前進あるのみ
商店街を抜けて、どんどん知らない道に入っていった。お父さんが働いていた会社は、確か駅の向こう側だったはずだ。でも、駅がどっちにあるのかも、だんだん分からなくなってきた。
リュックは重かったし、お腹も空いていた。それでも、立ち止まったら負けな気がして、歩き続けた。
しばらくすると、信号待ちをしているおじさんを見つけた。スーツを着て、鞄を持った、いかにも「ちゃんとした大人」という感じの人。こういう人になら、道を聞いても大丈夫な気がした。
「あの、すみません」
「ん?」
「駅って、どっちですか」
おじさんは僕を見て、それから背中の大きなリュックを見て、少し眉を上げた。
「駅? 一人か?」
「はい」
「学校は?」
「今日は、休みです」
噓だった。でも、正直に言ったら連れ戻されるかもしれないと思った。おじさんはしばらく僕を見ていたけど、やがて、
「駅なら、あっちだよ」
と、反対の方向を指さした。
「まっすぐ行って、大きい橋を渡ったら、すぐだから」
「ありがとうございます!」
僕は元気よくお礼を言って、教えてもらった方向に歩き出した。
大人が言うことだから、間違いない。
そう思っていた。
けど、まっすぐ行っても橋なんてどこにもなかった。
三十分くらい歩いて、だんだん不安になってきた。道はどんどん細くなって、周りには家しかなくなった。畑まで見えてきた。これは、駅に近づいている感じじゃない。
近くにいたおばさんに、もう一度聞いてみた。
「あの、駅ってどっちですか」
「駅? ここからだと、結構遠いわよ。今来た道を、ずーっと戻った先だから」
僕は耳を疑った。
「戻った先……ですか?」
「そうよ。反対方向に来ちゃったのね」
その瞬間、さっきのおじさんの顔が頭に浮かんだ。
あの人は、道を知らなかったのかもしれない。
でも、なんとなく、そんな気がしなかった。あの人は、僕を見て、リュックを見て、それから「あっち」と言った。まるで、この場所から遠ざけたいみたいに。
――面倒だったのかもしれない。
迷子かもしれない子どもに関わるのが、ただ面倒だっただけかもしれない。
その場に座り込みたい気持ちを堪えて、来た道を戻り始めた。
足はもう痛かったし、喉もカラカラだった。それでも、僕は考えていた。
大人は、何でも知っていると思っていた。
道を聞けば、正しい道を教えてくれる。
困っていれば、ちゃんと助けてくれる。
そう思っていた。
でも、さっきのおじさんは違った。知らなかったのか、面倒だったのか、それは分からない。でも、少なくとも、あの人は正しい道を教えてくれなかった。
それだけは、確かだった。
夕方近くになって、ようやく橋を見つけた。教えてもらった通りの、大きな橋だった。ただし、方向はまるっきり違った。
橋を渡りながら、僕はリュックの中の辞書のことを思った。
この辞書には、たくさんの言葉の「正しい意味」が載っている。でも、大人が言うことには、全部正しいわけじゃない。間違うこともある。正しいことも、そうじゃないことも混ざっているのかもしれない。
辞書みたいにうまくいかないな
そう思ったけど、同時に、なんとなくわくわくもしてきた。
この旅の中で、僕はきっと、たくさんの大人に会う。
その全員が、正しいことだけを言ってくれるわけじゃないかもしれない。けど、悪い人ばかりじゃない予感みたいなものがあった。
橋を渡り終えたところで、空を見上げた。もう、空はオレンジ色になりかけていた。
それでも、僕は歩くのをやめなかった。
大丈夫 急ごう。
一歩、一歩。
間違った道を教えられても、また歩き直せばいいだけ。大丈夫。
そう心から思えたことは、僕にとって大きな前進のような気がした。




