神様と誠実性④
「それに日野さん」
創一は黒板のグラフの横に、さらに『反復行動と行動経済学』と書き加えた。
「毎朝神社や仏壇に参拝するという行為も同様だ。雨の日も風の日もサボらずに、決まった時間に起床し、身支度を整え、神社まで一定の距離を歩いて帰ってくる。このルーティンを毎日欠かさず実行できる人間は、その時点で並外れた自己管理能力と自律神経の安定性を獲得している。朝の歩行運動によるセロトニン分泌、起床リズムの固定、そして衝動に流されない規律性。やはり根底にあるのは【誠実性】という行動の反復だよ」
「うぐっ……」
神仏のご利益をことごとく行動科学のパラメータに変換され、千鶴は完全に反論の余地を失っていた。
すると、横で聞いていた詩織が不満そうに唇を尖らせ、机に両手をついた。
「もう創一ったら! また、そうやって神聖な信仰心を、筋肉だのルーティンだのって味気ない根性論に落とし込むんだから!」
「根性論ではない」
創一は冷淡に即答した。
「根性や気合といったあやふやな精神論ではなく、日々の行動をどれだけ淡々と、エラーなく積み重ねられるかという確率の話だ。……現に、綾瀬。君のその無駄に膨大な知識だって、一朝一夕で身についたものではないだろう」
「え……?」
予想外の方向から名前を呼ばれ、詩織が目をぱちくりとさせる。
「君がオカルトや民俗学に強い興味を持ち、毎日文献を読み漁り、飽きることなく調べ、学習を継続してきたからこそ蓄積された知識だ。その反復学習の熱量と継続力に関してだけは、客観的に評価に値するよ」
淡々と、だが一切の嫌味なく事実として告げられた言葉に、詩織の頬が微かに朱を帯びた。
黒髪の毛先を指先でいじりながら、詩織はどこか誇らしげに口元を緩める。
「あ、あら……創一ったら。やっと私の情熱を認める気になったの? ふふん、見る目があるじゃない」
「だが、それは君の学習行動の結果であって、宇宙の波動とは一ミリも関係ないがね」
「むきーーーーっ!! なんなのよ一言余計なのよアンタは!!」
一瞬で沸騰した詩織が机を叩いて抗議し、創一は「事実を述べたまでだ」と無機質に受け流す。
目の前で繰り広げられる怒涛の口論を、千鶴は引きつった顔で眺めながら、隣の蓮司のジャージの袖を引いた。
「……おい蓮司。結局のところ、コイツらなんなんだ……?」
「どっちもただの変態だ。気にすんな」
蓮司は深く息を吐き出しながら、半目で言い捨てた。
「でもまぁ、千鶴。ばあちゃんの『女らしくしろ』だの『嫁の貰い手』だのは昭和の遺物だから聞き流して、靴揃えたり面倒なこと毎日コツコツやるのだけは、サッカーのためだと思って試しにやってみたらどうだ? 神様のためじゃなくて、お前自身が強くなるためによ」
「……」
千鶴は自分の上履きの先を見つめ、それからニッと不敵な笑みを浮かべた。
「……へっ、言ってくれるじゃん。分かったよ。神様のためでもババアの言いつけでもなく、私が次の試合でハットトリック決めるための『前頭葉の筋トレ』として、今夜から靴揃えてトイレも磨いてやるよ!」
スッキリとした表情で部室を飛び出していく千鶴の背中を見送りながら、蓮司は肩の力を抜いた。
「やれやれ……。今日も無駄に疲れたわ。じゃ、俺もラグビー部のミーティング行くから」
蓮司がドアノブに手をかけた瞬間、背後からスッと一枚のプリントが差し出された。
「龍崎くん。今日の【活動記録表】、提出用フォーマットに清書しておいてね」
「次のクライアントの対応スケジュールも、共有カレンダーで管理してもらえると効率的だ」
「だから勝手に仕事振ってくんじゃねぇぇぇ!!」
夕暮れの旧校舎に、またしても蓮司の絶叫が虚しく響き渡るのだった。




