第5話 整列(1/2)
1
王城内にある部屋に戻ると、部屋の荷物がなくなっていました。ベッドの上には、トランクが一つだけ置いてあります。トランクの中には、部屋にあったものが整然と詰め込まれていました。
聖女たるもの質素であるべし、というのが教会の方針だったため、王城に来てからもあまり物を持たないようにはしていました。ですが、全部まとめられるとは……。思わぬ場所で匠の技に出会ってしまいました。こんな時ではありますが、感心せざるを得ません。追放される前にコツを教わっておきたいところです。しかし、それをする時間は残されていません。
改めて部屋の中を見ます。
ここで数年間過ごしてきたのです。愛着がないと言えば嘘になります――いえ、なりませんね。仕事に追われてばかりで、この部屋では睡眠をとる以外のことはほとんどしていません。
「セレナ様」
「……はい」
感傷に浸る暇すらありませんでした。気が付けば、部屋の外に兵士が立っていました。顔見知りです。どうやら、彼が馬車までの案内人兼見張りのようです。正直、気まずい。
「セレナ・アリアーナ様。私は近衛兵の――」
「ギルバートさんですね。城内でよく顔を合わせていましたから、知っています」
「……魔法学院へは馬車で向かうことになります。荷物を持って、私について来てください」
ギルバートさんについていくと、馬車の前に十名ほどの兵士がいました。彼らは馬車の前に整列し、わたしを待っています。彼らのうち一人が一歩前に出て、わたしに告げます。
「セレナ・アリアーナ様。魔法学院までは、我々が警護いたします!」
「随分と準備がいいですね」
「命令ですので」
「……よろしくお願いします」
わたしは声を絞り出して言いました。
警護という名目ではありますが、実際はわたしを逃がさないための見張り役なのでしょう。これまで、彼らとはそれなりに話す機会もありました。親しくもしていたはずですが、もう信じることは出来ません。信じたいとも思いません。わたしの心は、荒野のごとく荒れ果てていたのです。
馬車に乗りこむと、ドアを閉められました。
馬車には、周囲を見るための窓がありませんでした。前方と後方の上部に小窓がついていますが、そこ以外から外の様子を窺うことは出来ません。座席は十分柔らかくなっているため、お尻を痛めなくて済みそうだというのが唯一の救いでした。
わたしが座り心地を確かめていると、御者さんが「それでは、出発します」と言いました。ゆっくりと馬車が動き出します。
わたしは後方の小窓から、王城の様子を見ていました。下から見上げれば感覚がおかしくなってしまうような立派な城。二年間、わたしが勤めてきた城。その王城は、どんどん小さくなっていきました。
こんな城に愛着などありません。
ですが――何故か、わたしは寂寥感に包まれていました。
2
馬車に乗って移動をしている間、わたしは針の筵状態でした。わたしが『偽聖女』であるという報道が、既に国中にされているようなのです。あのポンコツは余計なことをするときだけスピードが速い。この有能さが普段から発揮できていれば、違う結果もあったでしょうに。
馬車の中にいるわたしの存在に気づいた国民たちは、罵倒の言葉を向けてきました。中には、直接危害を加えようとする人もいたようですが、衛兵たちが防いでくれていました。
外の様子は音でしか分かりません。
ただ、外から聞こえてくる『声』は確実にわたしの心を傷つけていました。
「インチキ聖女!」
「二度と顔を見せるな!」
「よくも騙しやがったな!」
聞こえてくる声から察するに――教会はわたしが聖女の地位を利用して不正を働いていたと喧伝しているようです。この国では、教会は国家と並び立つほどの権威と権力を持っています。そのため、多くの国民がそれを信じてしまっているのです。
ですから、彼らを恨むことは出来ません。いずれ彼らも分かってくれる日が来るはずです。きっと、来ます。
そう自分を納得させようとしました。でも、どうしても出来ませんでした。分がやって来たことを否定され、全てを失ってしまったのです。理不尽と言うほかありません。口惜しさと恐怖で身体が震えます。
出来るだけのことを全力でして来たのに。
皆が認めてくれていると思っていたのに。
この国をもっといいものに出来ると思っていたのに。
それなのに……。
全てを踏みにじられました。
それを思うと、涙が止まらなくなりました。
「……どうして!」
こんな姿は誰にも見られたくありません。
見られるわけには行きません。
ですから――。
馬車の中が一人きりだったのは、せめてもの救いでした。




