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転生したらカルタゴ人だったので、ハンニバルを勝たせてローマに勝利します  作者: レモンティー


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第十三話 味方の不正を暴いたら、カルタゴの大商会を敵に回した

サルバルに案内された建物の中には、大きな木箱が置かれていた。

「これだ」

サルバルが蓋を開ける。

中には、何枚もの木板と羊皮紙が入っていた。

古い取引記録だった。

「父が残したものだ」

俺は一枚を手に取った。

馬の数量。

取引価格。

引き渡し日。

そして、代金の支払い条件。

記録はかなり細かく残されていた。

「……これは」

俺は思わず呟いた。

サルバルが冷たく言った。

「読めるか?」

「はい」

俺は頷いた。

「商会の帳簿は見慣れていますから」

そして、取引先の名前を確認した。

バアルハンノ商会。

カルタゴ本国でも有力な商会の一つ。

穀物と海上輸送を扱い、軍への物資供給にも関わっている。

そして、俺が本国で軍事費の説明をしたとき、最初に協力してくれた商人の商会だった。

道路整備への出資。

軍需物資の長期契約。

港湾設備の共同利用。

どれも前向きに検討してくれた。

その商会が、ヌミディアとの取引で問題を起こしていたという。

俺は記録を見つめた。

「……困ったな」

サルバルが鼻を鳴らした。

「どうした? 知っている商会なのか?」

「はい」

「やはりな」

サルバルの表情が険しくなった。

「お前も連中の仲間か」

俺は首を振った。

「取引関係はありますが、この件については何も知りませんでした」

「信用できると思うか?」

「今すぐ信用していただけるとは思っていません」

俺は答えた。

「だから、まず記録を確認させてください」

サルバルはしばらく俺を睨んでいた。

そして、椅子に座った。

「好きにしろ」

俺は記録を一枚ずつ確認した。

取引された馬は百二十頭。

そのうち、軍用に適すると評価された馬が八十六頭。

残りは輸送用や一般の乗用馬として扱われていた。

契約では、引き渡し後三十日以内に代金を支払うことになっている。

だが、支払い記録を見ると、全額は支払われていなかった。

「……半分も払われていない」

俺が呟くと、サルバルが頷いた。

「そうだ」

「催促は?」

「何度もした」

サルバルは別の羊皮紙を取り出した。

そこには、代金の支払いを求める文書の写しが残っていた。

俺は日付を確認した。

最初の催促。

二度目の催促。

三度目の催促。

そして、最後の返答。

『納入された馬の品質に問題があったため、残金の支払いを保留する』

俺は眉をひそめた。

「品質に問題?」

サルバルが怒ったように言った。

「馬はすべて引き渡した!」

「検査は行われたんですか?」

「当然だ!」

サルバルは別の木板を取り出した。

そこには、受領した馬の頭数と状態が記録されていた。

さらに、カルタゴ側の受領担当者の印もある。

俺は目を細めた。

「……検査に合格している」

「そうだ!」

「それなのに、後から品質不良を理由に支払いを止めたんですね」

サルバルは頷いた。

「父は何度も抗議した」

「……」

「だが、カルタゴの商会は取り合わなかった」

俺は記録を並べた。

取引契約。

受領記録。

支払い記録。

催促状。

そして、支払い拒否の通知。

少なくとも、書類を見る限りではサルバル側の主張に根拠があった。

ただし、これだけで不正と断定することはできない。

カルタゴ側にも別の記録が残っているかもしれない。

俺は顔を上げた。

「サルバル殿」

「何だ?」

「この記録を写させていただけませんか?」

「何のために?」

「カルタゴ側の帳簿と照合するためです」

サルバルは腕を組んだ。

「……それで何が分かる?」

「少なくとも、代金がどこで止まったのか分かる可能性があります」

「分かったところで、どうする?」

俺は答えた。

「支払うべき代金なら、支払いを求めます」

サルバルは冷たく笑った。

「相手はカルタゴの大商会だぞ」

「分かっています」

「お前のような若い商人が、何を言っても相手にされん」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「だから、相手にされる方法を考えます」

