第二十三話 商会の監査を受けたら、軍の機密情報まで奪われそうになった
翌朝。
父の商会に、カルタゴ政府の監査官がやってきた。
人数は五人。
全員が政府の役人を示す印章を持っている。
先頭に立つ男は、四十代ほどの痩せた人物だった。
「政府の命令により、特別監査を実施する」
男はそう言って、羊皮紙を差し出した。
父が受け取る。
「監査の対象は?」
「ヒスパニア交易に関するすべての記録だ」
俺は眉をひそめた。
すべて。
その言葉が気になった。
父は静かに尋ねた。
「期間は?」
「過去三年間」
「確認する項目は?」
「商品の仕入れ、販売、輸送、支払い、契約、その他必要と認められる記録」
俺は監査官を見た。
「その他必要と認められる記録、ですか?」
男は頷いた。
「そうだ」
「かなり広いですね」
「政府の監査だからな」
俺は少し考えた。
そして答えた。
「監査には協力します。
ただし、対象となる記録の範囲を確認させてください」
監査官は眉をひそめた。
「……何?」
俺は静かに言った。
「商会の交易記録と、軍から預かった機密資料は別のものです」
その瞬間。
監査官の表情が、わずかに変わった。
「軍の資料?」
監査官が尋ねた。
俺は頷いた。
「はい」
「この商会に、軍の資料があるのか?」
「軍への物資納入に関する記録はあります」
「ならば、それも監査対象だ」
俺は首を振った。
「納入数量や代金については、必要な範囲で確認できます」
監査官は黙った。
俺は続けた。
「ですが、部隊ごとの補給予定や、軍の移動に関わる情報まで閲覧する必要があるのでしょうか?」
男は眉をひそめた。
「政府の監査だと言っているだろう」
俺は頷いた。
「承知しています」
そして、羊皮紙を指差した。
「ただ、この命令書には、軍の機密資料を閲覧する権限までは明記されていません」
監査官は黙った。
父も静かに言った。
「我々は正式な命令には従います。
しかし、軍から預かった情報を無断で第三者へ渡すことはできません」
監査官はしばらく考えた。
そして言った。
「……では、まず商会の帳簿から確認する」
俺は頷いた。
「お願いします」
監査は午前中から始まった。
仕入れ記録。
販売記録。
輸送費。
倉庫利用料。
船舶契約。
監査官たちは、次々に帳簿を確認していく。
俺とメルカルは、必要な資料を用意した。
「アドン様」
メルカルが小声で言った。
「思ったより細かく調べていますね」
俺は頷いた。
「そうだね」
「何か問題が見つかるでしょうか?」
俺は苦笑した。
「間違いなら見つかるかもしれない」
メルカルは驚いた。
「えっ?」
俺は答えた。
「帳簿に記入ミスがまったくない商会なんて、そうそうないからね」
「……ほう」
「大事なのは、間違いを隠さず、訂正できることだよ」
メルカルは頷いた。
「分かりました」
昼過ぎ。
監査官の一人が、ある帳簿を開いた。
「これは何だ?」
俺は確認した。
軍への穀物納入記録だった。
「軍からの注文に基づく納入記録です」
監査官は頷いた。
「納入先は?」
「ヒスパニア方面の軍です」
「具体的な部隊名は?」
俺は少し考えた。
「その情報は、軍の担当者へ確認していただく必要があります」
監査官は眉をひそめた。
「なぜだ?」
俺は答えた。
「商会が勝手に公開できる情報ではないからです」
男は不機嫌そうに言った。
「我々は政府の監査官だぞ」
俺は頷いた。
「承知しています」
そして続けた。
「ですが、監査の目的は商会の取引が適切かどうかを確認することですよね?」
「そうだ」
「でしたら、納入数量と支払い記録を照合すれば、まず確認できるはずです」
監査官は黙った。
俺は続けた。
「部隊の配置や移動予定まで必要なら、軍の正式な承認を取ってください」
男はしばらく俺を見つめた。
そして、帳簿を閉じた。
「……分かった」
だが、その日の夕方。
監査官たちは、さらに奇妙な要求をしてきた。
「ヒスパニア方面の輸送予定表を提出してほしい」
俺は顔を上げた。
「輸送予定表ですか?」
「そうだ」
「どの輸送ですか?」
「軍への補給物資を含む、すべての輸送だ」
俺は黙った。
