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ファイル1 呪いのストラップ②

 ぶっちゃけ、死ぬほど恥ずかしかった。

 龍崎蓮司は、ラグビー部の一軍だ。スクールカーストの最頂点に君臨し、週末には仲間たちとつるんで、街を我が物顔で闊歩する。それが自分たちの日常であり、世界だった。

 そんな自分が、たった二・五センチのプラスチックの玩具に怯え、夜も眠れずにビビり散らしているなんて、部活の連中や地元のダチには口が裂けても言えなかった。もしバレたら、一軍としての威厳は一瞬で消え失せ、一生の笑い者にされる。


 かといって、本物の寺や高名な神社に泣きついて「除霊」を頼むとなれば、一体いくらの費用がかかるのか見当もつかない。高校生のしがないバイト代をすべて叩いたところで、本当にこの怪奇現象が収まるのかという『保証』はどこにもなかった。

 藁にもすがる思いで、夜中にスマホで『呪い 解決』『人形 戻ってくる』と検索しても、ヒットするのは「初回鑑定無料」だの「運命を変える強力な波動の数珠(限定特価十万円)」だの、不安を煽って金をむしり取ろうとする怪しげなサイトばかり。まともな相談先など、ネットの海には一つも転がっていなかった。


 睡眠不足は、すでに限界を突破していた。

 授業中も、教科書の影からあの不気味な白目のマスコットが覗いているような幻覚に囚われ、ペンを持つ手が小刻みに震える。一番の命取りだったのは部活だ。昨日も、普段なら絶対に外さないイージーなタックルに入るタイミングが狂い、ラグビー部の監督から「おい龍崎! 腑抜けた面してんじゃねえぞ!」と怒号を浴びせられた。仲間たちからも「蓮司、最近なんか目が血走ってねぇ?」と不審がられる始末だ。


 心身ともに完全に破綻しかけた蓮司に残された道は、校内の陰気な噂話で耳にした、『旧校舎の最果てに、マジでヤバいオカ研がある』という眉唾物のオカルトスポットを頼ることだけだった。


「……くっそ、マジで頼むぞ。騙したらぶっ飛ばす」


 冷たい寒風が、ガタガタと窓を揺らす旧校舎の廊下。

 薄暗く、埃の匂いが立ち込める廊下の最果て。蓮司は一枚の古びた木枠のドアの前に立ち、拳を握りしめてボソリと呟いた。

 ドアには、『オカルト研究会』と掠れたマジックで手書きされた、今にも剥がれ落ちそうなベニヤ板の看板がかろうじてぶら下がっている。


(どうする? やっぱりやめるか? こんなオタクの巣窟みたいな場所に相談したところで、何も解決しないかもしれない。もし俺がここに入るのを見られて、変な噂が広まったら……)


 ぐるぐると嫌な予感と一軍のプライドが頭の中を駆け巡り、足がすくみそうになる。

 だが、もうどうしようもない。これ以上悩んでも埒が明かないのだ。中にいる奴らのツラを見て、信用できなさそうならその場で帰ればいい。


 蓮司は一つ、肺がちぎれるほど深く息を吸い込んだ。そして、柄にもなく神仏に祈るような悲壮な気持ちで、勢いよくドアを叩き開けた。


「あの……ッ!!」


 バァン!と派手な音を立ててドアを開けた瞬間、独特の強烈な匂いが蓮司の鼻腔を突いた。長年蓄積された埃っぽさと、東南アジアの寺院を思わせる、甘ったるくどこか生温かいお香の煙の匂いだ。


 六畳ほどの狭い室内は、蓮司の想像を遥かに超えて異様だった。

 壁には不気味な幾何学模様や怪しげな文字の書かれたタペストリーが隙間なく踊り、備え付けの棚には怪しく光る水晶玉、得体の知れない黒い砂やトカゲの干物が詰まった小瓶など、カースト一軍の生活圏には天地がひっくり返っても存在しないスピリチュアルグッズが雑多に並んでいる。


 部屋の中央、ガタつく古びた長机の上に、黒いフェルトのクロスを厳かに広げている少女がいた。

 艶のある黒髪ボブに、吸い込まれそうな大きな瞳。ミステリアスな、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせた少女、綾瀬詩織あやせ しおりだ。彼女は細く白い指先で、死神や悪魔の禍々しい絵柄が描かれたカードを数枚、慣れた手つきで美しく扇状に広げていた。


「ちょっと、ドアは静かに開けてくれない? カードが乱れんだけど」


 詩織はカードをめくる手を止めず、冷ややかな声で言った。

 学校一の不良イケメンが、顔を真っ青にして、肩を激しく上下させながら飛び込んできたというのに、彼女は眉一つ動かさない。


 その隣のパイプ椅子には、もう一人の部員が腰掛けていた。

 金属フレームの眼鏡の奥から、蓮司に一瞬だけ、ゴミを見るかのような冷徹な視線を向けた男、志摩創一しま そういちだ。

 創一は蓮司の体格の良さにひるむ様子もなく、すぐに手元の「物理学基礎」と書かれた鈍器のように分厚い専門書に目を戻した。そして、何事もなかったかのように静かにページをめくる。

『邪魔をするな』と、全身のオーラで語るように。


 白一色のゲレンデよりも、凍てつく冬の夜の自室よりも。

 この学校の最果てにある六畳一間の空間は、ある意味で、今の蓮司にとって最も胃が痛くなる「異界」そのものだった。

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