サルバルは黙った。

俺は続けた。

「商人が一番困るのは、信用を失うことです」

サルバルが顔を上げた。

「信用?」

「はい」

俺は頷いた。

「もし取引上の不正が明らかになれば、ほかの商人もその商会との取引を警戒するでしょう」

「……ほう」

「ただし、証拠が必要です」

俺は記録を指差した。

「だから、まず事実を確認します」

サルバルはしばらく俺を見つめた。

そして、ゆっくり頷いた。

「……いいだろう」

その日の夕方。

俺はアミラルと話し合った。

「アドン殿」

「はい」

「どうでした?」

「取引記録を確認しました」

「問題はありましたか?」

「かなりあります」

俺は記録の写しを見せた。

アミラルは目を通した。

そして、深く息を吐いた。

「……やはり」

「ご存じだったんですか?」

「詳しい内容までは知りませんでした」

アミラルは答えた。

「ですが、カルタゴ商人との取引で損をしたという話は、ほかにもあります」

俺は顔を上げた。

「ほかにも?」

「はい」

嫌な予感がした。

「どれくらいあるんですか?」

アミラルは少し考えた。

「正確には分かりません」

「……」

「ですが、馬の代金が遅れた話や、交換した商品の品質が悪かった話は何度も聞いています」

俺は額を押さえた。

一件だけではないのか。

これは、もっと根が深い問題かもしれない。

「アミラル殿」

「はい」

「ヌミディアで、カルタゴとの交易に不満を持っている人たちの話を集められますか?」

「何をするつもりです?」

「問題の規模を調べたいんです」

アミラルは頷いた。

「分かりました」

俺は続けた。

「ただし、噂だけではなく、取引記録が残っているものを優先してください」

「なぜです?」

「相手に説明するとき、証拠が必要だからです」

アミラルは少し笑った。

「本当に商人らしいですね」

俺も笑った。

「数字と記録がないと、話が進みませんから」

それから十日間。

俺はヌミディア各地の商人たちから話を聞いた。

馬を売った者。

家畜を売った者。

皮革を売った者。

穀物と交換した者。

さまざまな取引があった。

そして、問題もさまざまだった。

代金の未払い。

支払いの遅延。

契約後の一方的な値下げ。

交換商品の品質不良。

輸送中の損失を、すべて売り手に負担させる契約。

もちろん、問題のない取引も多かった。

だが、悪質な事例がいくつか見つかった。

俺はそれらを分類した。

まず、契約違反の可能性があるもの。

次に、契約自体が不公平なもの。

そして、双方の認識が違っているもの。

この三つは分けて考える必要がある。

例えば、代金を支払わないのは明確な問題だ。

だが、価格が安かったというだけでは、不正とは限らない。

売り手が納得して契約したなら、それは取引の結果だからだ。

ただし、相手が情報を持っていないことを利用して、不当に有利な条件を押しつける商人もいる。

それが繰り返されれば、信用は失われる。

俺は集めた記録を見つめた。

「……これを放置したら、ヌミディアが離れるのも当然だな」

調査を終えた俺は、ヒスパニアへ戻った。

ハミルカルに報告するためだ。

司令部に到着すると、将軍はすぐに会ってくれた。

「戻ったか、アドン」

「はい」

「ヌミディアはどうだった?」

俺は答えた。

「交易上の問題が見つかりました」

「問題?」

「はい」

俺は記録を広げた。

未払い。

契約違反。

品質問題。

そして、カルタゴ商人への不信感。

ハミルカルは黙って読んでいた。

やがて、低い声で言った。

「……ひどいな」

俺は頷いた。

「一部の商会の行為が、カルタゴ全体への不信感につながっています」

「ほう」

「しかも、ヌミディアの一部勢力は、ローマとの交易を検討しています」

ハミルカルの表情が険しくなった。

「ローマか」

「はい」

俺は続けた。

「このままでは、将来の軍事協力にも影響する可能性があります」

ハミルカルは腕を組んだ。

「何か対策はあるか?」

「あります」

俺は新しい提案書を広げた。

『ヌミディア交易信用回復計画』

ハミルカルは目を細めた。

「信用回復?」

「はい」

俺は説明した。

「まず、過去の取引を調査します」

「うむ」

「次に、未払いが確認されたものについては、支払いを求めます」

