第十二話 ヌミディアの馬が売れなくなった理由
翌朝。
俺はハミルカル将軍の司令部へ向かった。
昨日、ヌミディアの使節アミラルから聞いた話が、頭から離れなかった。
ヌミディアの一部勢力が、ローマとの関係を強めようとしている。
理由は、カルタゴへの不信感。
そして、その不信感の原因の一つが、カルタゴ商人との交易にあるという。
これは見過ごせない。
前世の歴史では、ザマの戦いでヌミディア騎兵がローマ側についた。
だが、彼らが最初からローマの味方だったわけではない。
ヌミディアには複数の勢力があり、それぞれが自分たちの利益と生存を考えて行動していた。
ならば、今から関係を築けば未来を変えられる可能性がある。
俺は司令部の扉を開けた。
「アドン、どうした?」
ハミルカルが顔を上げた。
「将軍。
ご相談があります」
「何だ?」
「ヌミディアへ行かせていただきたいのです」
ハミルカルは眉を上げた。
「ヌミディア?」
「はい」
「理由は?」
俺は昨夜、アミラルから聞いた話を説明した。
部族同士の対立。
カルタゴへの不信感。
そして、ローマとの接触。
ハミルカルは黙って聞いていた。
「……ほう」
やがて、低い声で言った。
「ヌミディアの有力者たちが、ローマに接近しているというのか」
「一部ですが、そのようです」
「厄介だな」
ハミルカルは腕を組んだ。
「ヌミディアの騎兵は重要な戦力だ」
「はい」
「だが、軍事力で彼らを従わせるのは簡単ではない」
俺は頷いた。
「だからこそ、交易から関係を改善したいんです」
ハミルカルは俺を見た。
「具体的には?」
「まず、カルタゴ商人との取引にどんな不満があるのか調べます」
「それから?」
「問題があるなら、改善します」
ハミルカルは少し笑った。
「簡単に言うな」
「簡単ではないと思います」
俺は答えた。
「ですが、原因を知らなければ何もできません」
ハミルカルはしばらく考えた。
そして頷いた。
「よかろう」
俺は顔を上げた。
「許可していただけますか?」
「ああ。
ただし、条件がある」
「何でしょう?」
「お前はカルタゴ軍の正式な外交使節ではない」
「はい」
「勝手に軍事同盟や領土について約束するな」
「承知しています」
「交易について調べ、必要な提案を持ち帰る。
それがお前の役目だ」
俺は頭を下げた。
「分かりました」
ハミルカルは続けた。
「護衛をつける。
それから、アミラルに現地での安全を確認させろ」
「ありがとうございます」
こうして、俺のヌミディア訪問が決まった。
出発前。
俺は港の商人たちから、ヌミディアとの交易について話を聞いた。
すると、すぐに気になることが見つかった。
「ヌミディアの馬?」
ある商人が顔をしかめた。
「あれは扱いが難しい」
「どうしてですか?」
「値段が安定しないからだ」
「ほう」
「しかも、馬の状態によって価格が大きく変わる」
俺は頷いた。
それは当然だろう。
年齢。
体格。
健康状態。
訓練の程度。
馬は一頭ずつ価値が違う。
「では、価格はどう決めているんですか?」
「買い手が決める」
俺は顔を上げた。
「買い手が?」
「ああ。
港へ連れてきた馬を見て、我々が値段をつける」
「売り手が納得しなかったら?」
商人は肩をすくめた。
「売らなければいい」
「……ほう」
「だが、馬を連れて帰るのも大変だろう?」
俺は黙った。
「だから、多少安くても売る者が多い」
商人は笑った。
俺は笑えなかった。
ほう。
問題が見えてきた。
別の商人にも話を聞いた。
「ヌミディアの馬を買うとき、代金はどう支払っていますか?」
「銀か商品だな」
「商品で支払う場合、交換比率は?」
「そのときの相場だ」
「誰が相場を決めるんですか?」
「我々だ」
またか。
俺は記録した。
さらに話を聞くと、別の問題も見つかった。
馬を売りに来たヌミディア商人が、港で何日も待たされることがある。
その間、馬には飼料と水が必要だ。
宿泊費もかかる。
