金縛りの夜と観測者のエラーログ②
旧校舎の最果て、お香の紫煙がゆらゆらと立ち込めるオカルト研究会の部室。
パイプ椅子に座った新見が、怯えながらこれまでの出来事——ゲーム実況の急激なバズ、ネットの特定班への恐怖、そして毎晩部屋を訪れる「黒い影の金縛り」を語り終えた。
その瞬間。
「——素晴らしいわ! これぞまさに、現代のデジタル魔術が引き起こした『サイバー生霊の憑依現象』よ!」
机に両手をつき、瞳をらんらんと輝かせて立ち上がったのは綾瀬詩織だった。黒髪のボブを揺らし、新見の目の前にぐいっと顔を近づける。
「ひ、ひぃっ……!」
「いい、新見くん? あなたが今受けているのは、ネットの向こう側にいる何万人もの不特定多数から放たれた『嫉妬』と『羨望』という名の強烈な邪念よ! 人間の念は電磁波に乗って瞬時に空間を跳躍するの。その膨大なマイナスエネルギーがあなたの部屋の座標に凝縮し、物質化寸前の『生霊の影』となってあなたの肉体を縛り上げているのよ!」
「な、生霊……! 電磁波に乗って……!?」
「それだけじゃないわ!」
詩織は黒いセーラー服の袖をひるがえし、部室の中央で大仰に両手を広げた。
「そもそも、なぜあなたが急激な注目を浴びただけでそこまで激しい恐怖や被害妄想に襲われるのか……。それはあなたの【魂の記憶(前世のカルマ)】が疼いているからよ!」
「魂の記憶……ですか……?」
「そうよ! あなたの前世はきっと、中世の時代に類まれなる才能を発揮したせいで、周囲の嫉妬を買って魔女裁判にかけられたか、あるいは広場で処刑された吟遊詩人だったのよ! だから潜在意識の奥底で『目立ったら殺される』というトラウマが刻まれているの! 今回のバズによって、その前世の傷口がパカーッと開いてしまったのね!」
「前世で処刑……!? だ、だから僕、こんなに人の視線が怖くて息が苦しいのか……!?」
詩織の話に圧倒され、新見はすっかり信じ込んでガタガタと震えている。
その後ろで腕を組んでいた蓮司が、たまらず呆れ顔で突っ込んだ。
「おいおい、話を中世ヨーロッパまで広げるなよ。こいつはただのゲーム実況者だぞ。前世が魔女だろうが吟遊詩人だろうが関係ねぇだろ」
「関係大ありよ、龍崎くん! 魂の輪廻を甘く見ないで!」
詩織は蓮司を一喝すると、再び怯える新見へと向き直り、ふっと聖母のような優しい笑みを浮かべた。
「でもね、新見くん。安心しなさい。その恐怖も、モヤモヤも、金縛りも……すべてはお知らせなのよ」
「……すべては、お知らせ……?」
「そう! あなたの身に起きている現象も心のざわつきも、すべては魂の周波数が本来の軌道からズレていることを、ハイヤーセルフが教えてくれている緊急アラートなの。『他人の低い波動(アンチや悪意)に同調しちゃダメですよ』『もっと自分自身の光を信じなさい』って、宇宙がお知らせしてくれているのよ! だから恐怖を無理に押し殺したり、自分を責めたりしちゃダメ。『お知らせしてくれてありがとう』って受け取って、心地よい愛の波動を選び直すのよ!」
「すべては……宇宙からの……お知らせ……」
新見は呆然と呟いた。
「そう! 今夜は部屋の四隅に盛り塩をして、宇宙に感謝の祈りを捧げなさい! そうすれば生霊の波動も中和されるわ!」
「は、はい……! 盛り塩……やってみます……!」
完全に詩織のスピリチュアルワールドに呑まれかけた、その時。
部屋の隅で、パタンと乾いた音が響いた。
開いていた『臨床神経生理学と睡眠医学』の専門書を几帳面に閉じた志摩創一が、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷ややかな視線を新見へと向ける。
「……実に興味深いな」
静まり返る部室に、淡々とした低音が落ちた。




