こっくりさん①
冬の日の入りは、驚くほど早い。
放課後、暖房の切れた教室の窓際で、女子生徒三人が机を囲んでキャッキャと声を弾ませていた。
「ねえ、ホントにやるの? こっくりさんなんて、超古典的じゃん!」
ギャル風の派手な巻き髪をした美咲が、スマホを片手にケラケラと笑う。
「いいじゃん、SNSでバズってたし! 映え(ばえ)そうだしやってみようよー」
もう一人の女子生徒・綾が、ルーズリーフに赤い油性ペンで描いた『鳥居』と『はい』『いいえ』、そして五十音の文字を自慢げに広げた。中央に置かれたのは、自販機のおつりで出てきた十円硬貨だ。
「沙織も指乗せて! ほら、三人で同時に触るんだって!」
二人の声に押され、いつもおとなしくてグループの後ろをついてくる少女・沙織も、「うん……」と照れくさそうに微笑みながら、十円玉の端っこにそっと人差し指を乗せた。
「じゃあ行くよー? こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。おいでになりましたら『はい』に動いてください!」
半信半疑のまま、三人で指を寄せ合う。最初は「誰か押してない?」「押してないってー!」なんて冗談を言い合っていた。
だが——。
チリッ……。
紙の上で、十円玉がかすかに震えた。
次の瞬間、摩擦音すら立てず、十円玉がすーっと一直線に『はい』の上へと滑り出す。
「うそっ!? 動いた!!」
「ちょっとアヤ! 力入れないでよー!」
「入れてないって! マジで指乗せてるだけだってば!」
思わぬ現象に、三人から黄色い悲鳴と歓声が上がる。一気にテンションが上がったアヤが、身を乗り出すようにして聞いた。
「じゃあじゃあ! 次、私が質問していい!?……こっくりさん、こっくりさん! 私と、隣のクラスの神崎くんは、付き合えますか!?」
アヤが密かに思いを寄せる男子生徒の名前だ。美咲が「ギャハハ、アヤガチじゃん!」と冷やかす。
十円玉が、再びぬるりと動き始めた。
【 は い 】
「キャー!! やばい!!『はい』だって! 神崎くんと付き合えるって!!」
「マジで!? こっくりさん神すぎなんだけど!」
大盛り上がりする二人の横で、沙織も「よかったね、アヤちゃん」と小さく笑っていた。
調子に乗った美咲が、今度は三人全員の質問を投げかける。
「じゃあ次は私ね! こっくりさん、こっくりさん! うちら三人って、卒業してもずっとずーっと親友でいられますか!?」
女子高生らしい、何気ない、けれど一番大切な問いかけ。
十円玉が滑るように『はい』に向かって動き出す——そう思われた、その時だった。
【 い い え 】
「……え?」
ピタリと『いいえ』の上で止まった十円玉を見て、美咲と綾の笑顔が硬直する。
「な、なにこれ……。こっくりさん、空気読んでよ〜……」
「美咲、冗談で『いいえ』に押したでしょ……?」
「押してないってば! え、なんか怖くなってきたんだけど……」
空気が一変し、気まずい不気味さが教室に立ち込め始めた。
耐えかねた綾が、引きつった声で仕切り直そうとする。
「も、もうやめよう! こっくりさん、こっくりさん、お社へお帰りください……!」
しかし、十円玉は鳥居へ戻るどころか、3人の指を乗せたまま、まるで意志を持った生き物のように『いいえ』の上でグルグルと激しく円を描き始めた。
ずるり! ずるり! と紙が破れそうなほどの強い力。
「嫌っ、なにこれ動かない! どうして!?」
「ダメだって! 途中で離したら——」
「無理無理無理!!」
恐怖が限界に達した美咲と綾が、悲鳴をあげて同時に指を弾いた。
十円玉の上に残されたのは、沙織の指一本だけ。
「あ……沙織、ごめん! 大丈夫!? 途中で指離しちゃった……!」
パニックになりながら謝る綾と美咲。
禁忌を犯してしまった恐怖でガタガタ震える二人に対し、沙織はゆっくりと顔を上げた。
「……ふふ」
沙織は、十円玉からすっと指を離すと、風で乱れた前髪を耳にかけながら、どこか不敵な笑みを浮かべた。
いつもなら二人のお顔色をうかがうような、気弱でおとなしい沙織の面影はどこにもない。どこか余裕に満ちた、すっと冷めた瞳。
「な、なに笑ってんの沙織……?」
「大丈夫。こんなの、ただの遊びでしょ?」
落ち着き払った声でそう言うと、沙織は机の上のルーズリーフを雑に折りたたみ、十円玉と一緒にポケットへしまい込んだ。
「もう暗いし、帰ろ?」
「え……あ、うん……」
美咲と綾は顔を見合わせ、首をかしげた。
怪異が起きたわけでも、誰かが倒れたわけでもない。ただのいたずらか、気のせいだったのか。何かが不気味にうやむやになったまま、三人は薄暗い下駄箱へと向かって歩き出した。




