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転生したらカルタゴ人だったので、ハンニバルを勝たせてローマに勝利します  作者: レモンティー


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第百十六話 マシニッサがザマの戦場に現れたので、俺は約束が守られることを祈った

紀元前202年。

ザマの平原。

丘の向こうから現れたヌミディア騎兵は、数百騎どころではなかった。

先頭には、赤と白の布を巻いた長槍。

その後ろには、軽装の騎兵が幾重にも続いている。

馬の蹄が乾いた大地を叩き、土煙が長い帯になって伸びていた。

俺は息を呑んだ。

「……マシニッサ」

隣にいたメルカルが、望遠用の筒を下ろした。

「間違いありません。旗も、騎兵の装備も、マシニッサの軍です」

「どちらへ向かっている?」

「それが……」

メルカルは口を閉じた。

騎兵の先頭が、進路を変えたのだ。

ローマ軍の左翼でもない。

カルタゴ軍の右翼でもない。

両軍の側面に広がる、低い丘へ向かっている。

「……止まるつもりか?」

俺は呟いた。

だが、まだ安心はできなかった。

マシニッサは、優秀な騎兵指揮官だ。

一度突撃を開始すれば、その速度は歩兵の対応を上回る。

しかも、ヌミディア騎兵は機動力が高い。

正面から突撃してくるとは限らない。

側面へ回り込み、背後を突く可能性もある。

俺は近くにいた補給担当の兵士を呼んだ。

「例の木箱は?」

「すべて準備できています!」

「数量は?」

「予定した分を、各部隊に配備済みです!」

「移動式防御柵は?」

「右翼、左翼ともに配置済みです! 予備の柵も荷車に積んであります!」

俺は頷いた。

今回、カルタゴ軍が用意した対騎兵兵器は二つある。

一つ目は、トリブルス(まきびし)。

以前、ハンニバルと一緒に考えた、騎兵の進路を制限するための鉄製障害物だった。

四本の鋭い突起を持ち、地面に落とすと必ず一本が上を向く。

馬が踏めば、蹄や足を傷つける危険がある。

それを、カルタゴ軍は大量に用意していた。

そして、もう一つ。

移動式防御柵だ。

木材を組み合わせた、持ち運び可能な防御用の障害物。

前方には斜めに突き出した杭があり、騎兵が容易に接近できない構造になっている。

複数を連結すれば、歩兵の側面を守る防御線を作ることができる。

もちろん、木製の柵だから、絶対に破壊されないわけではない。

敵の歩兵に取り除かれる可能性もある。

だが、騎兵の突撃を妨害し、速度を落とさせることは期待できた。

そして、そのわずかな時間が重要だった。

トリブルス(まきびし)で敵の進路を制限する。

移動式防御柵で側面への突撃を妨げる。

柵の後方には槍兵を配置する。

さらに予備兵が支援に向かう。

この四つを組み合わせた防御戦術だった。

俺は、以前ハンニバルと行った訓練を思い出していた。

「アドン。障害物を置けば勝てるというものではありません」

ハンニバルはそう言った。

「敵の行動を制限し、その間に味方の兵を動かす。それが重要なのです」

俺は、その言葉を忘れていなかった。

だからこそ、今回のザマの戦いでは、事前に移動式防御柵を配置していた。

中央歩兵の左右。

敵騎兵が回り込みやすい場所。

そして、味方の騎兵が退却してきたときに通れるよう、いくつかの通路を残してある。

ただし、その通路は敵にも利用される可能性がある。

そのため、通路の後方には槍兵と予備兵を待機させていた。

トリブルス(まきびし)は、まだ撒いていない。

必要になった場合に使用するため、木箱に入れたまま待機させている。

もちろん、マシニッサを攻撃するためではない。

彼との協定が守られるなら、使う必要はない。

だが、万が一ということがある。

戦場では、昨日の約束が今日も守られるとは限らない。

俺は、ハンニバルに事前に相談していた。

「マシニッサが協定を破り、こちらへ突撃してくる可能性も考えておきたいんです」

ハンニバルは頷いた。

「当然です。外交上の約束と、戦場での備えは別ですから」

「その場合、トリブルス(まきびし)と移動式防御柵を使いたいと思います」

「どこに?」

「騎兵が接近してくる可能性のある側面です」

