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第4話 聖女追放(4/4)

     5


 新たな聖女が認定されたあと。

 わたしは、祝福されるアンヌの姿を、ただぼんやりと眺めていました。


 これまで積み上げてきたものを、理不尽に奪われたのです。

 さすがに――少し、堪えました。


 ですが、落ち込んでいる暇すら与えられませんでした。


「新聖女の誕生により、君は聖女としての資格を失う。今後、聖女を名乗ることは許さない」


 カインは、いかにもそれらしい態度で言い放ちます。


「加えて――国家を欺いた罪人として、婚約も破棄する」


 その頬は、わずかに緩んでいました。

 ……完全に、思い通りというわけですか。


 かくして。

 わたしは聖女の地位も、婚約者としての立場も失いました。


 ――婚約のほうは、どうでもいいとして。


 この瞬間、聖女セレナ・アリアーナは、ただの平民になりました。

 あまりにも、あっけない幕切れです。


 ですが、これで人生が終わるわけではありません。

 わたしはこれからも生きていきます。

 生きていかなければならないのです。

 元聖女という立場上、制約は増えるでしょうが。


「それで、わたしをどうされるおつもりですか?」


 顔を上げ、問いかけます。


「ただ追い出すだけ、というわけではありませんよね?」

「無論だ」


 ――ああ、よかった。


 わたしは少しだけ安堵しました。

 自分の身の安全というよりは――。

 この国の指導者が、底抜けの愚か者ではなかったことに対して。


 ……いえ、既に十分すぎるほど愚かではありますが。


「お前のために、二つ用意してやった」


 カインは得意げに言いました。


「一つ目は、居場所だ。お前を欲しがっている組織がある。そこへ行け」


「……組織?」


「ナイトフロスト魔法学院だ」


 ナイトフロスト魔法学院。


 隣国ノルディア共和国にある名門校です。

 各国の支援を受けており、この国も相当額を出資しているはず。


 そこが――わたしを?


 聖女でなくなったとはいえ、必要とされている。

 その事実に、ほんの少しだけ胸が軽くなりました。


 ですが、こういう話に裏がないはずがありません。


「魔法学院がわたしに何を求めているのか、ご存じですか?」

「知らん。あとは向こうの判断だ」


 ……本当に、どこまでも無責任ですね、この人は。


「では、二つ目は?」

「新しい婚約者だ」

「……はい?」


 思考が止まりました。

 婚約破棄した相手に、新しい婚約者を用意する。


 ――どういう神経をしているのでしょうか。


 あるいは、やはりただのアホなのでしょうか。

 口の中に、罵倒の言葉が山ほど浮かびました。

 できることなら、全部まとめて叩きつけて差し上げたいところです。

 全力で。


 ですが――我慢です。

 今は情報を優先すべき。


 最悪の場合、評判の悪い貴族を押し付けられる可能性もあります。

 このポリンスなら、やりかねません。


 わたしは黙って続きを待ちました。


 そして――


「喜べ。我が弟、第二王子アベル・ド・ドラゴニアを婚約者としてやる」


「……第二王子?」


 ……嘘ではない。


 それにしても、第二王子ですか。

 名前は知っています。

 数年前から魔法学院に籍を置いている人物。

 事実上の国外追放とも噂されています。


 面識はありません。


 ですが――


 カイン殿下の身内、という時点で、期待値は限りなく低いです。

 劣化版だとしたら、最悪です。


「ちなみに、それを断った場合は?」

「死刑」


 軽い口調で言い切りました。


 ……ええ。

 この人なら、やりかねませんね。

 権力を持った愚者ほど、厄介なものはありません。


 とりあえず――。

 そのアベル殿下とは極力関わらない方向でいきましょう。


 わたしは静かにそう決意しました。


「最後に確認します」


 改めて、カイン殿下を見据えます。


「アンヌ・サヴァイヴを新聖女とし、わたしはナイトフロスト魔法学院へ。――この決定に誤りはありませんね?」


「ない」


 即答でした。


 ……そうですか。


 では、もういいでしょう。


 わたしはスカートの端をつまみ、ゆっくりと膝を折りました。

 これは、ドラゴニア王国への、最後の礼です。


「王子ならびに皆様。わたしはこれで失礼いたします」


 静かに、言葉を紡ぎます。


「どうかこの決定を、後悔なさらぬよう。国家の繁栄に尽くされることを願っております」


 そして――


「ごきげんよう」


 一礼。

 顔を上げ、カイン殿下の前に進み出ます。


「……カイン殿下?」

「なんだ?」

「少しだけ――」


 にこりと微笑んで。


「歯を食いしばっていただけますか?」


 ――拳を、振り上げました。

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