しかも、取引が成立しなければ、その費用は売り手の負担になる。
つまり、待たせれば待たせるほど、売り手は不利になる。
俺は思わず呟いた。
「……そりゃ、不満も出るよな」
さらに、商品で代金を支払う場合には、品質の悪い布や金属製品を高く評価して渡す商人もいるらしい。
もちろん、すべての商人がそうではない。
誠実な商人も多い。
だが、一部の不正が全体の信用を傷つけていた。
これは以前、ヒスパニアの食料調達で見た問題と同じだった。
一度の取引で得をしようとして、長期的な信用を失っている。
父の言葉が頭に浮かんだ。
『一度の大儲けより、十年続く信用の方が価値がある』
俺は深く息を吐いた。
「……父さんの言うとおりだな」
数日後。
俺はアミラルたちとともに、ヌミディアへ向かった。
まず船で北アフリカの港へ渡り、そこから馬で内陸へ進む。
ヒスパニアとは違う景色が広がっていた。
乾いた大地。
低い丘。
草原。
ところどころに広がる農地。
そして、遠くを走る馬の群れ。
「……すごいな」
俺は思わず呟いた。
アミラルが笑った。
「馬は我々の生活に欠かせません」
「そうでしょうね」
「移動にも使う。
戦いにも使う。
交易にも使う」
俺は頷いた。
「つまり、馬は財産でもあるわけですね」
「そうです」
アミラルは答えた。
「だから、よい馬を安く買い叩かれることを嫌う者も多い」
俺は顔を上げた。
「やはり、交易に問題があるんですね」
アミラルは黙った。
そして、静かに言った。
「……あります」
三日後。
俺たちはヌミディアの有力者が集まる集落へ到着した。
大きな天幕。
家畜の群れ。
馬を扱う人々。
武装した騎兵たち。
その中央に、一際大きな建物があった。
そこで俺たちは、部族の有力者たちと会うことになった。
集まっていたのは五人。
年齢も立場も違う。
アミラルが紹介した。
「こちらがカルタゴの商人、アドン殿です」
俺は頭を下げた。
「お招きありがとうございます」
だが、反応は冷たかった。
一人の男が鼻を鳴らした。
「またカルタゴの商人か」
俺は顔を上げた。
男の名はタルマ。
馬の交易を取り仕切る有力者だった。
「今度は何を安く買いたいんだ?」
俺は答えた。
「今日は馬を買いに来たわけではありません」
タルマは眉をひそめた。
「何?」
「皆さんがカルタゴとの交易に不満を持っていると聞きました」
俺は続けた。
「その理由を教えていただきたいんです」
タルマは笑った。
「理由など簡単だ」
そして、机を叩いた。
「カルタゴの商人は、我々を馬鹿にしている!」
会場が静かになった。
「我々は馬を育てる」
タルマが言った。
「何年もかけて育てる」
俺は頷いた。
「はい」
「よい馬を選び、訓練する」
「はい」
「そして、カルタゴの港まで運ぶ」
「……」
「だが、港へ着くと、商人たちは勝手に値段を下げる!」
俺は黙って聞いていた。
「馬が疲れているから安い」
「年齢が分からないから安い」
「傷があるから安い」
タルマは怒ったように続けた。
「そんな理由を並べて、最初に約束した価格より安く買おうとする!」
俺は頷いた。
「それは問題ですね」
タルマは俺を睨んだ。
「問題?」
「はい」
俺は答えた。
「取引前に価格を約束していたなら、一方的に変更するべきではありません」
タルマは少し驚いた顔をした。
「……お前はカルタゴの商人だろう?」
「そうです」
「仲間をかばわないのか?」
俺は首を振った。
「不正な取引をかばう理由はありません」
会場が静かになった。
俺は続けた。
「ただし、馬の状態によって価格が変わること自体は、仕方がないと思います」
タルマの表情が険しくなった。
「何だと?」
「ですが、その判断基準を事前に決めるべきです」
「判断基準?」
「はい」
俺は紙を取り出した。
「例えば、年齢、健康状態、訓練の程度などを確認し、価格を決めるんです」
タルマは黙った。
「そして、売り手と買い手の双方が納得した条件を書面に残します」