ハンニバルは少し考えた。

「ですが、味方の騎兵も通ります」

「はい。ですから、味方の移動経路を塞がないよう、事前に配置を決めておきます」

「防御柵は、すでに設置しておくのですね?」

「はい。敵騎兵が突撃を始めてから組み立てても、間に合わない可能性がありますから」

ハンニバルは頷いた。

「その判断は正しいでしょう」

俺は続けた。

「トリブルス(まきびし)は、敵の動きを見てから使います。ただし、担当兵には配置場所を事前に知らせておきます」

「それでも、撒くには時間が必要でしょう」

「はい。だからこそ、すぐに使えるよう準備しておきたいんです」

ハンニバルは地図を見つめた。

「分かりました。ただし、敵が近づいてから無理に撒こうとすれば、兵士が危険にさらされます」

「はい」

「実際に使うかどうかは、敵の動きと味方の位置を見て判断しましょう」

俺は頷いた。

こうして、カルタゴ軍の側面には移動式防御柵が設置され、その後方にはトリブルス(まきびし)を詰めた木箱が運び込まれていた。

必要になれば、担当兵が命令を受けてトリブルス(まきびし)を配置する。

また、敵の攻撃方向が変わった場合に備え、予備の防御柵も用意してある。

ただし、戦闘中に重い柵を移動させることは簡単ではない。

そのため、基本的には現在の防御線を維持し、敵騎兵の動きに応じて歩兵と予備兵を動かす方針だった。

俺は丘の上に並ぶヌミディア騎兵を見つめた。

「……できれば、使わずに済ませたいな」

メルカルが頷いた。

「そうですね。トリブルス(まきびし)を大量に撒いたら、戦いが終わった後の回収も大変です」

「そこまで考えてるの?」

「商会の仕事ですから」

俺は思わず笑った。

「防御柵も回収しないといけませんよ」

「もちろん。木材だって無料じゃありませんからね」

「……さすがだね」

「あなたに鍛えられましたから」

俺たちは小さく笑った。

だが、その笑いはすぐに消えた。

丘の上で、ヌミディア騎兵の一部が動き始めたからだ。

「……動いた!」

見張りの兵士が叫んだ。

騎兵たちが隊列を整える。

長槍が前方へ向けられる。

馬がゆっくりと歩き始めた。

一瞬、突撃の準備にも見えた。

俺は反射的に叫んだ。

「トリブルス(まきびし)部隊、待機!」

兵士たちが木箱の蓋を開けた。

中には、無数の鉄の棘が詰まっている。

担当兵が配置につく。

続いて、別の兵士が報告した。

「防御柵部隊、配置完了! 右翼の防御線に異常ありません!」

「左翼は?」

「異常ありません!」

「味方騎兵の通路は?」

「確保されています!」

俺は頷いた。

「よし。槍兵は防御柵の後方で待機。予備兵も動かすな!」

「はっ!」

だが、俺はまだトリブルス(まきびし)を撒く命令を出さなかった。

「……待て」

メルカルが尋ねた。

「撒かないんですか?」

「まだだ」

俺は丘を見つめた。

「本当にこちらへ来るのか、確認する」

そのときだった。

騎兵の先頭から一騎が飛び出した。

白い布を掲げている。

使者だ。

「アドン殿!」

伝令が叫んだ。

「マシニッサ王子からの書簡です!」

俺は駆け寄り、封を破った。

短い文章だった。

『我が軍はカルタゴとの協定を守る。ローマ軍にも同じことを通告した』

俺は思わず息を吐いた。

「……よかった」

だが、続きがあった。

『ただし、我が領土と民を脅かす軍には、相手が誰であれ対抗する』

俺は書簡を握り直した。

「……そういうことか」

メルカルが尋ねた。

「どういう意味です?」

「マシニッサは、カルタゴの味方になったわけじゃない」

「では?」

「ヌミディアの味方なんだ」

俺は兵士たちへ振り返った。

「トリブルス(まきびし)部隊、待機を継続。まだ撒くな」

「はっ!」

「防御柵は、そのまま維持しろ。勝手に撤去するな」

「了解しました!」

木箱の蓋が閉じられた。

だが、兵士たちは配置を離れなかった。

俺はもう一度、丘の上を見た。

マシニッサの騎兵は、そこで停止していた。

こちらへ突撃する様子はない。

どうやら、本当に中立を守るつもりらしい。

それでも、俺は完全には警戒を解かなかった。

協定を信じることと、備えを怠ることは違う。

それは、長い戦争の中で学んだことだった。

