引き寄せの法則 おまけ(葵ちゃん視点)
新学期が始まって、一ヶ月が経った五月の放課後。
西日の差し込む図書室の貸出カウンターで、図書委員の葵は、小さなメモ帳を握りしめながら密かに激しい動揺と戦っていた。
(ど、どうしよう……っ! 私、最近なんかおかしい……!)
葵の視線の先——歴史書のコーナーの狭い通路に、その「原因」はいた。
ラグビー部員の、田汲だ。
四月のクラス替えの朝。掲示板の前で、田汲は自分と葵が別のクラスだと分かった瞬間、「うわぁぁぁ! 宇宙のエクセルが書き換わってねぇぇぇ!!」と謎の絶叫を上げて崩れ落ちていた。
……なのに。
(な、なんで毎日いるの……!?)
新学期が始まってからというもの、田汲は放課後になると、部活の前のわずかな時間を使って毎日必ず図書室にやってくるのだ。
最初の頃は、正直ちょっと怖かった。
背丈は百八十センチを超え、肩幅は並の男子高校生の倍近くある。顔つきもゴツくて、どう見ても『文学』とは無縁の風貌だったからだ。
けれど——。
(なんか……最近の田汲くん、ちょっとかっこよくなってない……!?)
葵は本で顔を半分隠しながら、カウンター越しにチラチラと彼を観察した。
まず、明らかに体つきが変わっていた。
以前よりさらに過酷なトレーニングを積んでいるのか、制服のシャツの上からでも分かるほど胸板が分厚くなり、腕の筋肉には綺麗な筋が浮き出ている。
そして何より、驚くほど清潔感があった。
毎朝丁寧に整えられている短髪、シワひとつないアイロンがけされたシャツ。すれ違うと、汗臭さなど微塵もなく、ほのかに爽やかな良い匂いがふわりと香る。
極めつけは——手元にある本だ。
最初は漫画や雑誌ばかりパラパラめくっていたはずなのに、最近は真面目な本を真剣な顔で読んでいる。
眉間にシワを寄せ、太い指で一生懸命にページをめくるその横顔は、不器用ながらどこか知性的で、妙に男らしかった。
(全然……全然私のタイプじゃなかったはずなのに……!)
本当は、同じラグビー部なら龍崎蓮司のような、誰もが見惚れる王道の一軍イケメンが「かっこいいな」と思っていたはずだった。
ゴツくて強面なスポーツマンなんて、今までの人生で意識したことすら一度もなかったのに。
それなのに。
『あの……葵さん。この前の本、すごく面白かったです! 次のおすすめ、教えてもらってもいいですか……?』
カウンターに来るたび、耳まで真っ赤にして、ごつい身体を小さく縮こませながら照れくさそうに微笑むあの顔。
毎日毎日、視界に入り、声をかけられ、真面目な努力を見せつけられるうちに——葵の心臓は、彼がカウンターに来る時間になると勝手にトクトクと跳ねるようになってしまっていた。
トン、とカウンターに影が落ちた。
「あ、葵さん……! これ、貸出お願いします!」
カウンターの前に立った田汲くんが、制服の袖を少し捲ったたくましい腕で、一冊の新書を差し出してきた。
血管の浮き出た綺麗な腕の筋肉に、葵の目が釘付けになる。思わず息を呑んで顔を上げると、田汲は緊張でガチガチになりながらも、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「これ、葵さんが前に好きって言ってた作家さんのやつですよね? 読んでみたくて!」
「あ……っ、はい! すごく面白いですよ……!」
本を受け取る際、田汲の温かくて大きな指先が、葵の指にかすかに触れた。
トクンッ……!
(あ、ダメ……っ! 顔が熱い……絶対真っ赤になってる……!!)
バーコードを読み取る葵の手が、微かに震える。
田汲は「ありがとうございます! 大切に読みますね!」と嬉しそうに本を抱え、ペコペコとお辞儀をして部活へと走っていった。
そのたくましい背中を見送りながら、葵はカウンターに突っ伏し、熱くなった両頬を手で覆った。
(ど、どうしよう……。明日も来てくれるかな……)
——創一が説いた科学的ロジック(清潔感+接触頻度+筋トレ)による必然の結果なのか。
それとも、毎晩ベッドで祈り続けたピュアすぎる乙女心が、本当に宇宙の波動と共鳴して起こした『引き寄せの奇跡』なのか。
その答えは誰にも分からないが、確実に言えることが一つだけある。
がんばれ田汲! もう一息だ!!