「当然だな」

「そして、今後の取引について、価格や品質の確認方法を明確にします」

ハミルカルは頷いた。

「それだけか?」

「いいえ」

俺は続けた。

「ヌミディア側にも、取引記録を保管する仕組みを作りたいと思っています」

「記録?」

「はい。

売り手と買い手が同じ内容の契約書を持つんです」

「ほう」

「そうすれば、後から条件を変えることが難しくなります」

ハミルカルは頷いた。

「よい考えだ」

だが、俺は少し躊躇した。

「ただし、問題があります」

「何だ?」

「今回の未払いには、本国の有力商会が関わっています」

ハミルカルは俺を見た。

「どこだ?」

俺は答えた。

「バアルハンノ商会です」

将軍の表情が変わった。

「……バアルハンノか」

「はい」

「本国でお前に協力した商人ではないか」

「そうです」

ハミルカルはしばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「厄介な相手だな」

俺は頷いた。

「ですが、放置できません」

ハミルカルは俺を見た。

「どうするつもりだ?」

俺は答えた。

「カルタゴ本国へ行き、直接確認します」

その夜。

俺はハンニバルに呼ばれた。

「アドン」

「はい」

「ヌミディアで問題が見つかったそうだな」

「はい」

「父上から聞いた」

ハンニバルは少し考えた。

「バアルハンノ商会というのは、有力な商会なのか?」

「かなり有力です」

「ならば、簡単には動かせないな」

「そうですね」

ハンニバルは腕を組んだ。

「軍隊なら、命令で動かせることもある」

俺は頷いた。

「はい」

「だが、商人はそうはいかんのか」

「商人にも法律や契約があります」

俺は答えた。

「ただし、力のある商人ほど、交渉が難しいこともあります」

ハンニバルは考え込んだ。

そして尋ねた。

「もし、その商会が支払いを拒否したらどうする?」

俺は答えた。

「まず、理由を聞きます」

「それでも拒否したら?」

「記録を確認し、正式な手続きで請求します」

「それでも駄目なら?」

俺は少し考えた。

「取引先を変えることも検討します」

ハンニバルは驚いた。

「軍の取引先を?」

「はい」

俺は頷いた。

「信用できない商会に軍の補給を任せるのは危険です」

ハンニバルは黙った。

俺は続けた。

「戦争が始まってから、約束した物資が届かなかったら困りますから」

ハンニバルはゆっくり頷いた。

「ほう」

そして、静かに言った。

「アドン」

「はい」

「お前は、味方にも厳しいな」

俺は苦笑した。

「味方だからこそ、約束を守ってほしいんです」

ハンニバルは少し笑った。

「……そうか」

数日後。

俺は再びカルタゴ本国へ向かった。

今回は、ヒスパニアの軍事費ではなく、ヌミディアとの交易問題を解決するためだ。

船の上で、俺は集めた記録を確認した。

契約書。

受領記録。

支払い記録。

催促状。

そして、ヌミディア側の証言。

証拠はある。

だが、相手は有力商会だ。

簡単には認めないだろう。

俺は海を見つめた。

「……さて、どうするかな」

バアルハンノは以前、俺の提案を評価してくれた。

道路整備への出資にも前向きだった。

だが、今回は彼の商会に不利な話を持っていく。

場合によっては、完全に敵対することになるかもしれない。

それでも、避けて通るわけにはいかなかった。

カルタゴへ到着した翌日。

俺はバアルハンノ商会を訪れた。

以前と同じ、大きな建物だった。

使用人に案内され、奥の部屋へ通される。

しばらくして、バアルハンノが現れた。

「おお、アドン!」

男は笑顔だった。

「久しぶりだな!」

「ご無沙汰しております」

「ヒスパニアの件は順調か?」

「はい。

おかげさまで」

「それはよかった」

バアルハンノは椅子に座った。

「今日は何の相談だ?」

俺は少し考えた。

そして、持参した書類を机に置いた。

「ヌミディアとの取引について、お伺いしたいことがあります」

バアルハンノの笑顔が消えた。

「……ヌミディア?」

「はい」

「何の話だ?」

俺は答えた。

「以前、サルバル殿の父親と行った馬の取引です」

バアルハンノは黙った。

俺は続けた。

「その取引で、代金の一部が未払いになっているという記録があります」

