第百十話 ザマで戦う前に、スキピオの補給路を調べたら意外な弱点が見つかった
紀元前202年。
北アフリカ。
ザマへ続く街道には、乾いた風が吹いていた。
遠くの丘を、ローマ軍の偵察騎兵が横切っていく。
そのさらに向こうには、スキピオ率いるローマ軍の本隊がいた。
俺は丘の上に立ち、地図を広げていた。
「……思ったより、進軍が速いな」
メルカルが隣で頷いた。
「ローマ軍は、あまり荷車を連れていないようですね」
「そうだね」
「身軽に動けるようにしているんでしょうか?」
「おそらく」
俺は地図に印をつけた。
ローマ軍の陣営。
水場。
街道。
そして、周辺の村。
スキピオは、補給に必要な荷物を減らし、移動速度を高めていた。
だが、軍隊は何も食べずに進めるわけではない。
必ず、どこかから食料が届く。
「メルカル」
「はい」
「ローマ軍が食料を集めている場所を調べてほしい」
「敵の倉庫ですか?」
「それもある。
でも、もっと重要なのは輸送の経路だ」
俺は街道を指差した。
「食料が届く道を押さえれば、スキピオの動きを制限できる」
メルカルは頷いた。
「分かりました」
そして、少し笑った。
「……また倉庫の話ですね」
俺も笑った。
「最後まで倉庫の話になりそうだよ」
三日後。
メルカルが報告書を持って戻ってきた。
「分かりました」
俺は顔を上げた。
「本当か?」
「はい。
ローマ軍は沿岸部の拠点から食料を運んでいますが、それだけではありません」
「というと?」
「周辺の村からも購入しています」
俺は頷いた。
「それは予想どおりだね」
「ですが、買い付けを担当しているのは、ローマ軍の兵士だけではないようです」
俺は眉を上げた。
「商人か?」
「はい。
現地の商人です」
メルカルは帳簿を広げた。
「しかも、その商人の中には、以前カルタゴと取引していた者もいます」
俺は思わず笑った。
「……なるほど」
「どうします?」
俺は答えた。
「会ってみよう」
翌日。
俺は、ローマ軍へ食料を納めている商人の一人と面会した。
男は警戒した様子で俺を見た。
「カルタゴの使者が、何の用だ?」
俺は答えた。
「商談です」
男は呆れた顔をした。
「戦争中だぞ」
「知っています」
「私はローマ軍へ食料を売っている」
「それも知っています」
男は眉をひそめた。
「ならば、なぜ会いに来た?」
俺は銀貨の入った袋を机に置いた。
「今後の取引について相談したいんです」
男は袋を見つめた。
「……買収か?」
俺は首を振った。
「違います」
「では何だ?」
「ローマ軍へ食料を売るなとは言いません」
男は驚いた。
「……何?」
俺は続けた。
「ただし、周辺の村が飢えるほど買い集めるのはやめてほしい」
男は黙った。
「軍隊は移動できます。
でも、農民は土地を捨てられません」
俺は言った。
「来年の種麦まで売ってしまえば、戦争が終わっても村は立ち直れなくなる」
商人は腕を組んだ。
「それは分かる。
だが、ローマ軍は大量の食料を求めている」
「ならば、村ごとの余剰分を調べましょう」
「……」
「その情報を、カルタゴ側にも知らせてほしい」
男の表情が変わった。
「敵に情報を売れというのか?」
俺は首を振った。
「村が必要とする食料の量だけで構いません。
軍の情報は求めません」
男はしばらく考えていた。
そして言った。
「……それなら、協力できるかもしれない」
数日後。
俺は周辺の村の食料状況を把握した。
そして、ある問題に気づいた。
ローマ軍が食料を買い集めている地域では、村の備蓄が急速に減っていた。
一方、カルタゴ軍も同じ地域から食料を集めようとしていた。
つまり。
両軍が同じ村の食料を奪い合っていたのだ。
俺は頭を抱えた。
「……これじゃ、どちらが勝っても村が飢える」
メルカルが頷いた。
「そうですね」
俺は地図を見つめた。
そして、一つの結論に達した。
「スキピオの弱点は、補給路そのものじゃない」
「では?」
「補給に使える地域が限られていることだ」
俺は続けた。
「ただし、それはカルタゴ軍も同じなんだ」
その夜。
俺はハンニバルへ報告した。
「ローマ軍の補給は、まだ安定していません」
ハンニバルは頷いた。
「我々も同じですね」
「はい」
俺は答えた。
「だから、決戦を急ぐのは危険です」
ハスドルバルが尋ねた。
「では、どうする?」
俺は地図を指差した。
「水場と街道を押さえ、敵が自由に進軍できないようにします」
ハンニバルは考え込んだ。
「敵を飢えさせるのですか?」
「いいえ」
俺は首を振った。
「敵に、こちらの望む場所で戦わせるんです」
ハンニバルは、しばらく地図を見つめていた。
そして、静かに笑った。
「……それは、私の仕事ですね」
俺も笑った。
「お願いします」




