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転生したらカルタゴ人だったので、ハンニバルを勝たせてローマに勝利します  作者: レモンティー


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第二十七話 軍の食料を政府が管理すると言い出したので、誰が飢えるのか計算してみた

カルタゴ本国。

朝から、父の商会は騒がしかった。

「アドン様!」

メルカルが大量の書類を抱えて駆け込んできた。

「政府から、新しい提案書が届きました!」

俺は顔を上げた。

「また監査?」

「いえ。

今度は軍の補給制度です」

「……補給制度?」

俺は書類を受け取った。

表題には、こう書かれていた。

『ヒスパニア方面軍補給管理一元化案』

俺は嫌な予感がした。

そして、読み進める。

内容は、一見すると合理的だった。

軍の補給物資を政府が一括して購入する。

輸送契約も政府が管理する。

軍は必要な物資の数量を申請する。

政府は予算と在庫を確認し、輸送を承認する。

さらに、政府指定の商会が物資を運ぶ。

「……ほう」

俺は書類を置いた。

メルカルが尋ねる。

「どう思いますか?」

俺は答えた。

「制度の目的は悪くない」

「そうなんですか?」

「うん」

俺は頷いた。

「軍が勝手に大量の物資を購入すれば、予算が膨らむ可能性がある」

「確かに」

「政府が支出を管理すること自体は、必要な場合もある」

メルカルは頷いた。

「では、賛成ですか?」

俺は首を振った。

「問題は、その先だよ」

俺は提案書の一節を指差した。

『すべての補給物資は、政府調達監督部門の承認を得た後に発送するものとする』

「ここだ」

メルカルが覗き込む。

「承認が必要なんですね」

「そう」

俺は頷いた。

「でも、ヒスパニアで食料が足りなくなったらどうする?」

メルカルは少し考えた。

「政府に申請します」

「その申請は、どうやってカルタゴへ届く?」

「船ですね」

「そうだね」

俺は続けた。

「申請書を積んだ船がカルタゴへ来る」

「はい」

「政府が審査する」

「はい」

「承認書を持った船がヒスパニアへ戻る」

メルカルは頷いた。

「……あ」

俺は笑った。

「気づいた?」

「時間がかかります!」

「そのとおり」

俺は紙を取り出した。

そして、簡単な計算を始めた。

「例えば、ヒスパニアの軍で穀物が不足したとする」

メルカルが頷く。

「はい」

「カルタゴへの連絡に十日」

「はい」

「政府の審査に五日」

「はい」

「承認書を戻すのに十日」

「……」

「物資を集めて発送するのに五日」

俺は数字を足した。

十日。

五日。

十日。

五日。

合計三十日。

もちろん、航海日数は風や港の位置で大きく変わる。

実際にはもっと早い場合もあるし、遅い場合もある。

だが。

「……三十日」

メルカルが呟いた。

俺は頷いた。

「そう」

「一か月ですね」

「うん」

俺は静かに言った。

「食料が足りない軍隊が、一か月待てると思う?」

メルカルは黙った。

俺はさらに続けた。

「しかも、これは順調に進んだ場合だ」

「順調?」

「そう」

俺は頷いた。

「途中で嵐が起きたら?」

「船が遅れます」

「政府の担当者が不在だったら?」

「審査が遅れます」

「書類に不備があったら?」

「差し戻されます」

俺は深く息を吐いた。

「その間、兵士たちは食べ続ける」

メルカルは頷いた。

「……そうですね」

俺は静かに言った。

「帳簿の上では、まだ食料が残っていることになっていてもね」

俺は別の紙を取り出した。

「じゃあ、兵士一万人が一日に必要とする穀物を、仮に一人一キログラムとしよう」

メルカルが頷いた。

「一万人ですから……」

「一日十トン」

「十トン!」

「三十日なら三百トン」

メルカルは目を見開いた。

俺は続けた。

「もちろん、実際の食料は穀物だけじゃない。

兵士の人数や配給量によっても変わる」

「はい」

「でも、補給が一か月遅れるというのは、それだけの食料を現地で確保しなければならないということなんだ」

メルカルは深く息を吐いた。

「……政府の承認を待っている間に、食料がなくなるかもしれませんね」

俺は頷いた。

「そういうこと」

だが、もっと大きな問題があった。

俺は提案書の別の項目を指差した。

『政府指定商会による優先輸送』

メルカルが尋ねる。

「これは?」

俺は答えた。

「政府が認めた商会だけが、優先的に軍の物資を運べるということだね」

「ほう」

「では、その指定商会が輸送できなくなったら?」

メルカルは黙った。

俺は続けた。

「船が足りない」

「……」

「港が封鎖される」

「……」

「あるいは、指定商会そのものが不正を行う」

メルカルは深く息を吐いた。

「……また同じ問題が起きますね」

俺は頷いた。

「そう」

そして、提案書の末尾を確認した。

起案者。

アズバル・ハンノン。

俺は思わず苦笑した。