「……」
「港へ着いてから、一方的に価格を変えられないようにするんです」
タルマはしばらく考えた。
そして言った。
「……悪くない」
すると、別の男が口を開いた。
「だが、それだけでは足りん」
名前はサファル。
西方の部族とも交易を行っている商人だった。
「我々は、カルタゴの港で何日も待たされる」
俺は頷いた。
「その話も聞きました」
「馬には餌が必要だ」
「はい」
「水も必要だ」
「そうですね」
「だが、待たされている間の費用は、すべて我々が払っている!」
俺は考えた。
「では、取引場所を変える方法もあります」
サファルは眉をひそめた。
「取引場所?」
「はい」
俺は地図を広げた。
「カルタゴの港まで馬を運ぶのではなく、ヌミディア側の交易拠点で引き渡す方法です」
会場がざわついた。
「我々の土地で?」
「はい」
俺は頷いた。
「カルタゴの商人が買い付けに来るんです」
サファルは考え込んだ。
「……それなら、馬を遠くまで運ぶ必要がない」
「そうです」
「だが、カルタゴ商人は嫌がるだろう」
「そうかもしれません」
俺は答えた。
「ですが、馬を運ぶ途中の損失が減れば、商人にも利益があります」
サファルは顔を上げた。
「どういうことだ?」
「馬が長距離を移動すると、疲労や病気の危険があります」
「当然だ」
「その損失を減らせれば、結果的に安く仕入れられる可能性があります」
サファルは頷いた。
「ほう」
俺は続けた。
「それに、取引場所を複数用意すれば、商人同士が価格を比較できます」
「……」
「売り手も、条件のよい相手を選べるようになります」
タルマが笑った。
「それは面白い!」
だが、そこで一人の老人が口を開いた。
「待て」
会場が静かになった。
老人の名はアゼル。
この地域でも大きな影響力を持つ有力者だった。
「アドンと言ったな」
「はい」
「お前の提案は悪くない」
「ありがとうございます」
「だが、我々が不満を持っている理由は、交易だけではない」
俺は顔を上げた。
「ほかにもあるのですか?」
アゼルは頷いた。
「カルタゴは、我々が必要なときだけ近づいてくる」
俺は黙った。
「馬が必要になれば、使者を送ってくる」
「……」
「騎兵が必要になれば、協力を求める」
「はい」
「だが、我々が困ったとき、カルタゴは何をしてくれる?」
俺は答えられなかった。
アゼルは続けた。
「干ばつで穀物が不足したとき」
「……」
「部族同士の争いが起きたとき」
「……」
「我々が助けを求めても、カルタゴは自分たちの利益を優先する」
俺は静かに頷いた。
「……ほう」
アゼルは俺を見つめた。
「だから、若い者たちは言っている」
「何と?」
「カルタゴだけに頼る必要はない、と」
俺の胸が重くなった。
アゼルは続けた。
「ローマも交易相手になる。
ほかの国もある」
「……」
「なぜ、カルタゴだけを特別扱いしなければならん?」
その質問には、簡単に答えられなかった。
俺は少し考えた。
そして、静かに言った。
「特別扱いする必要はないと思います」
会場がざわついた。
タルマが驚いた。
「何?」
俺は続けた。
「皆さんには、交易相手を選ぶ自由があります」
アゼルは目を細めた。
「カルタゴの商人が、それを認めるのか?」
「はい」
俺は頷いた。
「無理にカルタゴだけと取引してもらっても、長続きしません」
アゼルは黙った。
「だから、カルタゴと取引した方が利益になると思ってもらう必要があります」
「……ほう」
俺は続けた。
「価格が公正であること」
「……」
「約束した代金が支払われること」
「……」
「困ったときに相談できること」
俺は一つずつ説明した。
「そうした関係を作れば、無理に縛らなくても取引は続くと思います」
アゼルはしばらく考えた。
そして、静かに言った。
「……口では何とでも言える」
俺は頷いた。
「そのとおりです」
「では、どうやって信用させる?」
俺は答えた。
