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第8話 呪われた王子の苦悩

【Side アベル・ド・ドラゴニア】


     0


 俺の物語は――セレナ・アリアーナと出会ったことで、大きく動き出す。


 結論から言おう。

 俺は、あの元聖女に惚れる。

 一目惚れだ。


 理由を聞かれても、正直うまく説明はできない。

 外見は、確かに可愛らしい。

 黒髪で、小柄で、どこか儚げで。

 聖女だったせいか、立ち居振る舞いの一つ一つがやけに綺麗だった。


 ――だが、それ以上に。


 彼女は、俺を見てくれた。

 正面から、まともに、まっすぐに。


 それだけで、十分すぎた。


     1


 さて、まずは俺の話をしよう。


 俺の名は、アベル・ド・ドラゴニア。

 ドラゴニア王国第二王子。そして、生粋の引きこもりだ。


 ……いや、好きでこうなったわけじゃない。


 原因は、数年前にかけられた呪い――【醜愚】。

 この呪いのせいで、俺の姿は“醜悪な化物”として他人の目に映るのだ。


 術者は不明。解除方法も不明。

 調べる前から詰んでいる、救いようのない呪いだ。


 この呪いによって、俺の人生は一変した。


 人前に出ることは許されず、家族とも距離を置かれた。

 制御しようと試みたこともあるが、結果は散々だ。


 むしろ――呪いは時間とともに強まった。


 俺が近くにいるだけで、他人は体調を崩す。

 視界に入るだけで、恐怖に顔を歪める。


 そしてついに、王国では手に負えなくなった。

 結果、俺は国外へ送られた。


 行き先は――ナイトフロスト魔法学院。

 世界最高峰の魔法研究機関。呪いの研究も当然含まれる。


 父上は、ここなら解決できると期待したのか。

 それとも、単に厄介払いしたかったのか。


 ――まぁ、結果は同じだ。


 学院の総力をもってしても、この呪いは解除不能だった。


 最初は熱心だった教授たちも、やがて離れていった。

 成果が出ない研究に、いつまでも付き合うほど暇じゃないのだろう。


 そして俺は――隔離された。


 学院内の尖塔。そこが俺の居場所だ。


 ちなみにこの塔、設計は俺だ。

 内部には動く階段を設置してある。昔読んだ小説の影響だ。


 ――誰も来ないのに、無駄に凝ってしまった。


 そんな場所で、俺は引きこもり続けた。

 人と関わることもなく。

 ただ、静かに、孤独に――。


「ぼっち殿下、おはようございます」


 ――いや、完全な孤独ではなかった。


「……何だ、モブか」


 現れたのは“モブ”と名乗る男。


 軽薄そうな茶髪。胡散臭い笑み。

 そして、俺を監視するために送られてきたスパイだ。


「また一人で黄昏れてたんですか? 一人モノローグ長かったですよ」

「していない!」

「では何してたんです?」

「……それより用件は何だ」


 話を逸らす。


「緊急連絡です。王城から手紙が届いてますよ」

「手紙?」


 受け取った封筒には、王家の封蝋。

 嫌な予感しかしない。

 中身を読んで――思わず、固まってしまった。


 そこに書かれていたのは、とても信じがたいものだった。


「どうしました?」

「兄上が婚約破棄した」

「おや。確か、カイン殿下は聖女様と婚約されていましたよね?」

「ああ。その聖女――セレナ・アリアーナを、この学院に追放したらしい」

「うわぁ……気まずいですね」


 モブが顔をしかめる。


「遭遇しないようにした方が良さそうですね」

「……それが無理そうだ」

「はい?」


 俺は手紙を見せた。


『セレナ・アリアーナを、お前の婚約者にしておいた』


「……は?」

「俺も同じ反応だった」


 頭が痛い。


「冗談……ではないですね」

「王家の封蝋付きだぞ」

「笑えない冗談ですねぇ」


 本当にその通りだ。

 邪魔者扱いされた女を、さらに俺に押し付ける。

 どう考えても嫌がらせだ。


「まぁでも、婚約者ですよ? めでたいじゃないですか」

「めでたくない」


 即答した。


「俺の呪い、知ってるだろう。側にいるだけで恐怖を与えるんだぞ」

「確かに。それは地獄ですね」

「だろう」

「でも、もしかしたら変態かもしれませんよ?」

「お前だろう、それは」

「いやいや、世の中広いですから。恐怖を快感に変えるタイプも――」

「たくさんいてたまるか!」

「ですよねー」


 いつもの軽口。

 だが――問題はそこじゃない。


「……会うべき、だよな」

「そりゃ婚約者ですし」

「だが、どう話せばいい?」

「そこからですか?」


 モブが呆れた顔をする。


「女性と話すの、何年ぶりです?」

「……覚えていない」

「終わってますね」


 否定できない。


「しかも相手は元聖女。しかも可愛いらしいですよ」

「……可愛いのか」

「はい。多分、殿下の好みです」

「勝手に決めるな!」


 だが――問題はそこだ。


「仮に、だ。仮にその女が“とても可愛い”とする」

「はい」

「俺が緊張したら、呪いの制御が乱れる」

「あー……」

「結果、どうなる?」

「嫌われますね」

「だろう!?」


 詰んでいる。


「……目を閉じて会うのはどう思う?」

「逆にどう思います?」

「……ダメか」

「ダメですね」


 完全に詰んだ。

 俺はこの時、確信した。

 これは呪いより厄介な問題だ、と。

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