こっくりさん②
違和感は、あの「こっくりさん」の翌日から、じわじわと、けれど確実に浸透していった。
最初に変わったのは、沙織の『見た目』だった。
いつも眉が隠れるほど重く垂らしていた前髪はすっきりと分けられ、耳元には新しく開けた小さなピアスの穴。黒かった髪も、少し明るめのブラウンに染め上げられていた。
そして何より——立ち振る舞いと、その言葉だ。
「沙織、今日の放課後、スタバ行かない? 新しいフラペチーノ出たんだって!」
昼休み、いつものように美咲と綾が声をかけると、沙織は自分のスマホの画面を見たまま、冷淡に言い放った。
「ううん、パス。私、これから神崎くんのとこに行くから」
「え……? 神崎くんって……隣のクラスの……?」
綾の顔から血の気が引いていく。神崎といえば、綾がずっと前から密かに想いを寄せている男子だ。当然、仲良し三人組の間では共有していた秘密のはずだった。
「え、沙織……知ってるよね? 私が神崎くんのこと好きだって……」
すがるような綾の視線に対し、沙織はふっと可憐に、けれどどこか挑発的な笑みを浮かべた。
「知ってるよ。でも、私も前からカッコいいなって思ってたの。言わなかっただけ。アヤちゃん、別に付き合ってるわけじゃないでしょ?」
「なっ……!」
流れるような仕草で立ち上がる沙織。廊下の曲がり角で待ち合わせていた神崎の隣へすっと寄り添うと、以前からの恋人のように自然に腕を絡め、楽しそうに歩き去っていった。かつての、二人のお顔色ばかりうかがっていた気弱で控えめな沙織の面影は、どこにもなかった。
*
「なーんか最近、沙織の様子がおかしいんですよね」
放課後のグラウンド。部活の休憩中、ラグビー部マネージャーの美咲が、スポーツドリンクのボトルを抱えながら溜息をついた。
同じくマネージャーである沙織の姿は、今日もグラウンドにはない。
「ん? ああ、そういや沙織のやつ、なんか見た目変わったよな」
グラウンド端のベンチで、一軍エースの龍崎蓮司が汗を拭きながら同意した。
「髪染めてピアス開けて、大人っぽくなったっていうか。彼氏でもできたんじゃねぇの? 最近マネージャーの仕事もサボりがちだしよ」
「違うんです! 彼氏っていうか、あの子、アヤの好きな男子に平気で色目使って横取りしようとしてるんですよ!!」
「うおっ、マジかよ」
「マジですよ! 先輩、どう思います!? しかもあの子、急にそんな風になったんです! それが……うちら三人で、放課後に『こっくりさん』やってからで……」
ドサッ、と音がした。
「……え?」
「……え、じゃない。おい美咲、今なんて言った……? こ……こっ……」
蓮司の手から、プロテインのボトルが滑り落ちて泥の上に転がっていた。
顔面を急速に青ざめさせ、首をギチギチと嫌な音を立てて美咲の方へ向ける蓮司。その目に宿るあまりの迫力に、美咲は引いた。
「えっ、あ、はい……こっくりさんですけど……。なんか変な雰囲気になって途中でやめちゃって……。先輩? 顔色めちゃくちゃ悪いですけど大丈夫ですか……?」
(嘘だろ……またオカルトかよ!? なんで俺の周りで?!)
蓮司の脳裏に、あのクローゼットの奥のお菓子の缶と、旧校舎の最果てにいる「あの二人」の顔が、凄まじい勢いでフラッシュバックした。背筋に冷や汗がドッと噴き出す。
「いや……まあ……あいつらは……うん……」
「先輩……? なんですか『あいつら』って」
「……そういう、怪異? とか、オカルトっぽい奴らに詳しそうな奴ら、一応知ってるけど……」
「えっ、本当ですか!? 私たちの相談乗ってくれますかね!? 紹介してください!」
目を輝かせる美咲。蓮司は歯切れ悪く「あー……まあ、うん……」と濁しながら、心の中で盛大に頭を抱えて絶叫していた。
(嫌だ!! 二度とあの部屋に近づきたくねぇぇぇ!!理系の屁理屈も聞きたくねぇし、オカルト女の怪しいお香の匂い嗅ぎたくねぇぇぇ!!)
「よし、じゃあ部活終わったら行きましょう! ありがとうございます蓮司先輩!」
「おう……(俺はただの付き添いだ……!すぐ帰るからな!!)」
半泣きの心境で腹をくくる一軍イケメンであった。