「まず、小さな取引から始めます」
「小さな取引?」
「はい」
俺は続けた。
「馬を大量に購入する前に、穀物や農具などの交易を行います」
「……」
「価格と数量を決め、約束どおりに引き渡します」
「それから?」
「何度も取引を繰り返します」
俺は頷いた。
「一度の大きな約束より、小さな約束を何度も守る方が信用につながると思います」
アゼルは黙った。
そして、ゆっくり笑った。
「……面白い若者だ」
会議が終わった後。
アミラルが俺に声をかけてきた。
「アドン殿」
「はい」
「よく話してくれました」
「ありがとうございます」
「ただし、まだ安心はできません」
俺は頷いた。
「分かっています」
「特に、若い有力者たちの中には、カルタゴへの不信感が強い者もいます」
「そうでしょうね」
アミラルは少し考えた。
そして言った。
「明日、一人の男に会ってほしい」
「誰でしょう?」
「馬の交易と騎兵の派遣に、大きな影響力を持つ家の者です」
俺は顔を上げた。
「有力者ですか?」
「はい」
アミラルは頷いた。
「ただし、彼はカルタゴを信用していません」
「理由は?」
アミラルは静かに答えた。
「父親が、カルタゴ軍との取引で大きな損失を出したからです」
俺は黙った。
「それ以来、彼はカルタゴとの関係を見直すべきだと主張しています」
「……ほう」
「そして、ローマとの交易にも関心を持っています」
俺は深く息を吐いた。
また同じ問題だ。
過去の不正。
失われた信用。
そして、新しい交易相手。
一度壊れた信用を取り戻すのは難しい。
だが、放置すればさらに悪くなる。
「分かりました」
俺は答えた。
「会わせてください」
アミラルは頷いた。
「明日の朝、案内します」
その夜。
俺は宿で今日の会議を整理していた。
ヌミディア側の不満。
馬の価格。
取引場所。
支払い方法。
そして、カルタゴへの政治的な不信感。
俺は紙に書いた。
『交易の改善だけでは、同盟関係は維持できない』
その下に続けた。
『相手が困ったときに、何ができるか』
俺は筆を置いた。
「……これが重要なんだよな」
前世の歴史では、カルタゴとヌミディアの関係は大きく変化する。
ある時期には協力し、ある時期には敵対する。
そして、最終的にマシニッサはローマ側につく。
その背景には、単なる金銭だけではない事情があった。
部族間の争い。
王位を巡る対立。
政治的な判断。
そして、生き残るための選択。
俺は窓の外を見た。
夜の草原には、静かな風が吹いていた。
「……未来のマシニッサがローマを選ぶ理由を、今から減らしていくしかない」
ただし、彼自身の利益や判断を無視して、カルタゴへの忠誠だけを求めても意味がない。
カルタゴと協力する方が、彼らにとってもよい未来になる。
そう思ってもらう必要がある。
俺は新しい紙を取り出した。
そして、こう書いた。
『ヌミディア交易改善計画』
内容は五つ。
一つ。
馬の価格基準を明確にする。
二つ。
取引前に条件を決め、記録を残す。
三つ。
ヌミディア側にも交易拠点を設ける。
四つ。
穀物や農具など、馬以外の交易を増やす。
五つ。
交易上の紛争を解決するため、双方の代表者による協議の場を設ける。
俺は完成した計画を見つめた。
「……まずは、ここからだな」
そして、最後にもう一つ書き加えた。
『カルタゴが困ったときだけ頼る関係をやめる』
俺は小さく頷いた。
「これが一番大事かもしれない」
翌朝。
アミラルが迎えに来た。
「アドン殿」
「おはようございます」
「準備はよろしいですか?」
「はい」
俺たちは馬に乗り、別の集落へ向かった。
道中、アミラルが言った。
「今日会う男は、かなり頑固です」
「そうなんですか?」
「ええ。
カルタゴの商人を嫌っています」
俺は苦笑した。
「それは困りましたね」
「ですが、彼の一族は多くの馬を持っています」
「ほう」
「そして、優秀な騎兵も多い」
俺は顔を上げた。
「それは重要ですね」
アミラルは頷いた。
