引き寄せの法則①
新学期を間近に控えた、三月下旬の放課後。
グラウンドを包む春の温かな風とは対照的に、一軍エースのラグビー部員・龍崎蓮司の顔は、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
「……なぁ、蓮司。お前、実は『そういうの』めちゃくちゃ詳しいんだってな……?」
グラウンド脇のベンチ。蓮司の背後から、ぬっと現れたのは同じラグビー部で同級生の田汲だった。
体重八十五キロ、ベンチプレス百二十キロを上げるガチガチのゴツい体格。けれど、その強面な顔を真っ赤に染め、ごつい指先をソワソワと捏ね合わせている。
「あ……? なんのことだ」
「しら切るなよ! マネージャーから聞いたぞ! お前、旧校舎にいるヤバいオカルトの専門家と繋がってて、怪異の鑑定とか、運命の引き寄せができるって!」
(美咲のやつ……っ!なんて尾ひれつけて言いふらしてんだよ!!)
蓮司は脳裏に浮かんだ後輩マネージャーの顔に内心で頭を抱えた。あのお菓子の缶に封印されたトラウマと、こっくりさんで失踪した恐怖が凄まじい勢いでフラッシュバックする。
「……言っとくがな、俺はあそこに行きたくて行ってんじゃねぇ。ただの被害者だ。お前も変なことに首突っ込むな」
「頼むよ蓮司! 俺、今人生最大の危機っていうか、運命の岐路に立ってんだよ!」
田汲は蓮司の太ももにしがみつく勢いで縋りついてきた。あまりの必死さに、蓮司は深いため息をつく。
「……で、何なんだよ。呪いの人形でも拾ったのか?」
「違う! 恋だよ、恋!!」
「は?」
「俺……『引き寄せの法則』で、運命の出会いを連発させてんだ」
ごつい男の口から飛び出したあまりにも不釣り合いなワードに、蓮司は思わず「引き寄せ……?」と眉をひそめた。
田汲が熱っぽく語ったところによると、事の顛末はこうだった。
先月、雨でグラウンドが使えなかった日、田汲は時間潰しに滅多に行かない学校の図書室へ向かったという。そこで出会ったのが、図書委員をやっている隣のクラスの女子・葵だった。
清楚な黒髪をハーフアップにし、小さめの制服を着こなす控えめな可憐な少女。借りる本もなく大きな体を縮こまらせていた田汲に、彼女はふんわりとした天使のような笑顔で声をかけてくれたのだという。
『図書室、珍しいね? ラグビー部の人だよね? いつも外で頑張ってるの見かけるよ、すごいね!』
「……ってさ!! あの笑顔で!! 細い指で本にバーコード当てながら話しかけてくれたんだよ!!」
「……ただの図書委員としての模範的な接客(社交辞令)じゃねえか?」
「違うね!! あれは絶対俺に気がある笑顔だった!!」
蓮司の冷静なツッコミを、田汲はピュアすぎる乙女心で力強く跳ね返した。
「でさ、それ以来『葵さんに会いたい! 同じ空間にいたい!』って強く念じるようにしたんだ。スマホの動画で見たんだよ。『宇宙に感謝して、願望が叶った状態をイメージすれば現実が引き寄せられる』って! そしたら先週、休日に街のおしゃれなカフェで奇跡的に会ったんだ! さらに昨日も、普段行かない市立図書館で遭遇したんだよ! これ絶対に宇宙が俺たちの波動を同調させてんだろ!?」
「……(お前が彼女の生息域にストーカー並みの頻度で寄っていっただけじゃねぇのか……?)」
「この調子で念じ続ければ、新学期のクラス替えで絶対同じクラスになれる! でも、もっと確実に引き寄せる方法がないか、その専門家に聞いてみたくて……!」
鼻息を荒くする田汲の純情(と壮大な勘違い)に呆れ果てながらも、蓮司は断りきれず、結局ぶつぶつと文句を言いながら旧校舎へ足を進めることになった。
(なんでみんな、俺をオカルトの窓口にするんだよ……頼むから俺を巻き込むなよ……)




