺は頷いた。
「それがよいと思います」
だが、俺は一つ気になることがあった。
「ガルド殿」
「何だ?」
「政府の使者は、警備隊について何か説明しましたか?」
ガルドは少し考えた。
「……ああ」
俺は顔を上げた。
「何です?」
「二百人ほどの武装した護衛隊を用意すると言っていた」
俺は息を呑んだ。
「……二百人?」
ガルドは頷いた。
「そうだ」
俺は静かに呟いた。
「……まさか」
サグントゥムの城壁へ接近した武装集団。
カルタゴの旗。
約二百人。
そして、バアルハンノ商会。
俺は深く息を吐いた。
「……同じ集団かもしれない」
メルカルが顔を上げた。
「どういうことです?」
俺は答えた。
「以前、サグントゥムへ接近した武装集団がいましたよね」
「はい」
「人数は、およそ二百人でした」
メルカルの表情が変わった。
「……まさか」
俺は頷いた。
「まだ断定できない」
そして続けた。
「でも、調べる必要があります」
俺はガルドに尋ねた。
「その護衛隊は、どこにいると言っていましたか?」
ガルドは答えた。
「東の街道沿いだ」
俺は眉をひそめた。
「……東の街道?」
「そうだ」
ガルドは続けた。
「近いうちに、実際に見せると言っていた」
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
つまり、政府の使者を名乗る人物が、交易路の新しい管理案を持ってきた。
その案には、バアルハンノ商会の名前がある。
さらに、二百人の武装護衛隊を用意すると説明している。
そして、その人数は、以前サグントゥムへ接近した武装集団と一致している。
俺は静かに呟いた。
「……繋がってきたな」
その夜。
俺は宿で地図を広げた。
サグントゥム。
ベルコの村。
ガルドの部族。
東の交易路。
そして、武装集団が確認された場所。
すべてが近い。
俺は考え込んだ。
もし、同じ武装集団なら。
彼らは、カルタゴ軍を装ってサグントゥムへ接近した。
その後、政府指定の護衛隊として交易路を管理しようとしている。
つまり、軍事的な緊張を作り出し。
その緊張を理由に、警備隊の必要性を主張する。
そして、交易路の管理権を手に入れる。
俺は静かに呟いた。
「……戦争を起こさなくても、儲かる仕組みか」
メルカルが尋ねた。
「どういうことです?」
俺は答えた。
「戦争が起きれば、軍需物資が売れる」
「はい」
「戦争が起きなければ、警備の必要性を理由に通行料を取れる」
メルカルは深く息を吐いた。
「……どちらでも利益になるんですね」
俺は頷いた。
「そういうこと」
だが、そのとき。
宿の扉が叩かれた。
「アドン殿!」
外から声がした。
俺は立ち上がった。
「どなたですか?」
「ガルド殿からの使いです!」
俺は扉を開けた。
若い男が立っていた。
息を切らしている。
「どうしました?」
男は答えた。
「東の街道で、武装した男たちが集まっています!」
俺は顔を上げた。
「何人です?」
男は答えた。
「二百人ほどです!」
俺は深く息を吐いた。
「……やっぱり」
だが、男は続けた。
「それだけではありません!」
俺は尋ねた。
「何です?」
男は答えた。
「その武装集団が、交易路の通行料を取り始めました!」
俺は眉をひそめた。
「……通行料?」
「はい!」
男は続けた。
「政府の許可を受けた護衛隊だと名乗っています!」
俺は静かに呟いた。
「……ほう」
そして、さらに尋ねた。
「正式な書類は?」
男は首を振った。
「見せていません!」
俺は深く息を吐いた。
「……またか」
俺はメルカルを見た。
「明日の朝、現地へ行く」
メルカルが頷いた。
「分かりました」
だが、俺は一つだけ付け加えた。
「ただし、武装集団へ直接近づくのは危険だ」
「……はい」
「まず、ベルコとガルドの部族に状況を確認する」
「分かりました」
俺は地図を見つめた。
東の交易路。
二百人の武装集団。
政府指定の護衛隊。
そして、バアルハンノ商会。
俺は静かに呟いた。
「……次は、通行料の話か」
だが、これは単なる通行料の問題ではない。
交易路を管理する者は、荷物の流れを管理できる。
荷物の流れを管理する者は、軍の補給を左右できる。
そして、軍の補給を左右できる者は、軍の行動を制限できる。
俺は深く息を吐いた。
「……本当に、よく考えるな」
だが、このときの俺には、まだ知る由もなかった。
東の交易路で通行料を取っている武装集団が、すでに一つの荷車隊を拘束していたことを。
そして、その荷車隊には――ハミルカル将軍の軍へ届ける予定の食料が積まれていたのだった。




