第百十四話 ザマの戦いでローマ軍が中央を突破しようとしたので、ハスドルバルが予備兵を投入した
紀元前202年。
ザマの平原。
戦場には、砂埃が舞っていた。
カルタゴ軍とローマ軍の歩兵が、激しくぶつかり合っている。
俺は丘の上から、その様子を見つめていた。
「……押されている?」
メルカルが尋ねた。
俺は目を凝らした。
カルタゴ軍の前衛が、少しずつ後退していた。
ローマ軍の歩兵は、隊列を崩さず前進している。
「……まずいな」
ハンニバルの本陣。
偵察兵が叫んだ。
「中央の前衛が後退しています!」
ハンニバルは頷いた。
「予想の範囲内です」
ハスドルバルが尋ねた。
「予備兵を出しますか?」
ハンニバルは首を振った。
「まだです」
「……」
「敵の主力が、どこまで前進するか見ます」
ローマ軍の中央。
スキピオは、カルタゴ軍の前衛が後退していることを確認した。
将校が言った。
「敵が下がっています!」
スキピオは頷いた。
「追いすぎるな」
「ですが、突破できそうです!」
スキピオは首を振った。
「ハンニバルが、簡単に中央を崩すとは思えない」
そのころ。
カルタゴ軍の前衛は、後方へ下がっていた。
だが、完全に崩れたわけではなかった。
後方には、ハンニバルが配置した精鋭兵が待機していた。
俺は、その隊列を見つめた。
「……ここで受け止めるのか」
メルカルが頷いた。
「そうみたいですね」
やがて、ローマ軍の中央が前進した。
その瞬間。
ハンニバルが命じた。
「第二線、前進!」
カルタゴ軍の第二線が動き始めた。
疲れた前衛と交代するように、兵士たちが前へ出る。
ローマ軍の前進が止まった。
俺は息を呑んだ。
「……止めた!」
だが、スキピオもすぐに対応した。
「予備兵を前へ!」
ローマ軍の後方から、新しい兵士たちが進み出た。
戦場の中央では、再び激しい戦闘が始まった。
俺は眉をひそめた。
「……やっぱり、強い」
ハスドルバルは、戦場を見つめていた。
「兄上」
ハンニバルが顔を上げた。
「何だ?」
「中央は、しばらく持ちます」
「はい」
「ですが、右側の騎兵が押されています」
ハンニバルは頷いた。
「確認しています」
ハスドルバルは言った。
「私が騎兵を率いて、側面を支援します」
ハンニバルは少し考えた。
「危険ですよ」
ハスドルバルは笑った。
「メタウルスでも生き残りました」
ハンニバルは、静かに笑った。
「……そうでしたね」
そして、頷いた。
「お願いします」
ハスドルバルは馬に乗った。
騎兵たちが、その後ろに続く。
「全騎兵、前進!」
馬の蹄が地面を叩く。
土煙が上がる。
俺は、その光景を見つめていた。
「……ハスドルバル将軍が動いた」
メルカルが頷いた。
「はい!」
ローマ軍の側面。
騎兵たちは、カルタゴ軍の動きを確認した。
「敵騎兵が接近!」
ローマ軍の指揮官が叫んだ。
「迎撃せよ!」
両軍の騎兵が激突した。
槍が折れる。
馬が倒れる。
兵士たちが叫ぶ。
俺は拳を握った。
「……頼む!」
ハスドルバルは、騎兵を一か所へ集中させなかった。
一部を正面へ。
一部を側面へ。
そして、少数を予備として残した。
ローマ軍は、その動きに対応するため隊列を変えた。
だが、カルタゴ軍の騎兵は、簡単には崩れなかった。
俺は呟いた。
「……さすがだ」
そのころ。
スキピオは、騎兵戦の報告を受けていた。
「敵の騎兵が、側面で持ちこたえています!」
スキピオは頷いた。
「ハスドルバルか」
将校が尋ねた。
「ご存じなのですか?」
スキピオは答えた。
「ヒスパニアで戦ったことがある」
そして、静かに続けた。
「簡単な相手ではない」
戦場の中央では、歩兵戦が続いていた。
どちらも、一歩も譲らない。
カルタゴ軍は、第二線でローマ軍を受け止めていた。
ローマ軍も、予備兵を投入して押し返そうとしていた。
俺は、戦場全体を見つめた。
「……まだ決まらない」
メルカルが頷いた。
「はい」
そのとき。
カルタゴ軍の伝令が駆け込んできた。
「アドン殿!」
俺は顔を上げた。
「何?」
「ハンニバル将軍からです!」
「何だ?」
伝令は答えた。
「後方の補給部隊を、さらに安全な場所へ移動させるように!」
俺は頷いた。
「分かった!」
俺はメルカルに言った。
「荷車を動かそう」
メルカルが頷いた。
「はい!」
俺たちは、補給部隊へ向かった。
戦場では、まだ激しい戦闘が続いている。
俺は振り返った。
ハンニバル。
ハスドルバル。
そして、スキピオ。
三人の将軍が、戦場で知恵を競っている。
俺は呟いた。
「……まだ、勝負は終わっていない」
ザマの戦いは、互角のまま続いていた。
そして、次に予備兵を投入するタイミングが、勝敗を左右しようとしていた。




