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第1話 魔法学院

     1


 本校舎はドラゴニア王城に負けず劣らずに巨大なものでした。遠くから見た通り、後から無秩序に増築されたと思しき構造物が無数に存在します。近くから見ると、その異様さがよく分かりました。


 それはそうとして――。

 ――まずは、どこに行けばいいのでしょうか。


 そう考えていると、城の中から眼鏡をかけた魔法使いが出てきました。


 顔つきからして、年齢は二十代――もしかしたら十代かもしれません。髪の色は赤みがかった黒。ややフォーマルなシャツとパンツに、黒のローブを纏っています。王都ではあまり見ることのない、古風な魔法使いスタイルですね。


 身長はわたしよりも頭一つ分高いようです。中性的でどこか不思議な魅力のある相貌をしています。外見から性別の区別がつかない人は初めて見ました。彼あるいは彼女は、気さくにわたしに声をかけてくれました。


「セレナ・アリアーナさんだね? 初めまして。ボクは、三年生の副担任をしている()()()()()()()()()()


 いきなり嘘でした。

 しかも、名前の部分が。

 この方は、一体何者なのでしょうか。


「まずは、学長室まで案内するよ」


 疑問に思うわたしをよそに、その魔法使いはトランクを受け取りました。そして、わたしの代わりに持って歩き始めました。それは驚くほどに自然な動作でした。怪しいところはあるけれど、害があるようにも見えません。わたしは密かに『嘘つき紳士』というあだ名をつけました。その紳士は優しい笑みを浮かべながら「それでは、一緒にいらしてください」と声をかけてくれました。


 どうなることかと思っていましたが――割とどうにかなりそうな気がしてきました。王都と違い、ここでは歓迎をしてくれそうです。そうでなければ、迎えの人間がここまで愛想よく接してくれないでしょう。


 わたしは、そう思っていました。

 ええ、浅はかで愚かな考えでしたとも。


     2


 魔法学院の内部は、思っていたよりも地味なものでした。


 全体的に茶色っぽいと申しますか、飾り気がほとんどないのです。精々、絵画が数点壁に飾られている程度。その絵画も、おそらくは学生が描いたものでしょう。大聖堂にあるようなものに比べれば、レベルは高くありません。


 学長室は、学院の二階部分にありました。もっと高いところにあるのではないかと勝手に想像していましたが、違ったようです。考えてみれば、城の高層まで歩くのは大変です。二階あたりがちょうどいいのでしょう。


 学長室の中は地味――というよりも、質素な空間でした。特に天井が高いわけでも、部屋が広いわけでもありません。家具類も、それなりに高級なもののようではあるようだけど、目を引くほどのものはありません。実用性一辺倒といった様子です。


 だからこそ、その中心にいる人物の異様さが際立っていました。


 そこにいたのは、驚くほど整った顔つきの男性。髪は長い金色で、窓から差し込む光で輝いています。肌艶は恐ろしく奇麗で、細身の体に白スーツが映えています。


 肌や髪の色つやから見るに、年齢は二十代半ばのように思えます。ですが、二十代で学長というのはいくらなんでもあり得ないでしょう。あるいは、若作りの魔法とか、あるのでしょうか。非常に気になるところです。


 デスクワークをしていたようで、机の上には書きかけの書類が置かれていました。そのすぐ側には、灰白色の短杖たんじょうが置かれています。竜骨を削って作られたもののようです。竜骨の杖は魔力伝達の効率が非常に優れていますが、扱いが難しく壊れやすいものです。その杖には長年使われている形跡がありますが、その形は全く崩れていません。魔力操作が極めて上手いことの証左です。それだけで、世界最高峰の実力者ということが分かります。


「始めまして。セレナ・アリアーナです。どうか、よろしくお願いいたします」

「よく来てくれましたね。私は学長のローレンツ・ナイトフロストです。よろしくお願いします」


 学長は静かな声で答えました。その声を聞くだけで、何故か心が落ち着いてしまいます。そんな不思議な魅力のある声でした。それは天性の才能によるものなのか、あるいは訓練して身に着けたものなのか。


 いずれにせよ、気を付ける必要があるでしょう。何事においても油断は命取りになるのです。わたしはここ数日で、そのことを王城で理解させられていました。嫌というほどに。


「さて、これから君はこの学院に所属する学生ということになります。制服や教科書などは、一通りこちらで用意させていただきました」

「……私は、学生になるのですか?」

「ええ、そうですが。それも知らされていませんでしたか?」

「はい。ただ、追放先がこちらだということしか聞いていません。てっきり、白色魔力を使った実験にでも使われるものと思っていました」

「それも悪くありません。ですが、貴女にはよりよい使い道があると考えています」


 よりよい使い道。

 おおよそ人間に使うべきではない言葉が出てきました。


「ところで、セレナさん。早速ですが、一つだけ確認させていただきたいことがあります」

「なんでしょう?」

「貴女は、自分がドラゴニア王国を追放された理由を何だと考えていますか?」


 いきなりの質問に、わたしは一瞬だけ固まってしまいました。こういうのは、それなりに気を使って尋ねるべきものでしょうに。いくらなんでも、聞き方が雑過ぎます。


 もっとも、ここは魔法学院――これまでの常識が通じない場所なのです。いつまでも、聖女気分ではいられません。そもそも、聖女の身分は失っているわけですし。学長に問われたからには、答えないわけには行きません。


「カイン殿下が言うには、私が追放されたのは『私が偽物の聖女だったから』だそうです。ですが、私自身はその理由に納得していません」


 全然、全く、これっぽっちも。では、本当の理由は何なのか。最初は『カイン殿下が新聖女となった女性に一目ぼれをして、婚約破棄をしたくなった』のだと考えていました。でも、冷静になった今、それも違う気がしています。何か、大きな違和感があるのです。


 ですから、わたしは「カイン殿下の本心は分かりません」とだけ答えました。実質ゼロ回答です。


 それに対し、学長は「いいでしょう」と返しました。特に意味もなく聞いただけだったのでしょうか。あるいは、ゼロ回答こそが学長が求めていたものだったのかもしれません。学長が何を考えているのか分かりません。ここまで得体の知れない人間と話すのは初めてのことでした。


 ――これは、面倒なことになるかもしれませんね。


 わたしはそう考えました。

 そして、その考えは当たることになるのです。


 すぐに。

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