しばらく沈黙が続いた。

そして、バアルハンノが低い声で言った。

「……アドン」

「はい」

「その話を、どこで聞いた?」

「ヌミディアで、直接調べました」

バアルハンノは俺を見つめた。

「余計なことをしたな」

俺は黙った。

男はゆっくり立ち上がった。

「君は、私が協力したからこそ、本国の商人たちと話ができたのではないか?」

「はい。

その点は感謝しています」

「ならば、なぜ私の商会を疑う?」

俺は答えた。

「疑っているのではありません。

事実を確認したいんです」

バアルハンノは冷たく笑った。

「同じことだ」

そして、机を叩いた。

「商人の取引には、表に出せない事情もある!」

俺は頷いた。

「それは理解しています」

「ならば、口を出すな」

俺は首を振った。

「それはできません」

バアルハンノの目が鋭くなった。

「……何?」

俺は静かに答えた。

「この問題が原因で、ヌミディアの一部勢力がローマとの関係を強めようとしています」

バアルハンノは黙った。

「一つの取引の問題では済まなくなっています」

「……」

「カルタゴ全体の利益に関わる問題です」

バアルハンノはしばらく俺を見つめた。

そして、低い声で言った。

「君は、私を敵に回すつもりか?」

俺は答えた。

「敵にしたいわけではありません」

「ならば、黙っていろ」

「ですが、未払いが事実なら、解決する必要があります」

バアルハンノは黙った。

俺は続けた。

「そのために、商会側の記録を確認させていただきたいんです」

男はしばらく考えていた。

そして、冷たく言った。

「……断る」

俺は黙った。

「この件は終わりだ」

バアルハンノは立ち上がった。

「帰りたまえ」

俺はゆっくり頷いた。

「分かりました」

そして、書類をまとめた。

だが、扉へ向かう前に振り返った。

「バアルハンノ殿」

「何だ?」

「私は、あなたの商会を潰したいわけではありません」

男は黙った。

「ただ、ヌミディアとの信用を取り戻したいんです」

「……」

「そのためには、過去の問題を解決する必要があります」

バアルハンノは答えなかった。

俺は頭を下げ、部屋を出た。

商会を出た俺は、大きく息を吐いた。

「……やっぱり、簡単にはいかないか」

だが、予想していたことでもある。

相手は有力商会だ。

簡単に非を認めるはずがない。

俺は父の商会へ戻った。

すると、父が待っていた。

「アドン」

「ただいま」

「バアルハンノ殿に会ってきたそうだな」

「うん」

父は少し困った顔をした。

「……何を話した?」

俺は事情を説明した。

ヌミディアでの未払い。

取引記録。

そして、バアルハンノの拒否。

父は黙って聞いていた。

やがて、深く息を吐いた。

「……厄介なことになったな」

「そうだね」

「バアルハンノ商会は、我々にとっても重要な取引先だ」

「分かってる」

「関係が悪くなれば、うちの商会にも影響する」

俺は頷いた。

「ごめん」

父は首を振った。

「謝る必要はない」

俺は顔を上げた。

父は静かに言った。

「お前が調べたことは、間違っていないのだろう?」

「少なくとも、ヌミディア側の記録には根拠がある」

「ならば、確認する必要がある」

「でも、相手は帳簿を見せてくれない」

父は少し考えた。

そして言った。

「……別の方法がある」

俺は顔を上げた。

「別の方法?」

父は頷いた。

「商会の帳簿が見られなくても、取引に関わった者の記録なら残っているかもしれない」

「取引に関わった者?」

「船主だ」

俺は目を見開いた。

「……ほう!」

父は続けた。

「馬を運んだ船。

港で荷を受け取った者。

軍へ引き渡した者」

俺は頷いた。

「それぞれに記録があるはずだ」

父は笑った。

「商売というのは、一つの商会だけで完結するものではないからな」

俺は思わず笑った。

「ありがとう、父さん!」

父は頷いた。

「ただし、気をつけろ」

「何に?」

「相手は大商会だ」

父は真剣な表情になった。

「証拠を集めるなら、最後まで集めろ」

俺は頷いた。

「分かった」

それから数日間。

俺は港で取引記録を調べた。

馬を運んだ船。

荷を降ろした倉庫。

受領を確認した担当者。

そして、軍へ馬を引き渡した記録。