「彼の協力を得られれば、カルタゴとの関係改善は大きく進むでしょう」
「分かりました」
俺は答えた。
「まずは話を聞いてみます」
昼過ぎ。
俺たちは集落へ到着した。
広い草原には、多くの馬がいた。
その中で、一人の若い男が騎兵たちの訓練を見ていた。
年齢は二十代半ばほど。
鋭い目。
引き締まった体。
そして、どこか人を寄せつけない雰囲気。
アミラルが声をかけた。
「サルバル殿」
男が振り返った。
「アミラルか」
「カルタゴから来た商人を紹介したい」
男の表情が変わった。
「カルタゴの商人?」
「はい。
アドン殿です」
俺は頭を下げた。
「初めまして。
アドンと申します」
サルバルは俺を見た。
そして、冷たく言った。
「帰れ」
俺は少し驚いた。
「……え?」
「カルタゴの商人と話すことなどない」
アミラルが困った顔をした。
「サルバル殿、少しだけでも――」
「必要ない」
サルバルは言い切った。
「我々は、もうカルタゴに馬を売らない」
俺は黙った。
そして、静かに尋ねた。
「理由を教えていただけませんか?」
サルバルは俺を睨んだ。
「理由?」
「はい」
「お前たちは、我々から馬を奪った」
俺は顔を上げた。
「奪った?」
サルバルは怒りを抑えるように言った。
「父はカルタゴ軍へ馬を売った」
「……」
「だが、約束した代金は支払われなかった」
俺は黙った。
「何度も催促した」
「……」
「それでも払われなかった」
サルバルは続けた。
「そのせいで、父は大きな借金を背負った」
俺は息を呑んだ。
「そして、馬を育てる土地の一部まで手放した」
サルバルの拳が震えていた。
「それなのに、また馬を売れと言うのか?」
俺は答えられなかった。
サルバルは俺を睨んだ。
「カルタゴの商人は信用できない」
そして、はっきりと言った。
「我々は、ローマと取引する」
俺の胸が重くなった。
未来の歴史が、少しだけ近づいてきた気がした。
だが、俺はここで引くわけにはいかなかった。
「サルバル殿」
俺は静かに言った。
「その未払いの代金について、記録は残っていますか?」
サルバルは眉をひそめた。
「……何?」
「取引の記録です」
俺は続けた。
「もし残っているなら、確認させていただきたいんです」
サルバルは俺を睨んだ。
「今さら何をするつもりだ?」
俺は答えた。
「まず、何が起きたのかを明らかにします」
「……」
「そのうえで、カルタゴ側に支払い義務があるなら、正式に請求する方法を考えます」
サルバルは黙った。
俺は続けた。
「ただし、今ここで必ず支払わせるとは約束できません」
「……」
「私には、その権限がありませんから」
サルバルはしばらく俺を見つめた。
そして、低い声で言った。
「……正直な商人だな」
俺は頷いた。
「信用を取り戻したいんです」
サルバルは黙った。
しばらくして、背後の建物を指差した。
「……ついてこい」
俺は顔を上げた。
「よろしいのですか?」
「記録を見せてやる」
サルバルは言った。
「ただし、覚悟しておけ」
「何をですか?」
サルバルは振り返った。
そして、静かに言った。
「その取引には、カルタゴの有力商会が関わっている」
俺は黙った。
「しかも、今でも本国で大きな力を持つ商会だ」
嫌な予感がした。
俺は尋ねた。
「……商会の名前は?」
サルバルは答えた。
その名前を聞いた瞬間。
俺は言葉を失った。
それは――カルタゴ本国で、俺の父が長年取引してきた商会だった。
しかも、俺自身がヒスパニアの軍事費について協力を求めた相手でもあった。
俺は小さく呟いた。
「……まさか」
サルバルは冷たく言った。
「どうした?」
俺は答えられなかった。
未来を変えるために築いてきた商人たちとの関係。
その一つが、今度はヌミディアとの関係を壊す原因になっていた。
俺は初めて理解した。
カルタゴを強くするためには、敵と戦うだけでは足りない。
味方の不正とも戦わなければならないのだ。




