神様と誠実性①
朝の昇降口。下駄箱の隅で上履きを乱暴につっかけていた龍崎蓮司は、背後から突風のように飛び出してきた人影に、すれ違いざま肩を思い切りどつかれた。
「おいっ、痛ぇな! 誰だよ……って、千鶴かよ」
「あーもう、クソッ! やってらんねぇ! マジで早くくたばれあのクソババア!!」
ジャージの裾を荒々しく引っ張り、鬼の形相でロッカーを蹴り飛ばしそうになっているのは、蓮司の幼馴染で女子サッカー部のフォワード、日野千鶴だった。
ショートカットに浅黒く日焼けした肌、普段から男子顔負けの口調とフィジカルでグラウンドを駆け回っている彼女だが、今日ばかりは頭から湯気が立ち上りそうなほどブチギレている。
「おいおい、物騒なこと言うなよ。また家でなんかあったのか?」
「なんかどころの話じゃねぇよ!」
千鶴はローファーのかかとを力任せに踏み潰しながら、怒気を含んだ早口でまくし立てた。
「昨日の晩飯中もさぁ!『食事中に肘をつくな』『箸の持ち方が汚いとロクな嫁に行けない』『女のくせに足を開いて座るな』って、一口食うごとにギャーギャー言われんだよ! ちょっと反論しようとしたら、親父もオカンも下向いて『千鶴、おばあちゃんの言う通りにしなさい』だぜ!? 三世代同居の弊害ここに極まれりだわ! 親父たちもババアに頭上がんねぇからって、全部私に押し付けてきやがって!」
「あー……お前んとこ、ばあちゃんが一番権力握ってんだっけな」
「それだけならまだ百歩譲って礼儀作法で済むよ!? 今朝なんてさ、私がちょっと寝坊して急いでたら、『玄関の靴をきれいに揃えろ、神様に見放されるぞ』『毎朝トイレをピカピカに磨けばべっぴんさんになれるのに、お前は心が汚れてるからサボるんだ』『出かける前は仏壇と神棚に手を合わせろ、悪いことが起こるよ』って……! 靴揃えたってサッカー上手くなんねぇし、トイレ磨いたって美人にはなんねぇんだよ! 神様とかご利益とか、あるわけねぇっつーの! 令和の時代にどんなオカルト押し付けてきてんだよあのババアは!」
息を切らしながら肩で息をする千鶴。
その猛烈な愚痴を聞きながら、蓮司はふと足を止めた。
(……ん? 神様、ご利益、仏壇……?)
蓮司の脳裏をよぎったのは、旧校舎の最果てにある、あのお香臭い部室と、そこに居座る変人二人の顔だった。
(……これって、オカルトなのか? いや、迷信っつーか、神仏系? 神様って本当にいんのかとか、そういう話になるのか……?)
蓮司は顎に手を当て、ひとりごちた。
先週、強引に入部届を書かされ、名簿上の正式部員(自称・書記兼渉外担当)に祭り上げられた記憶が苦々しく蘇る。『蓮司くんはいつも困った人を連れてきてくれるからありがたいわ』と不敵に笑っていた詩織と、『サンプル採取を頼む』と無表情に言っていた創一。
(……チッ。あいつらどうせ今日も、部室で暇して変な本読んでんだろうしな……。誰か連れてこいとかほざいてたし……)
「おい、千鶴」
「あぁん? なんだよ蓮司、あんたまで『おばあちゃんを敬え』とか説教垂れる気か!?」
「誰がそんなこと言うかよ。……なぁ、今日の放課後は部活か?」
「いや、今日は雨でグラウンド使えねぇからミーティングだけだと思う」
「ならさ、ちょっと時間あるなら行ってみるか? 旧校舎の……オカルトに異様に詳しいやつと、屁理屈で全部解剖するやつがいるんだけどよ。お前のその『ババアの神様アタック』、あいつらにぶつけてみたらどうなるか、ちょっと興味あるわ」
「は? 旧校舎? ……よく分かんねぇけど、とにかくこのイライラが収まるならどこでも行ってやるよ!」
腕まくりをして鼻息を荒くする千鶴を連れ、放課後、蓮司は自ら進んであの怪しげな部室のドアへと向かって歩き出した。




