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金縛りの夜と観測者のエラーログ①

 放課後の教室。部活へと向かう生徒たちの騒がしい足音が廊下に響く中、蓮司は教室の隅の席へと歩み寄った。


 そこにいたのは、制服の背中を極限まで丸め、机の上のスマホを恐る恐る凝視しているクラスメイト——新見(にいみ)だった。普段から物静かで目立たず、休み時間も一人でイヤホンをつけているタイプの男子だ。


「おい、新見!」


 蓮司が声をかけた瞬間、新見は「ひっ……!」と息を呑み、椅子から飛び上がりそうなほど激しく肩を跳ねさせた。


「お、おいおい、どうしたんだよ。ビビりすぎだろ」


「りゅ、龍崎くん……っ! 頼むから、大声出さないでくれ……!」


 新見は血の気の引いた顔で周囲をキョロキョロと見回し、人差し指を口元に当てて必死に蓮司を制した。その顔を見て、蓮司は思わず眉をひそめる。

 目の下には墨で塗ったような濃い隈がくっきりと刻まれ、頬はげっそりとこけ、唇は小刻みに震えていた。


「なんだよお前……顔色ヤバいぞ。ちゃんと寝てんのか?」


「寝られるわけないよ……っ。お願いだから静かに……目立ちたくないんだ……」


「目立ちたくないって……お前、すごいことになってるじゃねえか。あのさ、お前……登録者十万人超えてバズってるゲーム実況チャンネルの『ニイミ』……中の人、お前だろ?」


 新見の顔から、完全に血の気が引いた。


「な、なんで……っ! 僕、顔出しもしてないし、学校の誰にも言ってないのに……!?」


「いや、昨日お前の席の横通ったときさ、机の上に置いてあったスマホに投稿者用の管理アプリの通知がバババッて出てるのが見えちまって。ラグビー部のやつらも『この超絶プレイの切り抜きヤバい!』って動画見ながら大騒ぎしてたから、アイコンですぐ分かったんだよ」


 蓮司が素直に感嘆の声を漏らすと、新見は両手で頭を抱え、机に突っ伏してガタガタと震え始めた。


「終わった……っ。完全に終わった……! 校内のやつにバレてるなら、ネットの特定班にも時間の問題だ……!」


「いや、俺は誰にも言ってねぇよ! むしろすげー特技じゃねえか。なんでそんな怯えてんだ?」


「怯えるよ……っ! 先週、高難易度死にゲーのノーデスクリア動画が海外で転載されてから、急に登録者が十万人も増えたんだ。通知が鳴り止まなくて、コメント欄には『チートだろ』とか『部屋の反響音から間取り特定した』みたいな不気味な書き込みまであって……! いつ個人情報が晒されるか、誰かに逆恨みされて襲われるんじゃないかって、怖くてスマホも見られないんだよ……!」


「……まぁ、急に何万人にも見られたらビビるのも分かるけどよ。ほとんどは純粋なお前のファンだろ?」


「分からないよ……! 教室のみんなの視線すら怖いんだ。廊下ですれ違うやつらも、みんな僕のことをコソコソ噂して笑ってるように見える……っ」


 新見の呼吸は浅く、指先は氷のように冷たかった。

 そして、新見はすがるような目で蓮司の制服の裾をぎゅっと掴み、さらに声を潜めて震える言葉を絞り出した。


「それに……それだけじゃないんだ。動画がバズった日の夜から……毎晩、来るんだよ」


「来るって……何が?」


「……金縛りだよ」


 新見の瞳に、生々しい恐怖の色が張り付いた。


「夜中、ふと目が覚めると指一本動かないんだ。頭の奥でキィィィンって嫌な金属音が鳴り響いて……誰もいないはずの部屋の隅から、ギシ……ギシ……って何かがベッドに這い寄ってくるんだよ。昨日の夜なんて、黒い影が僕の胸の上にずっしり乗っかってきて……耳元で『調子に乗るな』って囁かれたんだ……!」


「……っ」


「僕を妬んだネットのアンチの生霊か、それとも呪いなんだ……! このままじゃ僕、殺される……!」


(……また生霊とか呪いかよ……!!)


 蓮司は内心で盛大に天を仰いだ。

 だが、恐怖で過呼吸寸前になっているクラスメイトを「気のせいだ」と突き放すこともできなかった。


「……はぁ。分かったよ。どうにかできるかは知らんが、オカルトに異様に詳しいやつと、屁理屈で全部論破するやつならいる。……ちょっと、ついて来い」


 蓮司は深い溜息とともに、新見を連れて旧校舎への階段を登り始めた。

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