金縛りの夜と観測者のエラーログ④
「……えっと、結局のところ、僕は今夜からどうすればいいんだろう、龍崎くん……?」
詩織と創一が火花を散らして睨み合う横で、新見がおずおずと蓮司の服の袖を引いた。宇宙の波動と生体データの間で完全に思考停止し、困り果てた目で助けを求めている。
蓮司は額を押さえ、深いため息を一つ吐き出すと、新見の肩にポンと手を置いた。
「要するにだな、新見。お前がやることはシンプルだ。まず今夜はスマホの電源を切って机の引き出しに突っ込め。通知も見ない。で、風呂にしっかり浸かって、ストレッチして部屋を暗くして寝ろ」
「えっ……それだけでいいの……?」
「いいんだよ。お前が感じてた恐怖や金縛りは、急に注目されてテンパったお前の心と身体が『おい、ちょっと休め!』って出してきたサインだ。宇宙のお知らせだろうが、エラーログだろうが、どっちにしても『これ以上無理すんな』って教えてくれてんだよ。だから『サインを出してくれてありがとな』って自分の身体を労って、余計なもん全部遮断して爆睡すりゃいい」
「僕の心と身体が出した……サイン……」
新見の強張っていた表情が、ふっとほどけた。
オカルトの過剰な恐怖も、科学の難解な理屈も、蓮司の言葉を通すことでようやくすとんと腑に落ちたらしい。墨で塗ったようだった目の下の隈も、少しだけ薄らいだように見えた。
「そっか……僕、自分が頑張って作った動画が評価されただけなのに、勝手に自分で自分を追い詰めてたんだね。うん、今夜はスマホの通知を切って、ゆっくり寝てみるよ。……ありがとう、龍崎くん。みんなも、ありがとう」
新見は深々とお辞儀をすると、背筋を少し伸ばし、軽やかな足取りで部室を出て行った。
「……ふぅ。これで一件落着だな」
蓮司がドアを見送りながら、パイプ椅子に腰掛けている二人に向き直った。
「お前らなぁ、言ってることの根本は同じなんだから、少しは仲良くすりゃいいだろ」
「無理ね」
詩織がすかさず鼻を鳴らす。創一もまた、眼鏡の位置を直しながら「非論理的だ」と深いため息をついた。
「ま、いいけどよ。じゃあ俺も部活戻るわ」
蓮司が踵を返そうとした、その時。
「あ、ちょっと待って。はいこれ」
詩織が机の引き出しから一枚の藁半紙を取り出し、蓮司の目の前にピラッと差し出した。そこには見慣れたフォントで『部活動入部届』と印刷されている。
「……は?」
「これ、顧問の先生に出しておくから、ここに名前とクラス書いてね」
「はぁぁぁ!? なんで俺が入部届なんか書かなきゃならねぇんだよ!!」
「ふふん、あなたこれだけここに入り浸って、事件を持ち込んできておいて部員じゃないなんておかしくない?」
詩織が得意げに胸を張ると、横から創一が淡々と補足を入れた。
「今年度、三年生の先輩二名が卒業したため、現在のオカルト研究会の正式部員は僕と綾瀬の二名のみだ。規定により、部員が三名未満の同好会は来月で部室を明け渡さなければならない。僕としては、静かに専門書を読めるこの空間が消滅するのは著しく困る」
「図書室行けや!!」
「図書室は飲食禁止だし、司書の目が鬱陶しい。だからよろしく、龍崎くん」
「よろしくじゃねぇよ!!」
「ふふ、相談ならいつでも乗ってあげるわよ? 蓮司くんはいつも面白い……ゴホン、困った人を連れてきてくれるから、オカ研としても大助かりだしね!」
「オカルトのサンプル採取と認知行動療法の実験台としても、君の交友関係は実に有用だ」
詩織がにんまりと笑い、創一が満足げに頷く。
さっきまで宇宙とデータでバチバチに喧嘩していた二人が、なぜか蓮司を外堀から埋める瞬間だけは恐ろしいほどのチームワークを発揮していた。
「……てめぇら、こんな時だけ団結しやがって!! 畜生ぉぉぉぉ!!」
放課後の旧校舎の最果てに、またしても哀れな常識人の絶叫が木霊したのだった。