これはおかしい。
過去の取引を調べる監査なら、過去の輸送記録を確認すればよい。
だが、今求められているのは、これからの輸送予定だ。
俺は静かに尋ねた。
「監査の対象期間は、過去三年間ではありませんでしたか?」
監査官は頷いた。
「そうだ」
「では、将来の輸送予定が必要な理由を教えてください」
男は少し考えた。
「継続的な取引状況を確認するためだ」
俺は頷いた。
「ほう」
そして続けた。
「それなら、今後の契約予定額については説明できます」
「……」
「ですが、具体的な輸送日や経路は、軍の安全にも関わります」
監査官は眉をひそめた。
「また軍の機密か」
俺は頷いた。
「はい」
そして静かに言った。
「軍の補給路が敵に知られれば、輸送船や荷車が襲撃される危険があります」
会議室が静かになった。
俺は続けた。
「その責任を、商会だけで負うことはできません」
監査官たちは、結局その日の調査を打ち切った。
だが、帰り際。
先頭の男が俺に言った。
「アドン殿」
「はい」
「あなたは、政府の監査を妨害していると受け取られても仕方がありませんよ」
俺は静かに答えた。
「監査には協力しています」
「……」
「ただし、権限の確認を求めているだけです」
男は不機嫌そうに立ち去った。
俺は深く息を吐いた。
「……やれやれ」
その夜。
俺は父と話し合った。
「アドン」
「何?」
「今日の監査、どう思う?」
俺は少し考えた。
「普通の監査とは違うと思う」
父は頷いた。
「私もそう思う」
俺は続けた。
「特に、将来の輸送予定を求めてきたのが気になる」
父は眉をひそめた。
「……なぜだ?」
俺は答えた。
「軍の補給予定を知りたいように見えるから」
父は黙った。
俺は続けた。
「もし、輸送日や経路が分かれば、軍の活動をある程度予測できる」
父は頷いた。
「そうだな」
「食料が大量に運ばれる場所には、兵士が集まっている可能性がある」
「……」
「逆に、補給が減る場所では、部隊が移動する可能性がある」
父は深く息を吐いた。
「……ほう」
俺は静かに言った。
「だから、軍の補給情報は重要なんだ」
父は少し考えた。
そして尋ねた。
「では、どうする?」
俺は答えた。
「まず、ハミルカル将軍へ連絡する」
父は頷いた。
「それがいい」
「それから、ハンノ殿にも報告する」
「政府の監査についてか?」
「うん」
俺は続けた。
「監査そのものに反対するのではなく、監査権限の範囲を明確にしてもらう」
父は少し笑った。
「……また制度を作るつもりか」
俺も笑った。
「必要だからね」
翌朝。
俺は二通の書簡を書いた。
一通は、ハミルカル将軍へ。
『商会に対する特別監査において、軍への将来の補給予定表の提出を求められました。
現時点では、具体的な輸送日や経路を含む資料は提出していません。
軍の安全に関わるため、閲覧権限について正式な確認をお願いします。』
もう一通は、ハンノへ。
『政府監査への協力は継続しています。
ただし、監査対象に軍の補給予定や輸送経路が含まれるかどうかについて、権限が不明確です。
商会の取引監査と軍の機密情報の管理を区別するため、正式な判断をお願いします。』
俺は書簡を封じた。
「……これでよし」
数日後。
ハンノから返事が届いた。
俺は封を開いた。
『アドン殿。
報告を確認した。
商会の交易記録に対する監査権限と、軍の機密資料を閲覧する権限は同一ではない。
軍の補給予定については、軍の正式な承認が必要であるとの見解を示す。
また、今回の特別監査の担当者について、調査委員会で確認する。』
俺は深く息を吐いた。
「……よかった」
少なくとも、こちらの主張には根拠がある。
だが、問題はまだ終わっていなかった。
その日の午後。
ハンノから、俺に面会の要請があった。
俺はすぐに向かった。
ハンノは、いつもより険しい表情だった。
「アドン殿」
「はい」
「今回の監査について、新しい事実が分かった」
俺は顔を上げた。
「何でしょう?」
ハンノは一枚の書類を差し出した。
「監査命令の起案記録だ」
俺は受け取った。
そこには、監査の目的が記載されていた。
