第百三十一話 ローマとマケドニアが戦争を始めたので、カルタゴは中立を守ることにした
紀元前198年。
カルタゴ。
ローマとマケドニアの対立が、ついに戦争へと発展した。
マケドニア王フィリッポス五世。
ギリシア世界に大きな影響力を持つ王だった。
一方のローマは、第二次ポエニ戦争でカルタゴに敗北したものの、依然として強大な軍事力を持っている。
そして今、両国はギリシアの覇権をめぐって争っていた。
俺は港の事務所で、その報告書を読んでいた。
「……やっぱり始まったか」
メルカルが顔を上げた。
「また戦争ですか?」
「そうだね」
「今度はカルタゴも参加するんですか?」
俺は首を振った。
「参加しない」
「でも、ローマが負ければカルタゴにとって有利なのでは?」
俺は地図を広げた。
「短期的にはそうかもしれない」
「では?」
「だけど、マケドニアが勝ちすぎても困る」
メルカルは首を傾げた。
「どうしてです?」
「今度はマケドニアが地中海の交易を支配しようとするかもしれないからだ」
俺は地図の中央を指差した。
「カルタゴに必要なのは、ローマの代わりに別の強国が現れることじゃない」
「……」
「どの国とも交易できる海なんだ」
その日の午後。
俺はハンニバルと会った。
「ローマとマケドニアの戦争について、カルタゴは中立を守るべきだと思います」
ハンニバルは頷いた。
「私も同じ考えです」
「ただし、商船の安全は確保したいです」
「当然ですね」
俺は続けた。
「両国に対して、カルタゴの商船を攻撃しないよう申し入れたいと思います」
ハンニバルは笑った。
「また商売ですか?」
俺も笑った。
「最後まで商売ですよ」
数週間後。
カルタゴ元老院は、ローマとマケドニアの戦争に介入しないことを決定した。
両国に対して、中立を宣言する。
軍需物資の取引には一定の制限を設ける。
そして、商船の安全確保を求める。
もちろん、すべての国がカルタゴの中立を尊重する保証はなかった。
だが、少なくともカルタゴは、自ら戦争を広げる道を選ばなかった。
その夜。
俺は港を歩いていた。
戦争中は、軍船ばかりが目立っていた港。
今では、商船が増えている。
穀物を運ぶ船。
陶器を積む船。
木材を降ろす船。
そして、遠い国からやってきた商人たち。
メルカルが言った。
「……平和になりましたね」
俺は頷いた。
「そうだね」
「もう、ローマと戦うことはないんでしょうか?」
俺は海を見つめた。
「分からない」
「……」
「でも、戦わなくても済むように努力することはできる」
メルカルは頷いた。
俺は小さく笑った。
「それで十分だと思う」




