引き寄せの法則②
「——へえ、引き寄せの法則!」
旧校舎の最果てにある『オカルト研究会』。
紫煙をくゆらせる甘ったるいお香の香りと、春の生ぬるい風が混ざり合う薄暗い部室で、田汲の熱烈な「奇跡の体験談」を聞き終えた詩織は、待ってましたと言わんばかりにその大きな瞳を爛々と輝かせた。
「素晴らしいわ! まさにそれこそ『シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)』であり、引き寄せの法則の真骨頂よ!」
「ほ、本当か!?」
巨体をパイプ椅子の上で小さく丸め、田汲はすがるように身を乗り出した。詩織は両手を胸の前で優雅に組み合わせ、うっとりとした表情で持論を語り始める。
「いい? この宇宙に存在するすべての物質——あなたや彼女の身体はもちろん、机や空気、そして人間の『思考』に至るまで、最小単位まで分解すればすべて微細に振動する『素粒子』でできているの。つまり、万物はそれぞれ固有の【周波数(波動)】を放っているのよ」
「は、波動……! 素粒子……!」
「そう! アインシュタインの相対性理論や量子力学でも言われている通り、エネルギーと物質は本質的に同じものなのよ。あなたが『彼女に会いたい』と強く強く念じた瞬間、あなたの体内の約三十七兆個の細胞が一斉に同じ周波数で共鳴を始めたの。その強力な愛のフォトン(光子)が宇宙のゼロポイントフィールドへと放たれ、彼女の身体を構成する原子の波長をグイグイと手繰り寄せた……! だからこそ、街のカフェや図書館という三次元空間で、二人の物質的座標が奇跡的にピタリと重なり合ったのよ! 宇宙の絶対法則は、人間のイメージ通りに物理現実を書き換えるんだから!」
「す、すげぇぇぇぇ!! 俺の三十七兆個の細胞が宇宙と繋がってたのか……!!」
詩織のトークに完全にノックアウトされ、田汲はごつい拳を握りしめて感涙していた。
「その調子よ!『新学期、彼女と同じクラスになって、毎日放課後一緒に下校している』という未来の記憶を、細胞レベルでリアルに先取りして感謝しなさい! お金が欲しければ富の波動を、恋が欲しければ愛の波動を放つ……人間の念の力は、銀河すら動かすんだから!」
「やっぱりそうだよな!! 宇宙すげぇぇぇ!! 明日から毎晩、彼女とお弁当食べさせ合ってるイメージを念じます!!」
「ちょ、ちょっと待て田汲! 落ち着け!!」
あまりの暴走ぶりに耐えかねて、後ろで腕を組んで聞いていた蓮司がたまらず間に割って入った。
「お前、そんな都合よくいくわけねぇだろ! 宝くじだって、うちの親父が『今年は絶対に当たる気がする、家族でハワイ旅行に行ってる姿がくっきり見える!』って毎年強烈にイメージして買ってるけど、毎年三〇〇円しか当たったことねぇぞ!!」
「それはお父さんのイメージの解像度が低いのよ!」
詩織がすかさずツッコミを返す。
「ただ札束を思い浮かべるだけじゃダメ! 新札のインクの匂いや、札束のズッシリとした重み、紙幣のセルロース繊維の手触りまで五感すべてでリアルに細胞へ刷り込まないと、宇宙の銀行口座は開かないのよ!」
「匂いとか手触りとか関係ねぇだろ!! 結局ただの確率論じゃねえか!!」
「ロマンがないわね! あなたのお父さんは宇宙へのオーダーの仕方が雑なだけよ!」
「親父をディスるな!!」
ギャーギャーと部室の真ん中でヒートアップする蓮司、詩織、そして間でおろおろと手を合わせる田汲。
その時。
パタン、と部屋の空気を切り裂くような乾いた音が響いた。
部屋の隅のパイプ椅子に深く腰掛け、分厚い『行動経済学と脳科学』を黙読していた創一が、几帳面に栞を挟んで本を閉じたのだ。
「……実に興味深いな」
静まり返った部室に、低く冷ややかな声が落ちる。
創一は金属フレームの眼鏡のブリッジを中指でクイと押し上げると、冷徹な光をたたえた瞳を、汗だくの田汲へとスッと向けた。