『ヒスパニア交易における不正の有無を確認する』
ここまでは普通だ。
だが、その下に、追加の項目があった。
『軍需物資の輸送経路および補給計画の確認』
俺は眉をひそめた。
「……やはり」
ハンノは頷いた。
「そうだ」
俺は続けて読んだ。
そして、最後の欄で手が止まった。
『監査実施提案者 アズバル・ハンノン』
俺は深く息を吐いた。
「……予想どおりですね」
ハンノは頷いた。
「ただし、これだけでは不正とは言えない」
俺も頷いた。
「そうですね」
ハンノは続けた。
「軍需物資の輸送状況を確認すること自体は、政府の仕事でもある」
「はい」
「問題は、なぜ商会の特別監査という形で行おうとしたのかだ」
俺は頷いた。
「そこですね」
ハンノは静かに言った。
「さらに、気になることがある」
俺は顔を上げた。
「何でしょう?」
「今回の監査で集められた資料の一部が、すでに別の部署へ送られている」
俺は眉をひそめた。
「別の部署?」
「そうだ」
「どこですか?」
ハンノは答えた。
「対外交易を担当する役所だ」
俺は少し考えた。
「……軍の資料を、交易担当の役所へ?」
ハンノは頷いた。
「そうだ」
俺は深く息を吐いた。
「……用途が分かりませんね」
ハンノは静かに言った。
「しかも、その部署にはアズバル・ハンノンの支持者が多い」
俺は黙った。
これは、かなり危険だ。
俺は尋ねた。
「資料の内容は分かりますか?」
ハンノは頷いた。
「一部は確認できた」
そして、書類を差し出した。
そこには、商会の輸送記録が記載されていた。
穀物。
鉄材。
木材。
船舶輸送。
そして、軍への納入記録。
俺は確認した。
「……過去の記録ですね」
ハンノは頷いた。
「そうだ」
俺は少し安心した。
少なくとも、将来の輸送予定ではない。
だが、ハンノは続けた。
「問題は、その記録を使って何をしようとしているかだ」
俺は顔を上げた。
「……どういうことです?」
ハンノは静かに答えた。
「バアルハンノ商会が、ヒスパニア方面の軍需物資輸送契約を一括で引き受ける提案をしている」
俺は黙った。
「……一括?」
「そうだ」
ハンノは続けた。
「現在は複数の商会が担当している輸送を、バアルハンノ商会へ集約するという計画だ」
俺は深く息を吐いた。
「……ほう」
つまり、俺たちの商会の輸送記録を調べる。
その内容を使って、軍の輸送契約を再編する。
そして、バアルハンノ商会が一括で引き受ける。
俺は静かに呟いた。
「……商会の監査を、競争相手の排除に利用するつもりですか」
ハンノは頷いた。
「その可能性がある」
俺は少し考えた。
そして言った。
「ハンノ殿」
「何だ?」
「その一括契約案を、正式に比較検討することはできますか?」
ハンノは首を傾げた。
「比較?」
俺は頷いた。
「はい」
「何と比較する?」
俺は答えた。
「複数の商会による分散輸送です」
ハンノは考え込んだ。
俺は続けた。
「一括契約なら、管理は簡単になるかもしれません」
「そうだな」
「ですが、一社が輸送できなくなった場合、軍全体の補給が止まる危険があります」
ハンノは頷いた。
「確かに」
俺は続けた。
「さらに、価格が適切かどうかも比較する必要があります」
ハンノは少し笑った。
「……また数字か」
俺も笑った。
「はい」
俺は紙を取り出した。
そして、簡単な比較表を書いた。
一括輸送方式。
複数商会方式。
それぞれの長所と短所。
一括輸送方式は、契約管理が簡単になる。
だが、一社への依存が大きくなる。
複数商会方式は、管理が複雑になる。
だが、一社が失敗しても、ほかの商会が補える可能性がある。
俺は続けた。
「重要なのは、価格だけではありません」
ハンノが頷いた。
「ほう」
「輸送の確実性です」
俺は答えた。
「軍の食料が一日遅れるだけでも、作戦に影響する可能性があります」
ハンノは真剣な表情になった。
「……そのとおりだ」
俺は続けた。
「だから、輸送契約を決めるときには、費用だけでなく、遅延や輸送不能の危険も評価するべきです」
ハンノは頷いた。
「分かった。
検討させよう」
数日後。
カルタゴ政府で、軍需物資輸送契約の見直しが議題になった。
