こっくりさん③
昇降口で綾と合流し、三人はガタガタと風が鳴る旧校舎の薄暗い廊下を進んでいた。
先頭を歩く蓮司は、一歩進むごとに「はぁ〜〜〜……」と、これみよがしに重い、深いため息を吐き出している。
「それにしても、蓮司先輩がそういう人と知り合いなんて意外ですね!」
「だよねー! まさか旧校舎のオカ研にコネがあるなんて!」
美咲と綾は、怪異の不気味さを一時的に忘れたように、きゃっきゃと楽しそうに騒いでいる。
「……コネはねぇよ。あと成り行きだ、成り行き。……よし、場所はここだから。じゃ、俺はこれで帰るからな」
『オカルト研究会』と掠れた文字で書かれたベニヤ板のドアを指差し、蓮司はさっと踵を返そうとした。
「えっ、待ってくださいよ! 一緒に入ってください!」
「そうですよ先輩! 私たちだけじゃ怖いですって!」
「お、おう……(いやだーーーー!! 帰りてえーーーーー!!)」
二人の女子に両腕をがっちり掴まれ、逃走経路を阻まれた一軍エース。心の底からの絶叫も虚しく、結局ドアの前へと引き戻されてしまった。
腹を括った蓮司が、嫌々ドアをガラリと引く。
「……ちわーす」
「あら、また来たの? その後どう? 彼女とは仲良く過ごせてる?」
部屋の中央、黒いクロスの敷かれたテーブルでタロットカードを弄んでいた詩織が、顔を上げてクスリと笑った。
相変わらず部屋には甘ったるいお香の煙が立ち込め、壁の怪しいタペストリーが二人を迎える。隣のパイプ椅子では、志摩創一が『認知神経科学テキスト』という分厚い専門書を開いたまま、チラリと冷ややかな視線を越してすぐに本へ目を落とした。
「うるせえな!何も変わりねぇよ!……今日は俺じゃなくて、この二人が相談があるって言うから連れてきたんだよ」
「へえ……どんなご相談かしら?」
詩織は目を輝かせ、美咲と綾に椅子を勧めた。
二人は顔を見合わせながら、今までに起きた出来事を順を追って説明し始めた。
軽いノリで始めた「こっくりさん」のこと。
十円玉が滑るように動き、綾の恋占いに『はい』と答えて大盛り上がりしたこと。
だが、「これからもずっと三人で親友でいられるか」という問いに対して、突如十円玉が『いいえ』を指し、狂ったように暴れ出したこと。
そして、恐怖で二人が指を離して禁忌を犯してしまった直後から、沙織の雰囲気がガラリと変わり、髪を染め、綾の好きな神崎に平気で色目を使い始め、三人グループから離れていったこと——。
「——って感じなんです! あの子、絶対におかしいんです!」
美咲が必死に説明を終えると、詩織は「はぁぁ……」とうっとりとした深いため息をついた。両手を顎の下で組み、その瞳を妖しく光らせる。
「素晴らしいわ……! まさに古典的でありながら、最高に美しい『狐憑き(きつねつき)』の症例ね!」
「き、狐憑き……!?」
綾が息を呑む。詩織は待ってましたと言わんばかりに、身を乗り出して「詩織節」を炸裂させ始めた。
「そうよ! こっくりさん——西洋のテーブルターニングと日本の狐狸憑き信仰が融合した、極めて危険な霊的交霊術なの。あなたたちが途中で指を離して禁忌を犯した瞬間、異界へのポータル(扉)が開きっぱなしになったのよ。そして、その儀式の場で一番精神的に隙のあった……そう、普段から自己主張の弱かった沙織ちゃんという『空っぽの器』に、低級な憑依霊がスッ入り込んじゃったのね!」
「は、入り込んだ……!?」
「ええ! 霊に憑依された人間はね、人格がガラリと変わるの。今までに着なかった服を選んだり、口調が攻撃的になったり、他人の男を好んで奪おうとしたりね! それは沙織ちゃん本人の意思じゃないわ。彼女の中に棲みついた『低級霊の欲望』が、彼女の肉体をアバターみたいに操作して、学校の人間関係を掻き乱して楽しんでいるのよ!……ねえ、ゾクゾクするほどドラマチックだと思わない!?」
「思わねぇよ! なにノリノリで怖がらせてんだよ!!」
後ろで見守っていた蓮司が思わずツッコミを入れる。美咲と綾は顔を真っ青にしてガタガタと震え出していた。
「ど、どうすればいいんですか!? 沙織は……沙織はもう、元に戻らないんですか……!?」
泣きそうになる綾に対し、詩織は人差し指を立てて、楽しそうにニヤリと笑った。
「そうねぇ、本格的なお祓いをして憑き物を落としてもらうか、塩を撒いて除霊するか……」
「——なるほど、興味深い」
と、淡々とした低音の声が落ちた。
ずっと静かに『認知神経科学テキスト』を読んでいたはずの志摩創一が、眼鏡のブリッジをクイと押し上げながら、本をパタンと閉じた。




