第百二十八話 税金の不正を調べたら有力議員の名前が出てきたので、ハンニバルが元老院で大騒ぎになった
紀元前200年。
カルタゴ元老院。
議場には、重苦しい空気が漂っていた。
俺の前には、港湾税の調査結果が置かれている。
その中には、複数の有力家門が関係する徴税契約も含まれていた。
ハンノが書類を読み、眉をひそめた。
「……これは本当なのか?」
俺は答えた。
「記録に残っている数字です」
「徴税された金額と、国庫への納入額が一致していない」
「はい」
「しかも、何年も続いている」
「そのとおりです」
議場の奥から声が上がった。
「不正だと決めつけるのか!」
俺は首を振った。
「まだ、不正と断定していません」
「ならば、何のために調べた!」
「正当な経費と、不明な支出を区別するためです」
俺は帳簿を開いた。
「こちらをご覧ください」
議員たちの視線が集まった。
「同じ倉庫の修理費が、同じ月に二度計上されています」
「……」
「さらに、存在しない輸送船への支払いも記録されています」
議場がざわめいた。
「そんな馬鹿な!」
「船が存在しないとは、どういうことだ!」
俺は答えた。
「港の入出港記録にも、船主の登録簿にも、その船の名前がありません」
一人の議員が立ち上がった。
「記録漏れかもしれん!」
俺は頷いた。
「その可能性も調べました」
「……」
「ですが、同じ船への支払いが、三年間続いています」
議員は黙った。
俺は続けた。
「しかも、その船の船長として記録されている人物は、二年前に亡くなっています」
議場が静まり返った。
メルカルが小声で呟いた。
「……死人に給料を払っていたわけですね」
俺は頷いた。
「そういうことになるね」
ハンニバルが立ち上がった。
「諸君」
議場が静まった。
「私は、戦争中に多くの兵士を失いました」
誰も口を挟まなかった。
「食料が不足し、武器が足りず、給料を受け取れなかった兵士もいました」
ハンニバルは書類を掲げた。
「その一方で、存在しない船に国の金が支払われていた」
議員たちは黙った。
「これを放置することはできません」
しかし、反対派も黙っていなかった。
「ハンニバルは軍の英雄だ!」
「だが、財政まで支配するつもりか!」
「元老院の権限を奪う気ではないか!」
議場が騒然となった。
俺はハンニバルを見た。
彼は落ち着いていた。
そして、静かに言った。
「私は、元老院の権限を奪うつもりはありません」
「では、何を望む!」
「国の金を、国のために使うことです」
その言葉に、議場が静まった。
ハンノが立ち上がった。
「私は、調査委員会の設置を提案する」
議員たちが顔を上げた。
「元老院から複数の議員を選び、徴税記録を調査する」
「……」
「さらに、商人組合からも記録の確認に協力してもらう」
俺は驚いた。
ハンノが、改革に協力するとは思っていなかった。
ハンノは俺を見た。
「アドン」
「はい」
「お前は、調査の責任者ではなく、記録の専門家として協力しろ」
俺は頷いた。
「承知しました」
ハンノは続けた。
「国の制度を変えるなら、誰か一人の判断ではなく、正式な手続きを踏むべきだ」
俺は笑った。
「そのとおりだと思います」
こうして、徴税制度の調査委員会が設置された。
調査の結果、不正な支出が確認された契約は見直されることになった。
関係者の一部は処分された。
だが、すべてが解決したわけではない。
長年続いてきた制度を変えるには時間がかかる。
それでも、国庫へ入る金額は少しずつ増え始めた。
数か月後。
俺は、新しい収支報告書を見ていた。
メルカルが嬉しそうに言った。
「アドン殿!」
「何?」
「港湾税の国庫納入額が増えています!」
俺は帳簿を確認した。
確かに増えていた。
税率を上げたわけではない。
商人から余計に金を取ったわけでもない。
ただ、徴収した税金が正しく国庫へ届くようになっただけだった。
俺は笑った。
「……いいね」
メルカルも笑った。
「これなら、港の修理費も出せますね」
「道路の整備もできる」
「倉庫も増やせます」
俺は頷いた。
「戦争のためじゃない支出が増えるのは、嬉しいな」
その日の夕方。
ハンニバルが俺のところへやってきた。
「アドン」
「はい」
「財政改革は、順調に進んでいます」
「よかったです」
ハンニバルは少し笑った。
「ただし、次の問題が見つかりました」
俺は嫌な予感がした。
「……何ですか?」
ハンニバルは書類を差し出した。
「地方都市の税収です」
俺は頭を抱えた。
「……まだあるんですか?」
ハンニバルは笑った。
「国は広いですから」
メルカルが横で呟いた。
「アドン殿、もう諦めましょう」
俺はため息をついた。
どうやら、カルタゴの財政改革は、まだ始まったばかりらしい。