マシニッサの陣営。

若い騎兵隊長が、苛立った声で言った。

「王子! なぜ戦わないのです!」

マシニッサは馬上から戦場を見つめていた。

「誰と戦えと言う?」

「ローマ軍です!」

別の騎兵が反論した。

「いや、カルタゴ軍でしょう! ローマが勝てば、我々の統一を支援してくれるかもしれません!」

マシニッサは二人を振り返った。

「お前たちは、どちらかの国が勝てば、我々に土地をくれると思っているのか?」

二人は黙った。

「土地は、もらうものではない」

マシニッサは言った。

「我々の民が暮らしている場所だ」

彼は戦場へ視線を戻した。

「カルタゴは、ようやくそれを認めた。ローマは、まだ何も保証していない」

「では、カルタゴを助けるのですか?」

「違う」

マシニッサは首を振った。

「今日は、両国に見せる」

「何を?」

「ヌミディアの騎兵は、誰かに買われるためだけに存在するのではないということをだ」

そのとき、別の騎兵が報告した。

「王子。カルタゴ軍の側面で、何か動きがありました」

「何だ?」

「兵士たちが大量の木箱を運び、配置についています」

マシニッサは眉を上げた。

「木箱?」

「中身は分かりません。ただ、我々の騎兵が近づけば、何かを仕掛けるつもりのようです」

「ほかには?」

「カルタゴ軍の左右に、木製の柵が並んでいます」

「柵?」

「はい。前方に尖った杭が突き出しています。騎兵の突撃を防ぐためのものと思われます」

マシニッサは目を細めた。

「……戦場に柵を持ち込んだのか」

「どうやら、荷車で運んできたようです」

「なるほど」

マシニッサは、しばらく考えた。

そして、小さく笑った。

「……アドンか」

「ご存じなのですか?」

「いや。だが、あの男なら何か用意していても不思議ではない」

若い騎兵隊長が言った。

「我々を信用していないということですか?」

マシニッサは首を振った。

「違う」

「では?」

「戦場で、約束だけを頼りに軍を動かす将軍はいない」

彼はカルタゴ軍の防御線を見つめた。

「しかも、あの柵は我々だけを警戒したものではない」

「どういうことです?」

「ローマの騎兵にも使える」

マシニッサは説明した。

「見ろ。柵は中央歩兵の側面を守るように配置されている。しかも、味方の騎兵が通れる場所は残してある」

若い騎兵隊長が目を凝らした。

「……確かに」

「騎兵があの柵を避ければ、通れる場所が限られる」

「そこに槍兵が待っているわけですか」

「そうだ」

マシニッサは頷いた。

「ハンニバルは、騎兵の突撃を完全に止めようとしているのではない。騎兵が自由に動ける場所を減らそうとしている」

彼は、再び木箱へ視線を向けた。

「そして、あの木箱の中にも何かあるのだろう」

若い騎兵隊長が尋ねた。

「では、あの防御線を突破するのは難しいのでしょうか?」

マシニッサは首を振った。

「不可能ではない。歩兵を先に進めて柵を壊すこともできる。柵のない場所へ兵力を集中させることもできる」

「では、意味がないのでは?」

「いや」

マシニッサは答えた。

「それをするためには、時間が必要になる」

彼は静かに続けた。

「戦場では、そのわずかな時間が勝敗を分ける」

若い騎兵隊長は黙った。

マシニッサは小さく笑った。

「……アドン。商人のくせに、ずいぶん厄介なものを考えたな」

そして、部下に命じた。

「我が軍は、この丘から動かない」

「はっ!」

「ただし、両軍の動きを監視しろ。どちらかが我々を攻撃するなら、すぐに知らせよ」

マシニッサは静かに言った。

「今日は、ヌミディアのために戦わずに済むなら、それが一番よい」

ローマ軍の本陣。

スキピオも、マシニッサの動きを見ていた。

「中立を守るつもりか」

将校が頷いた。

「そのようです」

「こちらへの攻撃は?」

「ありません」

スキピオは目を細めた。

「……アドンか」

将校が聞き返した。

「何と?」

「いや」

スキピオは首を振った。

そのとき、別の将校が報告した。

「将軍。カルタゴ軍の側面に、奇妙な障害物があります」

「障害物?」

「木製の柵です。前方に尖った杭が突き出しており、複数が連結されています」

スキピオは戦場を見つめた。

確かに、カルタゴ軍の中央歩兵の左右には、木製の障害物が並んでいた。