バアルハンノ商会は、一括契約の利点を強く主張した。
「輸送を一元管理すれば、費用を削減できます!」
商会の代表が言った。
「契約管理も簡単になります!」
一部の政治家が頷いた。
だが、俺は静かに手を挙げた。
「一つ、確認してもよろしいでしょうか?」
議長が頷いた。
「アドン殿、どうぞ」
俺は尋ねた。
「輸送費用は、現在よりどれくらい削減できる予定ですか?」
代表は答えた。
「一割程度です」
俺は頷いた。
「ほう」
そして続けた。
「その計算には、輸送不能時の代替手段の費用も含まれていますか?」
代表は黙った。
俺は続けた。
「例えば、船が沈んだ場合」
「……」
「港が封鎖された場合」
「……」
「あるいは、商会が必要な船を確保できなかった場合」
代表は眉をひそめた。
「そのようなことは、滅多にありません」
俺は頷いた。
「そうですね」
そして静かに言った。
「ですが、戦争中には起こり得ます」
会議室が静かになった。
俺は続けた。
「一割の費用削減は魅力的です」
「……」
「ですが、その代わりに軍の補給が止まる危険が大きくなるなら、慎重に判断する必要があります」
ハンノが頷いた。
俺はさらに続けた。
「複数の商会を使えば、輸送経路も分散できます」
「……」
「一つの港が使えなくなっても、別の港から運べる可能性があります」
議長が考え込んだ。
「……ほう」
俺は静かに言った。
「軍の補給は、最も安い方法だけで決めるべきではありません」
会議の結果。
バアルハンノ商会への一括契約は、すぐには承認されなかった。
代わりに、複数の方式を比較することになった。
俺は少し安心した。
だが、アズバル・ハンノンは不満そうだった。
会議が終わった後。
彼が俺に近づいてきた。
「アドン殿」
「はい」
「君は、本当に面倒な商人だな」
俺は苦笑した。
「よく言われます」
アズバルは笑わなかった。
「……カルタゴのために働いているつもりか?」
俺は頷いた。
「もちろんです」
アズバルは静かに言った。
「だが、君の行動によって、軍の補給が混乱する可能性もある」
俺は答えた。
「だからこそ、慎重に検討するべきだと思っています」
アズバルは黙った。
そして、低い声で言った。
「……若い商人が、国家の仕事に口を出しすぎるな」
俺は静かに答えた。
「商人の仕事が、国家の補給に関わっているからです」
アズバルは俺を見つめた。
そして、何も言わずに立ち去った。
その夜。
俺は父の商会へ戻った。
父が尋ねた。
「どうだった?」
俺は答えた。
「一括契約は、ひとまず保留になった」
父は深く息を吐いた。
「……そうか」
俺は頷いた。
「ただし、まだ終わっていない」
父も頷いた。
「そうだろうな」
俺は続けた。
「共同倉庫計画も進めよう」
父は少し笑った。
「もちろんだ」
翌日。
俺たちは中小商人たちを集めた。
共同倉庫の説明会だ。
参加したのは、十二の商会。
穀物商。
布商。
陶器商。
金属商。
そして、船舶輸送を扱う商人。
俺は説明した。
「今回の計画は、特定の商会に依存しない倉庫を作ることが目的です」
商人たちが頷いた。
俺は続けた。
「出資額に応じて利益を分配します」
「……」
「ただし、倉庫の利用については、特定の出資者が独占できないようにします」
一人の商人が尋ねた。
「大きく出資した者が、優先的に使えないのか?」
俺は答えた。
「一定の優先枠は認めてもよいと思います」
「ほう」
「ですが、倉庫全体を独占することはできません」
商人は考え込んだ。
「……悪くないな」
さらに、別の商人が尋ねた。
「管理は誰が行う?」
俺は答えた。
「出資者から管理人を選びます」
「一番多く出資した商会が決めるのか?」
俺は首を振った。
「それだと、結局一社の支配になってしまいます」
商人たちが顔を見合わせた。
俺は続けた。
「重要な決定については、複数の商会の承認を必要とする仕組みにしたいと思います」
一人の商人が笑った。
「……面倒だな」
俺も笑った。
「少し面倒なくらいが、ちょうどいいんです」
商人たちが笑った。
説明会の結果。
十二の商会のうち、九つが出資に前向きだった。