すると、少しずつ事実が見えてきた。

馬は確かに百二十頭運ばれていた。

港での受領記録も残っている。

さらに、軍への引き渡し記録もあった。

つまり、馬は確かにカルタゴ側へ渡っている。

問題は、その後だった。

俺は一枚の記録を見つめた。

「……おかしいな」

軍への引き渡し価格が、ヌミディアからの購入価格よりかなり高い。

もちろん、輸送費や手数料が加わるのは当然だ。

だが、その差が大きすぎた。

俺はさらに調べた。

すると、驚くべきことが分かった。

バアルハンノ商会は、ヌミディア側への支払いを保留している一方で、軍からは代金を受け取っていたのだ。

しかも、軍への請求には、百二十頭すべてが正常に納入されたと記録されていた。

俺は深く息を吐いた。

「……これは、まずいな」

ヌミディア側には品質不良を理由に支払いを拒否。

だが、軍には正常な馬として納入し、代金を受け取っている。

もし記録が正しければ、説明がつかない。

俺はすべての書類を並べた。

そして、静かに呟いた。

「……ようやく、証拠がそろってきた」

その日の夕方。

俺は父に相談した。

「父さん」

「どうした?」

「軍への納入記録が見つかった」

父は顔を上げた。

「本当か?」

「うん」

俺は書類を見せた。

父は黙って読んだ。

そして、顔をしかめた。

「……これは」

「どう思う?」

父はしばらく考えた。

「少なくとも、説明を求めるだけの根拠はある」

俺は頷いた。

「やっぱり」

「だが、これだけで不正と断定するな」

「分かってる」

父は続けた。

「品質不良が後から見つかった可能性もある」

「そうだね」

「だから、軍の受領担当者にも確認する必要がある」

俺は頷いた。

「明日、会ってみる」

父は静かに言った。

「アドン」

「何?」

「お前は今、大きな商会と争おうとしている」

「……うん」

「だが、忘れるな」

父は俺を見つめた。

「商人の信用は、金より重い」

俺は頷いた。

「分かってる」

「だからこそ、相手の信用を傷つけるなら、間違いがあってはならん」

俺は深く頭を下げた。

「ありがとう」

翌日。

俺は軍の受領担当者を訪ねた。

男の名はマルコン。

かつて軍の馬の調達に関わっていた人物だった。

「ヌミディアの馬?」

マルコンは少し考えた。

「ああ、覚えている」

俺は顔を上げた。

「百二十頭の取引です」

「そうだ」

「馬の品質に問題はありましたか?」

マルコンは首を振った。

「特に大きな問題はなかった」

俺は息を呑んだ。

「本当ですか?」

「ああ。

何頭か疲れていた馬はいたが、長距離輸送の後なら珍しくない」

「ほう」

「しばらく休ませれば問題なかった」

俺は頷いた。

「では、軍はすべて受領したんですね」

「そうだ」

「代金も支払いましたか?」

マルコンは頷いた。

「記録どおり、商会へ支払った」

俺は深く息を吐いた。

これで、かなりはっきりした。

少なくとも、軍は馬を受け取り、商会へ代金を支払っている。

だが、ヌミディア側には代金が届いていない。

俺はマルコンに尋ねた。

「この件について、証言していただくことはできますか?」

マルコンは少し考えた。

「……何か問題があるのか?」

俺は事情を説明した。

マルコンの表情が険しくなった。

「……ほう」

そして、静かに言った。

「分かった。

記録にあることなら証言しよう」

俺は頭を下げた。

「ありがとうございます」

その夜。

俺は机の上にすべての記録を並べた。

ヌミディア側の契約書。

港の受領記録。

軍への納入記録。

軍から商会への支払い記録。

そして、軍の担当者の証言。

俺は一つずつ確認した。

数字はつながっている。

取引の流れも追える。

だが、最後の支払いだけが止まっている。

俺は筆を取った。

『ヌミディア馬取引に関する調査報告書』

そして、事実を整理し始めた。

目的は、バアルハンノ商会を潰すことではない。

未払いの原因を明らかにすること。

必要な支払いを行わせること。

そして、今後同じ問題が起きない仕組みを作ること。

そのためには、正式な場で判断してもらう必要がある。

俺は報告書を書き終えると、封をした。

宛先は――ハンノ。

カルタゴ本国の有力政治家だった。

数日後。

俺はハンノの屋敷へ呼ばれた。

「アドン」

