第百三十四話 ローマとの和平から十年が過ぎたので、カルタゴがどう変わったか調べてみた
紀元前191年。
カルタゴ。
和平から十年。
街は、かつての姿を大きく変えていた。
港には大型商船が並び、倉庫には各地から運ばれた商品が積み上げられている。
内陸へ続く街道は整備され、農村からの輸送も安定していた。
俺はメルカルとともに、十年間の変化をまとめていた。
「……ずいぶん増えましたね」
メルカルが帳簿を見ながら言った。
「何が?」
「交易量です」
俺は頷いた。
「そうだね」
「戦争が終わった直後と比べると、港の取扱量が大きく増えています」
「道路の整備も効いているんだろうね」
メルカルは続けた。
「それから、農村の収穫量も回復しています」
俺は笑った。
「いいことだ」
俺たちは、十年間の変化を整理した。
港湾施設の修復。
道路の整備。
農地の回復。
徴税制度の改善。
帰還兵の雇用。
そして、ローマとの交易再開。
もちろん、問題がなくなったわけではない。
地域による貧富の差。
土地の所有をめぐる争い。
商人同士の競争。
そして、政治的な対立。
だが、少なくともカルタゴは、戦争で失ったものを少しずつ取り戻していた。
その日の午後。
俺は市場を歩いていた。
ローマから来た商人。
ヌミディアから来た商人。
ヒスパニアから来た商人。
そして、ギリシアから来た商人。
さまざまな言葉が飛び交っている。
俺は、ある店の前で足を止めた。
店主が声をかけてきた。
「旦那、いい品があるよ!」
俺は笑った。
「何ですか?」
「イタリア産の陶器だ!」
俺は思わず笑った。
「ローマの商品ですか?」
「そうだよ。
最近はよく売れるんだ」
俺は陶器を手に取った。
戦争中なら、敵国の商品だった。
だが、今では普通に市場で売られている。
俺は小さく呟いた。
「……いい時代になったな」
その夜。
俺はハンニバルと会った。
彼は、すでに政務の第一線から退き、静かな生活を送っていた。
「アドン」
「はい」
「十年ですね」
俺は頷いた。
「そうですね」
ハンニバルは笑った。
「ザマから、もう十年ですか」
「早いものですね」
俺は、十年間の財政資料を見せた。
ハンニバルは、ゆっくり目を通した。
そして、静かに頷いた。
「……よく立て直しましたね」
俺は首を振った。
「みんなでやったことです」
「そうですね」
ハンニバルは窓の外を見た。
「戦争が終わったとき、私は国がどこまで回復できるか不安でした」
「……」
「ですが、今は違います」
俺は頷いた。
「はい」
ハンニバルは微笑んだ。
「カルタゴは、もう一度豊かになれる」
俺は答えた。
「きっと、なれます」
そのとき。
ハンニバルが、ふと尋ねた。
「アドン」
「はい」
「あなたは、いつまで働くつもりですか?」
俺は驚いた。
「……え?」
「もう十分、国のために働いたでしょう」
俺は笑った。
「そうかもしれませんね」
「少し休んではどうです?」
俺は考えた。
戦争中は、休む暇がなかった。
戦争が終わってからも、財政改革や復興事業に追われていた。
気がつけば、長い年月が過ぎていた。
俺は静かに言った。
「……そろそろ、若い人たちに任せてもいいかもしれませんね」
ハンニバルは頷いた。
「それがいいでしょう」
その夜。
俺は自分の事務所へ戻った。
机の上には、十年前と同じように帳簿が積まれていた。
だが、内容はまったく違う。
軍隊への食料輸送ではない。
港の取引記録。
農村の収穫量。
道路の利用状況。
そして、商人たちの契約書。
俺は、それらを一冊ずつ閉じた。
「……そろそろ、次の世代に任せようか」
メルカルが顔を上げた。
「本当ですか?」
俺は頷いた。
「うん」
メルカルは笑った。
「やっと休む気になったんですね」
俺も笑った。
「長かったな」