俺は少し安心した。
だが、問題は土地だ。
港の近くには、空いている土地が少ない。
しかも、バアルハンノ商会と関係の深い地主が多い。
俺は地図を見つめた。
「……また場所の問題か」
父が笑った。
「どうする?」
俺は少し考えた。
そして、答えた。
「港の外側も調べてみよう」
父は首を傾げた。
「外側?」
「うん」
俺は頷いた。
「港のすぐ近くでなくても、荷車で運べる距離なら倉庫を作れる」
父は考え込んだ。
「……ほう」
俺は続けた。
「ただし、道路の整備が必要になるかもしれない」
父は笑った。
「また道を作るのか?」
俺も笑った。
「必要ならね」
数日後。
俺たちは港から少し離れた場所に、共同倉庫の候補地を見つけた。
土地は広い。
道路も近い。
そして、港まで荷車で運べる距離だった。
俺は地図を確認した。
「……ここならいけそうだ」
メルカルが頷いた。
「はい」
だが、そのとき。
土地の管理者が、思いがけないことを言った。
「この土地を借りたいのか?」
俺は頷いた。
「はい」
管理者は少し考えた。
そして答えた。
「……残念だが、貸せない」
俺は眉をひそめた。
「なぜです?」
管理者は答えた。
「すでに別の商会から話が来ている」
俺は顔を上げた。
「どこの商会ですか?」
管理者は静かに答えた。
「バアルハンノ商会だ」
俺は深く息を吐いた。
「……またか」
その日の夜。
俺は宿で地図を広げていた。
港。
倉庫。
道路。
土地。
そして、バアルハンノ商会が押さえている場所。
俺は静かに呟いた。
「……土地まで先回りされているのか」
だが、父は落ち着いていた。
「アドン」
「何?」
「商売には、こういうこともある」
俺は頷いた。
「そうだね」
父は続けた。
「大事なのは、相手が押さえていない場所を探すことだ」
俺は笑った。
「分かってる」
そして、地図を見つめた。
「……港の外側に、まだ使える土地はあるはずだ」
翌朝。
俺たちは別の候補地を探し始めた。
だが、その途中。
メルカルが慌てて駆け込んできた。
「アドン様!」
「どうした?」
「ハミルカル将軍から、急ぎの書簡です!」
俺は顔を上げた。
「将軍から?」
メルカルは頷いた。
「はい!」
俺は書簡を受け取った。
そして、封を開いた。
そこには、こう書かれていた。
『アドン殿。
軍の補給情報に関する報告を確認した。
今回の監査について、軍としても重大な問題があると判断している。
ただし、さらに気になる情報がある。
最近、ヒスパニア方面の一部の補給物資について、輸送予定が外部へ漏れている可能性がある。
実際に、補給船の到着を待ち伏せするような動きが確認された。
至急、原因を調べたい。』
俺は息を呑んだ。
「……何だって?」
メルカルが尋ねた。
「どうしました?」
俺は静かに答えた。
「軍の補給予定が、誰かに漏れているかもしれない」
メルカルの顔色が変わった。
「……まさか」
俺は深く息を吐いた。
そして、監査の記録を思い出した。
監査官たちが求めていた輸送予定表。
別の部署へ送られた資料。
そして、バアルハンノ商会への一括輸送契約案。
俺は静かに呟いた。
「……つながっているのか?」
だが、まだ証拠はない。
俺は書簡を握りしめた。
「……今度は、商売の問題じゃ済まないな」
軍の補給情報が漏れれば、兵士たちの命に関わる。
そして、もしその情報が意図的に外部へ渡されているなら。
カルタゴの内部に、軍の安全を危険にさらしている者がいることになる。
俺は深く息を吐いた。
「……よし」
メルカルが尋ねた。
「どうするんですか?」
俺は答えた。
「まず、どの情報が漏れたのか確認する」
そして、続けた。
「その情報を知っていた人間を調べる」
メルカルは頷いた。
「分かりました」
俺は静かに言った。
「情報が漏れた場所を突き止めない限り、どれだけ補給を増やしても意味がない」
だが、このときの俺には、まだ知る由もなかった。
ハミルカル将軍が疑っていた情報漏洩は、単なる商会の不正ではなかったことを。
そして、その背後には――カルタゴ軍の内部にいる人物まで関わっている可能性があった。