「お久しぶりです」

「報告書を読んだ」

ハンノは机の上の書類を指差した。

「……厄介なものを持ち込んだな」

俺は頭を下げた。

「申し訳ありません」

「謝る必要はない」

ハンノは続けた。

「だが、相手はバアルハンノ商会だ」

「はい」

「カルタゴでも有力な商会の一つだぞ」

「承知しています」

ハンノは俺を見た。

「本当に、この件を正式に調べたいのか?」

俺は頷いた。

「はい」

「商会との関係が悪くなるぞ」

「覚悟しています」

「父親の商会にも影響するかもしれん」

俺は黙った。

それは、最も心配していることだった。

だが、ここで引けば、ヌミディアとの信用は戻らない。

俺は答えた。

「それでも、調べる必要があります」

ハンノはしばらく俺を見つめた。

そして、ゆっくり頷いた。

「……分かった」

俺は顔を上げた。

「では?」

「正式な調査を求めよう」

俺は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

だが、ハンノは続けた。

「ただし、一つ条件がある」

「何でしょう?」

「調査の結果、バアルハンノ商会に問題がなかった場合は、その結果も受け入れることだ」

俺は頷いた。

「もちろんです」

ハンノは少し笑った。

「よろしい」

そして、静かに言った。

「では、カルタゴの評議会にこの件を持ち込もう」

俺は息を呑んだ。

評議会。

カルタゴの政治を動かす有力者たちが集まる場所。

そこへ、一人の商人が調査した取引問題を持ち込む。

これは、思っていた以上に大きな話になりそうだった。

その日の夕方。

俺が父の商会へ戻ると、父が険しい顔で待っていた。

「アドン」

「どうしたの?」

「バアルハンノ商会から連絡が来た」

俺は顔を上げた。

「何て?」

父は一枚の書簡を差し出した。

俺は封を開いた。

そこには、短い文章が書かれていた。

『今後、貴商会との新規取引を停止する。

既存契約についても、更新は行わない方針とする。』

俺は黙った。

ついに来たか。

父は静かに言った。

「……取引を切られた」

俺は書簡を見つめた。

「ごめん、父さん」

父は首を振った。

「謝るな」

「でも、俺のせいで……」

「アドン」

父は俺を見つめた。

「お前は、間違ったことをしたのか?」

俺は少し考えた。

そして答えた。

「……いや」

「ならば、胸を張れ」

父は笑った。

「商人は信用で生きるものだ」

俺は黙った。

「信用を守るために取引を失うこともある」

父は続けた。

「だが、信用を捨ててまで守る取引に、どれほどの価値がある?」

俺は深く息を吐いた。

そして、頷いた。

「……ありがとう」

父は笑った。

「ただし、明日から新しい取引先を探すぞ」

俺も笑った。

「分かった」

その夜。

俺は窓の外を見つめていた。

カルタゴの港には、無数の灯りが見える。

この町は豊かだ。

商人たちが交易を行い、利益を生み出している。

だが、その豊かさの裏には、さまざまな問題がある。

不正。

利害対立。

政治的な駆け引き。

そして、軍事力を巡る争い。

俺は静かに呟いた。

「……ローマと戦う前に、やることが多すぎるな」

だが、これも必要なことだ。

ヌミディアとの信用を回復する。

カルタゴ商人の取引を改善する。

軍の補給を安定させる。

そして、本国とヒスパニアの関係を強くする。

すべて、未来の戦争へつながっている。

俺は机の上の地図を見た。

カルタゴ。

ヒスパニア。

ヌミディア。

ローマ。

そして、ザマ。

前世の歴史では、カルタゴはそこで敗れる。

だが、今はまだ違う。

未来は決まっていない。

俺は小さく笑った。

「……まずは、目の前の問題からだ」

翌日。

カルタゴの評議会で、バアルハンノ商会の取引問題について調査が始まる。

だが、そこで俺は予想もしなかった事実を知ることになる。

未払いの代金は、単に商会の利益として残されていたわけではなかった。

その一部が、カルタゴの有力政治家たちへ流れていたのだ。

そして、その資金の行き先を調べた俺は――カルタゴ本国の政治そのものを揺るがす問題に踏み込むことになるのだった。

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