しかも、その後方には槍兵が待機している。

「……なるほど」

スキピオは呟いた。

「騎兵への対策か」

「そのようです」

「ハンニバルらしい」

将校が尋ねた。

「どういたしますか?」

スキピオは少し考えた。

「騎兵だけで突破しようとするな」

「はっ!」

「柵のある場所へ正面から突撃しても、損害が増えるだけだ」

彼は地図を指差した。

「まず、柵のない場所を調べろ。敵の騎兵が通るための通路もあるはずだ」

「了解しました!」

「そして、敵の槍兵を引きつけろ。柵の後方にいる兵を動かせば、中央の守りが薄くなる可能性がある」

将校が頷いた。

「なるほど」

スキピオは、再びカルタゴ軍を見つめた。

「……だが、ハンニバルもそれくらいは考えているだろう」

その視線は、カルタゴ軍の中央へ向かった。

そこでは、ハンニバルの精鋭兵がローマ軍を押し返していた。

しかし、ローマ軍はまだ崩れていない。

スキピオは静かに言った。

「マシニッサが来ないなら、我々だけで勝つしかない」

カルタゴ軍の本陣。

ハンニバルはマシニッサの書簡を読み終えると、俺を見た。

「よく、ここまで交渉しましたね」

俺は首を振った。

「戦場に来るとは思っていませんでした」

「私もです」

ハンニバルは笑った。

だが、その笑みはすぐに消えた。

「彼が中立なら、勝敗は我々自身で決めなければなりません」

「はい」

俺は丘の上を指差した。

「念のため、トリブルス(まきびし)部隊は待機させています」

ハンニバルは頷いた。

「それでよいでしょう」

「移動式防御柵も、予定どおり配置しています」

「確認しました。右翼、左翼ともに防御線は維持されていますね」

「はい」

俺は続けた。

「マシニッサが突然こちらへ突撃してきた場合にも、ある程度は対応できると思います」

「ですが、今は使う必要はなさそうですね」

「はい」

俺は答えた。

「協定を守ってくれるなら、あの鉄の棘は木箱に入ったままでいいんです」

ハンニバルは微笑んだ。

「戦わずに済む相手を、わざわざ敵にする必要はありませんからね」

俺は頷いた。

まったく、そのとおりだった。

トリブルス(まきびし)を大量に用意したのは、敵を増やすためではない。

移動式防御柵を作ったのも、戦場を障害物だらけにしたかったからではない。

敵に背後を取られ、史実と同じ敗北を繰り返さないためだ。

マシニッサが中立を守るなら、それだけでカルタゴ軍は大きな危険を一つ回避できる。

だが、ローマ軍の騎兵はまだ残っている。

そして、スキピオもまた、簡単に勝利を諦める男ではなかった。

そのときだった。

「報告!」

伝令が駆け込んできた。

「ローマ軍の騎兵が、右翼の外側へ移動しています!」

俺は顔を上げた。

「右翼?」

「はい! 防御柵のない場所を探しているようです!」

ハンニバルは頷いた。

「やはり、そう来ましたか」

俺は尋ねた。

「どうします?」

「慌てる必要はありません」

ハンニバルは地図を指差した。

「右翼の防御柵は、そのまま維持します」

「はい」

「敵が柵を迂回するなら、その分だけ移動距離が増える」

俺は頷いた。

「予備兵を動かす時間ができますね」

「そのとおりです」

ハンニバルは伝令を呼んだ。

「ハスドルバルへ伝えてください」

「はっ!」

「敵騎兵を追いすぎないこと。右翼を維持し、合図を待つこと」

「了解しました!」

俺は顔を上げた。

「合図?」

ハンニバルは戦場を見つめた。

「スキピオは、まだ予備を残しているはずです」

「……」

「それを使わせます」

俺は、その横顔を見つめた。

カンナエでローマ軍を包囲した男。

長い戦争の中で、何度も敵の予想を超えてきた男。

そのハンニバルが、再び何かを考えていた。

俺は、側面に並ぶ移動式防御柵を見つめた。

柵の後方には槍兵。

さらに後方には予備兵。

そして、必要になれば使えるよう、トリブルス(まきびし)の木箱が置かれている。

以前、ハンニバルと何度も訓練した配置だった。

だが、今は訓練ではない。

本物の戦場だ。

敵も本気でこちらを倒そうとしている。

失敗すれば、兵士が死ぬ。

俺は小さく息を吐いた。

「……頼むぞ」

メルカルが尋ねた。

「何がです?」