「……やっぱり」

その日の午後。

俺はハンノを訪ねた。

「補給管理一元化案について、相談があります」

ハンノは頷いた。

「ちょうど私も確認していたところだ」

俺は資料を広げた。

「制度の目的には理解できる部分があります」

ハンノは少し驚いた。

「ほう?」

「政府が予算を管理し、不正を防ぐことは重要です」

「そのとおりだ」

俺は続けた。

「ただし、すべての輸送に本国の事前承認を必要とする仕組みには問題があります」

ハンノは頷いた。

「説明してくれ」

俺は、先ほどの計算を示した。

連絡に十日。

審査に五日。

返送に十日。

発送準備に五日。

合計三十日。

ハンノは眉をひそめた。

「……一か月か」

俺は頷いた。

「仮の計算ですが、十分に起こり得る遅延です」

ハンノは考え込んだ。

「……確かに、緊急時には困るな」

俺は続けた。

「そこで、別の方法を提案します」

ハンノが顔を上げた。

「どんな方法だ?」

俺は答えた。

「政府は予算と基準を決める」

「うむ」

「軍は、その範囲内で必要な物資を現地調達できるようにする」

「……」

「そして、実際に購入した物資と支出を、後から政府へ報告する」

ハンノは考え込んだ。

「……事後報告か」

俺は頷いた。

「はい」

「それでは、不正が起きる可能性はないのか?」

俺は答えた。

「あります」

ハンノは少し驚いた。

俺は続けた。

「だから、監査が必要なんです」

「……ほう」

「ただし、監査は軍の補給を止めるためではなく、正しく行われているか確認するために使うべきです」

ハンノは静かに頷いた。

俺はさらに提案した。

「通常の補給と、緊急補給を分ける方法もあります」

「緊急補給?」

「はい」

俺は頷いた。

「通常の補給は、計画に基づいて政府と軍が調整する」

「うむ」

「ですが、食料不足や災害などの緊急時には、現地の指揮官が一定の範囲で購入を認められるようにする」

ハンノは考え込んだ。

「……権限の上限を決めるのだな」

俺は頷いた。

「そうです」

「それなら、政府の統制も維持できる」

「はい」

俺は続けた。

「そして、購入した物資については、納入数量と支払い記録を照合する」

ハンノは笑った。

「……結局、帳簿に戻るのだな」

俺も笑った。

「帳簿は大事ですから」

数日後。

カルタゴ政府で、補給管理一元化案の審議が行われた。

アズバル・ハンノンが立ち上がった。

「諸君!」

会議室が静かになる。

「ヒスパニア方面軍では、重大な補給管理上の問題が発生した!」

政治家たちが頷いた。

「軍の物資が不足し、民間倉庫へ不透明に移され、さらに情報漏洩まで起きた!」

俺は黙って聞いていた。

アズバルは続けた。

「このような事態を防ぐため、補給管理を政府へ一元化する必要がある!」

一部の政治家が拍手した。

「軍の補給を政府が管理すれば、支出を把握できる!」

「不正も防げる!」

「国家の統制が強まる!」

俺は深く息を吐いた。

……確かに、聞こえはいい。

だが、問題は運用だ。

議長が尋ねた。

「反対意見はあるか?」

ハンノが立ち上がった。

「ある」

会議室が静かになった。

ハンノは続けた。

「政府が補給予算を管理することには賛成する」

アズバルが頷いた。

「当然だ」

「だが、すべての輸送に本国の事前承認を必要とするのは、現実的ではない」

会議室がざわついた。

アズバルは眉をひそめた。

「なぜだ?」

ハンノは答えた。

「ヒスパニアは遠い」

「……」

「連絡と承認だけで、数週間かかる場合がある」

アズバルは反論した。

「それは計画的に補給すればよい!」

ハンノは頷いた。

「通常時はそれでよいだろう」

そして続けた。

「だが、予想外の事態が起きたらどうする?」

アズバルは黙った。

議長が俺に発言を求めた。

「アドン殿」

「はい」

「補給の遅延について、説明してもらいたい」

俺は立ち上がった。

「承知しました」

そして、計算を書いた板を示した。

「仮に、兵士一万人が一日に十トンの穀物を必要とするとします」

会議室が静かになった。

「三十日なら、三百トンです」

政治家たちが顔を見合わせた。

俺は続けた。

「もし、補給の承認が一か月遅れれば、その間に三百トンの穀物が必要になります」

議長が眉をひそめた。

「……三百トンか」

俺は頷いた。

「はい」

そして続けた。

「軍が食料を確保できなければ、現地の村から徴発する可能性があります」

会議室が静かになった。

俺はさらに言った。

「それが続けば、現地住民との関係が悪化します」

ハンノが頷いた。

俺は静かに言った。

「補給制度の失敗は、単なる会計上の問題ではありません。

軍と住民の関係を壊す問題でもあるんです」

アズバルが立ち上がった。

「では、君は軍に自由に金を使わせるべきだと言うのか?」

俺は首を振った。

「いいえ」

「では、どうする?」

俺は答えた。

「予算の上限を決めます」

「……」

「購入できる物資の種類も決めます」

「……」