「トリブルス(まきびし)も、防御柵も、全部だよ」

メルカルは少し笑った。

「大丈夫ですよ。あれだけ準備したんですから」

俺は首を振った。

「準備したからといって、必ず勝てるわけじゃない」

「……そうですね」

「でも、何もしなかった場合よりは、ずっといいはずだ」

メルカルは頷いた。

俺はもう一度、丘の上を見た。

マシニッサの騎兵は、まだ動いていない。

できれば、最後まで中立を守ってほしい。

だが、必要になれば、こちらも備えを使う。

そのための準備は、すでに終わっている。

そして今、ザマの平原では、史実とは異なる戦いが進んでいた。

マシニッサの騎兵は、どちらにも突撃しない。

ハンニバルは、移動式防御柵と槍兵によって側面防御を強化している。

トリブルス(まきびし)部隊は、必要なときに備えて待機している。

スキピオは、防御柵の弱点を探している。

そして、両軍ともに、まだ予備兵を残している。

俺は静かに呟いた。

「……歴史は、確かに変わっている」

本来のザマの戦いでは、カルタゴ軍の騎兵は戦場から追い払われ、最後にはローマ側の騎兵が背後から襲いかかった。

だが、今回は違う。

敵騎兵が自由に回り込める場所は限られている。

防御柵が突撃を妨げる。

トリブルス(まきびし)が進路を制限する。

槍兵が突破を防ぐ。

そして、予備兵が対応する。

もちろん、それだけで勝利が決まるわけではない。

だが、少なくとも、史実と同じように何もできず背後を突かれるつもりはなかった。

ハンニバルが静かに言った。

「アドン」

「はい」

「あなたが用意した道具は、確かに役に立っています」

俺は驚いた。

「まだ、トリブルス(まきびし)は使っていませんよ?」

「ええ」

ハンニバルは頷いた。

「ですが、移動式防御柵があることで、敵騎兵は自由に動けなくなっています」

「……そうですね」

「そして、トリブルス(まきびし)が使われる可能性があることも、敵にとっては警戒すべき要素になるでしょう」

俺は小さく笑った。

「使わない武器にも、意味があるんですね」

「もちろんです」

ハンニバルは戦場を見つめた。

「戦いとは、敵を倒すことだけではありません。敵に、こちらの望む行動を取らせることも重要なのです」

俺は頷いた。

やはり、この男はすごい。

俺が考えたのは、騎兵を止める道具だった。

だが、ハンニバルはそれを、敵の動きを制限する戦術へと変えた。

商人の発想と、将軍の戦術。

その二つが、今、ザマの戦場で形になろうとしている。

だが、勝敗はまだ決まっていない。

スキピオは、まだ動いていない予備兵を持っている。

ハンニバルもまた、最後の手を残している。

そして、丘の上には、どちらの味方でもないマシニッサの騎兵がいる。

俺は、その光景を見つめながら思った。

歴史を変えるということは、未来を知っているだけではできない。

知識を使う。

道具を作る。

兵士を訓練する。

補給を整える。

外交で敵を減らす。

そして、最後は戦場に立つ人間が、その準備を生かさなければならない。

俺は拳を握った。

「……ハンニバル将軍」

「何でしょう?」

「今度こそ、勝ちましょう」

ハンニバルは静かに頷いた。

「ええ。勝つために、ここまで来たのですから」

そのとき。

ローマ軍の中央で、角笛が鳴り響いた。

続いて、カルタゴ軍の右翼からも伝令が走ってきた。

「報告! ローマ軍の予備兵が動き始めました!」

ハンニバルの表情が変わった。

「……来ましたか」

俺は戦場へ目を向けた。

スキピオが、ついに次の手を打ったのだ。

ハンニバルは伝令へ命じた。

「全部隊に伝えよ。防御線を維持し、私の合図を待て!」

「はっ!」

俺は、側面に並ぶ木製の防御柵を見つめた。

その後方には、まだ使われていない鉄の棘が眠っている。

そして、中央にはハンニバルの精鋭兵がいた。

本当の決着は、これからだった。

史実ではローマ軍の騎兵が勝敗を決めたザマの戦い。

だが、今度はその騎兵を自由に動かさないための準備がある。

俺たちは、歴史を変えるためにここまで来た。

そして今、その準備が本当に通用するのか、試されようとしていた。

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