「そして、一定額を超える契約には追加の承認を必要とします」

アズバルは眉をひそめた。

俺は続けた。

「ただし、緊急時には現地で対応できる余地を残します」

議長が頷いた。

「……ほう」

俺はさらに言った。

「そして、支出は後から必ず監査します」

アズバルは黙った。

俺は続けた。

「さらに、政府指定商会についても問題があります」

アズバルが顔を上げた。

「何だ?」

「特定の商会だけに輸送を任せると、その商会が輸送できなくなった場合に補給が止まります」

「……」

「ですから、複数の商会を利用できるようにするべきです」

議長が頷いた。

俺は続けた。

「価格だけでなく、輸送能力や信頼性も評価する必要があります」

ハンノが静かに言った。

「合理的だな」

審議は長時間に及んだ。

政府の統制を強めるべきだという意見。

軍の裁量を残すべきだという意見。

そして、両方を組み合わせるべきだという意見。

最終的に。

アズバルの補給管理一元化案は、そのままでは承認されなかった。

代わりに、修正案を検討することになった。

政府が予算と基準を管理する。

軍は一定の範囲で現地調達できる。

緊急時には例外を認める。

そして、事後監査を徹底する。

俺は深く息を吐いた。

「……ひとまず、よかった」

だが、会議が終わった後。

アズバルが俺に近づいてきた。

「アドン殿」

「はい」

「君は、本当に軍の補給に詳しいようだな」

俺は苦笑した。

「商人ですから」

アズバルは静かに笑った。

「……商人、か」

そして続けた。

「だが、君は大きな勘違いをしている」

俺は顔を上げた。

「何でしょう?」

アズバルは低い声で言った。

「軍の補給を管理する者は、軍の行動を左右できる」

俺は黙った。

アズバルは続けた。

「食料を送れば、軍は動ける」

「……」

「食料を止めれば、軍は動けない」

俺は静かに答えた。

「だからこそ、補給を政治的な道具にするべきではありません」

アズバルは笑った。

「……君は、まだ若いな」

そして、何も言わずに立ち去った。

その夜。

俺は父の商会へ戻った。

父が尋ねた。

「どうだった?」

俺は答えた。

「一元化案は修正されることになった」

父は頷いた。

「そうか」

俺は椅子に座った。

「……でも、気になることがある」

父が顔を上げた。

「何だ?」

俺は答えた。

「アズバルは、補給を管理することで軍の行動を左右できると言っていた」

父は眉をひそめた。

「……ほう」

俺は続けた。

「つまり、あの人は補給制度を単なる会計管理として考えていない」

父は黙った。

俺は静かに言った。

「軍を動かすための権限として考えている可能性がある」

翌朝。

俺はハミルカル将軍へ報告書を書いた。

政府の審議結果。

補給制度の修正案。

そして、アズバルの発言。

最後に、こう書いた。

『補給制度の改善は必要ですが、補給の承認権限が政治的な圧力に利用されないよう、明確な基準を設ける必要があります。

また、軍の行動に関わる重要な判断は、補給担当者だけでなく、正式な指揮系統を通じて行われるべきだと考えます。』

数日後。

ハミルカル将軍から返事が届いた。

俺は封を開いた。

『アドン殿。

報告を確認した。

補給制度についての提案には同意する。

ただし、こちらでも新しい問題が発生している。

最近、ヒスパニア方面の複数の部族に対して、カルタゴ軍が近く大規模な軍事行動を開始するという噂が広まっている。』

俺は眉をひそめた。

「……軍事行動?」

続きを読んだ。

『そのような作戦は計画していない。

しかし、噂を信じた一部の部族が、交易路の通行を制限し始めている。

さらに、サグントゥムでもカルタゴ軍の進出を警戒する動きが強まっている。』

俺は深く息を吐いた。

「……また、サグントゥムか」

メルカルが尋ねた。

「どうしました?」

俺は答えた。

「カルタゴ軍が攻めてくるという噂が広まっているらしい」

メルカルの顔色が変わった。

「……そんな」

俺は頷いた。

「将軍は否定している」

そして、さらに書簡を読んだ。

最後の部分には、こう書かれていた。

『なお、噂の発信源について調査したところ、複数の商人が同じ内容を広めていたことが分かった。

彼らは、カルタゴ本国から届いたという書簡を根拠にしている。

その書簡には、政府の印が押されているという。』

俺は手を止めた。

「……政府の印?」

メルカルが尋ねた。

「本物なんですか?」

俺は首を振った。

「まだ分からない」

そして、静かに呟いた。

「……でも、もし本物なら」

カルタゴ政府の誰かが、軍の行動について虚偽の情報を流していることになる。

俺は深く息を吐いた。

「……今度は、帳簿じゃなくて書簡を調べる必要があるな」

だが、このときの俺には、まだ知る由もなかった。

その書簡には、単なる軍事行動の噂だけでなく――サグントゥムへの進軍を命じる、ハミルカル将軍の名前まで書かれていたのだ。

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